作品タイトル不明
80 推理
続いて僕らを襲ったのは、高速で放たれたすさまじい威力の濁流だった。
廊下の中を、すべてを蹂躙しながら疾駆する暴力的な水の流れ。
「わたしが止める」
イヴさんが手を掲げる。
一瞬で凍りつき、荒れ狂うその形のまま時間が止まったみたいに静止する濁流。
しかし、反撃を開始しようとしたそのときだった。
『 大轟水砲(ハイドロブラスト) 』
凍りついた濁流が砕け散る。
破壊的な水流は、瞬きの間に廊下の壁をえぐり取っている。
「――――っ!?」
「イヴさん!?」
悲鳴ごと濁流に呑み込まれて消える。
残ったのは跡形もなく半壊した廊下の残骸。
イヴさんだけじゃない。
一撃で十騎を越える 黒仮面騎士(ナイトオブラウンズ) がやられた。
狭い廊下での不意打ち。
かわすのが難しかったとは言え、一撃であの人数が持って行かれるなんて。
なんとかかわすことに成功し、天井に退避した僕らを襲ったのはヘビのように素早い草の蔓だった。
「つ、強い……!! ふりほどけない……!!」
007(セブン)の声。巻き付いた蔓は鋼のように強靱で、僕らの身体に巻き付いて身動きできなくしようとする。
「ガンブレードなら切断できる。切って、退避の準備を――」
みんなに指示する僕。
しかし、敵の動きは僕が思っていたよりさらに早かった。
否、ここまでの二撃は布石。
すべては僕らの位置を限定し、本命の一撃を当てるため。
『 八炎殺地獄(ヘルフレア) 』
辺り一帯、そのすべてが蒸発する。
燃えさかる温度を超え、気体に変わったそこに広がるのは巨大な空白。
一瞬で巨大な城の三分の一が失われた。
支えにしていた天井が蒸発したことで濁流に飲み込まれたのは幸運だっただろう。
じゃないと、さすがの戦闘用スーツもこの一撃に耐えきることはできなかっただろうから。
つまり、みんなは無事。
致命的なダメージは受けていないはず。
なら助けるのは後だ。
まずはここで僕が三人を無力化する――!!
『 時を加速させる魔術(クロック・アクセル) 』
濁流から抜け出し、三倍速で間合いを詰める。
超高速で壁を走り、粉塵の中、月明かりにゆらめく影に峰打ちを叩き込む。
だけど、そこにあったのは予想外の光景だった。
「 人型の植物(フェイク) ――!?」
瞬間、蔓が一斉に伸びて僕を捉えようとする
左足と左腕が絡め取られる。
咄嗟に右腕のガンブレードで薙ぎ払う。
しかし、それは彼らにとって十分すぎる隙だった。
『 八炎殺地獄(ヘルフレア) 』
『 水竜砲(ハイドロスプラッシュ) 』
『 曼珠沙華(ヒガンバナ) 』
放たれたのは第七位階級の魔術。
戦闘用スーツを持ってしても、致命的なダメージは避けられないその三連撃は――
『 時を消し飛ばす魔術(スキップ・ザ・クロックス) 』
しかし、魔術であれば僕にも止められる。
「――――!?」
動揺が空気でわかる。
もちろん、その隙を見逃す僕じゃない。
身体を反転させ、三人との距離を一気に詰める。
放たれた蔦と水の大砲をかわし、一番近くにいた一人にガンブレードを叩き込む。
対して、敵は避けることをしようとしなかった。
自身の術式起動速度なら、三倍速の僕相手でも先手を取れると判断したのだろう。
速いッ――!?
異能の域まで達したその速度はオーウェン・キングズベリーと同等以上。
魔術が起動したのは僕が剣を振り抜くのとほとんど同時。
相打ちになる――
そう思った。
しかし、それは錯覚。
魔術は放たれず、僕の剣も振り抜かれなかった。
敵魔術師と僕は、互いにあとほんの少しで敵を倒せるというギリギリのところでぴたりと静止していた。
空気が止まったような沈黙。
やがて、敵魔術師は言った。
「――思うに、君は私の知っている相手じゃないだろうか」
僕は剣を下ろし、仮面を外す。
「ご名答ですよ、エメリ先生」
敵だと思っていた魔術師はエメリ先生だった。
残る二人は六賢人のフランチェスカさんとミス・ウォルター。
国内最強クラスの魔術師三人。
そりゃ強いわな。
戦闘用スーツで身体能力が上がっているとは言え、根は素人の 黒仮面騎士(ナイトオブラウンズ) が不意を打たれて押し負けるのもうなずける。
流れ上必然的に、僕らは正体を三人に明かすことになった。
「………………疲れてるのかな。学院の生徒たちに見えるんだけど」
「Fクラス一同と三人の精鋭ですね、ええ」
「いや、落ち着け。さすがにありえない。国を大きく揺るがしているすさまじい力を持つ秘密結社の正体が学生たちなんて」
「いえ、完膚なきまでにFクラス一同と三人です」
「…………」
黒仮面騎士(ナイトオブラウンズ) がFクラスの生徒であることに、エメリ先生はその顔を三度見するくらい混乱し、天を仰いで頭を抱えた。
「……一体どうしてこんなことに?」
「さあ。僕も詳しいところはよく知らないんですけど」
「知らないのに総裁やってたの?」
「ええ。楽しそうだったので」
「楽しそうって」
エメリ先生はまた頭を抱える。
「信じられない。ありえるのか、そんなこと……」
「それがありえちゃったんですよ」
「受け入れるしか、ないのか」
目を閉じ深く息を吐くエメリ先生。
「これは驚いた。まさか、俗世にここまで優れた魔道具技術があるとは」
フランチェスカさんは目を丸くして僕のスーツを見つめた。
「魔術光学迷彩も搭載されてるんですよ」
すっと闇に消える僕の身体。
「すごいわ! 素敵な技術! もう一回! もう一回見せて!」
ミス・ウォルターは声を弾ませる。
戦闘用スーツの技術は六賢人の二人をも驚かせるだけのものらしかった。
まあ、あれだけの威力の魔術くらってもみんなまだ戦える状態なわけで、当然と言えば当然なんだけど。
「まさか学内に侵入していた不審な集団が君たちだったとはね……」
僕らが帰った後、三人は何者かが学内に侵入していることに気づいたらしい。
急いでその足取りを追った結果、ファインマン氏の特別区画にたどり着き、機能を停止したゴーレムを見て奇襲攻撃を敢行したのだと言う。
「てっきり悪魔だと思っちゃったの、ごめんね」
申し訳なさそうに言うミス・ウォルター。
「いえいえ、僕らも完全に敵として対応しちゃいましたし」
お互い怪我なく済んで良かった。
さすが六賢人とエメリ先生の魔術だけあって、戦闘用スーツのダメージも未だかつてない感じだけど、それでもまだ正常に機能してるし。
「とにかく、城の中を探索しましょう。ファインマンさんの安否を確認しないと」
城の中にファインマン氏の姿は無かった。
破壊を免れた中央区画。整然と片付けられた書斎にも、図書館のような書庫の中にも、その痕跡はどこにもない。
忽然と煙のように消えてしまっていた。
「争った跡はない」
黒仮面なイヴさんは注意深く辺りを観察しながら言った。
「先生はどう思いますか?」
「誘拐か殺人かそれ以外の何かだと思う。間違いない」
「そうですね、間違いないです」
それ以外の何かの守備範囲が広すぎる。
「これはもしかしたらあの小説のトリックかも」
イヴさんは扉の隙間に糸を通したような跡がないか確認したり、歩幅で廊下の長さを測ったりしていた。楽しそうだ。
「ファインマン氏の姿はないね」
エメリ先生が言った。
「つまり、犯人は残りの六賢人三人である可能性が高いということですか」
「そうなる」
「じゃあ、早速一人ずつ可能性を潰していきましょう」
「え」
エメリ先生は、驚いた様子で言う。
「もしかして、君……」
「残る三人の特別区画にも侵入します。可能性を一つずつ潰して最後に残った相手が犯人です」
探偵小説としては邪道もいいところな捜査方法だけど、僕は名探偵じゃなく手段選ばない系天才魔術師兼秘密結社総裁なのだった。
僕のやり方で進めさせてもらうぜ、悪魔さん。
それから二時間で、僕らは残る三つの特別区画すべてに侵入した。
六賢人二人とエメリさんまで共同戦線してる僕らをゴーレムごときが止められるわけもなく、僕らはあっさりと警備を無力化して特別区画内に侵入することができた。
白の座、グスタフ・アヴォガドロの『白銀の回廊』
黒の座、マクスウェル・エトリッヒの『宵闇の宮殿』
橙の座、パラケルスス・メッサーシュミットの『橙黄の大図書室』
問題は、そのすべてがファインマン氏の居城と同じ状態だったことだ。
一方的に破壊された魔術人形と、忽然と消えた建物の主。
「魔術人形の状態を見るに、犯行が起きたのは二週間以上前のことだろう。つまり、手紙が送られたときには既に、六賢人のうち四人はこの状態だったと言うことになる」
フランチェスカさんが言った。
「連名どころの話じゃありませんね」
まさか、平穏に見えた魔術大学の中でこんな事件が起きていたなんて。
おそらく襲撃された六賢人たちと同様に、僕らのことも物言えない状態にしようという計画だったんだろうけど。
問題は、容疑者の数がどんどんと減っていることだった。
普通に考えれば、六賢人のうち四人は被害者なわけで。
残る二人は……
「ミス・ウォルター、もしかして悪魔だったりしますか?」
「な、なんであたし!?」
「こういうのって大体最初良い人そうなやつが犯人なんですよ。『ぐはははは! 騙されたわね愚か者め!』とか言うものなんですよ」
「違うわよ!? なんであたし良い人そうだっただけで疑われなきゃいけないの!? 違う、ほんと違うから!」
「必死なところがあやしい」
「本当なのよ! 信じて!」
うーん、弁解してるのを見てるとますますあやしく見えてくるんだよな。
これはグレーだね。
限りなく黒に近いグレー。
だって良い人感あったし。
とは言え、一人だけの尋問で犯人を決めるわけにはいかない。
「フランチェスカさん、悪魔ですか?」
「殴るぞ」
「暴力に打って出るところがあやしい」
「なっ!? 違うからな! エメリ言ってやれ。お前ならわかるだろう」
「そう言えば、師匠の自己中心的かつわがままなところは悪魔と言われても違和感ないような」
「おい! お世話してやっただろうが! 味方をしろ味方を!」
「そうやって弟子を味方にしようとするところがますますあやしいですね」
「違うからな。ほんとに違うからな」
「必死になるのもあやしい」
「じゃあ、どうすればいいんだ私は!」
最初は白かと思ったけどこれはあやしく見えてきたな。
グレーだね。
限りなく黒に近いグレー。
つまり、やはり二人の内どちらかが犯人……
頭を悩ませる僕。
くそ……!! こんなときに小説の主人公みたいな名探偵がいれば……!!
くいくい、と誰かが僕の袖を引っ張る。
そこにいたのはイヴさんだった。
「ああ、先生。今はちょっと取り込んでるので」
「伝えたいことがある」
「伝えたいこと? 探偵ごっこの新設定でも思いつきました?」
「違う」
イヴさんは首を振ってから言う。
「書庫と廊下の長さを測ってた」
「先生それ好きですよね」
「長さが違った」
「へ?」
「多分ここ、隠し扉がある」
「………………え?」