軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話.リーナの驕り

リーナは苛立っていた。

原因はいろいろとある。夜会での失態や、フレッドに公務のやり方を指摘されたこと……。

しかしそれ以上にリーナが苛ついていたのは、いつまで経ってもフレッドとリーナの婚約披露パーティーが執り行われないことだった。

(お姉様のときも、婚約が決まった一年後ではあったけど……)

でもそれは、フレッドとルイゼの婚約が決まった直後にルイゼとリーナの母親が病死したからだ。

父やルイゼは大きなショックを受け、喪に服していた。国王もその気持ちを汲み、パーティーは延期されたのだ。

リーナはといえば母のことは嫌いだったので、どうでも良かったが……あの頃から、リーナの人生が大きく変わったのは事実だ。

(――お父様はわたくしだけの味方になって、お姉様はわたくしの"替え玉"になったから)

それからは楽しくて愉快なことばかりが起こった。

リーナは人々の賞賛の声を浴び、拍手の音を聞きながら居心地の良い毎日を過ごした。

そして愚図なルイゼからは、第二王子という輝かしい立場の男を奪うこともできた。

だが……最近フレッドは、何となくリーナに対して冷たい態度を取るのだ。

パーティーを開きたいと言っても公務に忙しいと言い訳し、まともに取り合おうとはしない。

一段落がついたらなんて風には言うが、一体それはいつなのかとリーナが声を荒げると、うんざりしたような顔をして、

「リーナ。君の言うとおり、僕は側近のほとんどを解雇したんだ。いずれパーティーは開くが、今はとてもじゃないが無理だ……」

なんて、低い声で呟くのだった。

(クビにしたのは自分のクセに、何でわたくしが悪いように言われなきゃならないのよ?)

いずれリーナは第二王子の――延いては国王の王妃となるべき優れた人間なのに。

(渡される書類もがんばって押印していたのに、「もういい」なんて言われるし!)

フレッドが訳の分からない仕事を押しつけてくるせいで、リーナの細く白い手はすっかり疲れてしまった。

毎日のように侍医を呼び丁寧に手のマッサージをさせていたが、今朝はいつまで経ってもやって来なかった。

わざわざ医務室まで出向いて理由を問いただせば、下っ端の治療師の女に「先生は他にも仕事がありますので」と素っ気なく断られたのだ。

(だったらアンタが代わりに来ればいいでしょ!)

そう怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑えつけ――今日は致し方なく、侍女にマッサージをさせている。

(学院に通っていた頃は、ずっと憧れの目で見られていたのに)

魔法学院の教師も生徒も、リーナには一目置いていた。

リーナが歩けば道を空け、視界の隅から羨望の眼差しで見つめ、試験で優秀な結果を残すたびにリーナのことを讃えていたのだ。

その頃の気持ちを思い出したくなって、先日は学生時代の友人たちを呼んでの小規模なお茶会を開いたが……そこで話題に上がったのは、ルキウスの話ばかりで。

「ルキウス・アルヴェイン殿下ってあんなに格好良くて素敵な方なのね」

「絵画で描かれているよりよっぽど美しくて、魅了されてしまったわ」

「皆様ずるいわ。わたしも殿下に一度でいいからお会いしてみたい!」

「そういえば帰国記念の夜会では、何か騒ぎがあったとか?」

「ああ、私は父の付き添いでその場に居たんだけど本当に大変だったのよ。というのも――」

そのときひとりの友人が、何か腫れ物を見るような目つきでリーナのことを見てきた。

「何かしら?」と首を傾げたら「なっなんでもありません!」と慌てて別の話題に変えていたが。

あの夜会のことを思い出すと忌々しくて仕方が無いのだが、それでもリーナにもルキウスにはしゃぐ友人たちの気持ちはよく分かった。

(だって――すごく、すごく、格好良かったもの!)

天の神が手ずから創った彫刻のような、美貌の男だった。

銀髪碧眼の美丈夫は、唇の形ひとつを取っても美しく……彼と会話を交わしたときのことを思い返すと、それだけでうっとりしてしまうくらいだ。

フレッドも王族らしく整った顔立ちではあるのだが、正直にいえば格が違う。

(にしても、どうしてルイゼなんかが第一王子の夜会に呼ばれていたのかしら……?)

もしかして顔が似ているせいで、リーナと誤って招待状を送ってしまったのだろうか。

それともリーナ宛てに実家に届いた招待状を、ルイゼが勝手にリーナの振りをして使った?

だが、夜会でルキウスは隣の女に「ルイゼ」と呼びかけていた。

しかも周りの招待客たちまで、ルイゼのことを褒めるようなことを言い始めたのだ。

想定外の事態にリーナは驚き、とにかくルイゼをこの場から不様に退散させてやろうと思ったのだ。

濃い色のぶどうジュースの入ったグラスを、転んだ振りをして引っかけてやろうとして――結果的に、 な(・) ぜ(・) か(・) リーナ自身がそれを頭から被ることになってしまった。

(ああ、憎々しいルイゼ!!)

リーナが舌打ちすると、侍女が一瞬だけマッサージする手の動きを止めた。

「……何よ。サボってる暇があるなら手を動かせば?」

「……失礼しました」

そのとき扉からノックの音が聞こえ、リーナは顔を上げた。

入室してきたのはフレッドだった。

「あら、フレッド様」

侍女を手で追い払い立ち上がるリーナ。

フレッドはどこか嬉しげな顔で近づいてきた。

「リーナ、聞いてくれ。昨晩魔法省の副大臣と偶然会ったんだ」

「まぁ。お父様の側近の?」

リーナが目を丸くすると、「それでな」とフレッドが続ける。

「リーナの話になって――ぜひリーナに、魔道具研究所に行って研究員の指導をしてやってほしいと言うんだ」

「魔道具研究所?」

思いがけない言葉に、リーナは目を見開く。

リーナの父ガーゴイン・レコットは魔法省の大臣を務めていて、その魔法省の直轄組織が魔道具研究所だったはずだ。

リーナは魔法学院を首席で卒業した才女だから、副大臣からそういう申し出があるのはおかしくはないのだが……。

(魔道具研究所って、ただ魔道具を大量生産するしか能の無い施設でしょ?)

有名な話だ。

イスクァイ帝国の魔法大学で開発された魔道具の製造権利のみを買い、魔道具をせっせと生産するだけの場所……それが魔道具研究所だという。

しかし白けるリーナに気づかず、フレッドは興奮した様子だ。

「これはすごく名誉なことなんだ。リーナがこの前言っていた通り、魔法の分野においてリーナは怖いもの無しだろう?」

「まぁ……それはそうですわね」

「だったらここで、魔道具研究所に恩を売ってやるのも悪くはないさ。リーナの名声もますます高まるだろうし」

フレッドにそんな風に言われ、少しずつリーナはその気になってきた。

なぜなら魔法学院時代、リーナはその優秀さゆえに魔法大学や魔法省、それに魔道具研究所からも 推薦(スカウト) を受けていたからだ。

まったく興味がなく、そのすべてを容赦なく撥ねつけてやったものの……魔道具研究所で実力を発揮してやれば、リーナを讃える声は高まることだろう。

そうすればルキウスも正気に戻り――ルイゼではなく、リーナひとりへとあの碧眼を向けるかもしれない。

(また、ルイゼの絶望する顔が楽しめるかも)

リーナはひそかに暗い笑みを浮かべる。

第二王子に捨てられ、第一王子にまで捨てられたとなれば――姉はどれほどのショックを受けるだろう。

そう考えると、居ても立っても居られなくなる。

「……分かりましたわ、フレッド様」

「本当か!?」

(それに……今より、お父様にも会いやすいかもしれないし)

ほくそ笑むリーナには気づかず、フレッドが小躍りするようにはしゃぐ。

しかしフレッドは気がついていなかった。

自分が、 単(・) な(・) る(・) 世(・) 間(・) 話(・) を真に受けていたことに。

本来であればフレッドが間違ったときは、それを諫める立場の者が傍に居たのだが――。

現在のフレッドの近くに控えるのは、側近とは名ばかりの腰巾着のような貴族たちだけで、彼らはフレッドのやることにはとりあえず賛同してご機嫌取りするだけだった。

それが出来る関係性だった人材は全て、リーナが解雇に追いやってしまったから。

そしてリーナは――唇の端をつり上げ、笑ってみせた。

「――わたくし行きますわ。魔道具研究所とやらに」