軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第99話.荒れるシャロン

「――どうしてなの、お父様っ!」

日付が変わる頃。

未だ夜会に参加したピンク色のイブニングドレスそのままの姿で、シャロンは戻ってきた父を怒鳴りつけていた。

眉を吊り上げた憤怒の形相をしたシャロンの化粧は、ほとんどが剥がれてしまっている。

そんな淑女にあるまじき有様で部屋に押し入ってきた娘を前に、ふくよかな体型をしたカリラン公爵――トゥーロ・カリランは沈黙を通していた。

たったひとりの、可愛くて仕方がない愛娘。

しかし、見つめるトゥーロのつぶらな瞳には、かすかな疑念と苛立ちとが浮かんでいた。

「わたし、わたし言ったわよね! ルキウス殿下と踊りたいのって!」

――それには気がつかず、シャロンは涙声でトゥーロの失態を詰っている。

カリラン公爵邸で開かれた夜会。

魔道具祭の一日前に開いたのは、もちろん理由あってのことだ。

トゥーロにとっては他の貴族や諸侯たちに魔道具祭を宣伝する良い機会として捉えていたのである。

魔道具研究所の所長であるデイヴィッド・ウィルクや、全面的な協力を表明したルキウスも夜会に呼んだ。

彼らとトゥーロが魔道具祭について話す姿を多くの人間が目にしたはずだから、きっとずいぶんと話題になったことだろう。

男爵位であるデイヴィッドはともかく、一国の王子を釣り餌のように扱うのは如何なものかとトゥーロも思うのだが、ルキウス本人はまったく気にしていない様子だった。

それに、現在王都や近隣の街の至るところに、魔道具祭を宣伝する貼り紙がある。

街の外観を損なわないよう、基本的には飲食店や魔道具店の店内のみにひっそりと飾られているのだが、ルキウスの名前がトゥーロたちと連名で載せられているため、注目度は上々だという。

実際にトゥーロも行きつけの魔道具店である『無限の灯台』で、その貼り紙を見かけたのだ。

貼り紙によって魔道具祭が宣伝されることなんて今までに一度もなかったので、トゥーロも驚いたのだった。

商会長にその話題を振ると、少し年下の彼はニヤリと笑って言った。

『あのポスターなら、魔道具研究所の新人のアイデアでしてね。ルイゼ・レコットっていう子なんですが』

その名前には聞き覚えがあった。元魔法省大臣ガーゴイン・レコットの娘だ。

宮廷伯であるガーゴインとはトゥーロもそれなりに親しくしていた。急な病気を理由に王宮から姿を消した彼のことは、トゥーロも気にしていたのだ。

『おもしろい発想をする子なんです。体験型の魔道具のブースを造って、親子連れでも楽しめるイベントにして、しかもその横で魔道具を販売したいって提案したそうで。最初に話を聞いたときは驚きましたが、企画書のほうもまた良い出来で』

その件については魔道具祭の責任者であるエリオットからも報告を受けている。

魔道具祭に莫大な出資をしているトゥーロも企画立案書に判を捺し、形ばかりの許可を出しているが、ずいぶんと熱心にエリオットが説明してくれたので印象的だったのだ。

『むしろこちらからお願いしたいくらいだ、と協力を決めました。ウチとしても商売の幅が広がるチャンスですしね。今は研究所に運び込む魔道具の型式を絞っているところですよ』

彼は一個の商会の長の顔ではなく、昔のようにやり手の商売人の顔をしていた。

――そんなことがあってから、今年は例年より楽しい催しになりそうだとトゥーロも密かに期待していた。

夜会に参加した貴族の中には、筆頭公爵であるトゥーロのご機嫌取りの意味合いで王都入りした貴族も居る。

魔道具祭にはまったく興味はないが、トゥーロに顔を覚えられるためにわざわざ顔を見せに来た者たちだ。

だが、今さらそんな細かなことは気にしない。どんな思惑があろうと、彼らが魔道具祭のことを口にして、それが少しでも多くの人に広まればいいと思っている。

少年の頃から、トゥーロは魔道具が好きだった。

トゥーロ自身は、地味な土の魔力を持つという事情もあり、派手で画期的な魔道具に心から憧れていた。

今、アルヴェイン王国内には魔道具を開発する専門の機関がない。

便宜的には、魔道具を生産する傍らで研究所がその役割を担っているのだが、人員が少ない研究所では開発部門は満足に稼働できていない状態なのだ。

開発者としても、ルキウス以外には名が挙がらない。そして頼みの綱である彼は十年間もイスクァイ帝国の大学に留まっていたのだ。そのおかげで研究所の予算はここ数年でかなり縮小されてしまった。

トゥーロひとりが魔道具が好きだと喚き立てても、魔法省の直轄組織である魔道具研究所の現状を大幅に変えることはできない。

(だが、もしかしたら……)

魔道具祭をきっかけに、研究所に大きな風を呼び込むことができれば――。

「――だからっ、わたしのためにお父様は今日、夜会を開いてくれたのよねっ? そうよねっ!?」

思考を遮る大声に、トゥーロの意識は現実へと戻ってきた。

目の前で喚く娘の姿に、トゥーロは思わず呟く。

「シャロン……」

生まれた頃から小さく、弱かった娘。

ようやく天から授かることができた宝物。

命は一年と保たないかもしれないと医者から脅され、毎日涙に明け暮れながら、とにかく甘やかして大事に育ててきた子だった。

身体は少しずつ丈夫になり心から安堵したものの、世間知らずで我が儘な娘に育つことを当初は危惧していた。

だがシャロンは愛らしくも、人の痛みの分かる人間に成長してくれたのを、トゥーロは妻と共に誇りに思っていた。

だからこそ、何故、と思わずにいられない。

こうして思いのままに声を荒げ、実の父親を怒鳴りつけるように言葉を吐き出す娘の姿に、失望せずにいられないのだ。

「それなのにわたし、殿下と踊れなかったわ! ねぇ、どうして……!」

「……殿下には、私からもお話した」

若すぎる恋に翻弄される娘に哀れみの目を向けながら、公爵は続ける。

「お前には婚約の話が持ち上がっていて、これが最後の機会になるかもしれないから、ぜひ娘と踊っていただけないかと」

「……!」

シャロンが目を瞠る。

鼓膜を痛めつけるような怒声は止み、どこかシャロンは恐る恐ると問いかけてきた。

「……言ったの? わたしの、婚約のこと」

「ああ。殿下は知っている様子だったが」

一瞬、シャロンが黙り込む。

その瞬間、言うつもりのなかった苦言をトゥーロは娘に向けていた。

「最近のお前はどうかしているぞ、シャロン」

「…………」

「魔道具研究所でも騒ぎを起こして、研究所で働く人々やルキウス殿下にご迷惑をかけて……カリラン公爵家の人間として、それが相応しい振る舞いだと思うのか?」

シャロンは俯いたまま、何も言わない。

どうやらトゥーロの言葉は届いているらしい。ほっとしながら、ずっと伝えたかったことを続ける。

「仲の良かったエニマ子爵令嬢も、最近は遊びに来ないじゃないか。先日も見たんだ。可哀想にあの子は、赤く腫れた頬をしてお前の部屋から出てきて――」

「…………るさい」

トゥーロは一瞬、シャロンがなんと言ったものか分からなかった。

「――うるさいっ!」

呆然とするトゥーロ。

さすがに放っておけないと思ったのだろう、今まで部屋の隅でずっと黙っていたノーラが声を張り上げた。

「シャロンお嬢様!」

「だから、うるさいって言ってるでしょ!」

シャロンは甲高い声で喚くが、長い付き合いである侍女のノーラはそれくらいでは怯まなかったようだった。

振り上げた腕を必死に受け止め、シャロンの母よりも年上の侍女が呼びかける。

「私は、お嬢様の味方です……!」

それでもシャロンは暴れた。爪で引っかかれたノーラの頬に赤い線が走る。

トゥーロは慌てて二人の間に割って入った。

「やめなさい!!」

これほどの大声を出したのは、温厚なトゥーロにとって初めてのことだったかもしれない。

なんとか引き離すと、シャロンはその場に尻餅をついた。慌ててノーラが駆け寄ろうとするが、トゥーロはそれを制止する。

――シャロンの様子は、どこか異常だ。

「わたし……なんで……」

何かを小さくシャロンが呟いた。

だが声が小さく、うまく聞き取れない。聞き返そうとして、トゥーロはシャロンが頭を両手で押さえているのに気がついた。

「痛い……痛いのよ、ずっと頭が……」

絨毯の上に尻餅をついたまま、シャロンはぶるぶると華奢な身体を震わせている。

苦しげに何度も呻きながら、シャロンは助けを求めるように、懸命な顔つきでトゥーロを見上げてくる。

その瞬間、トゥーロは凍りついた。

「シャロン……」

「お、お嬢様……」

きっとトゥーロも、ノーラと同じように、信じられないものを見るような目をしていたことだろう。

シャロンはゆっくりと首を傾げた。

二人の視線の先を辿り、鼻の下に触れる。

ドロッとしたものに触れたのだろう。

シャロンはその手を、恐る恐ると目の高さまで持ち上げていった。

「…………え?」

顔に触れた小さな手のひらは、真っ赤な血で汚れていた。