作品タイトル不明
121 怒り
不和の悪魔が持つ邪神の力――
『 振り向いてはならない(ネツィヴ・メラー) 』
エインズワースが見抜いたように、その本質は光にある。
発動条件は対象の瞳の奥、網膜が光を感知すること。
つまり、見さえしなければ防げる能力でもある。
とはいえ、戦闘において目からの情報は最も重要なもの。
視界を閉ざして勝つとなると、相手よりはるかに上の力が要求される。
しかし、最も厄介なそれに対する対抗手段が得られた今、両者の戦力差は今までよりはるかに均衡していた。
『 迸る閃光と轟雷(ライトニング・ブリッツシュラーク) 』
『 氷槍の豪雨(アイス・レインストーム) 』
さらに電撃と氷の槍が不和の悪魔に炸裂する。
「リナリー様、イヴ様――じゃなくて、謎の仮面魔術師様!」
「間に合ってよかったわ。西側を警戒してる人たちの様子がおかしいことにギリギリで気づけたから」
「世界を股にかけてるから。優秀だから」
謎の仮面魔術師二人がエインズワースの隣に立つ。
「『強欲の邪神』を倒したあれ、お願いしていいですか」
「もちろん」
「術式を組む時間がほしい」
謎の魔術師二人が言う。
超伝導電磁反物質粒子砲(フリージング・フルライトニングバースト)。
『強欲の邪神』を倒した合体魔術なら――
「どれくらいかかりますか?」
「長くは待たせないわ。前よりも絶対に早くする」
謎の仮面魔術師ライトニングの返事に、エインズワースはうなずく。
「私が時間を稼ぎます」
それから、背後のエリスにちらりと視線をやった。
「光を使った攻撃への対処お願いします」
エリスは瞳を輝かせて言った。
「うん!」
対する不和の悪魔は落ち着いていた。
切り落とされた手足が再生する。
観察するように四人を見つめ、その狙いが後方二人の魔術師が放つ何かのために時間を稼ぐことなのを看破する。
そして、不和の悪魔は『 振り向いてはならない(ネツィヴ・メラー) 』と同等の力を隠し持っていた。
不和の悪魔の背中から皮膚を裂いて巨大な腕が現れる。
両肩から、天使の翼のように姿を見せたのは発光する人間の腕。
汚れ一つ無い純白のそれは、人間の上位存在を思わせる荘厳さと不気味さをたたえている。
『 裁きの御手(パラダイス・ロスト) 』
発光する巨大な腕が謎の仮面魔術師二人に疾駆する。
エインズワースは腕を切り飛ばそうと水流の糸を放つが――
大樹のように太いそれは、触れなかったかのように水流の糸を通過した。
「――――ッ!」
エインズワースは瞬時に地面を蹴る。
発光する腕が触れるギリギリで、二人の体を抱えて一撃をかわす。
「当てたと思ったのだが」
不和の悪魔は意外そうに言う。
「次は当てる」
放たれた一閃。
しかし、エインズワースは二人を抱えて寸前でかわした。
「残念ですが、貴方の攻撃は見えてます。私には当たりません」
「なるほど。我の気を引いて本当の要因から目を逸らさせようという考えか」
不和の悪魔は言う。
「当たらなかったのは光の屈折ゆえ。こちらが気づかないよう半身ほど像の位置をずらしている。そういうことだろう?」
「――――!!」
息を呑むエリス。
エインズワースは唇を噛む。
「次守り切れるかはわかりません。早く――」
「わかってる。リナリー!」
「――できた!」
リナリーの魔術式が起動する。
イヴにより冷却された超伝導状態の 魔光子(エーテル) 内を電子は一切のロスなく疾駆する。
『フリージング・フルライトニング――』
しかし、必殺の一撃は――
『 裁きの御手(パラダイス・ロスト) 』
「――――ッ!?」
ほんの瞬刻だけ間に合わなかった。
振り抜かれた発光する腕。
屈折による像のずれを計算して放たれたそれがリナリーを捉える。
体が白く発光する。塩になって降り積もる。
「ダメ――」
イヴが伸ばした手に触れたのは塩の感触だけ。
そこにあるのは塩の山。
リナリー・アイオライトという人間はもういない。
「貴方を絶対に許さない」
イヴ・ヴァレンシュタインの瞳は怒りに染まっていた。
普段の彼女からは想像もできない激しい怒り。
周りはまったく見えていない。
爆発した怒りに身を任せ、ただ目の前の相手を打ちのめすために魔術を放つ。
「ダメです! 行っては――!」
エインズワースの制止する声も届かない。
殺到する氷の槍が四方から悪魔の体をめった刺しにする。
しかし、悪魔は笑みを浮かべるだけだった。
『 裁きの御手(パラダイス・ロスト) 』
光の腕がイヴの体を貫く。
塩の山が降り積もる。
エインズワースの判断は早かった。
悪魔を落ち着かせる前に一気に勝負を決めるしかない。
体の再生が間に合わないレベルの破壊。
再生に必要な魔力が尽きるまで。
「エリス様! 支援を!」
光のフィルターから跳びだして悪魔へ疾駆するエインズワース。
『 光を屈折させる魔術(エア・リフレクティア) 』
すかさず新たな光のフィルターがエインズワースを包む。
間合いを詰めながら、エインズワースは魔術を起動した。
『 裁断する水蜘蛛(ウォータースパイダースライサー) 』
縦横無尽に奔る水流の糸。
一気に間合いを詰め、とどめを刺すべく放たれた一撃。
対して、悪魔は踏み込んで受けた。
(――――!?)
千切れ跳ぶ悪魔の右足。
しかし、右足を捨てて踏み込んだ悪魔の一撃は、エインズワースを捉えていた。
右腕がエインズワースの肩をつかんでいる。
「接近戦なら我に勝てると思ったか?」
体が白く発光する。
塩に変わっていく。
「いいえ、私たちの勝ちです」
すべてが塩に変わる刹那、エインズワースは言った。
「私たちには、アーヴィス様がいますから」
瞬間、悪魔の右半身が消し飛んだ。
そこにいたのは黒衣の仮面騎士だった。
ナノマシンスーツによる人間離れした身体能力。
さらに四倍速まで加速したその動きは常人に追える域を超えている。
最初に切り飛ばされたのは右半身だった。
時間操作による通常の魔術ではありえない速度。
悪魔が反射的に身をかわしたその空間には既に斬撃が振り抜かれている。
吹き飛ぶ左足。
悪魔は左腕を一閃する。
が、その一撃は仮面騎士の残像を捉えることしかできない。
そして次の瞬間には、その左腕も消し飛んでいる。
攻撃の隙はおろか、言葉を放つことさえ許さない。
(何だ……こいつは何だ……?)
手足を失った悪魔の体が大地に落ちる。
次の瞬間、その胴体はずたずたに切り刻まれている。
引き延ばされた時間の中で、寸分の猶予もなく打ち付けられる斬撃。
抵抗すべく放つ攻撃は、形になる前に圧倒的な暴力の前に霧散した。
(バカな、我がここまで一方的に――!)
不和の悪魔は恐怖する。
そこにあるのは純粋な怒りだった。
おそらく、塩に変えられた同胞を見ての反応。
よくあることだ。
大切な者を失ったとき、人間は決まってこういう反応をする。
だが、あまりにも――
目の前の存在は、あまりにも化物じみている。
奇しくもそれは邪神の力を手にした不和の悪魔に対する一つの有効な攻撃手段であった。
体内に取り込んだコアが生み出す莫大な量の 魔光子(エーテル) を利用し、体を再生する不和の悪魔。
その動きを止めるには再生が追いつかない速度で体を破壊するしかない。
そして、体内にある邪神のコア。それを破壊し機能を停止させれば――
(正面から戦ってどうにかできる相手では……!)
不和の悪魔は決断する。
一切の抵抗を放棄し、左肩内部、反撃に必要な部分だけ全精力をもって修復にあたる。
切り刻まれた胴体内部、邪神のコアが露出する。
だが、まだだ。
まだ猶予はある。
敵を切るためには、切られる距離まで踏み込まなければならない。
こちらは一撃でいい。
邪神の力は触れただけで一切を終わらせることができる。
リスクを負い、不和の悪魔は耐える。
勝機が訪れる可能性に賭ける。
斬撃が紫の球体を叩く。
次第に広がる亀裂。
しかし、原型もないほど切り刻まれた体で悪魔は笑った。
『 裁きの御手(パラダイス・ロスト) 』
賭けに勝ったのは悪魔。
間に合った必殺の一撃。
放たれる光の腕の一閃。
回避は間に合わない。
絶望的な一撃が仮面騎士を捉える。
(勝った――!!)
触れたものすべてを塩に変える神の力は――
しかし、何の手応えもなく空を切った。
愕然とする不和の悪魔の視界の端。
魔術式を起動する少女の姿が映る。
光の屈折――
絶大な強度を誇る邪神のコアが、斬撃の嵐の前に屈したのはその瞬間だった。
かすかな破砕音。
紫の液体が噴き出す。
コアの色が白く褪せる。
「称賛する。卿の勝ちだ」
目を閉じる不和の悪魔。
戦いは静かに決着した。
◇◇◇◇◇◇◇
目覚めたとき、リナリー・アイオライトは二人の友人に抱きしめられていた。
「あ、アーヴィスくん!?」
びっくりする。
(なんでこんなことに!? いや、大歓迎だけど! でも、いきなりは心の準備が……あ、良い匂い。ダメ、幸せ死ぬ)
顔を真っ赤にして目を白黒させるリナリー。
すぐ傍で聞こえたのはもう一人の友達の言葉だった。
「心配した。すごく心配した」
絶対に離さないって風にぎゅっとつかんでくるその姿がいじらしくて、かわいくて。
そんなに大事に思ってくれてるんだ。
リナリーはうれしくなる。
クールに見えて天然で。
ノリはすごく良くて、気遣い屋で、友達思い。
なんだかすごく幸せな気持ちだった。
大好きな二人に、大切に思われてる。
それ以上に幸せなことって他にあるだろうか。
そんな素敵な体験をしたのはリナリーだけではない。
エインズワースもそうだった。
目覚めると、一緒に暮らす二人に抱きしめられていて、
「よかった……よかった……!」
そう言って頬をエインズワースにこすりつけるエリス。
年齢と見た目よりずっとしっかりしている少女のそんな姿を、エインズワースは見たことがなかった。
アーヴィス様も、指先が触れただけでびくっとするくらい体に触れるのが苦手なのに、今はどこにも行かないでという風にぎゅっとしてくれていて。
すぐ傍で感じる二つの体温。
大切にされてるのが伝わってきてエインズワースの頬は緩む。
それから、はっとした様子で言った。
「私、今目立ててます……すごく目立ててます……!」