軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話

久しぶりに我が身を省みることになったが、私、公爵令嬢である。

同じ公爵令嬢でも、たとえばソレイナ・ブルグマンシア先輩のように明るく社交的かつ『心優しいお姫様』的外見を備えているわけではない。

黒髪つり目に泣きぼくろ。どちらかというとダークな方向性の容姿なのである。

加えて今回私と父は、この劇場の後援者候補としてここに訪れた。それ故の劇場支配人、人気女優揃ってのお出迎えである。

まだ後援をすると決まっていないこともあり、私も父も家名を名乗っていない。ただ『五公家ゆかりの者』という、まあ嘘ではないよね、な身分と個人の名だけを名乗ってここにいるのである。

つまりミリアにとって私は、とっつきにくそう(もっと言えばちょっと怖そう)な容姿の、正確なところはわからないけどお高い身分の貴族。そしてスポンサー候補という、気詰まりかつ恐ろしい相手なのだろう。

でも私は、彼女に悪い印象を持たれたくない。

できればそう、お友達……的なものになれたらベストである。

道のりは遠い気がするのだが。

(いいえ)と、私は自らを奮い立たせた。

相手がすでに王都の有名人である以上、身分に関係のない個人的な出会い、なんてチャンスは望み薄だ。ここは権力をカサに……じゃなかった、父の伝手を頼らないことにはミリアと個人的に会うこともできなかったはず。だから、相手に少しばかり警戒されてしまうのは仕方ない。

(ここからよ、ここから! 諦めたらそこで試合終了よ!)

この日の 初(はつ) 対面では、私は彼女のファンであるということを伝えるに留まった。彼女は「私のことはどうぞミリアとお呼びください」と言ったが、明らかに支配人によって言わされた体である。

年上の彼女に対して私が敬語を使うことを固辞されただけでなく、『私のことはリコリスと呼んでほしい』と告げたが、彼女は深々と頭を下げるのみ。消極的な拒否である。

少しだけ舞台稽古なども見せてもらうことができたが、私たちがいるとミリアは稽古に集中できない様子だったので早々に退散した。

そして私の、プレゼント攻勢が幕を開けた。

彼女の公演を毎日見に行ったのだ。手土産を持って。

初めから重たいプレゼントはNGである。まずは花束。そして、王都で評判の甘いお菓子だ。ミリアが人間同様食べ物をとるということは当然調べてある。甘いものを好むというのも調査済み。こういうところは、人間の女性と何も変わらないようだ。

ちなみに劇場に足繁く通う私への、劇場支配人の態度はあくまでも丁重なものである。私は正確な額を知らないが、父がとりあえずとこの劇場に対して出資をしたのが功を奏しているのは明らかだった。

私のこの行動について、シェイドは呆れたように言った。

『友達になってほしい相手に貢ぐのは、ちょっとどうかと思いますよ』

言われた私は絶句した。その耳に痛い言葉は、ぐうの音も出ないほどの正論だったからである。

『……じゃ、じゃあ彼女とまっとうにお友達になる方法を、シェイドも考えてよ! 舞台稽古が忙しいのに邪魔するわけにもいかないし……。そうしたら舞台の後に激励を伝えるくらいしか、思いつかなかったのよ』

時間の問題もあるのだった。私が王都に足繁く通えるのは学園の始業までであって、時間は無限ではない。この休暇の間に、ぜひとも『彼女に手紙を送っても許される』くらいの関係を築きたいのだ。そうしたら彼女に忘れ去られるようなこともないだろう。

シェイドは嫌そう、かつ面倒くさそうに『知りませんよ』と答えた。

『協力してくれる気が全然ないなら、放っておいて』

私に睨みつけられて、シェイドも私の本気っぷりを悟ったらしかった。

『真剣なのは分かりました。……方向性は間違っているとしても、努力しているのも分かります』

『え? 協力してくれるの?』

私はそこに少し希望を見出してしまった。友達を作るにあたって、権力者でもある父にこれ以上の協力を申し出るのはどうかと思うし、かといってヴォルフにも頼みづらい。こういう時姉弟というのは、頼み事もしやすくて良いものである。

私の期待の眼差しを受けて、しかしシェイドはちょっと意地悪そうに笑った。

『邪魔をしないであげましょう』

『そんなの当たり前でしょ!』

けっきょくシェイドにからかわれたのだと分かって、私は弟に頼ろうなどという甘い考えは捨てたのである。

そんなやりとりもあって私は、自分で何とかするしかないのだと誓いを新たにした。

まずは、相手のことを知らねばならない。

もちろん私は、彼女の女優としての実績や、彼女がこれまで演じてきた多種多様の役柄について知っている。でもそういうものは話のきっかけにはなれど、そもそも今の私は、彼女に話しかけようとするたび怯えられてしまうのである。

(まずは観察よ! 彼女と心の距離を縮める突破口を見つけなくては!)

彼女を見ていて、比較的すぐにわかること。それは、彼女は感情を表情に出すことがとても少ないということだ。

舞台の上で感情豊かに演技をする彼女を見ているととても信じがたいことだが、舞台を降りたミリア・ガラントはほとんどが無表情である。初対面の私に向けてそうとわかるほど怯えていたが、あれはむしろ例外的な出来事だったようだ。

舞台を前に高揚、もしくは緊張する様子は彼女にはなく、舞台を終えて安堵する様子もない。

しかし私は執拗な観察によって、表情の動きが少ないミリアの感情の動きを少しばかり読んでいた。もちろん、確信は持てないので手探りの日々であるが。

派手で大きな花束よりも、小さく可憐な花を好むことが分かってきた。花の色は白が好きなようだ。香りの強い花は苦手らしい。

私は舞台の上の彼女に渡す花束の他に、小さな花を集めたバスケットを楽屋用に贈ることにした。

それから、お菓子の中では焼き菓子が好きな様子である。あまり甘い味付けのものではなく、素朴な、果物そのままや木の実だけの甘みや香ばしさが好ましいようだ。

そんな風に観察を続けてしばらく経った、ある夜のことである。

私はここ数日そうであったように小さな花かごを持って、彼女の楽屋を訪れた。彼女はいちおう初対面の時のような怯えた素振りは見せず、ちゃんと私を迎え入れてくれるようになっていた。

ここまで私に慣れてくれたことは嬉しいのだが、それでも『友人関係』とは心の距離も身体的距離も程遠い。私は彼女を怯えさせないよう、楽屋にはあまり踏み込まずに扉近くから彼女と話をした。

いつもと違う展開になったのは、私が手にした花かごを彼女が目にした瞬間のこと。

「もしかして、 雪白花(ゆきしろばな) ?」

彼女の心を引きつけたのは、花かごの一角を占める小さな白い花だったようだ。

ミリアは舞台衣装のままに椅子から立ち上がると、私の方に――正確には私が持つ花かごに向けて――突進してきた。

「やっぱり雪白花。しかもこんなにたくさん。こんな時期に……」

「ええ。時期はずれなのだけど、店によっては少し時期を外れた花を取り扱うことがあって。その……珍しいので、なんとなく……」

実際には、彼女の好み――匂いが弱く白く小さく可憐な花――にこの花があまりにピッタリ合致していたため、少々お高いのを承知で伝手を頼り探してしまったのだが。ドン引きされるのが怖くて言えない。

「この花がお好き?」

私が花かごを彼女に手渡しながら聞くと、彼女はかすかに、けれどそうと分かるほど嬉しそうな顔で頷いた。

「私にとって、特別な花なんです」

何かを思い出すような目をして、彼女は花かごに自分の顔を近づけた。雪白花は本当に、とてもささやかな香りしかしない花だ。でも彼女にはそれくらいが好ましいらしい。

送り主としては、そのように言ってもらえて嬉しくないはずがない。私はホクホクだったが、彼女はしばらくすると再びその表情を消してしまった。

「……きっと、高価なものですね」

慌てる私の前で、彼女は意を決したように続ける。

「私の舞台のファンだと言ってくださる方はたくさんいます。でも、私は人形ですから、こんな風に心を尽くしていただくのは、もったいなく思います……」

「それは、でも、私がしたくてしていることですから」

「……分からないのです。どうしてあなたのような方がこのように私に、その……優しくしてくださるのか」

困惑気味の彼女は、たとえ表情に乏しくとも、その手の中の花よりもなお可憐な風情である。

これで私が男だったら、雰囲気に飲まれて『あなたを愛しているからです!』などと口走ってしまっていたのではないだろうか。危ない危ない。

私はバカなことを考えながらも身のうちから勇気を振り絞った。

振り絞り、引き絞った。

今日これを彼女に言えたら、明日からはもうカラッカラの日干しになってもかまわない! そういう心持ちであった。

「その……私はあなたと、できたら、お友達になりたいと思って……!」

彼女は私の言葉に、軽くではあるが目を見開く。

「私と友達に? でも私は人形で……」

「え? 人間と、友達にはなれそうにない……?」

「そうではありません。でも、私には、友達なんて存在は分不相応です」

消極的な彼女に対し、私は食い下がった。

「私は、そうは思わないけど」

「でも、きっと、私には……何と言ったらいいのか、『足りないところ』があると思います」

「足りないところ? 友だちになるのに?」

「はい……」

「でも、逆に言うと、友だちになるのに必要なものって何かしら」

「え?」

「けっきょく、相手に好意さえ持てれば、それで十分だと思うのだけど。あなたにはたしかに、好きか嫌いかという感情があるでしょう? 今日のプレゼントを特別喜んでくれたのはそういうことよね? ……だから、もしあなたが私を嫌いでなかったら。好きになれそうだったら、その、ぜひ、お友達になってください……」

我ながら必死すぎると思った。

けれどミリアはかすかにだけれどはっきりと、私に向けて頷いたのだ。

「……そんな風に言ってくださったのは、あなたが初めてです。……はい。あなたと、お友達になれそうだって、なりたいって、私も思います」

私は、快哉を叫んだ。