軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70 逃走劇

僕は激しく混乱していた。

奴隷だった子たちが仲間になって数日。

追加の服を買わなくちゃとウィルベルさん行きつけのお店に行ったら、なぜかリナリーさんとイヴさんに見つかってしまった。

突然の緊急事態。

黒の機関は謎の秘密結社なわけで、秘密というからにはやっぱり他の人に知られるわけにはいかない。

そういう設定は大事にしないとこういう遊びって面白くないし。

つまり、これは黒の機関の存亡に関わる大ピンチ!

状況を収拾するために、僕は躊躇いなく魔術を起動した。

『 時を加速させる魔術(クロック・アクセル) 』

まず最初に対処すべきは子供たち。

自身の固有時間を加速させ、目にも止まらぬ速さで子供たちを一人ずつ抱えて路地裏に隠す。

「二人が追ってくるのは多分僕だ。僕が二人を引きつける。子供たちのことをお願い」

「わかったわ」

「任せて! 私様が絶対みんな無事に連れ帰るから!」

リナリーさんとイヴさんが店から出てきて、僕の姿を捉える。

僕はわざと魔術を解いて別の路地へ飛び込む。

追ってきてくれれば、その時点で僕の勝ちだ。

何せ、鬼ごっこは僕の超得意分野。

時間系魔術を使えば、追っ手を撒くなんて簡単なこと。

加えて、二人の魔術は街中で使うには危険すぎる。

下手に使えば、王立警備隊にまず間違いなく逮捕されるわけで。

つまり、状況は圧倒的に僕有利。

ふはははは! 黒の機関総裁の座は伊達じゃないのだ!

さあ、どうするリナリーさん、イヴさん。

余裕綽々で後ろを振り返る僕。

そこにあったのは、予想だにしない光景だった。

◇◇◇◇◇◇◇

イヴ・ヴァレンシュタインは、アーヴィスが簡単に捕まえられる相手で無いことを認識していた。

幼い頃から、名家ヴァレンシュタイン家が持つ知識のすべてを吸収してきたイヴの魔術知識は、同世代ではまずトップクラス。

その圧倒的な力ゆえ、魔術戦では人を率いた経験も多くある。

戦況を的確に把握するのはイヴの得意分野。

個人技を前面に押し出し一人でも多く倒すスタイルのリナリーよりも、周囲を見て戦況を把握する部分に置いてはイヴの方が秀でている。

それは、前のめりになって全力で求めるものをつかみ取ろうとするリナリーと、一歩引いたところから周囲を観察するタイプなイヴの性格の違いゆえのことでもあるわけだが。

ともかく、自分たちが不利な状況にいることを認識していたイヴは、彼を追うよりも先に周囲を見回した。

(何か……何か使えるもの)

そして、あとは判断に従い半ば自動的に、最善と思える行動を選択する。

「この魔動スクーターを譲って欲しい」

「え?」

エンジンをかけ、スクーターに乗ろうとしていた男子大学生は怪訝な顔をした。

「もちろんお金は払う。このくらいでどう?」

「こ、こんなに!? やべえ、超助かる!」

男子大学生は、渡されたお金を見て満面の笑みを浮かべる。

「今月ピンチだったんだよ。ありがとな」

「構わない。さあ、リナリー運転を」

「私が運転するの?」

「わたし、自転車も乗れないから」

「乗れないんだ」

リナリーは、スクーターに乗る。

魔術以外のことはあまりできないイヴと違って、リナリーは何でもセンス良くこなせるタイプだ。

さして、戸惑う様子もないその背中が頼もしい。

「ほら、イヴも乗って」

「うん」

イヴは、スクーターの後ろに乗る。

(ち、近い……)

パーソナルスペースが人より広いイヴにとって、それは新鮮な体験だった。

(そうだ、掴まらないと。これでいいのかな?)

おずおずとリナリーの腰に手を回すイヴ。

リナリーはにっと口角を上げた。

「行くわよ」

魔動スクーターが動き出す。

身体が後ろに引っ張られる。

すぐ近くに感じるリナリーの背中と体温。風にさらわれる髪。

(すごい……!! こんなの、初めて……!!)

頬を切る風の心地よさがイヴには新鮮だった。

路地に飛び込む。

魔術を使わず走るアーヴィスの背中を捉える。

一気に距離を詰めると、彼は慌てた様子で魔術を起動させた。

『 時を加速させる魔術(クロック・アクセル) 』

三倍速。

早送りした映像のように、人間離れした異常な速度。

だけど、

「時間を加速させてもまだこっちの方が速い」

彼の姿が曲がり角に消える。

リナリーは車体を倒してドリフトの要領でコーナーを曲がる。

アーヴィスはもう目の前。

捕まえた――!!

『七秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』

そう思った瞬間、彼の姿はどこかに消えていた。

「時間を止められたっ!?」

リナリーはスクーターを止め周囲を見回す。

「問題ない。ここは一本道。逃げられるルートは限られてる。彼のことはたくさん見てきたから推測も可能。裏をかくのを好む彼が選ぶのはおそらくこっち」

向きを反転させ、引き返す二人。

その通りだった。

大通りを逃げていたアーヴィスは、二人に気づいて狭い路地裏に逃げ込む。

しかしそれが、彼が犯した今日最大の判断ミスだった。

イヴは手をかざして魔術を起動させる。

『 氷結(フリーズ) 』

時間を操作したところで、狭い路地ではイヴの魔術をかわしきることは不可能。

狭い路地の路面が一斉に凍りつく。

足首から下が凍りついて、アーヴィスは地面に縫い取られる。

足を引き抜こうともがく彼。

スクーターを降りた二人は、落ち着いた足取りで近づいた。

「これから貴方が話すことはすべて証拠として使われる可能性がある。貴方はそれについて黙っている権利がある」

「ほんと探偵小説好きですね、先生」

「とても」

うなずくイヴの隣でリナリーが言う。

「アーヴィスくん、お金に困ってるなら私も出せるから! そういうのはよくないことだってずっと思ってたけど、でもアーヴィスくんになら私は――」

「リナリーは落ち着いて」

リナリーを制してから、イヴはアーヴィスを見据えて続ける。

「さあ、貴方が何をしていたか話してもらう。それは、恋愛資本主義がいかにして空前絶後の途方もない貢がせモンスターを作ってしまったのかを解き明かすことにもなるだろうから」

「恋愛資本主義? 貢がせモンスター?」

「いいから話して」

アーヴィスは少しの間押し黙ってから、イヴを見つめ返して言った。

「話すわけにはいきませんね。僕は誇り高きエージェントだ。大切な仲間の情報を知られるくらいなら死を選びます」

「話してくれたら、二千アイオライトあげる」

「Fクラスの友達やウィルベルさんたちと黒の機関って秘密結社やってて。今日は新しく仲間になってくれた子供たちの服を買いに」

「え?」

「え?」

沈黙が流れた。

二人の間にあった考えの隔たりはあまりにも、あまりにも大きかった。

◇◇◇◇◇◇◇

僕は二人を地下秘密基地に案内した。

ストロベリーフィールズ家の私設図書館地下に広がる、途方も無く巨大な施設にイヴさんは呆然としていた。

「あのトレーニング施設の奥にさらにこんなすごいものがあったなんて」

「本当にただ全力で秘密結社ごっこしてるだけだったんだ。デートじゃない、デートじゃなかったんだ……!!」

リナリーさんはすごくうれしそうだった。

これだけのスーパー秘密基地だもんね。

少年の夢をそのまま具現化したような超施設。

うれしくなってしまうのも当然のことだと思う。うんうん。

巨大な入浴施設に目を丸くし、ハイテク設備の数々に言葉を失うイヴさん。

何より、一番驚いていたのは僕らが閉会式でみんなを助けた黒仮面であるのを知ったときだった。

「貴方達があのとき助けてくれた仮面の戦士たちだったなんて」

「あれ? でも先生ちょっと怪しんでる感じじゃなかったでしたっけ」

「おかしいなとは思ってたけど、ここまでは予想外……」

何度もまばたきしているイヴさん。

「お父様の同類だなんて思ったことを謝る。貴方はお父様とは違う。人型廃棄物では無くちゃんとした人間」

「事情は知りませんがお父さんにその言い方はあんまりなような」

「いいの。あれはゴミクズクソムシだから」

多分またなんかやってしまったんだろうなと思う。

あわれ、イヴさんのお父さん。ご愁傷様です。

「ここは私がママ活で誰よりも先にアーヴィスくんとの距離を詰めて……!! いや、でもイヴは地獄へ続く道って言ってたし、貢ぐみたいなのは人としてダメな気がするし。ああ、けどアーヴィスくんは絶対に失いたくないから、たとえお金目当ての関係だったとしても一緒にいられれば私はそれで幸せで。彼を幸せにできるならそれも本望というか、いやでも――」

リナリーさんは小声でぶつぶつ言いながら、頭を抱えたり、頬を緩めてでれーっとしたり、くるくるしていた。

よくわかんないけど、あまり僕は触れない方が良いことな気がするので、気にしないことにする。

「しかし、ここまで知られてしまったからには、君たちを生きて帰すわけにはいかないな」

「なっ……あなたまさか……」

「そう。私は黒の機関総裁、000(ゼロ)。闇に墜ちた世界をさらなる漆黒で塗りつぶす者」

「そんな……あなたが、000(ゼロ)だったなんて……!!」

楽しい。

イヴさん、ノリいいなぁ。

こういうとこ、好き。

「生きて帰すわけにいかない……? つまり、アーヴィスくんと一緒に住めるってこと……!?」

喜びと驚きが九対一くらいで入り交じった様子で言うリナリーさん。

「ねえ、さっきからリナリーさんおかしくない?」

「気にしないで。経験したことない種類のストレスのせいで少しテンションがおかしくなってるだけだから」

「ああ、リナリーさん時々ある気持ち高まりすぎて空回りするやつ」

「そう。それ」

疑問が解決したところで、僕は仕切り直す。

「秘密を知った君たちには、我々の仲間になってもらう」

「ぐ……わたしたちの力まで利用しようとするなんて、なんという外道……!!」

「ふはははは! なんとでも言うが良い!」

「でも、負けない。わたしたちは絶対に……!!」

「ちなみに、本当に嫌なら参加しなくていいですからね。そういうところはちゃんとした組織であろうと思ってるので。無理に付き合わせるのは申し訳ないですし」

「大丈夫。わたし、こういうの好き」

「さすが先生!」

「わたしのことは、今日から X(エックス) と呼んで」

「いや、一応僕ら数字をコードネームにしてるんですけど」

「わたし、 X(エックス) が良い」

「ふむ……じゃあ、先生は X(エックス) で」

「任せて」

アルファベットか。

まあ、これはこれでかっこいいからいっか!

「リナリーさんはどうする?」

「私も入って良いの!?」

前のめりになって言うリナリーさん。

「これでアーヴィスくんといられる時間が増える……!!」

なんだかうれしそうだった。

女子でも、秘密結社の良さってわかるものなんだなぁ、と僕までうれしくなる。

「じゃあ、リナリーさんはコードネーム L(エル) で」

こうして、黒の機関に新しく強力な仲間が加わったのだった。