軽量なろうリーダー

『真実の愛』とやらで婚約破棄されたので、推しと契約結婚して幸せばぁばライフを満喫しますわ!

作者: 碧

本文

「すまない、エリアーヌ。私はこのリリスとの間に『真実の愛』を見つけてしまったんだ。残念だが、君との婚約を破棄させてもらう」

テンプレ的婚約破棄。

金髪のどこか甘ったるい印象の美青年がふわふわした可愛らしい令嬢の腰を抱いてそう宣言した瞬間、濁流のように記憶が流れ込んだ。

これは……乙女ゲーム『君と世界の調べを』略して『キミセカ』のワンシーン!

たったいま婚約破棄宣言を食らったのが公爵令嬢でもあるわたしことエリアーヌ。んでもって、たったいま 元(・) になった婚約者が第一王子のフェルナン様でヒロインがリリス。

諸々の情報を脳内でスピード処理し、顔をあげた。

「君がなんと言お」

「婚約破棄、承りました」

恐らく「君がなんと言おうと私の気持ちは変わらない」的に続いただろう(予想)フェルナン様の発言をぶった切って食い気味に返事をした。

「え?承り……?」

「フェルナン様、リリス様、お二人の『真実の愛』を心より祝福致しますわ!それでは、手続等やることもございますしわたくしはお先に失礼します」

笑顔で祝福を告げ、逃げるようにその場を去る。

記憶を思い出したからにはこうしちゃいられないのよ。

パーティー会場から即時撤収したわたしはありのままをお話しし、ブチ切れるお父様に「復讐なんていいから速やかに!可及的速やかに婚約破棄の処理をお願いします」と頼み込み家を出た。

そして向かった先は…………。

我が国の筆頭公爵家でもあるマクスウェル公爵家のお宅。

濃いサファイアブルーの瞳を冷たく眇めた美丈夫は、現国王陛下の叔父上であり、マスクウェル公爵家現当主でもあるレイモンド様。その眼力に怯むことなく、わたしはにっこり笑って紅茶を口にした。

「この度、殿下から婚約破棄されてしまって…………」

頬に手を当て、ほぅと溜息。

「けどご存じの通り、我が家の事情でわたくしが嫁げる殿方ってそう多くはありませんのよ。ですので、わたくしを娶って頂きたく参上した次第ですの」

厚かましくもそう告げた途端、品のいい応接間は極寒の地に早変わりした。

ブリザードを吹き荒らすのはレイモンド様とそのご子息のエドガー様。

なにを隠そう、レイモンド様こそ『キミセカ』に於ける悪役、いわゆるラスボス様!!

王子にテンプレ的婚約破棄を食らったわたしが悪役じゃないのかって?

それがちょっと違うのよねぇ。

エリアーヌは嫉妬からリリスに嫌がらせをしてしまい婚約破棄されるが、後に和解。殿下の側近でもあるヴェリオス様とも結ばれ、2人を支えるキャラだ。

いわゆる親友ルートってやつ??

…………でもさぁ?

そもそも嫌がらせとかしてないし。

ゲームでエリアーヌがヴェリオス様と結婚したのだって、恋愛感情とかでなく、さっきチラッと口にした“我が家の事情”のためだ。

ぶっちゃけ、わたしは王家の方々、あるいはその血を継いでる方々にしか嫁げない。

正確に言うなら……その方々としか子を持つことを認められていない。

それというのも大国の姫君であった曾祖母に由来する。

かの一族と同じ美しい紫の瞳を受け継いで生まれたわたし。

王家の証でもある希少な紫の瞳を他所に流出させないために、婚姻先が限られているわけです。

そんな事情があってフェルナン様に婚約破棄された以上、年齢諸々の関係で実質残る候補は侯爵家のヴェリオス様一択なわけだけど……。

殿下に好みの女性を斡旋して『真実の愛』を生み出し、嫌がらせの犯人がわたしだと吹き込んだのってヴェリオス様だよね、きっと。

つまりは嵌められた。

狙いは十中八九わたしとの婚姻。

「もちろん、タダで無理を通そうとは思っておりませんのよ?対価は……ユリアス様の命でいかがかしら?」

扇子の陰からにっこりと笑えば、殺気が全身を貫いた。

レイモンド様の孫であるユリアス様が重い呪いに侵されているのは周知の事実だ。

「面白くもない冗談だな」

「冗談などではございませんわ」

ラスボスvs悪役令嬢もどき。

気の弱い方なら心臓発作を起こしそうな殺気に怯むことなく、迫力満点なレイモンド様のお顔に「カッコイイ!」とトキメキつつ扇を装備する。

ここは真面目な場面なのでにやけるわけにはいかない。

「どこぞの詐欺師のように曖昧な治療で場を濁すつもりはなくてよ?報酬は成功報酬で構いませんわ。諸々の条件を記した契約書も交わしましょう。いかがです?わたくしの話を聞いてくださる気になったかしら?」

…………ってことで、わたしエリアーヌは レ(・) イ(・) モ(・) ン(・) ド(・) 様(・) の(・) 妻(・) となりました!

え?展開が早いって??

だって時間は有限だもの。

それにうかうかしてて、余計な横槍入れられたらたまらないので!

正式に婚姻の書類も用意し、王城へ出向いて陛下を脅し……いえ、ちょこっとお話をし、正真正銘わたしはマスクウェル公爵夫人となった。

「お婆様と呼んでくださいね!」

「「「…………」」」

いくつもの正気を疑う視線が飛んできた。

目線を合わせてしゃがみこんだ先にはキョトンとした幼子の顔。

そう、わたし!

このたび孫が出来ました!!

「君は正気か?」

もはや何度目かわからないその言葉に、立ち上がったわたしは腰に手をあてプリプリしたポーズをとってみせる。当然ワザと。

「あら、なにも可笑しくなんてございませんでしょう?わたくしはレイモンド様の妻なのですよ?つまりユリアス様は孫にあたります」

額を押さえたレイモンド様は疲れた表情でため息を吐いた。

エドガー様も表情が死んでいる。

「可笑しなことだらけだろうに。そもそも17歳の君が私に嫁ぐなど……正気とは思えない」

げんなりとした口調のレイモンド様。

それというのも…………マスクウェル家のみなさんは当初勘違いしていたようなのです。

わたしが エ(・) ド(・) ガ(・) ー(・) 様(・) 狙(・) い(・) だと。

なにせレイモンド様はお父様より年上だし、さらには自分より10歳年上の息子と孫まで出来たことになるわけだからねー。

だけどわたしの狙いは最初っからレイモンド様一択!!

第一エドガー様は既婚者だ。愛息子の命を盾に奥様・コレット様との離縁を迫って、その後釜に収まるとか……ただの悪女じゃなーい。

その点、レイモンド様は早くに妻を亡くしてずっと独身。彼を狙う女性たちは数多く居るものの「レイモンド様はミレーヌ様一筋だ」と社交界では有名だ。

年齢?

問題ない、ない。

お腹も出てないレイモンド様は5歳は若く見えるし、なんならギリ30代でも通ると思う。

なにより超・絶・好み!!

心の中で悶えていると、くいくいとスカートを引かれた。

「あのね……お姉さん。ぼくを治してくれてありがとう」

もじもじしながらたどたどしくお礼を言われた。

恥ずかしそうな上目遣いともじもじのコンボに心臓を射抜かれ、両手で胸を押さえてしゃがみこむ。

「かっ、かわっ……!」

「かわ……?」

「可愛いっっ!!キュン死しそう!」

本能のままに呟けば部屋中からすごい視線が飛んできた。

おっといけない!

淑女の皮が…………!!

慌てて淑女の仮面を被り直し、「キュン……?」と可愛く首を傾げるユリアス様の小さな手をそっとすくい上げる。

「これから一緒に暮らすことになりました。どうぞ仲良くしてくださいね」

ちなみに「お婆様」呼びは「それはミレーヌの為の名だ」と却下されたので「ばぁば」って呼んでもらうことにしました!

要望を聞き入れたのに、何故か微妙なお顔をされた……解せぬ。

「本当にこちらでよろしいので?」

ぐるりと部屋を見渡し、ええとメイドに微笑む。

早速とばかりにマスクウェル邸に住み込むことを決めたわたし。

部屋は離れを強く希望した。

「良好な関係を保つためにも適度な距離は必要でしょう?お互いに」

「御用があれば何なりとお申し付けください」

「有り難う」

足音が遠ざかったのを確認し、ボスンッと勢いをつけてベッドに倒れこむ。

「予想通りユリアス様も治せたし、これでルート回避ね!」

声を抑えつつもくふくふと笑う。

「はぁ~……!レイモンド様の妻……!最高っ!!!」

顔に押し付ける形で抱きしめたクッションで声を殺しつつうっとりと溜息。

ゲームでは悪のラスボス様であるレイモンド様だが、その原因は家族の死による闇落ちだ。

呪具に触れ呪いに蝕まれたユリアス様の死を皮切りにマスクウェル公爵家は悲劇に見舞われる……んだけど、その呪いを無事解くことでわたしは妻の座をGETした。

闇落ちルートも無事回避ー!

なんでそんなことが出来たかといえば……わたしが聖女で転生者だから。

聖女といっても1000人に1人ぐらいの割合で生まれる珍しいんだか珍しくないんだか?程度の存在で、出来るのは小さな傷を治したり、病の痛みを和らげたり程度の癒しだけ。

だけど前世知識を持つわたしは裏技チートを使ってユリアス様を治したってわけ。

「もう聖女でないことも、10代で孫が出来たことも全く問題じゃないわ!さぁ、この三年間思う存分楽しむわよ!ばぁばライフを満喫してやるわ~!!」

そう、 三(・) 年(・) 間(・) 。

この国では三年間清い関係……つまりは白い結婚が認められると離縁が成立する。

元よりこんな歪な契約結婚がいつまでも続けられると思ってはいない。

なので離縁の申し出があれば受け入れることを条件に、「それまではわたくしを 家(・) 族(・) と(・) し(・) て(・) 扱ってください」と要求を突き付けた。

恰好いい旦那様、イケメンの息子に出来た嫁、天使みたいに可愛い孫。

マスクウェル公爵家で夢のような三年間を満喫しつつ、その後の生活の基盤を築くのだ。

望まない結婚をして殿下たちに使われるぐらいなら、子を成さずにおひとり様生活を満喫する方がずっといいもの。

「まずは……一人で生きていける経済力をつけなきゃね。ゲームで出てくる流行り病、あれの対策も考えなきゃ」

やるべき目標を決め、幸せ気分でエリアーヌは夢の中へと旅立った。

「はい!ばぁばにあげるね」

「まぁ、綺麗なお花!」

差し出された赤いお花を受け取る。

ウチの孫が今日も天使……!

そんでもって早くも紳士……!

そっと花に顔を近づければ甘い香りがふわりと漂う。

「ありがとうございます」と笑顔でお礼を告げ……小さな手にはまだ別の花が握られていることに気づいた。

「それはコレット様の分ですか?」

「ううん。お母様にはピンクのお花をあげた」

「ではそちらは……?」

問いかけにユリアス様はお花を持った手を背中へと隠してしまった。

「ばぁばには内緒ですの……?」

ワザと悲し気に眉を垂れれば、はっとユリアス様のお顔が焦る。

かわいい……。

でも女は女優なので将来変な女に騙されちゃダメよー!

それから困ったように「ないしょだよ」と小さな指を唇の前に立て、わたしの手を握って歩き出す天使に危うく天に召されそうになった。

キュン死を堪えてたどりついた先にあったのはお墓だった。

墓石に刻まれた名は『ミレーヌ』。

お墓の周りには雑草ひとつなく、色とりどりの花が供えられていた。そこへそっと白い花が手向けられる。

「お婆様が眠ってるんだよ。……ぼくは会ったことないけど」

死者への祈りを捧げたユリアス様が再びわたしの手を取った。小さくて、温かな手だった。

わたしは無言でテーブルの上の紙を見つめていた。

するとそこにユリアス様がやって来て、慌ててテーブルへと覆いかぶさる。

「なにやってるの、ばぁば?」

「えっと、これはその…………」

「クレヨン?お絵描きしてたの?」

冷や汗をかきながら誤魔化そうとするも、無垢な瞳に負けて身を起こした。

じっ……と紙を凝視するユリアス様。

「えっと………………、いぬ……ん、ねこ……?」

「…………ニーナです」

かなり長い沈黙のうえ導き出された答えに首を振る。

わたしが描いたのはメイドのニーナだ。

再びじっといぬねこもどき、もといニーナもどきを見るユリアス様。

「なんで手が3本あるの?」

「これは髪ですわ」

「足が4あるよ?」

「これとこれはエプロンのリボンです」

「…………あっ、よく見ればメイド服に見える……かも……?」

幼児に気を遣われた……。

その後、ユリアス様が描いてくれたニーナはわたしよりよほど上手かった。

わたしの孫は画家の才能があるかも知れない。

その絵はもらった。

訪れた商人と商談を交わす。

他国とも広く通じている商会の責任者との商談はすでに数回目だった。

公爵夫人としては完全にお飾りのわたしは社交の場にも出ず日々忙しく過ごしていた。

事業を始める下準備に、流行り病のための薬の材料の確保……あとは可愛い孫を愛で遊んだり、優しいお嫁さんとお茶したり。

素敵な旦那様と息子に密かに萌えることも忘れない。

「そうだ、ひとつお願いがあるのだけど……」

真面目な話が終わったあとで、一枚の紙を差し出した。

これは?と目を丸くする責任者へと周囲を気にしつつ、耳元でそっと囁いた。

「またフェルナン様から申し出があったよ」

「……またですの?」

書類を捲るレイモンド様のお言葉に思わず呆れた。

「ヴェリオス様からも再三……」

苦笑い気味にエドガー様のお言葉も続き、はしたなくも溜息が漏れる。

「お断りしてくださいな。わたくしは忙しいので」

「すでにした」

「ありがとうございます」

「風向きが変わって相当焦っているのだろう」

「まさかエリアーヌ様を失うなど思ってもみなかったのでしょうね」

レイモンド様もエドガー様も口調がどこか冷ややかだ。

フェルナン様たちにとって、わたしとレイモンド様の結婚は正に寝耳に水だったのだろう。

正妃だったフェルナン様のお母上はすでに亡き人。

さらには第一王子のフェルナン様には腹違いの異母弟が居り、現在の王妃は第二王子であるリヒャルト様(12歳)の母であるルイーズ様だ。

わたしとの婚姻によりフェルメール公爵家の後ろ盾を得たことでフェルナン様の王位は盤石となっていた筈……が、『真実の愛』による婚約破棄。

きっとフェルナン様は甘く考えていたのだろう。

自分の側近であるヴェリオス様と結婚するしかないわたしは、自分の味方であり続けると。

そもそも王妃教育を受けていないリリスだけでは仕事も回らないのだろう。

わたし、フェルナン様のサポートまでしてたしね。こう見えて優秀なので。

な・の・に!

当てにしてたわたしが自分の元を離れて焦っているのでしょう。

そんなこんなで再三呼び出しやパーティーの招待状が送られてくるものの、全てお断りしている。婚約破棄以降、社交の場に出たのはレイモンド様との結婚の報告の一度だけ。

うふふふふ、あの時の皆さまの顔は見ものだったわー……。

「エリアーヌ様、例のものが……」

いつものように商談が終わったあと、商会の責任者が差し出した白い袋。

「できたの?!」

つい大きな声をあげてしまい、お茶のお代わりを持ってきたニーナの視線が飛んでくる。慌てて包みを胸元へ抱き込んだわたしは早口でお礼を言った。

離れの部屋へと戻り、キョロキョロと周囲を窺ってから扉を閉じる。

シンプルな黄色のリボンを解き、白い袋から中身を取り出した。

「かっわいい……」

つぶらな瞳にピンクのほっぺ、デフォルメされたメイドのぬいぐるみはニーナの特徴をよく捉えていた。

未来の天才画家・ユリアス様のお絵描きを元にした作品だ。

画伯であるわたしの絵を元にしたら、手が3本に足が4本の未知の生物が誕生していた可能性がある。

さてさて、なんでこんなぬいぐるみを発注したかというと……。

「やぁ~~ん、もうレイモンド様ったら格好いい!仕事の出来る男って素敵っ!!あの宝石みたいな瞳で見つめられたら…………あんっ、お歳を召してさらにダンディさに磨きがかかってるわぁ」

ぬいぐるみニーナ、もとい「ニーナたん(命名)」をぎゅぎゅっと抱きしめる。

「エドガー様も恰好いい……気遣いの出来る紳士……。コレット様ともお似合いだし、正に美男美女!出来た息子夫婦で鼻高々だわ。これでマスクウェル公爵家も安泰ね。…………ただ、だいぶ打ち解けてはくださったけど“お母様”とは呼んでくれないのよねぇ~。まぁ、さすがに10歳年下の小娘をお母様呼びは難しいか……」

ニーナたんのつぶらなおめめを見つめつつ、はぁと溜息。

「それにしてもユリアス様可愛すぎっ!天使なのっ?!きっとわたしはユリアス様のために聖女の力を授かったのね!神よ……感謝します」

心からの感謝をニーナたんに、いえ神へと捧げる。

そう、わたしの悩みごと。

それは日々あふれ出る萌えと感謝とその他諸々を、吐き出せる相手がいないということ!

コレット様とは好みも合うし、是非とも欲望のままに萌え語りをしたいところだけど……この素を見せるわけにもいかない。わたしだって自重はする。それはメイドたち相手でも同じ。

なので疑似話し相手・ニーナたんの出番なのです!!

なんでも聞いてくれる相棒・ニーナたんを得たわたしの生活は益々充実していた。

だがそんなわたしの元へも厄災は忍び寄る……。

「行きたくないです……」

不幸の手紙、もといフェルナン様の生誕パーティーの招待状を手にもはや何度目かわからない本音が漏れた。

「さすがに二年連続で欠席するわけにはいかないだろう。ましてや貴女は流行病を防いだ功労者だ。注目度も高い」

「……わかってますけど」

わかってる、サボるわけにはいかないのはわかってるからこそ、ドレスもアクセサリーも用意した。

けど、行きたくないよぉ~~!!

「帰りたい」

煌びやかな会場に足を踏み入れた瞬間に声が漏れた(一応周囲には聞こえないぐらいの小声)。

人混みに繰り出してしまったヒッキーの心境のわたしを救ったのは、レイモンド様の優雅なエスコート。

「頑張りなさい。ドレスもよく似合っている」

耳元で囁かれた良いお声に気力が少しだけ復活。

だけどすぐに減ってくんで定期的に褒めてください。

じゃなきゃくじけちゃう。

屋敷を出る前から何度もそんなわたしたちのやり取りを見せられている息子夫婦は苦笑い気味です。

ちなみにユリアス様はお留守番。夜会だし。

「お久ぶりです、エリアーヌ様」

声を掛けられたのは主役や重要な方々との挨拶も終わり、レイモンド様たちと離れた時だった。知り合いのご令嬢方と談笑(近況をめっちゃ聞かれてた)しているところに近づいてきたのはヴェリオス様だ。

「折角なので一曲踊って頂けますか?」

物語の貴公子の様に差し出された手をじっと見る。

本音を言えば「お断りします!」なわけだけど…………。

「ええ、喜んで」

本心とは真逆の笑みを浮かべてそっと指を重ねた。

「まさか貴女がマスクウェル公爵に嫁ぐなど……」

表情と口調こそ穏やかなものの、色んな感情を隠しきれてないヴェリオス様の言葉に曖昧に微笑みつつリズムを取る。

「殿下の所業にそこまでお怒りだったのですか?」

「別に当てつけで嫁いだわけではございませんわ」

「噂では、エドガー様のご子息を癒されたとか……」

「ええ、ですがただ一度の奇跡でしょう」

「それほどの力を何故…………」

はっと言葉を止め、慌てて眉を顰めた表情を取り繕う姿にカッチーン!

いまきっと「なんでそんなこどもに……」的な発言しようとしましたね?

相手が筆頭公爵家の血族だから口を噤んだけど、わたしの天使を侮りおったな……!

「…………率直にお聞き致します。マスクウェル公爵とは白い結婚なのではございませんか?」

絶対零度の眼差しを目の前の男へと向けた。

だけどそれを図星と取ったのか、ヴェリオス様はこの場に似つかわしくない甘い笑みを浮かべた。腰を抱く手の力が強まり、熱を帯びた瞳が近づく。

「エリアーヌ様、どうか私と……」

「 些(いささ) か無礼ではございませんこと?」

聞くも不快な言葉を冷たい声で遮った。

甘いシーンをぶち壊されて目を丸くする男へと、睦言を告げるように顔を寄せ、彼だけに聞こえるように囁く。

「わたくしが何も知らないとでもお思い?」

ダンスのリズムが乱れた。

ギクリと強張る顔に、随分とバカにされたものだととびっきりの冷笑を浮かべる。

「殿下たちよりずっと腹立たしい方が居らっしゃいますわ」

囁きはワルツの音色の中へと消えた。

バルコニーに出たのは夜風に当たる為だった。

王太子妃教育の 賜物(たまもの) もあってなんとか微笑みをキープしているものの……久々の社交はなかなかに疲れた。

人混みから逃れ、一息ついたところで背中に感じた衝撃。

「きゃっ!」

小さな悲鳴と共にグラついたわたしの視線が捉えたのは………。

手を伸ばしたのは反射と生存本能だった。

手摺を超えようとしたわたしの手がヴェリオス様の袖を掴み、その勢いに彼の体も手摺へと傾いた。半身を手摺に乗り上げる形のヴェリオス様。

そして……掴んだその腕だけを頼りに宙に揺れるわたし。

「この……放せっ!」

悪態と共に腕を振られるも、絶対に放すわけにはいかない。

叫びをあげるべく息を大きく吸った瞬間、掴まれているのとは反対の手を伸ばした彼に手の甲に爪を突き立てられた。

痛みに顔を歪めながら耐えるわたしの手から指が一本また一本と引きはがされる。

「エリアーヌ!!」

絶望に震えるわたしの耳に響いたのは、レイモンド様の声だった。

激しい足音と、ドカリと人が倒れる音。

気が付けばわたしは力強い腕に引っ張られ、バルコニーの上へと引き上げられていた。

「大丈夫かっエリアーヌ!怪我は?!」

「……あっ…………」

大丈夫です、そう答えたいのに言葉がでない。

ガタガタと震える体、膝が笑って上手く立っていられないわたしをレイモンド様が支えてくれた。手の甲から滴り落ちる血と、無残な傷を見てブルーサファイアの瞳がギラリと光る。

こんな状態なのに凄みのあるその表情を「格好いい……」などと思いつつ見とれている自分がいる。そうこうしている間にもバルコニーには多くの人が集まってきた。

呆然状態のわたし、頬を腫らし顔色を失くして倒れこんでいるヴェリオス様、瞳を怒らせ守るようにわたしを支えるレイモンド様、沢山の野次馬たち。

「父上、一体なにが……?エリアーヌ様?!」

「彼が彼女を突き落そうとした」

駆けつけたエドガー様にレイモンド様が端的に答えれば、場は一層騒然と化した。

「お、お、降ろしてくださいっ!も、もう大丈夫……なのでっ!!」

落ち着きを取り戻したわたしは必死に懇願していた。

嘘だ。

全然落ち着きを取り戻してなんていない。

なんならさっき以上にパニック状態だ。

恐怖からくる震えと放心は収まった…………が、それ以上のパニック案件が発生している。

レイモンド様の距離が近い……!

お姫様抱っこされているわたしの顔は真っ赤だった。

鏡を見なくてもわかる。

王城の一室に運ばれ、やっとソファの上にそっと降ろされたわたしはもう死に体だった。

周囲の驚きと生暖かい視線がそれに拍車をかける。

…………バレた。

わたしがレイモンド様を好きなの絶対バレた……死にたい……。

好意は何度も口にしたが、あえて本気に取られない態度を貫いてきた。けどいまのわたしの態度は一目瞭然だろう。だけど平静なんて取り繕えるはずがない。

だってお姫様抱っこだよ?

さっきだって抱きしめられてたし。

信じられない……という表情で目を見開いているフェルナン様とリリスがとってもウザい。

あとなんでエドガー様とコレット様は生ぬるい表情なの?

え、もしかしてすでにバレてた??

部屋に居るのは陛下と宰相、マスクウェル家の面々と……乱入してきたフェルナン様たち。ヴェリオス様は別に尋問されている。

事情を問われ、バルコニーに出たらヴェリオス様に背を押されたことを正直に話す。

「そんな……なにかの間違いじゃないか?ヴェリオスがそんなこと……!」

大変顔色が悪いフェルナン様を冷めた目で見たレイモンド様が包帯の巻かれたわたしの手をすくいあげた。

「彼はしがみつく彼女の手に爪を立て、止めを刺そうとまでしたのに?明らかな殺人未遂だ」

言葉を失うフェルナン様。

縋るような視線を向けられ、心が冷える。

助け舟を出さないわたしに焦れてか、リリスが可憐な顔に涙を浮かべた。

「エリアーヌ様……ヴェリオス様は……エリアーヌ様を、お慕いしてたんですっ……」

「ヴェリオスがしたことは許されることじゃないだろう。……だけど、君が 自棄(ヤケ) を起こしたりしなければ……あいつもあんなことは……」

「最近、ヴェリオス様は様子が変でした。きっと焦ってたんです」

ヴェリオス様ではなく親子以上に歳の離れたレイモンド様と結婚したこと、公爵家がフェルナン様の後ろ盾でなくなったこと、わたしが執務に関わらなくなったこと、第二王子派の活発化……。

それらを口にするフェルナン様とリリスの声と瞳には隠しきれない恨めしさが宿っていた。

「いい加減にしろ」

いい加減聞いているのがウザくなった彼らの言葉を止めてくれたのは、レイモンド様の絶対零度の声音だった。

「黙って聞いていれば、くだらないことをペラペラと……。それで?ヴェリオス殿がエリアーヌに焦がれてるからなんだというのだ?殺人未遂の理由になるとでも?」

それは……と二人は俯いた。

黙って聞いていたわたしは…………不意にバカバカしくなって笑った。

ひとしきり笑い、訝し気な表情を浮かべるフェルナン様へと瞳を細めて問いかける。

「まぁ……知っておられたのね、ヴェリオス様がわたくしに気があること。いつから?いつからご存じだったのかしら?」

気まずそうに視線を逸らす姿に「婚約破棄の前からご存じでした?」と問えば、肩が大きく揺れた。

それが答えだろう。

予想はしていたとはいえ……随分とふざけた話だ。

「わたくしをヴェリオス様とくっつけてしまえば、ご自身の地盤は揺らがないとお思いになってた?」

「ち、違うっ……!私はただ……君の幸せを想って……」

言うに事欠いて、わたしの幸せのため?

思わず扇子を握る手に力を込めれば、フェルナン様も自棄になったように語気を強めた。

「大体、エドガー様とさえ一回り近く歳が離れているんだぞ……?息子どころか孫までいる相手と結婚?!どう考えたって可笑しいだろう!」

「私たち……エリアーヌ様には本当に申し訳ないと思ってるんですっ。私がフェルナン様を好きになっちゃったから…………でもっ、だからこそエリアーヌ様には幸せになってもらいたかったんです!」

「リリスの言う通りだ。ヴェリオスなら君を幸せにしてくれるはずだ!」

「そうですよ!そんなオジさ……歳の離れた方より、ヴェリオス様と結ばれるべきです」

「あら」

はい、カッチーンきました!

本日2回目のブチ切れスイッチ入りましたー。

畳んだ扇子をバサリと広げ、装備する。

「あらあらあらあら。面白いこと仰いますのね?『真実の愛』に年齢なんて関係ございませんのよ」

「『真実の愛』などと……」

「うふふふふふふ。お黙りくださる?まさか自分たちの『真実の愛』は本物で、人様のは認めないなどというおつもり?あらやだ傲慢。さすがは婚約破棄した相手を所有物のように利用しようとなさる方々だわー」

キレたわたしは絶好調。

「なっ……!」

「そんな、ひどいっ!」

あらあら、ある意味元凶たちが被害者面してきましたよ?

「そもそもお二人の『真実の愛』、その出会いがヴェリオス様の仕込みだってご存じかしら?」

「「え?」」

ポカーンと間抜け顔を晒す二人に追い打ちをかけるように、レイモンド様とエドガー様も加勢してくださる。

「殿下にリリス嬢を紹介したのもヴェリオス殿なら、頻繁に引き合わせたのも彼だろう。周囲の人間を遠ざけ、二人きりの時間を捻出していたのも証拠がある」

「人を使ってリリス嬢を虐げた証拠も、それをエリアーヌ様の仕業だと吹き込んだ証拠もね」

「まさか?!」

「嘘、ですよね……?」

「本当だ。証拠なら私も確認した」

陛下のお言葉にフェルナン様たちが崩れ落ちた。

さすがはマスクウェル公爵家。 小娘(わたし) の証言だけを鵜呑みにせず、公爵家に突撃した翌々日には事実関係の確認が済んでいた。仕事が早い。

「ついでに言うと、ヴェリオス様の暴挙の理由もそれですわ」

パチリ、と扇子を閉じる音がやけに響いた。

「仮にも既婚者のわたくしを恥ずかし気もなく口説き、可愛いユリアス様を侮ったヴェリオス様が 鬱陶(うっとう) しくて……つい仄めかしてしまいましたの。それで口封じしようとなさったみたい。…………バカみたい。陛下もとっくにご存じですのに、ね」

「あの男と、それからお前たちが咎められなかったのは彼女による計らいだ」

「わたくし……お二人の『真実の愛』には感謝しておりますのよ?お陰で不幸な結婚を免れましたもの。お互いに」

愕然とするフェルナン様は、未だにわたしが彼を好きだとでも思ってたのだろうか。図々しい。

証拠があるからには事実を暴露して名誉の回復を図る手もあった。

だけどそれで婚約が継続……なんて事態になったらシャレにならないし、 徒(いたずら) に王位争いを激化させるつもりもなかったから放置することにした。

そっちから手を出さなければ放っておいてあげるつもりだったのに……。

「うふふふふ。先程は色々と恨み言にしか聞こえない妄言を吐き散らしてくださいましたわね。殿下のお立場が揺らいでいる?公爵家が後ろ盾から外れた?あらあら、まぁまぁ、知りませんわ、そんなこと。自業自得でしょう。

わたくしと殿下の婚約は政略結婚によるもの。言わば契約。その契約を一方的に破ったのは殿下です。元々中立であった我が家が後ろ盾であり続ける理由も、わたくしが殿下をお支えする理由もございません。冤罪を着せて婚約を破棄した 元(・) 婚約者に、結婚相手についてとやかく口を出される理由もね」

言葉を失ったフェルナン様たちを残して、わたしたちは城を後にした。

Q.なんでわたしはここに座っているのでしょう?

A.部屋に戻ろうとして引き留められたからです。

脳内Q&Aを繰り広げるわたしが座るソファの隣にはレイモンド様、近いです……。

すり、とお尻で移動すればすぐさま捕獲されました。向かいにはエドガー様とコレット様、背後にニーナたち使用人s。

なぜに……??

「あの……一体どうしましたの……?」

異様な雰囲気に冷や汗タラタラしつつ、引き攣った笑みを浮かべた。

いますぐお部屋に帰りたい。

久々の堅苦しいドレス脱ぎたいし、コルセット緩めたい!!

お部屋に帰ってニーナたんに今日の衝撃ニュース(お姫様抱っことか、殺されかけたこととか)感情のままに吐き出したい!!!

そう脳内で叫んでいると、レイモンド様が真っすぐにわたしを見た。

「ミレーヌ」

「はい、なんで…………」

平静を装って応じ……固まった。

「やはり、君なんだな」

ダラダラと冷や汗を流しつつ固まるわたしを見つめるブルーサファイアの瞳はどこまでも静かだ。それは周囲の瞳も同じく。

「な、なにを仰ってますの?」

「君は ま(・) た(・) 、記憶を持ったまま生まれてきたんだろう」

「……っ」

直接的な言葉に息を呑んだ。

わたしには生前の記憶がある。

地球で生きていた 前(・) 前(・) 世(・) の(・) 記(・) 憶(・) と、

この世界で ミ(・) レ(・) ー(・) ヌ(・) と(・) し(・) て(・) 生(・) き(・) た(・) 前(・) 世(・) の(・) 記(・) 憶(・) が____。

はくり、と喉を震わせ信じられない想いで目を見開くわたしの頬をレイモンド様が包む、視界の端でエドガー様たちが苦し気に表情を歪ませているのが見えた。

それを見て悟る。

レイモンド様だけでなく、この場に居る全員が真実に気づいているのだと。

「な、んで……?」

「貴女が“転生者”とかいう存在なことは早々に気づいていた」

「へ?」

思いっきり間抜け顔を晒したわたしに理由を説明してくれたのはニーナだった。

「ユリアス様とご対面された時に“キュン死”というお言葉をお使いになったでしょう?」

「めっちゃ初期!?」

あまりにも早い時期のやらかしに思わず頭を抱えた。

「他にも時折“萌え”だの“推しが尊い”だの呟いてましたし」

「キャラメルも他では口にしたことありませんもの」

さらにはエドガー様とコレット様からも追撃を食らった。

なんてことっ!!

めっちゃやらかして……ん?

「なんでキャラメルのこと知って……」

クッキーやパウンドケーキなんかのお菓子は振る舞ったことあるけど、この世界で主流でないお菓子は一人でこっそり楽しんでいたはず。

例外は…………。

「ユリアス様ぁ~……内緒って言ったのにぃ~~」

「ご、ごめんなさい。あの子は私を慰めてくれようとしたんです!」

「この子のことでコレットが泣いていたのを勘違いしたみたいで。どうかあの子を叱らないでください」

慌てるコレット様と、コレット様のおなかに手を添え眉を下げるエドガー様。

どうやら第二子の誕生に泣いていたコレット様を慰めるためだったらしい。

転んで泣いてたユリアス様に「元気がでるお菓子ですよ」ってあげたのが最初だっけ。大層お気に召したみたいでそれからもこっそり作ってあげてた。

そういえばこの前ユリアス様が眉をしょんぼり下げてもじもじこっち窺ってたけど……原因それか。

約束破るのはダメだけど、理由が理由だけに怒れないわ。

泣いているお母様を慰めようとしたのね。

大変天使で可愛らしいけど……世の中にはうれし泣きという涙もあるんですよ、ユリアス様。

「この世界では聞きなれない言葉に、なじみのない菓子。それだけなら転生者だろうと疑うだけだった」

脳内で天使の可愛さを称えていたわたしはレイモンド様の言葉にはっとする。

どうして 転生者(わたし) =ミレーヌだと気付いたの?

「決め手はこれだ」

レイモンド様に視線を向けられた執事が恭しく一枚の紙を差し出した。

それを見て思わず絶句する。

「こ、これは……!」

そこに描かれていたもの。

「ニーナたん……!!」

いぬねこもどき、もとい腕が3本に足が4本(ユリアス様評)なニーナたんだった。

顔をしかめたニーナが小さく「心外です」と呟くのが聞こえた。

幼少期から面倒を見てもらい、嫁ぎ先にもついてきたもらったわたしにはわかる。あれはガチで心外な声だ。

「この独特の線、そしてセンス。間違いなくミレーヌのものだ」

「常人にはとてもマネ出来るものではありません」

「ああ、あえて下手に描こうとするだけでは決して出せない迫力、雰囲気……」

「妙に心に残る絶妙な奇妙さ、恐れすら抱くような歪さ……」

「それでいて激しく目を惹きつけるなにか……」

「ええ、怪しげな魔術でも込められているのではと思うほどに目を奪う……」

「信じられないぐらいの酷評っ?!」

そして周囲も残念なモノを見る目でみないで?!

「この画伯っぷり。君はミレーヌに間違いない」

「まさかの画伯が決め手なの?!!」

思わず叫んだわたしは悪くないと思う。

しみじみニーナたんを眺めるレイモンド様とエドガー様の手から紙を奪い取り、ニーナとニーナたんを見比べた。

ニーナに嫌な顔された。

そこまでひどくもなくない?と思ったところで「最初ユリアスが眺めてるのを見たときは怪物かと思いました」というコレット様の一言で止めを刺された。

……怪物。

「この絵で確信したが、今日の君を見て益々その確信は強まった」

「完全に母上でしたもんね」

「お義母様そのものでした」

わたし、なにした……??

「君は昔から怒ると笑顔が5割増しになる。正論と笑顔で相手を追いつめる姿は強く美しかった」

「あらあら、まぁまぁ、うふふが多用されるときは怒ってらっしゃるときですよね。あれを聞くと背筋が竦んだものです」

「お義父様相手に可愛らしい反応をされるとこも、お義母様そっくりでしたわ」

「普段は上手く隠されてましたけど……先程からの反応も奥様そのものですし」

「お懐かしい」

いやぁぁぁぁぁ~~!!

心の中で叫びつつ、一瞬の隙をついたわたしは逃亡した。

高いヒールとビラビラしたドレスにもかかわらず中々の全力疾走、人は追い込まれると全力が出せるらしい。

呆気にとられたみんなとのスタートダッシュの差もあってか、伸ばされたレイモンド様の手をギリギリ逃れバタンとドアを閉めて鍵をかける。

ベッドに転がったニーナたんを抱きしめ、ついでにシーツも被って丸まる。

……カチッ。

呼ぶ声ともドアを叩く音とも違う音に振り向けば……ドアが開いていた。

「なっ、なんで!?鍵っ……!」

「スペアキーだ。もちろん、これを使ったことは今までない」

ミノムシ状態のまま抱き上げられ、ひゃあうっ!と変な悲鳴をあげた。そのままソファへと運ばれる。

いつしか他のみんなも勢ぞろいな部屋でぎゅっと縋るようにニーナたんを抱きしめた。

怯え俯くわたしの手をソファの前に膝を突いたレイモンド様が掬い上げる。

「君が真実を口にしなかったのは……聖女の力のことがあったからか?」

「?!」

ビクリと全身を震わせ、反射的に顔をあげた。

どうして……?

どうして知ってるの?!

「陛下から聞き出した」

顔に出てたらしい疑問にレイモンド様が答える。

「婚姻の手続きがあまりにも迅速だったからな。最初は殿下の不誠実な行いへの恨み言に陛下が応じたのかと思った。だが……他に理由があったのでは?と思ったんだ」

「陛下は……あのことを……?」

「少し脅したが」

なんかちょっと聞き捨てならない言葉があった気が……。

でもそういえば厳格で有能なわりと歳の近い叔父上に陛下は頭が上がらないとこがあった、と思い出す。

それにしても漏らしていい機密じゃないでしょうに……とも思うけど。

「ユリアスの呪いを解くため。君はそのために聖女の力と自身の 寿(・) 命(・) の(・) 半(・) 分(・) を差し出したんだな」

痛ましそうな表情のみんなにふっと笑みが漏れた。

大好きで、優しい……大切な大切な人たち。

だからこそ知られたくなかった。

小さな癒しの力しか使えない聖女。

だけどたった1回、奇跡を起こせる裏技チートを知っている。

それはレイモンド様が口にしたように対価を伴うものだ。

だけど長い長い年月をかけてその事実は半ば忘れ去られた。聖女たちが非人道的に利用されないように国がその事実を隠し、奇跡を起こした聖女たちも口を噤んだからだ。

今では聖女たち自身も、国の人間も知らないそれを転生者であるわたしは知っていた。

躊躇(ためら) いなんてなかった。

心の底からそのための力だと思ったし、聖女として生まれたことを感謝した。

「そんな顔をしないで……?」

レイモンド様へ、そして部屋に居る面々にも笑いかければ、逆効果だったようで益々表情を歪められてしまう。

「後悔なんてしてないわ。あの子の命にはそれ以上の価値がある。時を戻したって何度だってわたくしは同じことをするわ」

晴れやかに笑えば、コレット様が泣き崩れて膝に縋りついた。

ごめんなさい、そう何度も繰り返しながらしゃくりあげる幼子の様な髪をそっと撫でてあげれば、その隣にエドガー様も膝を突く。彼の頬にも涙が伝っていた。

「……感謝します…………っ」

「ええ、謝罪よりはそっちの方が嬉しいわ」

「ありがとう、ござ……ます……」

さて、感動のシーンから一転。

現在わたし責められております。

ユリアス様を救ったことの感謝は感謝で、それとは別になんでそんな無茶をしたのか!しかも黙ってたのか!ってことですね。

再び移動したお部屋で湯気を立つ紅茶を前に唇を尖らす。

「湿っぽくなるのいやだったんですものっ!あなたたちを悲しませるのはいやだったのよ」

わたしが黙っていた理由、それは悲しんで欲しくなかったからだ。

「だって“ ミレーヌ(わたし) ”が死んだときにあなたたちがどれだけ悲しみ、泣いてくれたかを知ってるもの……」

レイモンド様もエドガーも、まだ婚約者だったコレット様や使用人たち、みんながどれだけ泣いてくれたかをわたしは知ってる。

病を得たわたしより、みんなの方がずっと辛そうで苦しそうだった。

だからこそ、再び彼らを残して逝きたくなんてなかった。

ましてや寿命を削った理由なんて知られたくなかった。

前世のように早世の運命なら三年以内に……って可能性もなくはないけど、こちとらまだピチピチの17歳だし、きっと大丈夫だろうと結婚に踏み切った。

最高の思い出を残し、彼らの中に深い傷を残さない程度の関係でこの家を去るつもりだった。

「失った半分の寿命がどれくらいかはわからないわ。だけどあなたたちの前でその時を迎えたくなかったのよ」

「だから言わなかったと?!時が過ぎれば君はなにも言わずに私たちの元を去るつもりだったというのか?!」

「そういう契約でしたでしょう?」

「ミレーヌ!!」

「母上!!」

「……違うわ」

肩を掴むレイモンド様に。

泣きそうな顔をしているエドガー様たちに小さく、だけどはっきりと否定した。

「わたくしは“エリアーヌ”よ」

泣き出しそうにわたしは微笑む。

「モモがね、苦手なの。味は好きだし、本当は食べたいのよ?でも体が痒くなっちゃうから大好きだったモモのケーキも食べられないの。逆にチーズは食べられるし、ラムだって平気だわ。王妃教育を受けてたから外国語だって堪能なのよ?エドガーたちのことだって様付で呼ぶのになんの抵抗もないわ。ずっとそうだったもの。

17年間、エリアーヌとして生きてきたの。前世を思い出してミレーヌとしての記憶も、みんなへの愛情もあるわ。けどわたくしは“ミレーヌ”であり、なによりそれ以上に“エリアーヌ”なの」

はっとした表情をしたレイモンド様の親指が、流れてもいないわたしの涙を拭うように頬を撫でる。

「すまない、エリアーヌ」

確かめるように、刻み込むように名を呼ばれる。

歳を重ねて益々深みを増したその声は甘く心を震わせた。

「エリアーヌ。ならば君のことをもっと教えてほしい。いままでのこと、いまのこと。エリアーヌとしての君のことを」

ずるい……と滲みそうな涙をこらえて睨みつけた。

大好きな甘い声で、わたしが超絶弱い低音ボイスでそんなセリフはずるすぎる。

わたしがレイモンド様大好きなの知ってるくせに!レイモンド様に弱いの知ってるくせに!

「…………わた、くしは……マスクウェル公爵夫人のミレーヌじゃない、のに……?」

「ああ、現公爵夫人のエリアーヌだ。私の妻の」

「……ふっ……エドガー様の、ひぅ……母親じゃないわ。血、繋がってないし、えぐっ……こども、生んだことなっ……もの」

「生んでたら大問題だろう」

「父上、そこは冷静に突っ込むところではないです」

「じょ、常識外れの、無茶苦茶……っな結婚持ちかけた……し。ふぅぅっ……それにっ……」

もはや堪えきれずにボロボロと涙が零れ落ちた。

手で顔を覆って俯くわたしの肩を大きな手が支えてくれる。

「わた……し…………かわいくない……もの」

うぇーん!ともはや完全に幼児の泣き方で泣きじゃくる。

「「「「は?」」」」

「エリアーヌ?一体なんの話を……?」

困惑顔のレイモンド様にいやいやと首を振る。

いままでの反動か幼児返りしたわたしの口は素直だった。

「レ、……モンドさますき。エドガーも、コレットさ……も、みんな。ひっ……でもわた……ミレーヌじゃな……!それに……かわいくないぃぃぃ~~!わーん!」

大号泣するわたしに男性陣は困惑状態。

代わりにコレット様が隣に座り手を握って背中を撫でてくれ、ニーナたんを手にしてしゃがんだニーナが「落ちついてエリアーヌさま」と腹話術もどきであやしてくれる。

対応が完全に幼児対応。

「えっと、エリアーヌ様?かわいくないっていうのは……一体?」

美人可愛いコレット様に覗き込まれて、えぐえぐと泣きじゃくる。

流石(さすが) は幼いこどもを持つママという根気良さで問いかけてくれ、しゃくりあげながらもなんとか答える。

「わた、し……顔、可愛くなっ……」

「「そんなことない(です)!!」

「エリアーヌ様はとっても美人ですよ」

「絶世の美女だと有名ですのに……」

「それは知ってるぅぅ~……」

その返しもどうなんだ?という返答を堂々と返す。

実際、わたしことエリアーヌはかなりの美人だ。

癖のない艶やかな黒髪に小づくりな美しい顔。大国の王家の血筋を証明する至宝の紫の瞳。スタイルだってボン・キュ・ボン!の文句なしの美女。

けど……断じて可愛い系ではない。

「ひくっ……レイモンド様、かわい……って言ってくれた!でも……わたくし、可愛くないぃぃ……美人なのぉ……」

社交の場で言ったら完全ケンカ売ってんよな?な発言だった。

だが絶賛幼児退行中のわたしに理性などあってないもの。

実際、前世のミレーヌはふわふわとかおっとりといった雰囲気の女性だった(外見は)。そんな ミレーヌ(わたし) に「可愛い」「愛してる」と何度も囁いてくれたレイモンド様の好みは可愛い系の筈!

つまり エリアーヌ(わたし) はタイプ外!!

「確かにミレーヌは春を司る花の妖精かと見紛うばかりに可愛らしかった。その姿も心根も私を魅了して止まなかったが、だからといって君が可愛くないということはない。エリアーヌは美人だが可愛らしいと思う」

「はわわわわわわ…………」

ボッフン!と蒸気を噴出し倒れるかと思った。支えてくれたコレット様にゆでだこ状態でもたれかかる。

瞳がうりゅうりゅと潤み、危うく信じそうになるがブンブンと首を振った。

「嘘です……!どう見ても“可愛い”より“美しい”です!」

「それは否定しないが……」

「ほらぁ~、やっぱりぃ!」

段々周囲が「なんだコイツら?」とか「イチャついてるだけじゃね?」の反応になってるのも気づかず、うわーん!と再び顔を覆った。

「可愛い系がタイプな人が好きになるのは可愛い系だものっ。……フェルナン様だって、あっさりリリスに鞍替えしたわ。ずっと、王妃になる為に教育を受けてたのにっ!彼を支える覚悟はあったのにっ!好みのタイプじゃないってだけで……わたくしの頑張りも覚悟も全否定されたのよ」

いくつもの息を呑む音が聞こえた。

グイッと引き寄せられ、髪を、背を撫でられる。胸元に顔を埋める形で相手の顔なんて見えないけど、それが誰だかわからないはずもない。懐かしい、嗅ぎなれた心地よい香り。

温かな腕がかつてそうしてくれたように優しくわたしを包み込む。

「君はなにも悪くない。あのクズのことは忘れなさい。なにより君は可愛い、私がそう保証しよう。エリアーヌ、君は私よりもあのクズを信じるのかい?」

「そうですよ。あのクズは脳が腐ってただけです。気にすることはありません」

「バカなんでしょう。エリアーヌ様はこんなに可愛いのに」

よく聞けば(よく聞かなくても?)何気に不穏な発言が混じっている気もするが……わたしは幼児泣きをしてばかり。

全力で泣きわめいた幼児のたどる道……それすなわち寝落ちである。

全身を包み込む温かな体温と落ち着く香り、照れも忘れてすりっと頬を摺り寄せ瞼が落ちる。

翌朝、ベッドで目を覚まして恥ずかしさに死にかけた。

それからどうなったかって?

「ばぁば!なにしてるのー?早くー」

「お待ちください、いま行きますわ」

今世ではレイモンド様耐性が低いわたしが日々蒸気を噴き上げ、ニーナたんやニーナにマシンガントークを浴びせ、可愛いユリアス様を愛でるのに忙しかったり。

殿下らに報復しようとする家族愛強火なマスクウェル公爵家の面々を宥めたり……まぁ色々とありますけど。

ひとつだけ。

三年が過ぎたいまも幸せに暮らしている、とだけお伝えしますわ。