軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話.策士なあなた

ルイゼはすっかり困り果てていた。

というのも先ほどから、ルイゼが手を繋いでいる相手――ルキウスが、ずっと無言のままだからだ。

(どうしたんだろう、ルキウス様……)

急にルキウスが「少しいいか」と言い出して。

ルイゼに断る理由はなく、課長たちも「どうぞどうぞ」と和やかに見送るばかりだったので、とりあえず彼についてきてしまったのだが。

……もしかすると何か、彼を怒らせるようなことをしてしまったのか。

考え出すと悪い想像は止まらなくなり、ルイゼは手を引かれて階段を上りつつ密かに消沈していた。

(タミニール様が残ってくださっていたら、ちょっと違っていたかも……)

頼みの綱である陽気な秘書官イザックはと言えば、シャロンとエリオットの後についていってしまった。

でも――その理由を考えると、ますます悄気そうになってしまう。

(カリラン様のことを、ルキウス様が……心配されたから?)

踊り場の半ばで。

繋いだ手を、思わず強く、縋りつくように握る。

するとルキウスは、踏み出した足を途中で固まらせるという、少々ぎこちない挙措を見せて立ち止まった。

「ルキウス様?」

ルキウスはしばらく答えなかった。

そしてその数秒後に、ルイゼは大きく目を見開くことになった。

気がつけばルイゼは――振り返った彼の腕の中に、閉じ込められていたから。

突然のことに硬直するルイゼの耳元に、ルキウスが囁く。

「…………会いたかった」

(わ……)

とくん、と心音が甘く跳ねる。

それが自分のものなのか、ルキウスのものなのかは定かではなかったけれど。

「すまない。我慢が利かずに急に抱きしめたりして」

そんな切羽詰まった告白に、胸の奥がきゅうと締めつけられるような気持ちを味わって。

「謝らないでください。だって私も……ルキウス様に、ずっと会いたかったです」

恥ずかしいと思いながらも素直に白状する。

そうして彼の広い背中に腕を回すと、嬉しげにルキウスが息を吐いた。

「本当に?」

「はい。でも……エニマ様、が」

耳に息が当たって少々こそばゆい。

ルイゼが目を眇めながらエリオットの名を口にすると、ルキウスが小さく笑みをこぼす。

「気にしなくていい。俺も君も、例の件については一言も話していないのだから」

ルキウスの言う通りなのだが、それでもルイゼはどう答えたものか迷った。

ルイゼとルキウスが暗黒魔法の件で隠れて情報共有していないか――エリオットは常に気にして、目を光らせている様子だ。

だが本当は、エリオットにとっては……ルイゼがルキウスと個人的に関わりを持っていることこそが、気に障るのではないか。

シャロンの顔が脳裏に浮かぶ。

ルキウスの婚約者は自分だと名乗ってみせた少女。

いざルキウスを前にして、嬉しげに表情を綻ばせていたシャロンは警備によって連行されたが、今頃はどうしているのか。

「やっぱり、カリラン様は」

無意識に考え事が声に出てしまっていたらしい。

ルイゼの髪の毛を撫でていた手の動きが、止まる。

密着していた身体が少し離されただけなのに、ルイゼはそれをひどく心細く感じてしまった。

「カリラン公爵令嬢がどうかしたか?」

「あっ……あの」

(どうしよう。うまく言葉が出ない……)

しかしルキウスは、ジッとルイゼのことを見つめている。

彼はいつも、ルイゼのことを急かさないから。

いつだってルイゼが考えて、答えを出すまで、辛抱強く待っていてくれる――

(優しくて、温かい方だから)

だからこそルイゼは、震える唇を動かしてそっと訊いた。

「……ルキウス様と、カリラン様は、婚約者同士なんですか?」

……しばらく、返答はなかった。

心臓が痛いほどに早鐘を打ち始める。

(そんなことはあり得ないって、思っていたはずなのに)

彼を信じているのに――沈黙が恐ろしくて仕方がなくて。

無意識に、ルキウスの服の肩口にしがみつくようにしてしまう。

……小刻みに震える手に、そっとルキウスのそれが重ねられたのは、その直後のことだった。

恐る恐ると見上げれば、触れられるほど近くにある整った容貌には、如実に苛立ちが浮かび上がっていて。

「――ルイゼ。そんな馬鹿なことを君に吹き込んだのは誰だ?」

(……も、ものすごく不機嫌そう……っ!)

ルイゼがまごついていると、察しの良いルキウスはすぐに気づいてしまったらしい。

「……カリラン公爵令嬢か」

ルキウスが眉を顰める。

だがその声音には、険しさよりも戸惑いが大きく含まれているようだった。

不思議に思いルイゼが見上げると、ルキウスは真摯な眼差しで見つめ返してくる。

「この件は俺に任せてくれるか。少し調べたいことがある」

ルイゼは迷いなく頷いた。

だが長い睫毛に縁取られた 灰簾石(タンザナイト) の瞳には、ルイゼを憂うような翳りがあった。

「彼女が、君に危害を加えるとは考えにくいが……何かあったらすぐ俺に言ってくれ。東宮に来てくれても良い。誰にも、なんの文句も言わせないから」

重ねたままの手を労るように掴んで、ルキウスはそう言ってくれた。

何故だか、それだけで泣き出したいような気持ちになりながら、ルイゼはどうにか笑顔で頷く。

とうに手の震えだって止まっていた。

「……はい、ルキウス様」

微笑みを交わしながら。

同時に、まさかと気づかされて問うてみる。

「もしかして……タミニール様を、カリラン様の元に遣わされたのも?」

彼の思慮深さと冷静さに脱帽していると。

ルキウスは、きょとんとした様子で首を傾けた。

「いや? それはただ、エニマ子爵令嬢に君との時間を邪魔されたくなかっただけだが」

(えっ)

「それとイザックの出歯亀行為を防ぐためだな。我ながら一石二鳥だ」

(ええっ)

くすくすと楽しげに笑うルキウスに、ルイゼは唖然としてしまう。

つまりイザックを派遣したのはエリオットの動きを見張らせるためだったが、結果的に彼のことも同時に遠ざけるためだったと……そういうことなのだろうか。

(意外と策士だわ、ルキウス様……)

あまりにルイゼが驚いていたからだろうか。

ルキウスが意地悪に、試すような顔つきで微笑んだ。

「さすがに呆れたか?」

「いいえっ。その、……ルキウス様は、私のことを本当に想ってくださっているんだなって」

思ったことをそのまま口にしてから、ハッともう片方の手で口元を覆う。

(……は、恥ずかしいことを言ってしまった……!)

しかも勘違いも甚だしいようなことをだ。

だがルキウスは僅かに目を見開くと、小さく呟いた。

「……遅いよ、ルイゼ」

ルイゼがその意味を聞き返す前に。

口元に当てていた左手を絡め取られ、一気に引き寄せられる。

かと思えば、手の甲に――ちゅ、と音を立てて、口づけがひとつ落とされて。

頬を赤く染めるルイゼの表情を覗き込むようにしながら。

ルキウスは、それは楽しそうに笑いながら言い放った。

「今さら気がついたのか? 俺がいつも、君のことばかり考えているって」