軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第94話 トパーズ草と、ギルドの温もり

朝のひんやりとした空気が、窓の隙間から部屋へと入り込んでくる。

私はパチリと目を覚まし、すぐにふかふかのベッドから跳ね起きた。

今日は待ちに待った、休日の素材採取の日だ。

隣で丸くなっていたポムも、私の動きに合わせて「きゅっ」と鳴いて起き上がる。

私たちは急いで身支度を整え、食堂へと向かった。

食堂には、すでに美味しそうな匂いが漂っている。

朝食はミレイユが腕によりをかけて作ってくれた、温かい野菜スープとカリッと焼かれたパンだ。

時間を惜しむように、だけどしっかりと味わいながらお腹に詰め込む。

「お父様、お母様。今日は学園の課題で、素材採取に行ってきます」

私がスープを飲み干しながらそう伝えると、向かいに座っていたお父様が少し心配そうな顔をした。

「そうか。一人で大丈夫なのかエリス?」

「はい。ポムも一緒ですし、冒険者としての経験もあるので」

私は胸を張って答える。

「気をつけてね、エリス。森の中は何が潜んでいるか分からないわ」

お母様も、私の髪を優しく撫でながら忠告してくれた。

「夜遅くならないように帰ってくるのよ」

「はい、お母様。ちゃんと明るいうちに帰ってきます」

「おねえちゃま、はやく帰ってきてね!」

妹のリアが、私の顔を見つめてそう言う。

私は頷き、朝食を食べ終えた後、家族の温かい見送りを受けながら、ポムと共に早朝の冷たい空気の中へと飛び出した。

◇ ◇ ◇

目的地は、王都にある冒険者ギルドだ。

学園に入学してからというもの、なかなか忙しく顔を出せていなかった。

少し久しぶりの冒険者ギルドへの道のり。

石畳の道を歩きながら、私は少しだけワクワクしていた。

腰にはポーションを入れるためのポーチを下げ、動きやすい革のブーツを履いている。

足元では、ポムが嬉しそうに尻尾を振りながら、とてとてと歩いていた。

王都の街並みは、すっかり朝の活気に包まれている。

屋台から漂う串焼きのいい匂いや、商人たちの威勢のいい声。

そんな賑やかな通りを抜け、やがて見慣れた大きな建物が見えてきた。

剣と盾が交差した看板が掲げられた、冒険者ギルドだ。

重厚な木の扉に手をかけ、ぐっと押し開ける。

カランコロンと、少し錆びついた懐かしいベルの音が鳴り響いた。

早朝だというのに、ギルドの中はすでに多くの冒険者たちで活気に満ちている。

前夜から飲んでいるのか、お酒の匂いと、そして革鎧や土の匂いが混じった独特の空気。

私はまっすぐに受付のカウンターへと向かう。

そこには、見慣れた女性が座っていた。

獣人族の受付嬢、ミミだ。

「おはようございます、ミミさん」

「あら、エリスちゃん! 久しぶりね」

ミミさんは瞳を丸くして、嬉しそうに微笑んだ。

ピンと立った黒い猫耳が、パタパタと小刻みに動いている。

私がミミさんと話していると、ギルドの奥からドスドスと地響きのような重い足音が近づいてきた。

「誰かと思えば、うちの自慢の特待生じゃねえか!」

現れたのは、岩のような巨体を持つドワーフのギルドマスター、ドルガンさんだ。

背中には身の丈ほどもある巨大な戦斧を背負い、立派な髭を揺らしている。

「おはようございます、ドルガンさん」

「学園でいじめられちゃいねえか? なにかあったら俺が斧持って乗り込んでやるからな! ガハハハ!」

相変わらずの過保護っぷりに、私は思わず苦笑してしまう。

「大丈夫ですよ。学園の皆さんは優しいですから。それと今日は、学園の課題で使う素材を探しに来たんです」

私は二人に、今回の目的を伝えた。

私が探している素材のトパーズ草と、陽光石の名前を出すと、ミミさんは少し真剣な顔になった。

「ちょっと待ってね。最近の採取報告と、生息域の分布図を確認してみるわ」

ミミさんはカウンターの下をごそごそと探し始めた。

分厚い羊皮紙の束をパラパラとめくり、目的の資料を素早く探し出してくれる。

ドルガンさんは太い腕を組みながら、ふむと立派な髭を撫でた。

「トパーズ草なら、あそこだろうな。陽光石も近くの洞窟にあるはずだ」

「ええ、ドルガンさんの言う通りね」

ミミさんは一枚の古びた地図を取り出し、カウンターの上に大きく広げた。

そして、赤いインクのペンを手に取り、地図の南側にぐるりと丸をつける。

「この丸の場所にあるらしいわ。南の『陽だまりの森』ね」

やはり、私の事前の予想通りだ。

トパーズ草は、太陽の光をたっぷりと浴びる場所にしか群生しない。

南に位置するその森は、素材採取の場所として最適だ。

「それから、陽光石が採れる『水晶洞窟』も、その陽だまりの森のすぐ近くにあるわ」

ミミさんは地図の森の奥の方、山肌に近い部分に、もう一つ小さな丸を書き込んだ。

「ここよ。森を抜けた先の岩肌に、洞窟の入り口があるはずだから。陽だまりの森から水晶洞窟は、歩いてすぐの距離よ」

「ありがとうございます、ミミさん。すごく助かります」

私はミミさんから、その赤い丸が書かれた地図を丁寧に受け取った。

これがあれば、迷わずに目的地にたどり着けそうだ。

「陽だまりの森は比較的安全だけど、最近ちょっと変な魔物が出るって噂があるから、気をつけるように。それと水晶洞窟の周辺も油断はできないからね。危ないと思ったら無理しないで逃げるのよ」

ミミさんが、お姉さんのような真剣な眼差しで忠告してくれる。

「はい、気をつけます。ポムも一緒にいますから」

「きゅん!」

私の言葉に応えるように、ポムが胸を張って元気よく鳴いた。

その頼もしい姿に、ドルガンさんもガハハと豪快に笑う。

「そうだな! お前たちなら大丈夫だろう! 最高の素材を採ってこいよ、小娘!」

私は地図をしっかりとポーチの奥深くにしまい込み、二人に深く感謝を伝えた。

「それじゃあ、行ってきます」

私が背を向けて、ギルドの扉へと歩き出そうとした、その時だった。

「エリスちゃん」

ミミさんの、少しだけトーンの落ちた、優しい声が背中にかかった。

私は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

ミミさんはカウンターから身を乗り出し、目を細めて私を真っ直ぐに見つめていた。

その瞳には、どこか眩しいものを見るような、温かい光が宿っている。

「……立派になったわね」

その一言は、とても短かったけれど。

私が初めてこのギルドに来て、お金がなくて必死にポーションを売っていたあの頃。

その時からずっと私を見てくれていたミミさんからの、心からの言葉だった。

これまでの私が必死に頑張ってきた日々を、すべて肯定してくれるような、優しい響きがあった。

「……っ」

私は思わず、顔がカッと熱くなるのを感じた。

照れくさくて、まともにミミさんの顔を見られない。

胸の奥がじんわりと温かくなって、視界が少しだけぼやけそうになる。

「そ、そんなことないですよ……! まだまだ、これからですから!」

私は照れ隠しで誤魔化すようにそう言うと、逃げるようにギルドの扉へと向かった。

「気をつけてねー!」

背中から聞こえるミミさんの明るい声に、小さく手を振り返した。

◇ ◇ ◇

ギルドを出た私は、ポムと共に王都の南門を目指して歩き出した。

王都の外れにある巨大な城壁の門を抜けると、そこはもう大自然の中だ。

石畳の道は途切れ、踏み固められた土の道へと変わる。

「ミミさんに、あんなこと言われちゃった」

歩きながら、私はまだ少し熱い頬を両手でさすった。

立派になった、か。

確かに、あの絶望していた頃に比べれば、少しは前に進めているのかもしれない。

王立学園の特待生にもなれたし、家族にも少しずつ笑顔が戻ってきた。

でも、私の目標はもっとずっと先にある。

最高位の権力者であるアルバ公爵の企みを退け、アーベント家を完全に立て直すこと。

そのためには、こんなところで立ち止まって満足している暇はないのだ。

「よし、まずはこの課題を完璧にこなすわよ!」

私は両頬をパンと叩いて気合を入れ直し、歩くペースを速めた。

街道をしばらく進むと、目の前に広大な森の入り口が見えてきた。

木々の隙間から、温かい太陽の光が幾筋も差し込んでいる。

ここが、ミミさんの教えてくれた『陽だまりの森』だ。

風が吹き抜けるたびに、葉擦れの心地よい音が聞こえてくる。

「さて、トパーズ草はどこかしら……」

私が森の中に足を踏み入れようとした、その瞬間だった。

「きゅんっ!」

足元を歩いていたポムが、急にピタリと足を止めた。

そして、空中で鼻をヒクヒクと忙しなく動かしている。

「ポム?」

ポムの小さな耳がピンと立ち、森の奥の一点を見つめた。

言葉には出さなくても、ポムの全身から強い主張が伝わってくる。

「きゅるるんっ!」

次の瞬間、ポムは弾かれたように森の奥深くへと向かって走り出した。

「あ、ちょっと待って! ポム!」

私は慌てて、猛スピードで駆けていく白い毛玉の後を追って走り出した。

木漏れ日がキラキラと揺れる、温かい森の中。

私たちの、新たな素材探しの冒険が、今始まったのだった。