作品タイトル不明
二度目の婚約破棄宣言いただきました!
起こることがわかっていれば対処するのはわりあい容易い。
植木鉢の件も、毎回始まる前にバルコニーをチェックする癖の付いていた私なので、見つけた瞬間割りました。そして何かの実験だったかもしれないとすぐさま教師にまで連絡した。生徒だけでなく大人も巻き込むのがポイントだ。
階段転がり落ち事件は、グレイスが日々報告をもたらしてくれたおかげだ。キャロラインも同じく彼らの企みじみた話があれば教えてくれた。
階段転がり落ち事件の前日、マーガレットはとてもいらついていたそうだ。ギルベルト殿下をずっと取られていて、それでも手が打てないことに怒りをぶつけていた。使えないというつぶやきも聞いたそうで、もういいと彼らに見切りをつけたような発言までしていた。
何かやらかしそうですと言われ、私はスカーレット様にブローチをつけてもらったのだ。
「さて、わたくしの悪行ですか? それはどこにございますの?」
にっこり笑顔で威圧するスカーレット様は、まごう事なきラングウェル家の女性だった。
「ひどいです、よってたかって、ありもしないことで――」
「ありもしないことを最初に言ってきたのはそちらでしょう? さあ、ここではっきり決着をつけましょう。どうなさるのですか? わたくしに謝罪するのですか? まあもうそれでは済まない問題になっておりますが。殿下もはっきりさせましょう。最初のダンスをマーガレットさんと踊ったのです。それはわたくしに対する侮辱となります」
「そなたこそ! なぜその男にエスコートされてきたのだ」
いやいやいやいや、あほなの?
思わず隣の私が吹き出してしまいましたよ。
「失礼いたしました。ふふ」
そんな私の態度にギルベルト殿下はもちろん怒りに顔を赤くして、周りは同じように失笑し出す。
「全部、そのままお返ししますわ。わたくしは、ギルベルト殿下の唯一の婚約者であったはずです。一応お待ちしましたのよ? お相手との待ち合わせは共有談話室です。お伺いしたところ、堂々とマーガレットさんをエスコートしていらっしゃったとか」
不義理を働いているのはぜーんぶギルベルト殿下だ。
「そして最初のダンスを踊った、と」
事実と、状況がそろっている、それでも突き進むならあとは感情だ。
言い返せなくなったギルベルト殿下はとうとうその言葉を放った。
「スカーレット・ラングウェル! そなたとの婚約はいまここで破棄する!」
「謹んで承ります」
胸に手を当て晴れ晴れとした様子でスカーレット様はその申し出を受けた。
ああ、泣きそう。
嬉しい。こんな風に笑顔のスカーレット様を見られるなんて。
それに、頑張ってきたことが実を結んだ。マーガレットを見る。その周囲のなんとも貧相なこと。アーノルドも、クリフォードも、デクランも、オズモンド殿下も、フィニアスもイライジャも、みーーーーーんないない。
いるのは愚かなギルベルト殿下のみ。
「ここにいる皆様が証人です。ギルベルト殿下が、わたくしとの婚約を取り下げました。王族の決定です。皆様よろしいですね?」
嬉しそうに周囲を見渡すその姿に、ギルベルト殿下がなぜか愕然としている。
「賠償金などは後でしっかり請求しましょうね、スカーレット様!」
「賠償!?」
マーガレットが驚いている。
「下手な工作をしてラングウェル公爵家を貶めたのはそちらでしょう? 一方的な不義理と不貞行為、ご覚悟くださいね、ギルベルト殿下。あ、そうそう、マーガレットさんも周りをうろちょろしていらっしゃる方々も、きちんとラングウェル公爵に報告させていただいておりますのでよろしくお願いいたしますね」
私の宣言にマーガレット周りに動揺が走る。
「生意気な口を叩いて! わかっていないな、私は第一王子、王太子だ! 子爵令嬢ごときがわめこうが、痛くも痒くもない!」
顔に朱をのぼらせ、こちらに向かって怒鳴るギルベルト殿下はあのときと同じだった。
あの瞬間の痛みを思い出し、ビクリと肩を震わせてしまう。だが、そんな私をフィニアスの腕が包み込む。
「わかっていないのはそなただ、ギルベルト」
突然、そう告げられて、ざわついていたその場が静まり返った。
呼び捨て???
スカーレット様の隣に立つ、メイナードが苛立たしげな表情でギルベルト殿下を睨んでいる。
「貴様!? 教師風情が!!」
「国王の決めた婚約者をダンスパーティーに誘わず、まさか最初のダンスを踊るなどと……本当に、そなたはいったいどこまで愚かなのだ?」
はあとつくため息も、今日の完璧な装いのメイナードに似合いすぎて、そこかしこからまた違ったため息が漏れ聞こえた。
「最近の状況は聞いていたから、もしものためにと兄に許可をもらってスカーレットをエスコートはしたが、ダンスを踊ったということは、そなたは王の決定に逆らったということだ。それでも王太子を名乗るなど、恥知らずめが」
あに???
私の中でめまぐるしい速さで色々な事象を検討する。
だが現実のほうがはるかに速い。
完全に頭に血がのぼったギルベルト殿下は、私ではなくメイナードに向かっていった。
そしていとも簡単に組み敷かれる。
あれ、私がやりたかった!! 今ならできる! かなり鍛えたんだから!!
「本当に愚かな甥だ」
お、甥!?
フォレストという家名はない。それは高位の者が使う手だ。
そう、例えば、王位を得ない、王族などが。
スカーレット様も知らなかったのか目を瞬かせている。
「お前たちももう出ていきなさい。今日は、これで卒業となる三年生の最後のイベントだ。邪魔をしてはならない」
いとも簡単に、メイナードはギルベルトを担ぎ上げるとそのまま扉の外に放り投げた。
「ギルベルト様!?」
マーガレットが叫ぶ。
「ほら、とっとと出ていけ。そなたらもだ。それとも私に排除されたいか?」
マーガレットとその取り巻きたちはもうどうしたらいいのかわからずに、半分泣きながらダンスホールから逃げ出していった。
「さあ、音楽だ。星降る宴の続きを!」
メイナードの呼びかけに、少しずつ生徒が動き出す。
だがまだ皆硬い。
「仕方ないな。スカーレット、踊るか?」
「えっ……」
「兄に、一応もしものときはそなたをエスコートする断りを入れた。だが今はもう君は王族の婚約者ではないだろう? 私の手を取るも取らぬも自由だ」
くうっ……大人の余裕!!
そんなメイナードに、少し頬を赤くしたスカーレット様はそっと手を差し出した。
二人のダンスが始まると、固かった三年生たちも笑顔を取り戻し、先程までのことはすっかり忘れ去っていった。
そんなとき、フィニアスが私の顔を覗き込む。
「リリアンヌは何でそんな顔をしているの?」
「えっ!?」
「今にも泣きそう」
泣きたい。いろんな感情ごちゃ混ぜで、思い切り泣いて発散したい。
「嬉しくて泣きそうです……」
「じゃあ抜け出そう、おいで」
今は、何も言える状況になくて、黙って手を引かれたままついて行く。外に出て向かったのはガゼボだ。
座ったところで耐えてきた涙が零れ落ちる。フィニアスがハンカチでそっと押さえてくれるが……一度じゃ足りない。
あとからあとから零れてくる涙が止まるまで、フィニアスは黙って待っていてくれた。
「最後のイベントに行かないと」
やっと落ち着いて、思い出したのは星を降らせるあの瞬間だ。
「そんな顔で行かせられないよ」
フィニアスはそう言って私の手首を掴んで離さない。
「でも、年に一度しか見られませんよ?」
「こんなリリアンヌも滅多に見られない」
もう一方の手でそっと頬を撫でられた。
薄化粧はすっかり落ちてしまっているだろう。確かにひどい顔になっていると思う。
「星降る宴は来年も、再来年もあるから」
「確かにそうですけれど」
私は見たけど、フィニアスは今年の星は見ていないはずだ。
「原始の星、見なくても良いんですか?」
フィニアスはゆっくりと首を振り、私の唇に指先を這わせた。
「リリアンヌと一緒にここにいるほうがいい」
待って、待って待って待って待って!!
頭の中で待ってが大合唱してる!
でも実際はまったく動けなくて、迫ってくるフィニアスの瞳の奥の赤に、目を奪われたままだった。
ドタバタとした星降る宴だったが、これが終われば三年生は寮を引き払い、それぞれのその後に移っていく。
私はまた、図書室でせっせと魔術式を書き写していた。
隣にはもちろん、フィニアスがいる。
「夏の素材採取は?」
彼はまた法律の本を開いていた。
「行きたいとは思っているのですけれど、ばたついているのでまだわからないです」
「行くとなったら教えてね。イライジャもついてくるけど」
「はい、もちろん」
さすがに誘わない選択肢はない。
「どちらに連絡を入れたら良いでしょう?」
「寮でいいよ。城に部屋を用意してもらっているけど、こちらの方が居心地がいい」
「イライジャさんがいるなら、お義姉様みたいな護衛はいなくても大丈夫かしら……夏はこちらには来ないので」
「なんなら私の他の護衛が来るからいいよ。それももうすぐいなくなると思うけど」
フィニアスの言葉に私は彼をじっと見る。その言葉の意味を、私は取り違えてはいないだろうか?
「もうすぐ、なのですか?」
「もう、段取りはした」
「臣籍降下を?」
「そうしないと、この国には残れないからね」
それは、自惚れでなく、私のためにということなのだろう。
本当に照れくさくて、参ってしまう。
これを、あと二年も続けるのか。
私の心臓は持つのだろうか?
「リリアンヌ?」
思わず顔を覆って俯いた私に、フィニアスは不安そうに声をかけた。
「お気持ちは嬉しいんですけど、王子をやめるのは、その……」
「ハッキリとした態度を示したからこそ、私への暗殺が止まったんだ。王位争いからは手を引くってね。さらにこちらに婿養子として入ってしまえば、私は完全にフォースローグ王国の人間となる……が、それはしない」
フィニアスは私の手袋の刺繍を指でなぞる。ビクっとしてしまうがやめてくれない。
「完全にこちらに来てしまうと、それはまたそれで面倒そうでね……リリアンヌ、お嫁に来てくれる?」
「ですから、……それもう、今さらですよ! あ、あんなことまでしておいて」
フィニアスはキョトンとした目で私を見たあと破顔する。
「あんなの、アーランデでは挨拶だよ」
それは絶対嘘!
しかし、やはり婿養子は難しいらしい。まあ、地位的にもそれは無理かと思っていた。
「……やっぱりアーランデで暮らすことになりますよね」
「いや? とっておきの良い案があるから期待しててね」
フィニアスはそう言って私の頬にキスをした。