軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話.魔道具祭に向けて

その日の魔道具研究所は、いつもとまったく様相が違っていた。

普段は、五十人近い所員たちはそれぞれの所属する研究室に分かれて作業に当たっている。

だが今日は、その全員が研究所一階にある集会用のホールへと集められているのである。

普段は何か周知徹底事項がある場合でも、課それぞれに一台ずつ配られている【通信鏡】を使うことが多いので、わざわざホールを使って一カ所に集合させるのは本当に稀なことだ。

(何故かと言うと、時間にルーズな方が多いから……)

それはルイゼ自身が、数ヶ月間の間だが特別補助観察員として研究所に通い詰めて実感したことだ。

ルキウスが【通信鏡】を開発する前は紙を回して回覧していたそうだが、その回覧も途中で行方不明になるか紛失されるかを繰り返していたらしい。

ホールへの渡り廊下を進みつつ、ルイゼは廊下に物が落ちていないかを確認していった。

昨日のうちにエリオットから指示があり、ホール内も含めてこのあたり一帯は清掃を終えているのだが、それでも仕事の首尾は気になるものだ。

複数人の喋り声を耳にしつつ顔を出してみると、ホール内の席の五分の一ほどが埋まっている。

所員の人数からすると、半数以上は集まっているという感じだろうか。

舞台側の席にはエリオットを始めとする魔法省の役員や、研究所の所長の姿があった。

「お、レコット。こっちの席来いよ」

きょろきょろと空いている席を探していると、顔なじみに手招きされた。

「ユニさん、こんにちは」

ユニは外装加工課を牽引する課長だ。

勤めてかなり長いそうなのでルイゼより年上なのは間違いないのだが、背丈が子どものように低く、顔つきも幼く可愛らしい人だ。下町生まれの彼女は、しゃべり方もやんちゃな子どものようである。

貴族は好きではないらしく、ルイゼも最初に知り合ったときはまともに話もできなかった。

だが何度もやり取りを重ねる中で心を開いてくれたようで、今ではルイゼを見かけるたびに話しかけてくれるようになったのだ。

「あ! ルイゼちゃん、おいでおいで!」

「昨日ぶりだねぇ……いてて、頭痛い……」

「おはようございますレコットさん」

ユニの後ろには、第三研究室の面々――イネスにフィベルト、ハーバーの姿もある。

近づいていくと、その間にも何人もの知り合いに話しかけられる。その全てにルイゼは笑顔で挨拶しながら、ユニの左隣の席に座った。

「さっきまでフィベルトのおっちゃんに聞いてたぜ。またおっちゃんが飲んだくれて迷惑かけたんだろ?」

「今度から会場に置いてってくれていいからね、ルイゼちゃん」

散々な言いっぷりの女性ふたりに、フィベルトがこめかみを押さえながら唇を尖らせる。

「別にそんなに飲んでないよぉ……あ、いたた……」

「お! 居た居た。おれもそっち座っていいっスかー?」

そこにアルフが騒がしくやって来て、空いているユニの隣の席を遠くから指さした。

「お前はいい。すげーうるさいから」

「冷たっ! おれだけ仲間外れにしないでっ!」

素っ気ないユニにアルフが喚く。「やっぱうるせー」とユニが耳を塞いでいた。

仲の良いからこその遣り取りに、ルイゼは思わず微笑みを零す。

昨夜のパーティーで少し落ち込んでいたのだが、彼女たちと話していると自然と笑うことができていた。

「……あーあ。レコットもウチらのとこに配属されれば良かったのになぁ」

席に深く背を預けたユニが唐突にそんなことを言うので、ルイゼはぱちくりと瞬きをした。

そんな反応が不満だったのか、ユニはどこか険のある顔つきで言う。

「こういうの、宝の持ち腐れって言うんだぜレコット。お前みたいな有能なヤツが、掃除や洗濯ばっかやらされてさぁ……」

「ユニ先輩の仰る通りです。まぁ、ルイゼちゃんは外装加工課よりも術式刻印課――もっと言うと第三研究室に配属されるのが良いに決まってますけどね!」

「あ? なんだと」

「やりますか?」

急にユニとイネスの間に火花が散ってしまった。

イネスの声がけっこう大きいからか、周囲からもなんだなんだと視線が集まってきている。

ルイゼは睨み合うふたりの間でおろおろしつつ、必死に言った。

「でも私……部外者としてじゃなくて、同じ立場で皆さんと一緒にお仕事が出来て嬉しいです」

それはルイゼの本心だった。

特別補助観察員の認定証をアグネーゼに返却した理由のひとつもそこにあるのだ。

(アグネーゼ先生が私を評価してくれたからこそ、あの認定証を授かることができた)

同時に、アグネーゼに再会できたのはルキウスの取り計らいがあったからで、ただでさえ迷惑ばかり掛け続けている彼に、このまま頼り続けたくはなくて――認定証を返したのだ。

そして認定証がある限り、ルイゼが研究所の人々にとって一時的な客人であるという事実はずっと変わらなかっただろう。

でも今は研究所の採用試験に合格し、ひとりの所員としてこの場に立つことができている。

それがルイゼにとっての誇りだった。

そんなことを思い返していると――ユニとイネスが同時に「もう!」と叫んだのでルイゼはびっくりした。

「レコット、お前ほんっっと良い子だな! 貴族にしとくのもったいないぞ!」

「あー! ユニ先輩ずるい! 私もルイゼちゃんに抱きつきたーい!」

『……そこ。静かにしてください』

ふと、反響した声がしたので振り返ると、壇上からエリオットが【音声拡張器】を手に鋭い視線を飛ばしてきている。どうやら今日は彼女が司会を務めるようだ。

いつのまにか所員はほとんど揃い、会の開始時刻が迫っていたようだ。前の席からは数枚綴りの書類も回されてきている。

慌てて立ち上がって頭を下げたルイゼたちだったが――顔を上げると、エリオットは何故かルイゼのことをじぃっと見つめていた。

「……?」

不思議に思って見返していると、エリオットは首の角度をぷいと逸らしてしまった。

「ちなみにおれが一律調整課に配属されてるのは、皆さんどう思ってるんスか?」

「別にどうも思わん」

「そんなことより配られた紙を見なさいよ」

「は、はい。スミマセン……」

今日の集会の内容については、ルイゼも事前に知らされていた。

(一年に一度、魔道具研究所の内部が一般開放される日……)

書類は一枚目が会議の進行表で、二枚目以降には過去のイベント内容が例として記載されている。

広く魔道具のことを知ってもらうため――という目標が掲げられ、全ての課で協力し、国民に楽しんでもらうためのイベントを企画して実行するのだ。

アルヴェイン王国の魔道具研究所の場合は、魔道具の外装を構築する外装設計課、外装に魔力付与や金属加工などを施す外装加工課、外装を組み立てる外装作製課、魔術式を書く術式刻印課、動作に問題がないかを試す部署である検査管理課がある。

他にも、国内有数の魔道具開発者については上階に研究室を持っている場合があるが、王国内で現在これに当てはまるのはルキウスのみだ。

実際の企画立案会議は別日に代表者だけを集めて行うそうだから、今日はイベントの開催日や大雑把な内容を全体に周知徹底するための集会である。

配られた書類に熱心に目を通すルイゼに、後ろの席からイネスが小声で話しかけてきた。

「――通称"魔道具祭"ね。不人気イベントだから、ルイゼちゃんは知らないだろうけど……」

「いえ。よく覚えていませんが、小さい頃に何度か行ったことがあるみたいなんです」

「……え!? ホントに!?」

驚愕の表情をしているイネスたちに、ルイゼは心の中でそうなんです、と何度も頷いた。

リーナに暗黒魔法で操られるより前は、父に連れていってもらってルイゼもその催しに行っていたようなのだ。

(昨夜ミアが教えてくれるまで、まったく知らなかったけれど……)

「そういえば十年以上前だけど、だいじ……元大臣が、小さい女の子を連れていたのを見た気もするなぁ……」

フィベルトが腕組みしながら呟くと、

「ああ、あの小っこいガキか? あー……あれがレコットか」

とユニが記憶を辿るようにしみじみと言ったので、ルイゼは目を丸くした。

「えっ! ユニ先輩も私に会ったんですか?」

「見かけただけだが……『また迷子になっちゃった! 助けてルーくん!』とか叫んでたような」

「……えっ……!?」

「声がデカいから慌てて大臣が迎えに行ってたけど。そういえばルーくんって誰のことだ?」

(ち、小さい頃の私ってそんなこと叫んでいたの……!?)

自分も覚えていないような事柄を記憶力の良いユニに披露され、ルイゼはすっかり赤い顔で黙り込んでしまった。

羞恥心に震えている間にも、壇上に並んだ面々の紹介が行われている。

まず魔法省大臣のサミュエル・イヴァに、副大臣のケイレブ・カストロ。

それに魔道具研究所所長であるデイヴィッド・ウィルクがそれぞれ短い挨拶を述べた後に、立ち上がったのはその中で一段と若く丸々とした男性だった。

『カリラン公爵からは、今回の催しに多額の出資をいただいております』

エリオットがそう述べると、知り合い同士なのか、カリラン公爵は彼女に向けても微笑みを向けていた。

『……また、本年度はルキウス殿下がご帰国されています。国内外から魔道具開発者として高い評価を受けている殿下にも、魔道具祭に全面的にご協力いただけることが決定しました』

所員たちから歓声が上がる。

ルイゼも思いがけないところで彼の名を聞いて、口元を緩めてしまった。

『フレッド殿下につきましても、同様に協力したいというご連絡をいただいています』

次は大きなざわつきがあった。

「土下座……」「土下座王子……」と飛び交うヒソヒソ声に、『静かに』とエリオットが注意を飛ばす。

その後は一ヶ月後に迫っている魔道具祭に向けて、それぞれの課で催し物の案を出し、次の代表者会議で発表するようにという説明があった。

それを聞きながら、ルイゼも頭の中でどんなイベントがいいのだろうと考える。

自分は入所したばかりの新人なのだ。意見が通るとは限らないし、むしろ可能性は低いだろうが、それでも真剣に取り組みたかった。

ここ数年の間は、父から貴族が行くような場所ではないと魔道具祭への参加は禁じられていた。

だから主催側として参加できるのが純粋に嬉しいし、考えるだけでそわそわしてくるのだ。

魔法省や魔法警備隊などの花形に比較してしまうと、魔道具研究所で日夜どんな研究が行われているか、所員がどんな仕事に励んでいるかを知っている国民は少ないだろう。

先ほどまでの説明や書類を見る限り、例年は全体的に控えめというか、ただ魔道具を展示するような地味な催しが多かったようなので……目玉となるようなイベントがあれば、もっと人の注目を集められる気がする。

(少しでも魔道具のことや、研究所のことを知ってもらいたい……)

解散の声が掛かったので、ルイゼはイネスたちと魔道具祭について話しながらホールを出ようとした。

「――ちょっといいかしら」

そのときだった。

ルイゼは、足早に近づいてきたエリオットに呼び止められたのだった。