作品タイトル不明
第131話.唐突な再会
翌日の夜のこと。
威勢良く飛び込んできた侍女たちによって、ルイゼは宴の準備に明け暮れていた。
といっても、基本的にはされるがままだ。
二時間ほどの熱浴のあとは、香室でのマッサージを受ける。
まるで一国の姫のような手厚い処遇だが、熱浴だけでルイゼはくらくらしていた。
(肌を磨くのは、アルヴェイン王国でも同じだけれど……)
強い香の匂いに囲まれながら、くったりと台の上に横たわる。
その日のルイゼはあまり体調が良くなかった。
前日の夜、ハイルと数時間も話し込んでいたためだ。見回りに来た侍女が止めに入らなければ、夜通し語り通していただろう。
だが宮殿の主であるフィアンマは良くしてくれるし、ナイアグや侍女たちにも世話になっている。さすがに恩を仇で返すわけにはいかなかった。
「まあぁ! 素敵ですわ、シャロン様!」
着替えを終えたルイゼを取り巻き、侍女たちが一斉に感嘆の溜め息を吐く。
着せられた薄水色のそれはカフタンドレスというらしい。
腰帯には金銀糸をふんだんに使った繊細な刺繍が施されている。
袖は腕が見えないほど、裾は引きずるほど長いが、これでサイズは合っているらしい。
(ゆったりとしていて、ブラウスみたい)
着心地の良いドレスに、ルイゼは安堵した。
というのも、フィアンマが用意したというドレスは露出が激しかった。肩や腹部を出すのに抵抗のあったルイゼは、そこで重要なことを思いだした。ジャラ民族を描いた物語の中に、宴の際に貴婦人がまとうというドレスが登場していたことを。
文化研究のためにもぜひ着てみたいと頼み込めば、侍女たちは感銘を受けた様子で承諾してくれた。それが現在着用しているカフタンドレスの原型である。
鳶色の髪は緩く編み、紗のヴェールの位置を調整すれば、侍女たちはうっとりとしている。
「とってもお美しいですわ」
「ありがとうございます、準備を手伝ってくださって」
「滅相もありません! 大公殿下の大事なお客人ですもの」
そんな会話の声が聞こえたかのようにドアを叩く音がする。
現れたのは、前開きの長衣を着たフィアンマだった。頭にはターバンを巻き、首元や腕、指と全身に高価な宝石をつけている。
やたらと眩しい格好ではあるが、それも馴染んで感じられるのは彼の風格の成せる技だろうか。
頭を下げるルイゼと目が合うと、フィアンマはガッと目を見開いた。
「おお!……露出が少ないな!」
「一言目がそれですか!」
侍従長であるナイアグが頭を抱えている。
「が、それはそれでよし。行くぞシャロン」
「は、はい」
勝手に衣装を変更した点はお咎めなしらしい。
ぐいと腕を引き寄せられ、ルイゼは慌ててついていく。
フィアンマと共に明るい回廊を進みながら、しかしルイゼの頭は昨夜の会話のことでいっぱいだった。
(教授と話したこと。暗黒魔道具のこと……)
早急にルキウスに伝えたいことがたくさんある。
目の前にルキウスが居てくれれば、ともどかしい気持ちになる。自分のミスでエ・ラグナ公国に来てしまったから、尚更そう感じるのだ。
「ルキウス様は、明日には到着されるんですよね」
「そうだな。航海に問題がなければ」
ムシュア宮の窓から見る限り、海は荒れていない。
近辺で海賊が出るという話も聞かないから、予定通りルキウスは到着するはずだ。
「明日も宴を開かれるんですか?」
「その予定だ」
訊ねると、にやりとフィアンマが微笑む。
フィアンマと腕を絡めたルイゼは、斜め後ろで俯いたナイアグが気まずそうな顔をしているのには気がつかないのだった。
◇◇◇
宴の舞台となるのは屋外にある噴水庭園だった。
しかし暗くはない。各所に灯された篝火が、歓談する人々を照らしているからだ。
着飾った人々は椅子や、あるいは精緻な紋様が描かれる噴水の縁に自由に腰を下ろしている。
噴き出る水は富の象徴でもある。砂漠地帯の多いエ・ラグナ公国において水は貴重だ。水の魔石を使った噴水をいくつも配置することで、大公の権力と財産を誇示しているのだろう。
いくつものテーブルの上には山盛りにされた果実。その中には黄色いライマが多い。
食事は少なく、果物や菓子類、飲み物が多く用意されているようだ。
そんな光景を、ルイゼはフィアンマと共に見て回っていた。
フィアンマの元には、次々に挨拶のために自国の貴族が訪れる。
王国からの客人だと紹介されるたび、ルイゼは余所行きの笑顔を作って軽く躱した。
詳細を聞きたそうな顔もあったし、ヴェールの中を気にする視線も感じた。だが、フィアンマも長く話すつもりはないようですぐにその場を離れてくれる。
奏でられる宮廷音楽もまた独特だ。
管楽器が中心に用いられる王国式と異なり、ラグナ公国では打楽器が多く使われるらしい。
腹の底に響く太鼓の音が打ち鳴らされれば、続々と踊り子たちが現れる。
「きゃっ」
「おおっと」
目の前を通る踊り子に驚いたルイゼの肩をフィアンマが支える。
舞台がないので、招待客のすぐ眼前で彼女たちは踊るのだ。
踊り子たちが披露するのは、瑞々しい肌を晒しての煽情的なベリーダンスである。
踊り手は誰もが美しい。透き通るように白い肌、長くほっそりとしたしなやかな手足、くびれた腰の動き。 露出の激しい衣装をまとい、溢れ出るような妖艶な色気を振りまいていく。
しゃなりしゃなりと腰飾りを揺らし、ホールに居る人々すべての視線を虜にしている。
「どうだ。アルヴェインとはまったく違う文化だろうが」
すっかり見惚れているルイゼの肩を、軽くフィアンマが叩く。
まだ彼に支えられたままだったと気がつき、慌ててルイゼは少し距離を取った。
「は、はい。とても興味深いです」
「踊り子たちが下がったあとは、明け方まで踊り明かすんだ」
体力が保ちそうにない、というのが顔に出ていたのだろうか。
「俺と抜け出すか」
「いえ、ひとりで部屋に戻ります」
「つれないな……」
ぼやくフィアンマの後ろに、次の一行が現れる。
また挨拶に来た貴族たちだろうか。そう思うルイゼに、フィアンマが破顔した。
「シャロン、お前を紹介したい」
「はい」
言われずとも、今日のルイゼはフィアンマのパートナー役である。
振り返ったルイゼは――笑顔のまま固まった。
(…………え?)
紗のヴェール越しに見えたのは、輝かしい銀髪。
角度によって青にも紫にも見える、神秘的な瞳。
白い正装をまとったその人と、確かに目が合った。
「「ル――」」
声を発したのも、おそらくほぼ同時だった。
しかし、そんな二人の間に割り込むようにフィアンマの手がルイゼの肩を強く抱く。
控えていたナイアグは「本当にすみません」と顔を覆っていたのだが、そんな呟きがルイゼに聞こえるはずもなく。
フィアンマは、胸を張って堂々と紹介してみせた。
「紹介しよう、ルキウス。彼女はシャロン・カリラン。――オレの婚約者だ」
唖然とするルイゼの目の前に、似たような顔つきのルキウスが立っていた。