軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話.ルキウスの策略

ゴフッ、とイザックが吹き出した。

口元を押えると激しく咳き込む。どうやら紅茶が変なところに入ったらしい。

「だ、大丈夫ですかっ?」

慌てて腰を浮かせるルイゼには手のひらを見せつつイザックが、

「まっ――待っ、てくれ。まったく意味が分からないから解説! とりあえず解説をしてくれ……っ」

とか言いつつ、プルプル震えている。

(わ、笑ってらっしゃる!?)

ルイゼは予想外の反応に戸惑いつつも説明をすることにした。

「以前ルキウス様と王都に行った際に、王族だと周囲に露見するかもしれないから呼び名を変えることになりまして……そのときにルキウス様が、子供の頃は親しい方から『ルーくん』と呼ばれていたと仰って」

ルイゼが話す合間も、イザックはもはや笑いすぎて苦しげだった。

「ハァ、話に聞くだけでも大物だと思ってたが……っやっぱルイゼ嬢サイコーだ。オレ、アンタに出会えて良かったぜ!」

「え? ええっ?」

「この出会いに感謝を!」

イザックがルイゼに敬礼する。

テーブルに置いてあるのがティーカップでなくシャンパングラスだったなら、おそらく乾杯していたに違いない。

その後もしばらく顔を覆って天を仰いでいたイザックだが、ようやく少し落ち着いたのか、妙に平静な顔つきになりルイゼに言う。

「よく分からんけどオレ、良いこと思いついた。あのさ、ルイゼ嬢……」

口の横に手を当て、内緒話の要領でイザックがルイゼに囁く。

それを真剣に聞いていたルイゼだが、ふと頭上に影が差したので見上げてみると――話題の渦中にある人が立っていたので、驚いて息が止まってしまった。

「……おい」

低く地を這うような声音だ。

次の瞬間には、イザックが「おぎゃっ」と悲鳴を上げていた。

なぜかというと、彼の背後に立ったルキウスが――その頭蓋を片手で思い切り掴んでいたので。

「ルキウス、痛い痛い。オレの頭からミシミシと嫌な音がしてるんだが!」

「ミシミシどころか、バキバキでもいいが」

「頭蓋骨陥没してんじゃねぇか!」

悲鳴を上げつつその手からどうにか逃れたかと思えば、イザックはルイゼに向かってパチンとウィンクをした。

「じゃあなルイゼ嬢、また話そうな!」

そしてものすごいスピードで食堂を出て行く。

(逃げ足が速い!)

終始圧倒されっぱなしだったルイゼは、しばしイザックの残像を目で追ったのだが……それからハッとして、くるりと振り返る。

ルキウスはといえば、先ほどまでイザックが座っていたソファ席に仏頂面で着席していた。

どことなく疲れたように見えるのは……ルイゼの気のせいではないだろう。

(……やっぱり、会いに来るべきではなかったのかも)

「ルキウス様。あの――お忙しいのに、会いに来たりしてすみません」

ルイゼは頭を下げた。

ミアたちに勧められるまま。自分の感情を優先してここまで足を運んでしまったが――彼の迷惑になりたいわけではなかったのだ。

「いいよ」

しかし耳朶を打ったのは、そんな響きで。

下げていた頭を上げると、ルキウスはテーブルに頬杖をついていた。

そうして愛おしい宝物を見るかのような双眸をルイゼに向けている。

「俺も、君の顔が見られて嬉しい。……それ以上に、君が会いに来てくれたのが、嬉しい」

「っ」

ルイゼの頬に熱が灯る。

だがそのタイミングを見計らったように物陰から、

「あ、ルイゼ嬢! そいつ、毎日ルイゼ嬢が来ないかってそわそわ待ちくたびれてたんだぜ!」

何やら絶好調に叫ぶ秘書官の声が聞こえ――その方角に向け、ルキウスが目にも留まらぬ速さで空いたクッキーの皿を投げつけていた。

……が、その後に陶器が割れる音が聞こえなかったあたり、イザックは空飛ぶ皿をキャッチして立ち去ったようだ。

「ルイゼ。アレの言うことは気にするな。……偽りではないが、事実とは若干の齟齬がある」

「は、はい」

頷くルイゼだったが、それでも、ルキウスの様子が気になってしまう。

だって彼はそっぽを向いているけれど、その耳はほんのりと赤く――照れている、のは明らかで。

(クレマチスの花言葉のひとつは、『策略』……)

もしかして、ルイゼが会いに来るまでがルキウスの策だったのだろうか。

だとしたら、こうして会いに来たのは――やっぱり正解だったのかもしれない。

(今日だけで、ルキウス様のことをたくさん知ることができた気がする)

弾む心を察知したわけではないだろうが、ルキウスが少々疑わしげにルイゼを見遣る。

「イザックとは何を話していたんだ?」

う、と言葉に詰まるルイゼ。

(『幼少期の頃の微笑ましいエピソードのお話などを』なんて答えたら、タミニール様が無事じゃ済まないかも……)

そんな予感を覚えたので、とりあえず当たり障りなく答えておく。

「タミニール様の、お仕事の話などを中心に聞かせていただきました」

「そうか。それだけか?」

「……はい、主にそれだけです」

「なら良いが」

ルキウスの態度はどことなく素っ気ない。

ルイゼが困っているのに気がついたのだろう。ルキウスは少し眉を下げて呟いた。

「すまない。あまりにも君とイザックが親しげだったものだから……見せつけられたようで、些か面白くないだけだ」

――その一言にルイゼははっとした。

おそらくルキウスは変な方向に勘違いをしている。ルイゼにとってもイザックにとっても、思いがけない方向にだ。

「ち、違うんですルキウス様っ」

イザックに迷惑を掛けてはいけない、とルイゼは夢中だった。

「お伺いしたのはルキウス様と、タミニール様のお仕事のお話ですし……っ! それに主なお話はルキウス様の過去の可愛らしいエピソードや、そんなルキウス様のことをタミニール様が心からお慕いしている話で――つまり九分九厘までルキウス様のお話でしたから!」

訂正しなくては! と必死に説明を試みるルイゼは、ルキウスがいつの間にやら良い笑顔を浮かべていることに気づいていなかった。

「……なるほど。君に余計な話を吹き込んだイザックには相応の処分を下そう」

それでようやく、引っかけられたと気がついたルイゼはすっかり消沈してしまった。

「そ、それはどうかご容赦を……というか、ほぼ口を滑らせた私のせいですし」

「君の願いでもそれは聞けないかもしれないな」

ルキウスは楽しげだったが、その顔色はどことなく悪い。

多忙な日が続いているのだろう。こうして一目会えたのは嬉しかったが、申し訳ない気分になってくる。

「……ルキウス様。私のことは気にせず、すぐにお休みになられてください。私はすぐに帰りますから」

ああ、と思い出したようにルキウスが呟く。

「……そういえば、仮眠室に行こうと思っていたんだ。俺の執務室のすぐ隣の」