軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106 前夜

手駒にすることに成功したルナ王女。

声と髪型が誰かによく似ている謎の仮面魔術師二人も加わって、王位継承戦への準備は順調に進んでいた。

フランチェスカさんから連絡が入ったのはそんなある日のことだった。

『悪いが、エメリは今回そっちに行けない。こいつは私がこき使うからだ』

「あー、国外逃亡失敗したわけですか」

『二人がかりで何とかな。ったく。魔術の腕だけは優秀だから困る。その分有効活用させてもらうつもりだが。これでやっと研究の続きができる』

ほんと研究最優先なんだなぁ、と思う。

そういうところいいな、って思うけど。

『王位継承戦に出るんだろ。エメリ抜きでも大丈夫そうか?』

「ベストを尽くします。やりようによっては勝ちの目も十分あると思っているので」

『一つだけ。気をつけた方がいいことがある』

「なんですか?」

『フィーネ・シルヴァーストーンには近づくな』

それは、第一王子陣営にいる選手だ。

昨年の 世界最優秀選手賞(シャルムドール) 受賞者にして『史上最強の魔術師』と賞される、世界最高の選手。

「どうしてですか?」

『それだけ次元が違うってことだ。こと戦闘においてなら彼女の力は別格だ。歴代最強の魔術師なんて言われるだけのことはある』

「フランチェスカさんやエメリさんでも勝てない相手だと」

『勝てないわけじゃない。私の植物園で戦わせろ。二千種の毒花粉で一方的にボコボコにしてやる』

「いや、それは明らかに条件が対等じゃないような」

『とにかく、それだけ強いってことだ。最大級の警戒をもって臨め。私に言えるのはそれだけだ』

通話を終えてから、僕はフィーネ・シルヴァーストーンについて調べた。

その経歴は、たしかに史上最強と言われるだけのものだった。

十九歳にして最年少で 世界最優秀選手賞(シャルムドール) 受賞。

以降七年間で五度 世界最優秀選手賞(シャルムドール) を受賞し、二十七歳にして歴代最強とまで称される地位を確立した。

「同意見だ。現状戦ってどうこうできる相手じゃない」

「だから私が言おうとしてたこと言わないでくれる? 同じこと言うの嫌なんだけど」

オーウェン先輩とメリアさんの意見も同じみたいだった。

「そんなにすごいんですか?」

「別格も別格。世界トップレベルの中でも頭一つ抜けてる。誰もが認める世界最高の選手、トップオブトップよ」

「待ってくれ。タルトが焼けた。持ってくる」

「隊長! わ、私も手伝います」

「緊張感ないわね」

メリアさんはテーブルのバターサブレを食べながら言う。

「謎の仮面魔術師さん。ブリザードさんとライトニングさんだっけ?」

「そう」

「そ、そうです」

うなずく二人。

ライトニングさんはまだ声を変えようとがんばっているけど、ブリザードさんに至ってはマジで無加工。めっちゃいつも通り。

……ああ、わかんないなぁ。正体誰なんだろうなぁ。

「お二人はどう思う?」

「同意見。他の陣営も強敵だけど、最優先で警戒すべきは第一王子陣営。この陣営の戦力は図抜けてる」

「でも、フィーネ・シルヴァーストーンと戦えるのは楽しみです。世界のトップオブトップと同じフィールドで戦えるなんて夢にも思わなかったので」

相変わらず戦闘民族だなぁ。いや、誰かわかんないけど。

「そういえば、お二人は世界を股にかけてご活躍されてるのですよね?」

「そう。大活躍」

「具体的にはどういうご活躍を?」

「…………」

ブリザードさんは押し黙ってから言った。

「……ライトニング。言ってあげて」

「私!? えっと……そう、失われた古代遺跡の発掘とか」

「あら、興味深いわ。是非聞かせてもらえないかしら」

「いや、でも、それは契約で内緒にしないと」

焦る謎の仮面魔術師さんの話を、興味深そうに聞くメリアさん。

紅茶を口に運ぶその口角はにやりとつり上がっていた。

楽しんでるなぁ、この人。

「アプリコットとオレンジのタルトだ。食べてくれ」

みずみずしい橙色の果肉が鮮やかなタルト。

テーブルに置くオーウェン先輩に、

「貴重なお料理できる枠が……私の目立つチャンスが……」

絶望するエインズワースさんと、

「兄様、これすごくおいしいよ! ほら、兄様も!」

「うん」

唐突に放たれるかわいさの暴力。

ああ、神様。エリスはどうしてこんなにかわいいのでしょう?

「みなさん、すごい賑やかですね」

そんな輪の中で、ニナ王女は目を丸くして言った。

「すみません、自由な人多くて」

「いいえ、楽しいです。こんなに人がいるの初めてだから」

「そうなんですか?」

「ずっとマクダレーネと二人きりだったので」

ニナ王女は一言ずつ噛みしめるみたいに続けた。

「だから、人がたくさんいるのすごくうれしくて」

よかったな、と心から思う素敵な笑みだった。

その一方で、ニナ王女の魔術の腕にはまったくと言って向上の兆しが見えなかった。

すごい。この子、びっくりするくらいセンスない。

普通これだけ練習すれば、少しなりとも上達するものなのだけど。

「すみません、付き合っていただいてるのに」

「お気になさらず。師匠として当然のことをしているだけなので」

「それならいいんですけど」

「ええ、師匠ですからね」

「……師匠って呼ばれるの好きなんですか?」

「すごく」

「師匠?」

「心配することはない。私に任せなさい」

うきうきで答える僕。

ああ、いいなぁ。慕ってくれる弟子がいる生活いいなぁ。

「でも、エリスちゃんを見てると本当に私は才能がないんだなぁって感じさせられると言いますか」

「エリスは天才ですから。あの子は間違いなく将来歴史に名を刻む偉大な魔術師になりますね。僕にはわかります」

「本当に妹さんのこと好きなんですね」

微笑むニナ王女。

実際、エリスの上達ぶりにはひいき目なしに見てもすさまじいものがあった。

僕らが止めるまで練習しようとして、空いた時間も気がつくとローゼンベルデの魔導書を読んでいる。

本人の一生懸命な姿勢は、彼女の眠っていた才能を見事に掘り起こしているみたいだった。

あれを見ると、自信無くすのも仕方ないことだと思う。

「大丈夫ですよ。ニナ王女くらい絶望的にできなかったやつを僕は一人だけ知ってます。そいつはなんだかんだ今結構評価される魔術師になってるので」

「それって」

「たしかに既存のやり方ではできないかもしれない。でも、できないっていうのは一つの武器です。できないからこそ、他の可能性と向き合える。他の人では見つけられない、ニナ王女にしか使えない魔術がきっとあると僕は思います」

「わたしにしか使えない魔術……」

ニナ王女は瞳を大きく瞬かせて言う。

「師匠、わたしがんばります」

「よし、行くぞ! トレーニング再開だ弟子よ!」

「はい、師匠!」

◇◇◇◇◇◇◇

少女にとって、それがどんなに大きな意味を持つ時間だったか、きっと他の人にはわからないだろう。

幼い頃から目が見えなくて。

いつも兄様に頼ってばかり。

ふがいない自分のことが嫌になった日もある。

だって何もできなくて、足手まといで。

なのに、兄様はいつだってやさしくて。

(これからはわたしがお返しする番。兄様がしてくれたのと同じように、わたしも兄様を幸せにしたいから)

魔術の練習はまったく苦にならなかった。

覚えたての文字を読むのは疲れるけど、でもそんなの全然なんともない。

だって何もできなかったわたしが、自分の力で前に進める。

こんなにうれしいことが他にあるだろうか。

(兄様の力になれるわたしになるんだ)

心の中でエリスは決意している。

◇◇◇◇◇◇◇

王位継承戦前夜。壁に覆われた洋館。

その中では、それぞれの思いが交差している。

(この王位継承戦、絶対に目立ってみせます……!)

心の中で決意するエインズワース。

(集まってくれたみなさんにお返しするために、私もがんばらないと。でも、本当に楽しかったな)

賑やかで楽しい時間を思い返して頬を緩めるニナ王女。

(あ、アーヴィスくんが隣の部屋に! ダメ、落ち着け。落ち着くのよ、リナリー。今は眠ることに集中しないと……ダメ。ドキドキして眠れない……)

まったく寝付くことができず頭を抱える謎の仮面魔術師ライトニング。

「これから指示する通りの行動をお願いします。いいですね」

『……わかりました』

携帯魔術端末を手に、廊下で誰かに指示を送るアーヴィス。

そして、王位継承戦の日がやってくる。