軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 模擬戦

「よう、アーヴィス。お前ボクの相手やるんだって?」

登校し教室に向かう僕を引き留めたのはそんな声だった。

「うれしいよ。君たち獣くさい平民は、悲鳴をあげてボクたちを喜ばせるくらいしか利用価値が無い劣等種だからさ。匂いを我慢して君たちと同じ学校に通ってきてよかったって初めて思ったよ」

ゲイル・ロータス。

Bランク魔術学院でも通用すると言われる、うちの学校では史上最強の天才。

火、水、雷と三属性もの魔術を使え、校内における模擬戦闘では四百戦無敗。

弱い者いじめと差別が大好きな人格破綻者で、うちの学校の庶民全員の敵。

「そりゃどうも」

相手をするのも、面倒で適当に返事をして背を向ける。

こういうバカは、相手にするだけこちらが損をする。

なるべく、相手にせず適当に受け流すくらいでちょうどいい。

「そうだ、お前は火あぶりと水攻めと通電、どの苦痛が一番良い? 一番嫌なやり方で楽しませてあげたいなって思うんだよね。うちで飼ってる奴隷なんて、全部嫌って泣き叫ぶからさ。ボクもうおかしくて、全部やってあげたら、死んじゃった。悲しかったなぁ。早く次の玩具を買ってもらわないと」

無視だ、無視。

自分にそう言い聞かせて先を急ぐ。

「次は子供がいいかな。小さな女の子なんて、すごく良い声で鳴いてくれそうだなって思うんだよね。そう言えば、お前。妹がいるんだっけ?」

ゲイルは無邪気な子供みたいに笑って続けた。

「その子ボクにくれよ。獣くさいお前の妹でも、暇つぶしくらいには使えるだろうしさ」

ぞっとした。

怒りで目の前が真っ白になった。

「黙れ」

「ん?」

「エリスに手を出してみろ。僕はどんな手を使ってもお前を殺す」

「殺す? お前がボクを? そりゃ傑作だ」

けたけたと笑ってゲイルは言った。

「お前には絶対に無理だよ。欠陥品」

ゲイル・ロータスは僕に負けるとは微塵も思っていない。

僕がつくべき急所は間違いなくそこだった。

覚えたての時間系魔術がどの程度通用するかはわからない。

それでも、僕が本当に夢で見たような大魔術師だったなら。その知識をフルに使って行使する魔術にはある程度の威力が期待できるはず。

二限までの授業は寝て過ごした。

ゲイルとの戦いをイメージしつつ、特訓で消耗した体力を回復して。

そして、模擬戦の時間がやってくる。

そこは学院に隣接する闘技場だった。Eランクに分類されるうちの学校でも、国からの潤沢な支援金のおかげで、それなりに質の良い闘技場が設置されている。

観覧席では、招待したのだろう立派な服を着た大人たちが談笑している。

授業の一環として、生徒たちも全員が見に来ていた。

その中にはラルフの姿もある。

小さく手を振るラルフは、僕の心をいくらか落ち着かせてくれた。

勝って、絶対に退学を回避する。

妹を守る。

「始めっ!!」

審判を務める教師の号令で、戦闘が開始された。

◇◇◇◇◇◇◇

side:学院の王、ゲイル・ロータス

ゲイル・ロータスにとって、それは絶対に負けることのない戦いだった。

相手は攻撃魔術さえろくに使えない 欠陥品(インフェリオ) 。

攻撃の手段を相手が持たない以上、万に一つも敗北は無い。

そんな模擬戦がなぜ設定されたかというと、それは彼の叔父である教頭の意向である。

この日は、Aランクに分類されるグランヴァリア王立魔術学院から、高名な魔術講師が視察に来る日だったのだ。

Aランクの魔術学院に入学できるのは、神童と呼ばれた天才たちの中でもほんの一握り。

自信家のゲイルも、自分にはそこまでの才能は無いのではないか。そう、薄々感じずにはいられないほどに、Aランク魔術学院の壁は厚い。

これは、そんなゲイルをなんとかAランク魔術学院に入れるために、設定された

戦いだった。

つまり、目の前にいるのは実際のところ敵でさえ無い。

自分を強く見せてくれるサンドバッグ。

牙も無いのに必死であがき、為す術無く蹂躙されるだけの土人形。

そして、そういう戦いはゲイルにとって最も好ましいものでもあった。

刃向かうことができない弱者をいたぶるのがゲイルは好きだ。

ゲイルの家には、日常的に奴隷を飼い、痛めつける習慣があった。生まれついての残虐性は、異常な環境下ですくすくと成長した。

人並み外れた魔術の才能と、近隣では飛び抜けて高い家柄もそれを助長した。何をしたって、誰も彼を責めることは無い。

恵まれすぎたがゆえに生まれた残虐な王。

それが、ゲイル・ロータスだった。

(まずは足だ。足を潰して、動けなくしてやろう)

叔父は相手が欠陥品とバレないよう、一瞬で倒せと言っていたが、ゲイルはそんな指示を守る気は無かった。

折角合法的に弱者をいたぶる機会を得たのだ。

じっくり楽しまなければ勿体ない。

何より、瞬殺してしまうと、選ばれなかったとき納得できる理由がなくなってしまう。

ベストを尽くさなかったから、落とされた。そうでないといけないのだ。

自分がベストを尽くしたのに届かなかった敗北者になってしまうから。

それだけは絶対に許されない。

(ほぉら、燃えろ劣等種が)

炎の球体が無数に放たれる。

選ばれた者にしか使えない第三位階レベルの魔術。

取り囲むよう、放たれたそれをかわすことはまず不可能。あっという間に、欠陥品の両脚は燃え尽き、地べたを這いずることになるだろう。

あとは、水と雷でじっくり苦しませてやれば良い。

想像すると胸が弾んだ。

どうせいたぶるなら、本気で勝とうと向かってくる野良犬を屈服させる方がずっと気持ちいい。

(さあ、地面を這いずれ欠陥品)

爆炎が広がり、黒煙が巻き上がる。

しかし、目の前にあったのはまるで想像していない光景だった。

(いない……? バカな!? かわされた!?)

慌てて周囲を見回す。

驚くべきことに、欠陥品がいたのはゲイルの背後だった。

(何が起きた……? まさか、瞬間移動か?)

そんなはずがないのはわかっている。

瞬間移動は、現代魔術における未踏魔術の一つだ。

欠陥品が使えるわけがない。

しかし、そんな可能性さえ頭を過ぎるほど、ゲイルは激しく混乱していた。

(ボクは、欠陥品に攻撃魔術をかわされたのか!? 全校生徒が見ている前で!?)

羞恥で顔が熱くなる。

それは絶対にあってはならない事だった。

自分はこの学院における絶対的な王なのだ。

欠陥品に、攻撃をかわされるなんてあってはならない。

(ボクに……ボクに恥をかかせたな劣等種ッ!!)

殺す。

絶対に殺す。

ゲイルの頭は怒りで真っ白になっていた。

感情のまま、攻撃魔術が放たれる。戦場に設置された石壁と床が、その威力の前に砕け散る。

しかし、そのすべてをただ身体を少しずらすそれだけの動作で、欠陥品はかわしていた。

まるで、ゲイルの放つ魔術が、スローモーションに見えているみたいに。

(何が、一体何が起きている……!?)

悪い夢だと思う。

こんなこと、あるわけない。

あってはならない。

しかし、羞恥に噴き出す汗は、それが現実であることをゲイルに伝えていた。

(ありえない、ありえない、ありえない……!!)

怒りに身を任せ魔術を放つゲイル。

しかし、届かない。

一発だって当てることはできない。

欠陥品はゆっくりとした足取りで近づいてくる。

間合いが半分まで詰まった頃には、ゲイルも目の前の敵の異常性に気づいていた。

(こいつは、一体何だ……!? 何なんだ……!?)

このとき、ゲイルは生まれて初めて恐怖した。

狩る側から、狩られる側に。

弱者になった恐怖は、彼の足をすくませる。

そして次の瞬間には、すべてが終わっていた。

欠陥品の身体が、ゆらめく。

瞬きの間に、呼吸が聞こえる距離まで間合いが詰まっている。

まるで、早送りの映像のような移動速度。

顎を拳で撃ち抜かれ、後方に吹き飛んだゲイルは、身体が地面を転がる前に意識を手放していた。

圧倒的。

あまりにも、圧倒的。

欠陥品と呼ばれていたその少年が、ここから伝説の魔術師へと駆け上がっていくことを、世界はまだ知らない。