軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第50話.母の記憶

ルイゼの寮部屋の真ん中。

ルイゼとルキウスのふたりは、向かい合う形で座っていた。

部屋には他に誰も居ない。ミアはお茶の用意を済ませた後に、すぐ下がってくれていた。

回復させた白猫はルイゼに懐いたようで、寮にまでついてきていた。今はその猫も、ミアと一緒に隣の部屋にいるはずだ。

ルイゼは静かに、息を吐く。

(……何から、お話すればいいんだろう)

「すべてを話す」と伝えたものの、どこから説明すればいいものかルイゼは困っていた。

目元はひりつくように熱を放っているし、久しぶりに光魔法を使ったからか、どことなく身体も重い。

ルキウスを部屋に通す前に少しだけ時間をもらい、ほんの数分だが目元は水で濡らしたタオルで冷やしていたが……それでも、ルイゼの有様は見苦しいに違いなかった。

そしてルキウスも先ほどから黙り込んでいて、部屋の空気はかなり重くて。

(とっ、とにかく何か、言わないと!)

「あの、ルキウス様……!」

「――ルイゼ。まず、謝りたい」

ルイゼははっとした。

ルキウスが頭を下げている。それは二度目ではあったが、弟の代わりにと謝ったときよりずっと、今のルキウスの声には苦しげな響きがあった。

「俺は君のことを、君に黙って勝手に調べていた」

「ルキウス様……」

「君が今から話そうとしていることについても……少なからず、俺は知っていると思う」

ルイゼは息を呑む。

("替え玉"のこと……それにきっと、私の力のことも……)

けれどそれは、ルキウスがルイゼを案じてのことだ。

そんなことは、聞かずとも分かっていた。少なくない時間を彼と共に過ごしたのだから、分かるのだ。

「顔を上げてください」とルイゼが言うと、ようやくルキウスの瞳を見ることができた。

「話せなかった私が悪いんです。ですからどうか、謝らないでください」

「……君が悪いものか」

いいえ、とルイゼは首を横に振る。

「自分が、本当に情けなくて――ルキウス様にだけは、知られたくなくて。それで大事なことを少しも、お話できませんでした」

(ルキウス様に、幻滅されるのが……失望されるのが、怖かったから)

でも、今はそんな自分を本当に馬鹿だと思う。

呆れられるのを怖がっていたということは、つまり……ルキウスのことを信じていなかったということだ。

(あなたが、誰より優しい人だと知っていたのに)

甘えるばかりで、彼の誠意に何も返せていない。

だからこそ今、ルイゼは正面からルキウスと向き合う。

「とても、長い話になってしまうかもしれません。昔の話ですから、記憶が朧気な部分もあって」

「ああ。分かった」

頷くルキウスに、ルイゼは小さく微笑む。

そしてゆっくりと、話し出した。

「――私の母は、類い希なる光魔法の使い手だったんです」

+++

母――ティア・レコットが体調を崩し始めたのは、ルイゼとリーナが二歳くらいの頃だったという。

家ではいつも自室で眠っていたり、起きていても少し話をするくらいしか出来なかった。

社交的な性格のリーナは、そんな母と居る時間を退屈に感じるのか……あまり母には寄りつかなかったけれど。

父も双子の娘が生まれた頃に魔法省大臣に任命されたのもあり、忙しい日々を送っていた。

だから母が目を覚ましたときに寂しい思いをしないよう、しょっちゅうルイゼは母の部屋の扉にもたれかかって時間を過ごしていた。

横にたくさんの本を用意しているから、時間を持て余すことはない。

使用人たちも、ルイゼのことを行儀が悪いと叱ることもなく見守ってくれていた。

そして、それはルイゼが六歳になり、王家主催のお茶会に参加する前日の夜のことだった。

不安もあり、いつも以上に目が冴えてしまったルイゼは恐る恐ると母の部屋を訪ねた。

意外なことに、母は起きていた。ベッドの上で上半身だけを起こし、窓の外を眺めている。

【光の 洋燈(ランプ) 】も使っていなかったので、部屋の中は薄暗かったが……その姿は、ルイゼの目に焼きつくようだった。

鳶色の長い髪の毛は一つに束ね、背中に流している。

緑柱石(ベリル) の色をした双眸は夜空を映し出し、それ自体が宝石のように輝いていた。

(……お母様は、とてもきれいな方)

扉からじぃっと覗いているルイゼに気がついた母は、笑顔で手招きしてくれた。

そして、いろんな話をしている内に、ルイゼはぽつりと訊いていた。

「……私の魔法じゃ、お母様は治せないの?」

「そうねぇ……光魔法で病気を治すのは、難しいでしょうねぇ」

困ったように微笑む母に、ルイゼは俯く。

何度も試したことだ。けれど、一度も上手くはいかなかった。

そもそも母自身が、かつて光魔法の使い手として中央教会で"光の聖女"とまで呼ばれていた人なのだ。

もしも病が光魔法で治せるならば、とっくの昔に母自身がそうしていただろう。

――母の身を苛む病の正体は、実のところ分かっていない。

父が呼んだ王都でも指折りの名医だという医者も、原因不明の病だと匙を投げているという。

「……これはきっと罰なのよ」

「ば……つ?」

聞き慣れない言葉に、ルイゼは首を傾げる。

母は窓の外を――否、もっと遠くを見ているようで。

その視線が何を見つめているのか、ルイゼには分からなかった。

「罪があるから、罰があるの。だから、誰のことも恨んでいないわ」

「……よく分かんない」

「――そうよね、ごめんなさい」

伸びてきた優しい手が、ルイゼの髪を梳くようにして撫でてくれる。

少しずつ、母は痩せていく。日に日に衰えていく。

それが分かるからこそ、ルイゼは泣きたくなって――それを我慢して、母にぎゅっと抱きついた。

「あら。まだまだルイゼは甘えんぼさんね」

「……そうだよ。私、子供だもん」

そうよね、と頭上の母が微笑んだ気配がする。

その眼差しはきっと、ルイゼのことを見ていたのだと思う。

「あなたが大人になって、誰かと出逢って、素敵な恋をするまで……ううん。それからもずっと、あなたを見ていたかった」

――急に、ひやりとしたものが喉元を通り過ぎたような気がして。

ルイゼは聞こえない振りをした。

そうして無邪気を装って、母に話しかける。

「また、家族みんなでピクニックに行ける?」

「ルイゼもリーナも、あの頃はまだ赤ちゃんだったわね」

「みんなで領地に、避暑に行ける?」

「ルイゼはまだ六歳なのに、難しい言葉を知ってるわねぇ」

母がいつまで経っても「うん」と頷いてくれないことに、ルイゼは苛立った。

頭の中がジンジンと熱くなるようで、悔しくて、悲しくて……そんな自分の気持ちを、どうすればいいか分からない。

そんなルイゼを見て、母は「もう、眠れそう?」と穏やかに問うてくる。

その顔色が、数分前よりずっと悪いことに気がつき――ルイゼは、無理をして頷いた。

「……うん、【眠りの指輪】も使うからきっと大丈夫。おやすみなさいお母様」

「おやすみルイゼ。どうか良い夢を」

その翌日。

お茶会にて、ルイゼは第二王子フレッドの婚約者として見出された。

そしてその数日後に、ティア・レコットは病死した。

凄まじい量の吐血をして、悶え苦しんで、三日三晩苦しみ続けた末に――命を落としたのだった。