軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話

アルタード・ブルグマンシアは、華やかなブロンドの美少年である。薄茶の瞳はくりっと大きくて、愛嬌の塊だ。感情がすぐ顔に出る。

愛称はアルト。しかしゲームユーザーがつけた愛称は『バカルト』。『バカ』+『アルト』+『カルト』で『バカルト』だ。

なぜカルトなのかというと、ゲーム中のアルトの取り巻きがどんな間の抜けたことでも非道なことでも従ってしまうので。『ヤクでもやってんの?』『いやこれはもう信者と言うべきだろう』という議論の末についたあだ名だそうだ。

『アルト』は非常に享楽的で、自制心が足りない。彼をバカと評したが、妙に賢しい部分もある。少なくとも、人を使うということには長けているのが厄介なのだ。

ゲームの中で彼は、パーティーの企画も、誰かを着飾ることも、自身のおしゃれも、恋の応援も、楽しいからやる。ギャンブルも、麻薬も、いじめも、小動物を殺すのも同じ事だ。

彼に初めて会って、ゲーム中の彼について思い出した時、私は『終わった』と思った。こんな恐ろしい相手を前に、私には打つ手もないと。

アルトは、全攻略キャラクター中唯一、シリアスな過去が匂わされもしない。その辺りも彼がバカ系といわれる所以である。実際彼の両親は健在で、不仲でもないらしいし、六人兄弟の末っ子というなんだかほのぼのした設定を持つ。まぁ、実際には甘やかされすぎておかしくなったのかもしれないが。

とにかく、克服すべきトラウマも何もないのだ。自制心なんて、どうすれば備わるというのか。脳にマイクロチップを埋め込めむとか?

幸い、と言っていいかどうか本気でわからないのだが。

アルトは相手をものすごく選ぶ子供だった。公爵令嬢で年長者の私の言うことは、けっこう聞いてくれたのだ。

聞いたといっても、少なくとも小言に対して「え~~」とか「やだよ」とかいう返事を返す気があったという程度だが。一応彼の頭のなかにも上下関係という概念があったことに、私はホッとしたものだ。

私は奮起した。必ず、この邪智暴虐のお子様を調きょ――教育せねばならぬと決意した。

というのは冗談として。

少なくともアルトのことは、彼より権力をもった人間が何とか抑えにならなければと思ったのは確かだ。ソレイナ先輩に頼まれたこともあるし、幸いにして私には頼りになる婚約者殿も弟もいる。

ソレイナ先輩=アルトの実家の尽力もあった。彼女は家族を束ねて長期帰省のたびにアルトを囲い込み説得してくれたそうなのだ。曰く、「リコリスちゃんの言うことを聞いておけば間違いないから。悩み事があったらあの子に相談するのよ」

いや、それけっこう迷惑なんですけどね先輩。

子供の教育を学校任せに、どころか一生徒任せにするなんて本気でやめていただきたい。

そのアルトが、遠方から私達三人を見つけて駆け寄ってくるのが目に入った。

取り巻きをぞろぞろと引き連れて。

そして私に向けて言ったのだ。

「久しぶり~、女ボス。しばらくぼくに会えなくて寂しかった?」

「…………」

バ……アルトは、ヴォルフにも「ボス」と呼びかけて挨拶をした。彼の頭のなかでは寮長=ボスらしい。ちなみにシェイドのことは『センパイ』と呼ぶ。

「……その呼び方はやめてと再三言っているでしょうが」

「いいじゃん。そのまんまじゃん」

「それを王都の社交界にまで持ち越したりしたら、私はありとあらゆる手段を使って貴方を追い込んでやるからね……」

私の怨念こもった声に少しビビったアルトは、「別に悪い意味じゃないし。な?」と背後の取り巻き達に話しかけた。それに一斉に頷く取り巻きは今日は多めの五人。内訳は男子二人に女子三人だ。

時折増えたり減ったり入れ替わったりするアルトの取り巻きは、基本的に私達の方には話しかけてこない。目が合うと頭を下げるだけである。何かそういう取り決めでもあるのかと初めは訝しんだものだが、実際取り決めがあるそうだ。わけがわからない。

構成員の中に一人だけ、必要に応じてこちらに話しかけてくる男の子がいる。アルトの従兄弟である彼は、ほとんど欠かさずアルトの側にいる。お目付け役ということなのだろうが、その役割を果たせているとは思えない。見てるだけだからだ。

「だいたいアルト、なぜこちらに来たの?」

「え?」

「あなたはまだ四年で、寮監督生でもないじゃない。生徒の列に並びなさいよ」

「ぼく準監督生だよ!」

「知っているけど……準監督生は今日はこちらに来なくていいのよ」

「やだよ! ぼくもここにいる!」

「貴方だけ特別扱いというわけにもいかないでしょう……」

「なんで?」

これだ。

私は脱力感に捕らわれた。

自分が特別扱いされない理由が分からない。

こんな楽しいことをどうして止められるのかわからない。

そういう時アルトは、私達に向けて『なんで?』と聞く。小さな子供がわからないことをなんでも知りたがるような言葉と違うのは、そこに苛立ちが込められているためだ。『今まで許されてきたことなのに、なぜあんた達は許してくれないの?』そういう苛立ちが。

私はこれを聞くたびに思う。三年間、比較的近くから彼を見てきた。でも私は彼のことなど本当は少しも理解できていないのではないか。会話をして、少しは仲良くなったつもりで、そんなのはただの錯覚に過ぎないのではないか。だってその証拠に、彼は私にとっては当たり前の言葉にまで聞くではないか、『なんで?』と。

私が返す言葉に詰まっていると、ヴォルフとシェイドがふてくされたアルトをいなして、自分の席に帰らせた。その後ろを取り巻き達が、やはり無言でついていく。

私はほっと息をついた。

と、そこであたりにかすかに漂う沈香の香りに気がついた。

「遅くなりました」

そう言って丁寧に、美しい所作で頭を下げたのは、ルイシャン。この沈香の香りの主である。

動きに合わせてつややかで真っ直ぐな黒髪がさらりと揺れる。顔の横で段をつけるように切られた独特の髪型は、彼にはとても良く似合っている。彼はそこにいるというだけで、一種独特の世界を構築しているようだ。少し変わった構造の白い服には銀糸でそれは細やかな刺繍がされている。エキゾチックな雰囲気のある少年だ。

いや、少年、と一言で言ってしまって良いものか悩む。ヴォルフやシェイドがもはやはっきりと青年らしい体格を有しているのに比べて、ルイシャンは華奢だ。けれどスラリと長身でつねに静謐な笑みを浮かべる彼は、まさしく少年から青年への過渡期にある。

ルイシャンはヴォルフに生徒たちの様子を報告すると、ごく静かに私たちの輪の中に入った。

彼はもう一人の寮監督生。そしてもう一人のゲーム攻略キャラクターでもある。

彼の出自は、学園内でも明確にはされていない。さる高貴な人物の関係者、とだけ説明がされている。

ゲームの中で、『ルイシャン』が自分の母親について語るシーンがある。曰く、淫蕩である。烈女である。あらゆる欲を隠さぬ人である。凋落と破滅を呼ぶ人である。

彼は女性に対して強烈なコンプレックスを持っている。処女性を愛し、性欲だけでなく恋情までも汚いものと考えている。欲を持たない無機物を偏愛する傾向があり、ヒロインへの好意に悩むと、今、美しいうちに殺してしまいたいとまで考える。でも、それを力ずくで実行したりはしない。

彼はゲームの中で唯一、暴力の匂いをまったく感じさせないキャラクターでもあるのだ。彼の病んだ部分は、たやすく攻撃性には現れない。彼のルートが猟奇的になるのは、主人公が『貴方の好きにして、されたい』という発言をした時だけだ。それでも彼のルートは作中でも穏やかな方で、どういった選択肢を選んでもヒロインが殺されたり、他の人間が死んだりしない。少なくとも、私の覚えている限りでは。

今眼の前にいるルイシャンは真面目な生徒だ。

勉学に熱心で、礼儀正しく、規律をしっかりと守る。真面目な分シェイドとは折があわずに衝突することもあるが、その姉である私を厭う様子などは全くない。

今も「リコリス先輩」と気軽に声をかけてきてくれる。

それでも。

私は油断してはいけないのだろう。

ヒロインは――『リリィ』は学園に現れて、ゲームの時間は始まったのだから。