軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話

五・六年合同ダンス授業は、『授業』と銘打ちながらも実際はイベントに近いものである。

開催の前には学園長名義で招待状が配られるし、開催時間も夕食後の自由時間があてられている。

場所は『迎賓館』の小ホール。

『迎賓館』というのは生徒間の呼称で、この建物の正式名称は王立魔法学園付属文化芸術館という。生徒たちがなぜ本来の名前にかすりもしない呼称を使うのかというと、外部からのお客様の宿泊施設というイメージが強いからだ。

実際にこの建物に入っている施設は魔法にまつわる稀少本を集めた書庫・年に二回王都から呼ばれた劇団が公演をする大ホール・ダンスの授業などで使用される小ホール・来賓用客室等々。

ちなみにこの建物、学園内で特に男子生徒に大人気の肝試しスポットである。

よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えば古い建物が生徒たちの心をくすぐるのだろう。

そして何より、『魔法にまつわる稀少本を集めた書庫』。これだ。

ものすごく胡散臭いし、様々な想像を掻き立てる部屋である。生徒は基本的に立ち入れないのでなおのこと。

そんなわけでこの建物について、生徒の好奇心と恐怖心を刺激する噂が絶えない。

曰く、過去に肝試しをしていた生徒が数人行方不明になった。建物の中で恐ろしい獣の遠吠えが聞こえたらしい、いや違う聞こえたのは子供のすすり泣く声だろう。迎賓館の書庫にはミイラがいるらしい。何言ってんだミイラがいるのは地下の一番奥まった部屋だ。そのミイラって実は魔王のミイラらしいぜ!

流石魔法学園だけあって、七不思議(正確に七つあるわけではないけれど)もバラエティに富んで荒唐無稽である。魔王のミイラって何。魔王をミイラにしちゃおうというその発想が素晴らしい。

ちなみに我が国どころか周辺諸国の歴史において『魔王』とやらがかつて登場したことは――ない。物語の中の存在である。

それに書庫のミイラというのはたぶん、この学園に勤めて六十余年、昨年で御年八十歳になられた司書のヘムロック氏への誤解によるものではないかと思う。

誤解というのは彼の容姿のことだ。八十歳のおじいさんというとシワだらけの老人を想像してしまうところだが、実際にはせいぜい働き盛りの四・五十代の男性にしか見えない。魔力の特に強い人にままある、実年齢よりかなり若く見えるタイプの人である。心も若い。どれくらい若いかというと先生の用事で書庫に訪ねた私をナンパしてくるくらい若い。いや、ナンパといってもごく紳士的にお茶に誘われただけで、そこに多少のリップサービスが付随していたというだけなのだけれど。

話題が逸れた。

大事なのは合同ダンス授業のこと。

ひいてはゲームヒロインリリィに起こる攻略キャラクター達との恋愛イベントのことだ。

あの後リリィに詳しく聞いてみたところ、リリィの出会いイベント消化率の低さを知ることになった。

現在のところリリィにとって一番接触の多い相手はシェイドだそうだ。我が弟ながら流石である。

同学年で同じ授業を受けることも多いので、編入早々声をかけられたとのこと。

ゲームの『シェイド』と『リリィ』の出会いイベントも、シェイドの方からリリィに興味を持って話しかけてくるというイベントなので、これはクリアしていると言っていいだろう。

でも仲がいいのかと聞いてみたところ、リリィの答えは、

『いいえ。別に』

あっけらかん、と返された。他の女生徒たちと同じように話しかけられるがそれだけ、とのことだ。

次いで同じく同学年のルイシャン。彼については、

『授業でお見かけするたびに、綺麗な方だなぁと思います』

そもそも個人的な会話をしたことがないそうだ。これには少々仕方がない理由もあって、ルイシャンは基本的に個人行動をしない。

ひょろっとしてあまり覇気のないわりに一応『護衛役』の、オリアという青年がよく付き従っているのである。

このオリアという青年には、私は少し思うところがある。実はこの青年、ゲームの中には影も形もない。例えばアルトの従兄弟兼取り巻きの少年などは、ゲーム内で名前は明らかにされていないにしてもゲームに登場はしている。そのくせたった一人でルイシャンの護衛をしている青年の存在がゲーム内にはなくて、こちらにはいる。それは少しおかしな話だと思うのだが……。

まあ私のゲームに関する記憶も大雑把だったりきっかけがないと思い出せなかったり、そもそもゲームの時と今とは色々変わっているが。

ともかく、ルイシャンが一人きりになる時というのは授業中や寮監督生の仕事をしている時などに限られているのだ。これでは『ルイシャン』と『リリィ』の出会いイベント、『古き良き少女漫画的廊下で衝突』は起こりにくいだろう。

あとは一学年下のアルト。彼については、

『存じあげません』

そ、そうですか。

もちろん私との会話に出てきたから名前は知っているが、と、なんだかリリィに気を使われてしまった。

でもまあ、アルトには別に会わなくても良いのではないだろうか。だって『アルト』と『リリィ』の出会いイベントって、ものすごく印象が悪いのだ。『アルト』がいつものごとく取り巻きを引き連れ、珍しい経歴の『リリィ』にちょっかいをかけるというか、突っかかっていくというか。貧困な想像力でもって庶民=貧乏と決めつけはやし立てるイベントなのである。

今時小学生でもそんな下手くそなアプローチはかけない。

さてそうすると、必然的にリリィの本命はヴォルフということになってしまうのだろうか。

いや、そもそもリリィがその四人の中から相手を選ぶ確約があるわけではないのだけれど。いやでも。ヴォルフとリリィが好きあってしまうかもなんて考えるのは嫌だ。正直に言って、すぐにでも二人に釘を差しておきたい。私はヴォルフの婚約者なのだし、その権利があるのではないだろうか。でも何も起こってないうちから牽制をかけるってどれだけ気が早いのか。というかそれはもはや嫉妬深いってレベルではないのでは。でも何か起こってしまってからでは遅いわけで……。

(でも、ゲームの『ヴォルフ』と私の婚約者のヴォルフは違うわ。ヴォルフは真面目な人だし、婚約者の私をいきなり放り捨てたりしない)

そう考えることでなんとか落ち着きを取り戻した時に限って、ゲームの中の『ヴォルフ』と『リリィ』の恋愛イベントを思い出したりして落ち込んでしまうのである。

ゲームの中の『リコリス』は、本当にお邪魔虫なのだ。私もプレイしていて嫌だなぁとよく思ったものである。

(なんか、落ち込む……)

ふと、考えてしまった。

私はヴォルフが好きだ。『恋愛』なんて言葉は大仰すぎるけれど、いずれはヴォルフと恋をするのではないかと思っている。彼を失い難い。

例えばいきなり婚約を解消してくれと言われても、首を縦にはふれない。二人の幸せを祝福するなんて、とてもできない。

私はすでにゲームの『リコリス』と同じ狂気へ向けて、一歩足を踏み出していることになるのだろうか?

私がヴォルフに恋をすることは、破滅への道なの?

その想像は、私の心臓をすくませる。

ダンス授業の時間が訪れた。

思い思いの色合いのドレスが円舞を描く。

普段は人気のない迎賓館のホールに、この時ばかりは踊って笑う大輪の花達が咲き乱れるのだ。

もちろん男子生徒もシャツに慣れないタイをしめて、泥で汚れていない靴を履いて出席している。

ゆったりとした三拍子のダンスは初歩的なものなので、五・六年の中にはこれを難しがる者はほとんどいない。どうしてもリズムを取るのが苦手、身体を動かすのが苦手という子でも、これだけを熱心に練習すれば案外どうにかなるものだ。皆の顔は楽しそうに華やいでいた。

リリィは今日は瞳の色に合わせたエメラルドグリーンの新しいドレスを着て、少し緊張した面持ちでパートナーの手をとっている。招待状をもらうのも初めてだし、かしこまったドレスもこれしか持っていないと苦笑していた彼女だが、明るくやわらかな印象のドレスの色は彼女のためにあるのではというほど似合っているし、足運びもなかなかのものだ。

ダンスの相手はヴォルフだ。彼は運動神経がよく場慣れしているので、よく先生の指示で下級生のあまりダンスの得意でない子と組んで練習をする。リードの上手な男性と踊るのは、自信のない初心者にとって何よりの上達の道だ。それは学園に来る前からヴォルフにダンスの相手をしてもらっていた私が一番良く分かっている。

私はというと、いつもと変わりのない夜会用の臙脂色のドレスで出席し、空元気を出して連続でダンスを踊ったら早々に疲れてダンスフロアから退場。しばらくダンスの先生と話をした後は、ダンスフロアを眺めていた。そして今、ヴォルフとリリィのダンスをぼんやり眺めることになったわけである。

(身長差があって、可愛いカップル……)

やめようやめようと思っていたのに、自虐的なことを考えてしまった。

曲が終わって、フロアから皆が引き上げてくる。ヴォルフとリリィは二言三言言葉をかわすと、ヴォルフだけがこちらに歩いてきた。

私はなんとなく緊張しながら彼が近づいてくるのを待つ。

なんだか深刻そうな顔をしたヴォルフは、開口一番こういった。

「リコリス、君に聞きたいことがある」

真剣な表情に、私は気圧されてしまった。

何を言われるのだろうと、心臓がドキドキする。

「今日ダンスを踊っていた相手は、その、どういう意図による選択なんだ?」

「??」

何を聞かれているのかわからず首を傾げる。

今日ダンスを踊っていた相手? リリィのこと? ああ、違う。ヴォルフは私に尋ねているんだ。私が今日ダンスを踊った相手? 誰だったかしら。

「ごめんなさいヴォルフ。私今日はとにかく体を動かしたい気分だったというか……。誰かまずい相手と踊ったりしたかしら?」

「なんだ、そうなのか」

ヴォルフがちょっと見ないくらい可愛らしい顔で笑ったので、私はなんだか悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきた。

だって今のは、ヴォルフは私のダンスパートナーに嫉妬をしたという事なのだろう。私は普段は先生から指示されたとき以外はヴォルフやシェイドとくらいしか踊らないのだ。

「ねえ、ヴォルフ。これは真面目に聞くことだから、貴方も真面目に答えて欲しいのだけど」

ヴォルフは真剣な顔で首肯する。

「ヴォルフは、運命って信じる?」

今度はヴォルフのほうが顔に疑問符を浮かべる番だった。

「運命の相手、というか。恋愛をしたら自分を幸せにしてくれる相手、みたいなものが、元から決まっているとして……。たとえばその人は、強くて前向きなのだけど、どこかもろいところがあって……なんというか、放っておけない感じの人なの」

ヴォルフはそこで、やっと得心がいったというふうに頷いた。

「……君のことか」