軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ〈シェイド視点〉

芋の皮をむきながら、本気で解せないと俺は何度も思った。

姉のおせっかいが炸裂した結果。客であるはずの俺達はなぜか夕食の用意を手伝うはめになったのだ。

夕食前には、デルフィ・グランがこちらに合流した。おおまかな事情を宿の主人から聞いたらしいデルフィは自分の采配のせいと恐縮しきりだった。

リコリスはというと、宿の主人の料理に舌鼓をうっている間は大人しい様子だったが、食事の後には怒涛の勢いで今日の出来事をデルフィに話しだした。

時に憤慨しながら、時に感動を伝えんと語る姉の様子は、どう見ても楽しそうである。

それを受けてリリアム嬢やヴォルフも楽しそうなのだから、単純であるというのは幸せなことだ。

良く言えば心が広い、悪く言えば思考が雑な姉と違って、俺はけっこうな不満を抱えていた。

ささやかとはいえせっかくの旅行を、他人の事情に振り回され台無しにされた感がある。

なんとなく気分が晴れずに、一人会話に参加していなかった俺のもとにデルフィが飲み物を携えやってきた。リコリス達の談話の内容は、気づけば宿の主人の料理の腕のよさへと移行している。

「お疲れですか?」と穏やかな声で尋ねられたので、とりあえず頷いておく。

俺はリーリア公爵家に引き取られた当初世話になったために、この男にはなんとなく弱い。

デルフィが代官職を引き継いだのは最近のことだが、それは前任である彼の父親が老いてなおあまりに壮健な人物であったために引き継ぎが遅くなったのだ。俺が知るかぎりデルフィは出会った時から公の信頼を受けた優秀な『大人の男』だった。頼りにしてきたという自覚があって、あまり虚勢を張れない。

ちなみに、デルフィの父ランディス・グランは現在もなおリーリア公爵領を北に南にと飛び回っている。

「……今日の出来事につきましては、配慮が至らず申し訳ありませんでした。まさか、リコリス様が『悪代官』のような扱いをされるなどと思いもよらず」

気落ちした様子のデルフィの言葉を受け、俺は心の底から呆れた。

「そんな話を、デルフィにまで……」

「はい。むしろ一番初めにご相談いただいたのが私でした」

どこか誇らしげな言葉に、俺は頭を抱える。

「面白いお話でしたし、私もできれば協力してさしあげたかったのですが……」

「……すまない。姉が馬鹿なことを要求して」

ため息もこぼれようというものだ。

「いえ、リコリス様のお心配りにはむしろ感服いたしました」

「心配り?」

「……ああ、ご存じなかったのですね」

デルフィはちらりとリコリスが話に夢中になっていることを確認すると、少し小さな声で言った。

「この計画、当初はシェイド様のためのものだったのですよ」

「俺の?」

「公からシェイド様に、公爵位についてのお話があったそうで。思い悩まれているご様子をリコリス様がご心配なさって、気晴らしになればとご計画を立てられたのです」

俺は絶句した。

たしかにこの休校期間において、俺は父リーリア公から将来についての話をされた。つまり、俺がリーリア公爵位を継ぐかどうかという話だ。話が大きすぎてさすがに衝撃を受けた。

以降そのことは常に俺の頭にあったが、そういえばリコリスに旅行計画を持ちかけられてからはそちらに思考がいっていたかもしれない。

「『シェイドの気晴らしになって、かつ権力の蜜を再認できるような旅行になれば最高よね』というのが、リコリス様のお考えです」

「権力の蜜?」

「おそらくは、弱きを助け、強気をくじくといったことではないかと」

デルフィが楽しそうに笑う。

俺も、つい笑ってしまった。

おそらく、姉にとっては権力を持つとはそういうことなのだろう。

いかにも楽観的すぎる考え方と思う。だが、困ったことに彼女のそういう考え方が嫌いではない。デルフィもそうなのだろう。

「そんなに弟想いなことを考えていたとは。……今となっては見る陰もないな」

リリアム譲とヴォルフと話をするのに夢中な姉。こちらを気にする様子は皆無。それを見る目が胡乱なものになるのも、いたしかたのないことではないだろうか。

「それは……その、『みとこうもん』計画が頓挫してからは、少し目的が逸れていった感がありまして……」

「貴重な女友達と過ごす旅行、という方に気持ちが傾いたんだろう」

返す言葉がなかったらしいデルフィは、気を取り直して、という様子で窓の外を指さした。

「……皆さま今日は町を見てまわれなかったそうですが、明日も時間はあります。リーリア公へのお土産でしたら、ここには美味しい地酒がいくつかありますよ。あとは何か形の残るものを、ご姉弟で選ばれるのがよろしいかと」

分かりやすく話題を逸らされたが、それは魅力的な提案でもあった。父への土産は大事な問題だ。

示されるままに外を見れば、この町――コタールの灯が目に入った。アリウムの街とくらべればその数はささやかではあるが、尊いことには変わりがない。姉も父もそういう考えの人だからこそ、今の俺もそのように思える。

見慣れない街の灯は、たしかに美しいと思えた。

デルフィが持ってきた飲み物の存在を思い出してひとくち口に含むと、爽やかな酸味が口に広がった。

「……美味いな」

「ここの主人はいろいろな果物を蜜漬けや酢漬けにして貯蔵庫に溜め込んでいるのですよ。わたしがついこの宿に寄ってしまう理由の一つでもあります」

下戸であるデルフィらしいことだ。

リコリスも好きそうな味だと思ったら、これの感想を彼女に聞いてみたくなった。

俺の気分は随分と上向いたらしく、過ぎたことにいつまでも心奪われているのはもったいないと、そう思えた。きっと単純でいいのだ。そちらのほうが人生をより楽しくすごせそうではないか。

「……すこし、あそこに混ざってくる」

リコリスたちを指さして俺が言うと、デルフィは嬉しそうに頷いた。

悪くない心持ちで、賑やかな一団へ向けて歩き出す。

計画とは違う一日が過ぎて、美味い夕食を腹に収め、その日の出来事を話の種に夜を過ごす。

思えば、そう悪くはない時間の過ごし方だ。

おそらくは今日の出来事もそれなりに美しい思い出として……。

(いや、ダメだな)

俺は首を振った。

今日の出来事においては、ヴォルフガングの迷言がひどすぎた。

おそらくこの出来事は、クソ真面目な顔で奴が放ったあのひどい一言とともに思い出されるに違いない。

いつかは美しくない思い出になるであろう、今日という日に乾杯。