軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 旅立ち

「行きます。行かせてください」

そう、何も考えずに飛びついた僕だったが、数分後には自分の判断を後悔し始めていた。

もちろん、グランヴァリア王立に通えることに不満はない。

Aランク魔術学院は、天才の中の天才しか入れない狭き門。

近隣地域では負け無しの天才だったゲイルさえも届かない領域。

Eランク魔術学院の劣等生だった僕に、そんなチャンスが与えられるなんて夢なんじゃないかって思うくらいだ。

しかし、振り返って冷静に考えると、その判断にも少しばかり誤りがあったと言わざるを得ない。

つまるところ、僕が考えているのはこういうことだった。

めっちゃ評価してもらえてるみたいだし、もっと良い条件取り付けられたんじゃね?

もらえる奨学金の金額は僕にとって死活問題だ。

長年の夢であるエリスにお腹いっぱいおいしいごはんが食べさせられる生活を実現するためにも、少しでも多くの金額を確保しなければ。

一本でも多くのもやしを食べさせるために、兄として僕は妥協するわけにはいかない。

「そういえば、条件についての話をしてませんでしたよね」

僕は大物感を出そうと落ち着いた口調で言う。

「条件?」

エメリさんは首をかしげた。

「ええ。優秀で天才の僕には相応の条件が提示されるべきと思うんですよ。具体的には、僕とエリスがお腹いっぱい食べられる量のもやし。それが確保できる金額は超えてもらわないと納得できません」

僕は腕を組み、試すようにエメリさんを見て言う。

「もやし……? よくわからないけど、Aランク魔術学院の生徒だと奨学金の額はこれくらいかな」

さらさらっと、手帳にペンで金額を書いてみせるエメリさん。

「こ、ここここんなにもらえるんですか……!?」

今までもらってた額の十倍近いんだけど。

もやしどころか、普通に貴族並の生活できちゃえそうな額なんだけど。

「Aランクレベルともなると、国の宝みたいな部分はあるからね。支援もこれくらいの額になる」

「す、すごい。さすがAランク……もやし食べ放題……!!」

「納得してくれたみたいでよかったよ」

にっこり微笑んでエメリさんは言う。

「それじゃ、早速引っ越しの準備をしてくれるかな」

「引っ越し?」

「グランヴァリア王立は、王都の魔術学院だ。通うなら引っ越しは必要だろう?」

それから、汽車のチケットを僕に見せて言った。

「十七時の汽車を私は予約してある。君にもそれに乗ってほしい。チケットはこちらで用意しておくから」

「ありがとうございます。ただ、僕妹がいまして、その子の分もお願いしたいんですけど」

「連れていく気かい? 親御さんに任せておけばいいと思うけど」

「両親はいないんです。エリスは、僕が育てないといけないので」

「なるほど。そういうことか」

エメリさんはうなずいてから言った。

「それじゃ、その子の分も用意しておこう。十七時までに準備を整えて駅に来るように。わかった?」

「ありがとうございます」

僕は言った。

家に帰って事の次第を話すと、エリスは声を弾ませて喜んでくれた。

「兄様すごい! かっこいい!」

「いやいや、エリスに比べたら僕なんて全然だよ」

「そんなことない。絶対兄様の方がすごい」

「違うね。絶対に絶対、エリスの方がすごいから。僕なんて、エリスがいてくれるからがんばれてるだけだし」

「わたしも、兄様のおかげで毎日楽しいよ。いつもありがとう」

「ぐはっ……」

なにこの天使。

かわいいが過ぎるんだけど。

致死量超えてるんだけど。

かわいいの過剰摂取に二十秒ほど気を失う。なんとか意識を取り戻した僕は、引っ越しの準備をする。

廃材を組み立てて作った小さな小屋の中。幸い持っていかないといけないものはほとんどなかった。

拾ってきた服と、エリスの薬。エリスが好きな鈴のコレクションと猫のぬいぐるみ。今日の夕食分と明日の分のもやし。

持っていくべきものはこのくらいだろう。

荷物をまとめて、駅へ出発する。エリスを背中におぶって、夕暮れの道を歩いた。

「兄様、王都ってどんなところかな?」

「どんなところだろうね。僕も行ったことないからなぁ」

「やっぱりもやしは大人気なのかな?」

「それは間違いないね。もやしはこの世界で最も高価で人気の食べ物だから」

「じゃあ、王様も食べてるの?」

「王様は週七でもやしだね」

「エリスたちと同じだ!」

「そうだよ。もやしこそこの世界の真理だから」

ぎゅっと僕に抱きつくエリスの体温。

それだけで、幸せだと胸を張って言える気がした。

守りたい、大切な家族がいて。

その子は僕のことを慕ってくれて、好いてくれて。

他に何が必要だろう?

駅に着くと、駅員さんが一等の客車に案内してくれる。

赤い絨毯、煌びやかなシャンデリアが灯る豪奢な一等車の中。

書き物をしていたらしいエメリさんは僕を見てにっこりと目を細めた。

「好きな席を使ってくれて良いよ。今日は我々以外に客はいないみたいだから」

「し、失礼します」

おっかなびっくり座席に座る。

あまりのふかふかさに、僕は思わず腰が抜けそうになった。

「兄様、これすごい!」

「ぐ……なんて悪い奴らだ。こんな悪魔的な兵器を開発しているとは……!!」

これダメになるやつだ。

一度座ったら立ち上がれなくなるやつだ。

「兄様、エリス隊員もう立てません」

「あきらめるなエリス隊員! 意志を強く持て! 僕らならこの強敵も必ず打ち倒せるはずだ!」

「ダメです。気持ちよすぎて身体が立ちたくないって言ってます」

「くそ……なんて非人道的な兵器なんだ……僕の身体ももう……」

ぐでーとソファーにもたれて天井を見上げる。

まさか、僕がこんなに良い席に座れる日が来るなんて。

がんばってきてよかったなぁ、と思う。

僕は今恵まれすぎてるくらいの状況にいて。

だけど、欲深い僕は一つだけ、心残りをこの町に残していた。

それは、結局別れの挨拶ができなかったラルフのこと。

退学になった僕と違ってラルフには午後の授業があったし、スケジュール上仕方の無いことではあったのだけど、せめて最後に少しでも話したかったと思う。

あまり良い学校ではなかったけど、ラルフと過ごした時間だけは、本当に楽しいものだったから。

「アーヴィス! いるか!?」

なんて、考えていたからだろうか。ラルフの声の幻聴が聞こえる。

ここでラルフの声が聞こえるなんて、授業が終わって全力で走って駆けつけてくれでもしない限りあり得ないのに。

「兄様、この声」

エリスの声に、はっとした。

幻聴じゃない。ラルフが来ている。

「すみません、ちょっと行ってきます!」

僕は立ち上がり、汽車から飛び出す。

肩で息をしていたラルフは、僕を見つけてにやりと口角を上げた。

「よう、奇遇だな」

「いや、絶対僕と話したくて走ってきただろ、お前」

「たまたま駅まで走りたくなっただけだ。勘違いするな」

「ツンデレかよ」

二人で笑い合う。

こういう時間が僕にとって、どれだけありがたかったか。

きっとラルフは知らないんだろう。

「来てくれてありがとう。行く前に話せて良かった」

「素直かよ」

「たまにはね」

「ってかお前知らないだろ。あれから、すげえ騒ぎだったんだぞ」

「騒ぎ?」

「みんなお前の話題で持ちきりでさ。あのムカつくゲイルをぶっ倒してくれたって、平民の生徒は大盛り上がりよ。もうなんかヒーローみたいになってるぜ、お前」

「マジか。サインの練習しないと」

「いや、それはしなくていい」

「そうだね。冷静に考えたら、もう作ってあったんだった」

「既に手遅れだったか」

適当な冗談をかわすこの時間も、これが最後。

明日からは会えなくなる。

転校で離ればなれになる友達に何を言えば良いのか、僕は知らなかった。

言葉に詰まる僕に、ラルフはぷっと息を吐いて言った。

「お前の泣きそうな顔、初めて見た」

「うるせえ」

仕方ないだろ。

お前が必死に走ってまで来てくれるとは思わなかったんだから。

そんな本音はさすがに照れくさくて言えなかった。

「エリスちゃんと仲良く、元気にやれよ」

ラルフは最後にそうにっこり笑って言った。

「俺もこっちでがんばるからさ。お互い今よりビッグになって、また会おうぜ」

動き出した汽車の車窓から手を振って、ラルフと別れた。

汽車が駅から出て、もういないだろうと振り向いたら、まだ立っていた。

ラルフに胸を張って会えるよう、がんばろう。

そう僕は思った。