軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

休暇の終わりと感謝と謝罪

お手紙が多すぎて右手が痛くてそろそろ辛い、と思い始めたところで明後日から授業が始まる。

三日前にジャスティンお兄様とフレデリカお姉様は領地へ向かった。今日はアシュリーお兄様が学園までついてきている。

「はぁ、私は心配だ」

「とはいえ学園は卒業しなければならないのですよ。お兄様は映写会の方をお願いしますね」

「私の印税を注ぎ込んだからには取り返すつもりだよ。リリーは危ないことをしないよう、気を付けて学園生活を送ってね」

はいわかりましたとお返事できないのが心苦しい。

沈黙を保つ私を兄は半眼で睨む。が、私と同じお父様似のアシュリーお兄様は大して怖くない。

「ねえリリアンヌ」

「はい、お兄様」

「とにかく、私は味方だから、家門がどうのと考えなくていい。お前が思うようにやっておいで」

「はい、お兄様」

私は貴族らしく微笑むと、久しぶりの寮へ向かった。

「リリアンヌ〜!! 無事で良かったわぁ!!」

「むしろ肌の調子は良いくらいよ」

同室のアンジェラも夕方にはやってきた。

「算術の宿題が終わってないのぉ〜」

「休暇中何してたのよ」

これに対する答えを私は知っている。

「ヒ・ミ・ツ」

色々とデートに忙しかったようだ。

この時点ではまだ誰か特定の相手はいない。

「手紙で言ってた化粧品のお試し会、明日の朝からできるように小さな談話室も確保済みよ」

「ありがとう。アンジェラはこういったことは手早くて助かるわ」

「そりゃ興味しかないもの! で、本当に体の調子は大丈夫なの?」

「ええ。何も問題ないわ」

「根性腐ってても聖女の力は確かなのね〜。リリアンヌの手袋で毒がわかったんでしょ? それすらも聖女が奇跡の力で先を見ており、無意識に選ばせたとか触れ回ってるわ」

「イメージの底上げに必死ね〜」

でもまあ、その方がいいなと最近は思うのだ。

あんまり聖女のイメージが地に落ちると、ギルベルト殿下が見限る可能性がある。周りが完全に切れるよう動く可能性がある。

周囲を固めていた地位の高い者たちが消えた今、これ以上のイメージダウンはまずい。

「マーガレットさんには一度感謝を伝えなければなりませんね」

「えっ……あの子のせいで死ぬ目に遭ったんでしょ?」

「でもね、助かったのも事実」

あとは謝罪の仕方だ。

夕食に向かう。まだスカーレット様は到着していない。

トレイの上に好きなものを選んで乗せていると、後ろから声をかけられた。

「一緒の席はどうですか?」

イライジャだ。

「ええ、もちろん」

フィニアスはすでに座っていて、他にもアーノルドやクリフォードがいた。

「リリアンヌ嬢が大丈夫なようで安心したよ」

「ご心配おかけしました……観劇はどうでしたか?」

「よかったよ。まあ内容は女性が好みそうなものではあったが、舞台装置が面白いし、演出がいいね」

「殺陣だっけ? あれがよかったな」

内容よりも舞台の仕掛けや演出に興味を持ったようだった。

「つまり見ていないのは俺だけか」

イライジャが口を尖らせた。しかしそこへ上から声がかかる。

「私も観ていないよ」

デクランだ。それなりに人のいる時間に現れるのが珍しい。

「授業がそろそろ始まるんだな……この時間は今までは空いていたのに。リリアンヌ嬢、先生が心配していた。今度顔を見せて差し上げてくれ」

「あら、わかりましたわ。春の素材採取のご相談をしなければなりませんし、ちょうどよいです」

そして自然と話は次の授業の内容に飛ぶ。

「杖は本当に、楽しみだな」

「杖が来るらしいが、いったいどういうことなんだろうな。先生どころか上級生も教えてくれない」

杖は長くても四十センチくらいの細い木の枝のようなものだ。両親や兄たちも持っている。ジャケットやコートの内側に杖を差し込むポケットがついていた。この制服のジャケットにもある。咄嗟のときには手袋を脱いで使う方が早いが、魔物狩りなど、接敵を把握しているときや、魔導具作りなどにはなくてはならないものだった。ちなみに、夜会の時、女性は太ももに隠し持つ。正直アレはどうかと思います。咄嗟に使うにしても、ドレスをたくし上げなければならない。まあつまり、ドレスの女性は男性に守られろということか。特別な手袋を使う女性が多いのはこれのせいでもある。咄嗟に手から魔力を振るい、杖を取り出す時間を作るのだ。

何にせよ、楽しみだ。

食堂の入口が騒がしくなる。

ふり返ると、マーガレットだ。取り巻きたちと一緒に楽しそうに話しながらやってきた。

面倒なことはとっとと済ませておこう。

立ち上がるとマーガレットも気付いてこちらに来る。

「リリアンヌさん! お加減いかがですか?」

大きな声で、はしたないなぁと思いながらも近づいて、胸に手を当て微笑んだ。

「マーガレットさんのおかげで傷痕が残ることもなくきれいに治りました。直接お礼をと思ったのですが、なかなか家から出してもらえず遅くなりました。感謝しております」

さすが聖女の力だ、素晴らしい。魔毒を無効化するとは、偉大な力だ。と、周囲の者が褒めそやす。

マーガレットも邪魔だなんだのと罵っていた私が、素直に感謝を述べたことに何を思ったか、一瞬だけ口元に笑みを上らせた。が、すぐに顔を曇らせる。

「いいえ、元はと言えば私がぶつかってしまったせいですから」

「そうですね。マーガレットさんがぶつかってきたせいですね」

マーガレットが目を見開く。

えっ、と小さく声を漏らした。

私は驚いた風を装い、首を傾げる。

えっ? と同じようにしてみせる。

食堂の真ん中での会話。噂の的である聖女とリリアンヌの話に耳を傾けていない者などいない。次の言葉がどちらから紡がれるのかを、誰もが黙って待っていた。

食器のぶつかる音すらしない。

「なんなんだ、その言い方は! マーガレット様がいらっしゃらなければあなたは死んでいたかもしれないのですよ?」

回復薬(ポーション) 作りのときもそうだったが、取り巻きの質が低すぎるな。前回のアーノルド、クリフォード、デクラン、フィニアス、イライジャって、よっぽどだ。どうしてそこまで選りすぐりを選べたのか気になるところ。

「マーガレットさんがいらっしゃらねば私が魔毒をかけられることもありませんので、死ぬことはなかったですね」

「ぐっ……」

論破しやすくて助かる〜。

「あの、悪いのは私なのよ。ありがとう」

マーガレットが庇おうとした男子生徒に例のうるうるお目めを向けている。

男子生徒やその周りはそんなマーガレットに感動している。

ううん、話が進まなすぎてじれったいが、ここは耐えである。

彼女が私に言うべきことは一つだ。

「あなたを怪我させてしまって申し訳ありません」

「はい。わたくし、リリアンヌ・クロフォードは、マーガレット・トルセイ男爵令嬢からの謝罪を受け取ります」

学園の学生でなく、貴族として謝罪を受け取る。

「わたくしが感謝を述べ、マーガレットさんが謝罪を述べた。これで今回の件は終わりにしましょう。まだまだ学生生活は続きますし、家同士のいざこざでそれが壊されるのも嫌ですし、遺恨を残さずこれで終わりにしましょう」

ニッコリと笑ってそれではと席に戻る。

彼女のきょとんとした瞳が、事態を把握できてないとわかった。

「別にそこまでせずとも良かったと思うが?」

心配そうにクリフォードが見てくるが、私は首を振った。

「うちの家族がだいぶやらかしているんですよ……」

思い当たったアーノルドがああ、と声を漏らす。

アシュリーお兄様謹慎までいってますからね! しかも神殿も相手にしそうな勢いだったとか。なので、親のいないここで手打ちにしてしまうという卑怯な手を使ったのだ。

「できればここでの出来事を触れ回ってくださいませ」

「わかった、早速親に手紙を出そう」

「私も送っておくよ」

デクランも協力してくれるのはありがたい。

「イライジャさんには悪いけれど」

彼もまた被害者なのだ。

「俺は構わないけど……リリアンヌ嬢が心配だよ。神殿からしてもおもしろくないだろう?」

「表面上和解してしまえばアシュリーお兄様に手出しはできなくなりますから」

「そうは言っても、悪感情をすべてリリアンヌ嬢が引き受けている気がする」

フィニアスが空色の瞳を伏せて、表情を曇らせた。

それでいいのだ。

それが私の狙いでもあるのだから。

ふふ、と笑うと、眉をひそめ、目を細めた。

「スカーレット様が聞いたら悲しむよ」

正しく私の意図を悟ったであろうフィニアスの言葉は胸に響く。が、もうそこで振り返る時期は過ぎたのだ。

スカーレット様に向かうはずの悪いものは全部私が引き受ける。

「スカーレット様には内緒にしてくださいませ」

「無理だね」

「無理かな」

「無理無理」

口々に無理無理言い出して面食らう。

「そ、そこはわかったって言って黙っててくれるものじゃないんですか?」

「リリアンヌ嬢は、怒ったときのスカーレット様の怖さを知らないんだな」

「たまにすごい圧が来るよね」

「さすがあのラングウェル公爵の娘だ」

アーノルド、クリフォード、デクランが口々に言う。

ええ? 私スカーレット様から圧食らったことなんてない。

「今までの学園生活でスカーレット様が怒ってらっしゃる場面なんてありました?」

冬前に、ギルベルト殿下に呼び出されたときくらいだったが?

「世の中には知らない方がいいことがたくさんあるねぇ」

とはイライジャだ。

ええー! 私の知らないところでスカーレット様がやってるの!?

化粧品の使用感想会には、令嬢たちが二十人ほど集まった。アンジェラの選んだ、美容に関して勤勉で、交友関係も広い令嬢たちだ。

アーノルドの婚約者アイネアスもいた。アイネアスが確かめれば、自然とスカーレット様周りの令嬢たちには広まるだろうし、そちらは試供品が欲しければ私が都合するつもりだ。

女性が二十人。美容品を前に静かであるはずもなく、ユージンの説明に厳しい質問が飛び交う、それこそ買付のディーラーかと思う熱心な様子だった。

そして、無事誰もが新しい顧客となったのである。