軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話

続いて飛び込んできたヴォルフと協力して、父はすぐに叔父を縛り上げた。

その後ろには叔母や、クリナム、執事さんを始めとしたランクラーツ家の面々が揃っていていて、中の幾人かは何が起こったやらさっぱり、という顔をしていた。

関係者揃いぶみで(もちろん叔父は除く)居間に落ち着いてから説明された、ことの顛末はこうである。

まず父がなぜこんな時間にランクラーツ邸にいたのか。

実は、父はもともと王都での仕事(仕事内容は夜会での賓客のエスコート)のあと今夜中にこちらへ帰れる予定だったらしい。私には明日の朝だと告げたのは、もう一つの用事を終えると私が眠る前には帰れそうにないから。

もう一つの用事というのが、リーリア公爵邸で待つ叔母と内密に話をすること。

といっても、逢瀬というわけではなく。

叔母がどうしてもと言い出したそうで、話の内容とは罪の告白だった。叔母がシェイドにしたことから始まり、叔父がシェイドと私の結婚をどうしても進めたいと考えていることまで。

この叔父の考えには父は怒り心頭だったそうで、絶対に叔父をぶん殴ってやろうと考えながら真夜中のランクラーツ邸に急いだそうである。

ヴォルフの方はどうしていたかというと、なんと、夜私と別れた後に叔父に家から追い出されたのだそうだ。無茶苦茶である。十歳の子供、しかも宰相の息子で子爵位を持つヴォルフを、夜中に家から追い出すなど。色々な意味で非常識にも程がある。

でもヴォルフもなかなか根性が据わっているというか、諦めて街に宿をとるふりをしたのち取って返し、館に侵入しようとしたそうだ。

まず私の部屋に向かったがもぬけの殻。そこで父と叔母が合流。

ヴ「リコリスがいません!」

父「なんだって? ナーシサスも姿が見えないんだ」

叔母「シェイドもいないわ! まさかあの人が二人を無理やり結婚させようと!?」

とかいう会話があったそうだ。

叔母様の発想がぶっとんでる。

でも、夜中に『お前の目を寄越せ』とか言われて追い掛け回される状況ほどではないかもしれない。

そこに現れたクリナムが、屋根裏の方からなにやらガタガタと音がしていたと証言。別棟に寝泊まりする使用人たちも段々と集まりだして一路屋根裏部屋へ、ということだったらしい。

つまり。

父が叔父を問答無用で殴ったのは、誤解が一役買っていたせいらしい。

もう、私のお父様素敵すぎる。話の合間にランクラーツ邸の使用人たちにテキパキと指示を出す姿がとても格好良い。

ちなみに話を聞く間中、シェイドは毛布にくるまれて温かい飲み物を手にし、私はというと毛布をまとった上にずっと父のお膝の上だ。

ヴォルフがなんとなく羨ましそうにこちらを見てくるが、今だけはたとえヴォルフが相手でもこの位置を譲りたくない。ごめんねヴォルフ。

「お父様、助けてくれて本当にありがとう」

私が改めてお礼を言うと、父は照れたように微笑んだ。

「いや、実は、君があの場面で私のことを呼んでくれるとは思わなかった。……嬉しかったよ」

「あの場面?」

「私が屋根裏部屋に飛び込む直前だ」

そういえば、言ったかもしれない。というかまぁ、言ったのだろう。『お父様、助けて!』とかなんとか。

自分の子供っぽい言動に照れて、私は顔を父の首元に押し付けた。

「そんな顔をしなくとも。私は一応大人の男で父親だからね。一日の長があるというだけさ」

何のことかと思ったら、父の言葉はヴォルフに向けたものだった。

「お気遣いに感謝します。でも、俺は今回彼女の役に立てませんでしたから」

ヴォルフってば。

私をシェイドから助けてくれたのはつい半日ほど前の話なのに、そのことは忘れてしまったのだろうか。

思い出させてあげるためにも、私は父にヴォルフがいかに格好良く騎士役を務めてくれたか説明することにしたのだった。

こうして私は、父とヴォルフと話をしながら、やっと恐ろしい嵐が過ぎ去ったことを実感した。

やがてクリナムが、叔母に支えられるようにして部屋を出ていった。その間際に私に向けて申し訳なさそうに頭を下げてくれたので、私の心は浮き立った。彼女との友情がもし戻るのだとしたら、とても嬉しいことだ。

クリナムはこの部屋に落ち着いてからも、シェイドに話しかけたり近づこうとする様子はなかった。それが拒絶なのか戸惑いなのかは判断が難しい。

叔母の方は、あの叔父のせいで色々と苦しんでいたことは分かる。それでもシェイドにしたことは間違っていたはずだ。

クリナムや叔母がどうするのか。それは彼女たちが決めることだろうが、父は協力を惜しまないだろうし、私にもできることはあるかもしれない。

そして同じように執事さんに促されて部屋を出て行くところだったシェイドは、何を思ったかてくてくとこちらに歩いてきた。

身体に巻きつけている毛布のおかげか、頬や唇に血の赤みが戻ってきている。

私は父の膝の上から下りて彼を迎えた。

シェイドはまず、父に向き直って丁寧に頭を下げた。

「リーリア公、先ほどは助けていただいてありがとうございました」

「いや、君もひどい目にあったね。これから少しでも眠れるといいのだが」

シェイドは困ったように笑う。毛布をぎゅっと握る指の細さがどこか痛々しい。

(ん?)

「リコリス。巻き込んでしまって本当にすみません。あの時は、あなたしか頼れる相手が思いつかなくて……」

「……いいえ。別に、あなたが悪いわけじゃないわ」

「ありがとうございます。あの時あなたがいなかったらと思うとぞっとします。 僕(・) 一人だったら今頃……」

シェイドはあらぬ想像に怯えたように、片方の手を毛布から出して私の方に伸ばした。私は戸惑いつつもそれを握って、もう大丈夫よと声をかける。

共にあの恐怖を味わった者として、本当に怖かったという気持は分かる。分かるのだが……。

その時、私たちの会話を聞いていた父がどこかはしゃいだ声を上げた。

「自分よりも小さい子の前では、リコリスはちゃんとお姉さんなんだね。同じような格好をして、二人ともかわいいなぁ。二人並ぶと天使のようだよ」

まさかの。

まさかの天然発言?

ちなみに『同じような格好』というのはこの、不恰好に毛布を羽織った姿のことである。

私が言葉にするより先に、ヴォルフが父にきっぱりと釘を差した。

「リーリア公。彼は魅了の魔法を使います。ご留意ください」

私もうんうんと頷いた。いくら恐ろしい目にあった後とはいえ、シェイドの態度は殊勝すぎると思うのだ。

「大丈夫。私には魅了の魔法は効かないよ」

いやにきっぱりと言い切った父に、私もヴォルフも、シェイドまで驚きに目を開いた。

「こう見えても、魔法学校では優等生だったんだよ。品行方正で適性もあったから、魅了の魔法も使用を許されている。しかし相手に不審を抱かれる危険を冒すなんて、青い青い。 この(・・) 魔法はね、ここぞという時、絶対に誰にもそうと知られないように使えてこそ真価を発揮するんだ」

そう言って父は、シェイドに向かってひどく優しく微笑んでみせた。シェイドの表情が困惑に染まる。

「あ、誤解しないでくれリコリス。私はけして私生活で不要な魔法を使ったりはしていないし、これからも絶対にしない。精神に作用する魔法の場合、それは人間関係を歪ませる行為だからね。君たちも学園で真摯に学べば、目的と理性をもって魔法を使用するということの意味が分かるはずだ」

それって、仕事には適度に利用していますよ、ということなのだろうか。父は外交に携わっているわけだけれど。

ちょっと怖いので、聞かないでおいていいだろうか。

私は心に棚を作りながら、父の言葉に頷いた。

さて、シェイドである。

彼は少し、父から距離をとるように後ずさった。

多分彼は、自分の魔法が全く通用しない相手に初めて会ったのではないだろうか。

それでも、きびすを返して逃げ出すようなことはせずに留まる。

「俺は、どうなるんでしょうか」

「君がこの家で父親と母親にされたことについては、私も責任を感じている。すまなかった。その上で君にしっかりとした引き取り手を紹介したいのだが……」

「難しいの?」

私が口を挟むと、父は困ったように笑った。

「実のところ、親戚筋の下手な所に彼を預けてしまうと第二第三のナーシサスが現れかねない」

私の顔がピクリとひきつった。

「お、お父様、冗談でもやめて」

「冗談ではないんだよ……」

言いながら父は、シェイドの赤い瞳をじっと見つめた。

私は、我が家の親戚筋のドロドロっぷりに絶望する。

「もちろん、それでも信頼出来る家庭はある。しかし残念なことにその場合、君を預かることで彼らは渦中に立たされてしまう」

「いっそのこと、血縁と全然関係ない家を探してみたら?」

「それはそれでものすごい反発を食らうことになるだろうな。『リーリア公爵家の赤』を外に出すことになるわけだから」

父はその言葉を、少し皮肉げに口にした。

「でもお父様、そうすると……」

「選択肢はほぼないに等しい。つまり……彼を我が家で引き取るとか」

父の言葉に、私はというとゲームキャラクターの『シェイド』に思いを馳せていた。

あれ? 『シェイド』は『リコリス』の義弟だった? いや、そんな設定があったらいくらなんでも覚えていると思う。では、これはゲームとは違う展開になったということなのだろうか。

しかし今ふと思ったのだが、ゲームの『シェイド』の家名が全く思い出せなかった件。あれは私の記憶力の問題とかではなく、ゲームで彼は自分の家名を名乗ってないんじゃないだろうか。キャラクター紹介でも、ただ『シェイド』とだけ紹介されていた……ような気がしてきた。

これがゲームと違う展開だというなら願ったりなのに、その確信が持てない。

改めて『シェイド』が、自分を語らないキャラクターだと痛感させられた。秘密主義キャラ面倒くさい!

私の混乱をよそに大きく反発の声をあげたのはヴォルフだ。

「まさか! リコリスは彼に操られそうになったんですよ!?」

その勢いがあまりに強かったので、『あれ? ヴォルフの反対でこの話は頓挫するなら私の今の懊悩はムダ?』と思ったくらいだ。

「もちろん。リコリスが反対するなら話は別だ。爵位に関わる問題もあるし、正直これはこれでやっかいな選択肢ではあるんだよ」

父とヴォルフ、そしてシェイドの視線が私に集まった。

どうやらシェイドが我が家に迎えられるかどうかは、私にかかっているらしい。やめてくれ。

「……シェイドはどうしたいの?」

私は様々な事情を抱えて大人たちに振り回され、でも割と曲者で自分から周囲を振り回しもするやっかいないとこに向き直った。

「俺は、爵位はいりません。でも……」

シェイドは言い淀んで口を閉ざした。けれど少なくとも、この提案に反対でないことは分かった。

たとえ消去法でも、シェイドにはそれしか選択肢がないのかもしれない。

「あなたのお母様の所には……?」

「母はもう、俺と暮らした場所にはいません」

ああ。

そうなのか。彼は知っているのだ。自分を父親に引き渡した母親が、既に他の男と逃げてしまっているということを。

彼はもう、両親のどちらにも頼ることは出来ないのだ。

シェイドは私よりもまだ随分と背が低く、俯いてしまうと彼のつむじしか見えなくなる。

そうすると連鎖的に、あの屋根裏部屋で、身体を縮こませて震えていた彼を思い出してしまったり……。

魅了の魔法をかけられたときは、こんなヤツにもう絶対に近寄らないと思ったのに。逃走劇の中で私はたぶん、シェイドが隠しきれなかった弱さに触れてしまった。

横目でヴォルフを見る。彼はちょっとふてくされたような顔をして、多分私の気持ちを分かっているのだろう。私は唇だけ動かして彼に『ごめんね』と伝えた。

「ああ、そういえばシェイド。まず前提として、あなたの魔力は協会にお願いして封じてもらうわよ」

私の言葉に、シェイドは舌打ちでもしそうな顔で私を睨んだ。

「なによその顔。当たり前でしょう? お父様は平気でも、私はそうじゃないんだから」

「……俺にとってはこの力は生命線です」

「でもあなた、その魔法使いこなせてないじゃない」

「…………」

「まあ不安なのはわかるけど、うちに来るなら私やお父様が新しい力をあげるわよ」

シェイドは思い切り胡乱げな顔をする。

「新しい力、ですか」

「そう。それはね……知識と、技術よ!」

どーん、と。

私は良いことを言ったつもりだったが、シェイドの反応は薄い。

「そんなありふれたものが、俺の失う力と等価だと?」

小馬鹿にしたようなもの言いに私はむっとする。

「等価どころか、ずっと素晴らしい可能性を秘めているわよ。例えば今、あなたがここから逃げ出したら、その魔法をこれからも使い放題かもしれないけど、クリナムにしたような失敗をもうしないと言えるの? 協会から逃げるなら、それは学園で魔法について学ぶこともできないってことなのよ?」

シェイドは反論できずに押し黙り、けれどボソリと一矢報いてきた。

「…………理屈っぽい女」

「何ですって!? 言っておくけどあなた、ちょっと女を舐めすぎよ。『俺がちょっと憂い顔見せたり微笑んでやったりすればチョロいぜ』とか思っているんでしょう。すごくムカつく!」

「言いがかりですよ」

「嘘よ。絶対自分の容姿最強って思ってるわよ。自意識高くてきちんと相手に向き合わないから、大事な相手にまともな愛情表現も出来ない女々しい男になるのよ!」

「……本気で、言いがかりですね」

「あら、怒ったの? 心当たりがある?」

私達が近距離で睨み合ったその時。

パンパン。

手を叩く音がした方を見ると、父がニコニコと笑っていた。

「二人とも、とても仲良くやれそうで何よりだ」

ヴォルフが無言で近づいてきて、無言のまま私の手を引いてシェイドから遠ざけた。

こうして、我が家に一人、家族が増えることになったのである。