軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 試合後

「やった……!! 勝った! 勝ったんだ……!!」

声をふるわせて言うフィオナ先輩に、

「やりましたねフィオ先輩っ!」

クロエ先輩が助走をつけて飛びつく。

「先輩とまだ戦えます。私、うれしいです!」

「うん、わたしもうれしい。本当に……本当によかった」

フィオナ先輩はほっとした様子で言ってから僕らに向き直る。

「ありがとう。みんなのおかげで勝てた。わたし、何てお礼を言ったらいいか」

最初に応えたのはリナリーさんだった。

「気にしないでください。私は自分のために戦ってるだけですから」

彼女らしい言葉だと思う。さっきも、「よし! 最高撃破数!」って小さくガッツポーズしてたし。

「わたしも気にしなくて構わない」

淡々とした声で言うイヴさん。

感情が見えない声に、フィオナ先輩が少し困ってるみたいだったので、助け船を出すことにした。

「先輩。イヴさんは褒められるのに弱いです。おだてられるのとか意外と効く方です」

「え? でも、そうはとても見えないけど」

「いいから、やってみてください」

「じゃ、じゃあ」

フィオナ先輩はおずおずと言う。

「イヴさんすごいね。あんなに精度が高い氷魔術、世代別代表の選手でもなかなか使える人いないよ。わたしびっくりしちゃった」

「そ、そう……」

イヴさんは困ったように顔を俯ける。

「大丈夫? 困らせてないかな?」

「大丈夫です。少し人見知りしてるだけですから」

小声で返す。

気長に言葉を待つと、イヴさんはぽつりと小さな声で言った。

「あ、ありがとう」

その姿が何とも微笑ましくて、僕はうれしくなってしまう。

自分からあまり人と関わろうとしないイヴさんだけど、少しずつでも関係の輪が広がっていけばいいな、なんてそんなことを思った。

「それから、君にもお礼を言わないといけないね。本当にありがとう」

「誠意は言葉ではなく金額です。百億万アイオライト、僕の口座に振り込んでください。ローンも可です」

「ひゃ、百億万はちょっと……」

「じゃあ、百アイオライトで良いです」

「それなら」

「やったー!!」

天才的交渉術で百アイオライトを手に入れ、僕はガッツポーズする。

最初に百億万請求することにより、次の百アイオライトが安く見えるという心理的トリック。

よし! これでもやしを五袋買えるぞ!

半額シール付きなら十袋! エリス、やったよ兄様!

「君もなかなか変な子だね」

微笑んで言うフィオナ先輩。

「そうですか? 僕ほど普通で常識的な人間はいないと思いますけど」

「うん、そういうところが変だと思う」

目を細めて言う先輩。

変と言われるのは心外だけど、先輩うれしそうだしいいかな。

「フィオナ先輩、ローザンヌ大付属の主将が話したいと」

二年の先輩が、フィオナ先輩に言ったのはそのときだった。

「話? うん、わかった」

控え室の入り口で、フィオナ先輩はローザンヌの主将と向き合う。

メガネの主将は、試合前に嫌味を言ってきたあいつだった。

『今日もよろしくお願いします。まあ、我々の勝利はデータを見る限り決まっているようなものなのですがね』

なんか嫌なこと言われそう。

試合も終わったし、今度という今度は全力で報復せねば。

そう思って近づきつつ耳をそばだてていると、クロエ先輩が僕より先に様子をうかがっていた。

「先輩をバカにしたら殺す……先輩をバカにしたら殺す……!!」

小声で呪詛みたいにつぶやいている。

殺し屋の目だった。

やばい。

この先輩やばい。

「何の用かな?」

フィオナ先輩に、

「いえ、少し文句を言おうかと。あそこまで優秀な隠し球がいるとは聞いてませんでしたから」

ローザンヌ主将は言う。

「第二王女も、『氷雪姫』も中等部時代のデータではあそこまでの選手では無かった。加えて未踏魔術であるはずの転移魔術の使い手まで。なぜ初戦で当たってしまったのか。二戦目以降ならもっと良い試合ができたはずなのに」

言葉には悔しさがにじんでいた。

データと分析を強みにするローザンヌ大付属だからこそ、データが無い初戦で負けたことへのやりきれなさが残っているんだろう。

「運が良かったよ。一番勝ちやすいタイミングで当たることができた。一年生についてはわたしもびっくりしてる。あんなにすごい子たちが入ってきてくれるなんて」

「おかげで、調べ上げたデータが使えなくなってしまいました。折角皆で研究室にこもり、寝る間も惜しんで作り上げた各校の分析データだったのに。使われなければ、皆の努力が浮かばれない」

ローザンヌの主将は言う。

「責任を取ってください。貴方方には我々の作成したデータファイルを受け取ってもらいます」

「え? データを? いいの?」

「折角持てる力を尽くして最高の仕事をしたのです。誰かに利用してもらえなければ価値が無い。それはあんまりです」

ローザンヌ主将はメガネをくいと上げる。

「私は、今の貴方方を全国五位の実力があると分析しています。そして、貴方方がもっと上の順位に行くことを期待する。もしそうなれば、我々のデータが有用である証左になりますから」

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

「我々にあのような勝ち方をしたのです。変な負け方をしたら、絶対に許しませんから」

最後にそう言って、ローザンヌ大付属の主将は去って行った。

なるほど、つまるところツンデレ的なやつだったらしい。

意外と良い人だな、とほっとする僕の少し前で、クロエ先輩はぎりりと歯を食いしばって言った。

「くそ……命拾いしたなクソメガネ……!!」

フィオナ先輩と接するときは、細心の注意を払わなければ。

そう感じさせられた、試合後の出来事だった。

◇◇◇◇◇◇◇

side:不思議な感覚、イヴ・ヴァレンシュタイン

イヴにとって、その試合後の出来事は周囲の皆が思っているより、ずっと衝撃的で驚きに満ちたものだった。

もちろん、称賛なら何度もされている。

しかし、フィオナ・リートの言葉は今まで聞いてきたそれとは少し違った。

もっと距離が近くて、まるで普通の先輩と後輩みたいな。

それはイヴにとって、遠い世界の出来事だった。

幼い頃から神童だったイヴは、普通では無い異物だと周囲に認識されていた。

イヴが魔術を使うと、みんな距離を置く。

『イヴちゃんは、わたしなんかが一緒にいて良いような人じゃないから』

初等学校に入学した四月。

なかよくなれそうかも、と思っていたクラスメイトが離れていく姿は、今もイヴの目に鮮明に刻まれている。

そんなことないのに。

才能なんてどうでもいい。

友達になってほしかったのに。

しかし、幼い頃から幼稚舎に通うことも許されず、寝る時間も削って魔術の練習を強制されていたイヴに、思いを言葉にすることはできなかった。

追いかけて、「そんなことない」と言うことはできなかった。

ただ、イヴが思ったのはこういうことだ。

(自分はきっと普通ができない人なんだ)

それから、イヴはずっと一人だった。

友達と遊んだ事なんて一度も無い。

孤独な環境は、イヴの才能をさらに引き出すことになった。

魔術以外にすることがない。

自分には、魔術しかない。

すべてを費やして魔術に向かったイヴの力はどんどんと増していく。

その力は、彼女をますます孤独にした。

クラスメイトたちは皆、イヴを見るだけで傷ついた顔をした。

何もしてないのに怖がられることも増えた。

『感情が見えない。怖い』

『あれは魔術人形なんだよ。感情が無いヴァレンシュタイン家の魔術人形さ』

そんなことないのに。

思っていることはいっぱいあって。

ただ、どう形にしていいのかわからないだけなのに。

(わたしは、一生一人なんだろう。それでいい。仕方ない)

そう思っていた。

あの日、クラス対抗戦の決勝で、Fクラスの大将に負けるまでは。

(わたしより強いこの人なら、わたしのことも怖くないかもしれない。遠ざけないかもしれない)

そう考えると、もう足が止まらなかった。

自分で思っているよりずっと、イヴは友達が欲しかったのだ。

『良かったら、嫌じゃなければ……友達になってほしい』

断られたらどうしよう。

怖かった。

だけど、そんな不安は現実にはならなかった。

『ダメじゃないよ。友達になってくれるなら、大歓迎』

それから、イヴの毎日は変わった。

友達と言うのが、こんなに素敵なものだったなんて!

普通じゃ無い自分のことを彼は遠ざけずに受け入れてくれた。

近い距離で褒められるとうれしくて、思わず「もっと褒めて」なんておねだりしてしまって。

だけど、嫌がらずたくさん褒めてくれる。

きっと彼からすると特別なことでは無いのだろう。

遠ざけず普通の友達として接してくれる。

それがどんなにうれしかったか。

きっと彼にはわからない。

(フィオナ・リートが褒めてくれた。まるで普通の先輩みたいに……)

そんな風に接する経験がなさすぎて、うまく言葉を返せなかったけど。

でも、普通みたいに話すことはできた!

それも、間を取り持ってくれた彼のおかげだ。

(貴方は、いつもわたしの世界を広げてくれる)

彼がいれば、わたしももっと普通に近づけるかもしれない。

彼以外の友達もできるかもしれない。

「ありがとう」

控え室から移動する途中でイヴは言った。

彼は不思議そうに首をかしげる。

しまった。

いきなりすぎたかもしれない。

変に思われたかも。

不安になるイヴに彼は言った。

「もっと言ってくれていいよ? あと、褒めてもくれるとさらにポイント高い」

「いつも感謝してる。やさしい、良い人、素敵な助手、大好き」

「ありがとうございます、先生」

いつも通り、好きな探偵小説の主人公を真似してポーズを取ると、彼は「ふふっ」と声を出して笑ってくれた。