軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話.次期王妃リーナ

ルイゼが婚約破棄され王宮を追い出された、その五日後のことである。

リーナは王宮にある貴賓室にて、優雅にティータイムを楽しんでいた。

本来であれば、フレッドの新たな婚約者であるリーナにはすぐに王宮に部屋が用意されるはずだった。

しかし双子の姉であるルイゼが使っていた部屋を、そのまま使い回すという説明をフレッドの側近から受け――リーナは当然、烈火の如く怒った。

(このわたくしに、 姉(ルイゼ) のお古の部屋を使えだなんて……まったく、失礼にも程があるわ)

その甲斐あって、ルイゼの使っていた部屋は一度取り潰され、壁も取り壊して広々と改築される予定である。

フレッドにはもちろん、その礼儀知らずの側近を厳罰に処すように伝えてあった。

リーナはガチャンと音を鳴らし、ティーカップをソーサーへと投げ出すように置いた。

周りの王宮侍女たちが一斉に眉をひそめるが……それにはまったく気がつかず、リーナはふわぁと欠伸をした。

(それにしても暇だわ……フレッド様はまだ国王様からの説教を受けているのかしら?)

フレッドは、あの夜会での婚約破棄のことを国王と王妃から延々と問い詰められているらしい。

国王たちが言うには、フレッドのやり方は体裁が悪かったそうだ。

もともとは、ふたりが六歳の頃にフレッドが熱烈に婚約を申し込んだという過去があったこと。

夜会という衆人環視の場所で婚約破棄を一方的に宣告し、ルイゼを陥れたこと。

そのルイゼに同意書を書かせていなかったのも大きな問題だったそうで、フレッドはずっとお叱りを受けているのだ。

リーナは体調不良を理由にその場には同席していないが、二日前に顔を合わせたときのフレッドはずいぶんと参っている様子だった。

(ま、わたくしがフレッド様を焚きつけたんだけどね?)

あの夜のことを思い出すとおかしくて、リーナはクスクスと音を立てて笑った。

『ルイゼ・レコット! 僕はお前との婚約を破棄する!』

脳裏に思い浮かぶのは、十年来の婚約者に婚約破棄を告げられたルイゼの姿。

周りの貴族たちと同じように、リーナも思いっきりあの場でルイゼを嗤ってやりたかった。

夢にまで見た瞬間。

何にも持たないルイゼから、"王族の婚約者"という唯一の立派な肩書きまで奪った瞬間――。

リーナは、心の底から思ったのだ。

(ああ、本当に……お姉様って、惨めで不様で、お可哀想な方だわぁ)

リーナがフレッドに近づいたのは、魔法学院に入学して数ヶ月が経った頃のことだった。

その日のフレッドは、自身の婚約者であるルイゼの成績不良を責め立てていた。

授業を欠席しがちで、ほとんどの試験に出ていないルイゼは、その頃には学院の教師に何度も呼び出され苦言を呈されていたのだ。

それを知ったフレッドがルイゼのクラスに乗り込み、彼女を怒鳴りつけたのだ。

しかも 教(・) 室(・) の(・) 真(・) ん(・) 中(・) で(・) 。他のクラスメイトがいるまっただ中である。

さすがのルイゼもフレッドの行為には耐えがたいものがあったようで、静かに肩が震えていた。

そうしてリーナは、俯きがちにルイゼが去った後――颯爽とフレッドの前に飛び出した。

「君は……、ルイゼ……?」

「いいえ、違いますわ。わたくしはリーナ・レコット。ルイゼの双子の妹です」

お久しぶりです、と頭を下げたリーナのことを、確かにフレッドは覚えていた。

その後、リーナはフレッドといろんな話をした。

主な話題は、姉のルイゼがどれほど出来の悪い人間であり、妹のリーナがどれほど出来の良い人間かということである。

フレッドは、リーナのあまりの愛らしさと優秀さに心打たれたようだった。

そしてリーナがある日、「王子の婚約者に選んで貰えなくて悲しい」というようなことを涙ながらに語ったら、慌てて「ここだけの話なんだが」と打ち明けてきたのだ。

「僕がルイゼなんかに婚約を申し込んだのは、僕の兄が、ルイゼのことを気に入っていたからなんだ。横から奪ってやれば、兄に一泡吹かせられると思ってな」

「……まぁ! そうだったんですね!」

「でも今思えば、失敗だったな。兄は僕とルイゼの婚約にはまったく興味を示さないで、大学に行ったし……最初からリーナを選んでいれば良かった」

「フレッド様……それなら今からでも、遅くは無いと思いますわ」

それからは全て、リーナの思惑通りだった。

フレッドはますますルイゼを嫌い、リーナはルイゼの悪い噂を流して評判を落とし続け、そして――五日前の婚約破棄へと至ったのである。

(それにしても、王宮って意外と退屈な場所なのね。毎日華やかなパーティーでも開かれると思っていたのに)

なんて風に考えていたら。

廊下からドタドタと騒がしい足音がして……部屋に飛び込んできたのはフレッド張本人だった。

「リーナ、話が違うぞ」

息を乱した彼に開口一番そんな風に問い詰められ、リーナは目をぱちくりとする。

「どういうことです?」

「お前は、もう兄上はルイゼなんかに興味は無いって言ったよな?」

(兄上って――――ああ、ルキウス・アルヴェインのこと?)

第二王子フレッドの兄であるルキウス。彼はもう十年も前から隣国に留学している。

類い希な美貌と頭脳の持ち主であることから、この王都でも彼が描かれた絵画や版画がよく出回り、庶民の間では人気の的だという。

確かに、フレッドにルイゼとの婚約破棄を迫った際に、ルキウスの名前を適当に使った覚えはある。

優秀なルキウスと比べ続けられたことでフレッドの劣等感は凄まじく育っていたので、利用しない手はなかったのだ。

「はぁ。言ったと思いますが、それが何か?」

悪びれずに小首を傾げるリーナ。

フレッドは苛々を隠さずに言い募る。

「お前がそう言ったから、ルイゼとの婚約を破棄したのに……十年も帰ってこなかった兄上が昨夜、昨夜だぞ。僕がルイゼと婚約破棄した途端に帰国したんだ!」

「だから何です?」

あまりにも淡々と言い返され、あんぐりと口を開くフレッド。

それに構わず、紅茶の中に角砂糖をひとつ溶かして、リーナはそれをのんびりと一口飲む。

喉がなまぬるく湿ったところで、口を開き直した。

「お言葉ですが、フレッド様。仮に、姉のように何の才能もないみすぼらしい女に入れ込んだところで、ルキウス殿下には何の得もありませんわ」

「そ、それは確かにそうかもしれないが……」

「しかもフレッド様に捨てられた、使い古された女なんですよ? そんな女に構っている時点でルキウス殿下は国王様や貴族たちからも嘲られますわ。……それに」

さらに胸を張って続けるリーナ。

「このわたくしを妻にする時点で、フレッド様の王位は約束されたも同然ではありませんか」

だって、とリーナは思う。

(わたくしはいつも、 何(・) も(・) し(・) て(・) い(・) な(・) い(・) の(・) に(・) )

ただベッドで転がったり、うたた寝をしているだけなのに。

(姉に向かって、 た(・) っ(・) た(・) 一(・) 言(・) の(・) お(・) 願(・) い(・) を(・) し(・) た(・) だ(・) け(・) な(・) の(・) に(・) )

それなのに、次の日に学舎に登校すれば周りからはチヤホヤされた。

『リーナ様は本当に素晴らしいお方だわ』

『昨日の実技試験も凄まじかったな。あんな風に自在に魔法を使いこなすなんて』

『噂に名高いルキウス殿下に匹敵していらっしゃるかもしれません』

父もお前は優秀だ、お前だけが頼りだとリーナを褒める。

そんな風に周囲から褒めそやされ、讃えられ……そんな生活を続ける中、リーナは思ったのだ。

というより、気づいてしまったのだ。

――ああ、わたくしって天才なんだわ、と。

本当に、何の努力もしていないのに、勝手に成績が伸びては尊敬される。

愛らしい、美しい、賢い、淑女の中の淑女だ、そんな言葉はとうに聞き飽きたほどだ。

「……そうだな、リーナの言うとおりだ。僕は何を不安がっていたのだろう」

美しいリーナの微笑みに、わかりやすく頬を染めるフレッド。

リーナはそんなフレッドに近づくと、そっとその手を取った。

そんな仕草も愛らしくて堪らない様子で、フレッドが鼻の下を伸ばしている。

「これからも頼むよ、リーナ。いずれ王となる僕の傍で――王妃として、僕を支えてくれ」

「ええ。もちろんですわ、フレッド様!」

リーナ・レコットは考える。

国なんてどうでもいいし、国母なんてものには何の興味もないが。

自分以外の人間がすべて跪いて、見上げることも畏れ多いと震えるような世界なら……とっても素敵だと思う。

その中に、自分と同じ顔の女が混ざっていたならますます最高だ――とも。

(…………それにしても、ルキウス殿下ねぇ)

第一王子がルイゼのために帰国した。

確か先ほど、フレッドはそんなことを口走ったはずだ。

(フレッド様もお馬鹿よねぇ。ルイゼを好き好む男なんて居るわけがないのに)

ちょうどその頃、ルキウスがルイゼの元を訪ねていることなどつゆ知らず。

心の中で姉をあざ笑いながら、リーナはフレッドに艶やかに微笑みかけるのだった。