作品タイトル不明
猪肉とキノコで夕食
グリーブに毛皮の加工を依頼し、家の中で革細工の品物をゆっくりと見ていると、いつの間にか夕方になっていた。
家主であるグリーブは俺を気にすることなく、奥の作業部屋でずっと革細工をしていた。
さすがにこれ以上滞在するのは迷惑になるだろう。
ちょうどハウリン村の家の鍵と屋敷の鍵を入れるキーケースが欲しいと思っていたので、迷惑料も兼ねてキーケースを買わせてもらって外に出る。
それから転移を使って自宅へと速やかに帰宅した。
家の鍵を開けると、そのまま鍵を無造作にポケットに入れず、キーケースの金具でしっかりと留めた。これで失くす可能性はグッと減る。
何よりオシャレなキーケースを持っているという事実が俺の心を躍らせた。
「さて、少し休憩したら夕食だな。せっかく猪の肉があるし、それを使ってみるか?」
などと予定を呟いてみるが、いざ実行しようと思うと面倒くささが出てきた。
思えば今日は朝から森に出かけてキノコ狩りをし、昼間は猪の解体作業。そして、マットの加工依頼をしたりと、一日中動き回っていた。
ふと家に帰って安心すると、一日分の疲れがドッと押し寄せてくるようだった。
それに猪肉も俺の倒し方が甘かったせいで、完璧な血抜き処理ができたわけじゃない。
そのまま焼き肉というわけにもいかず、しっかりと臭みの処理をする必要があるだろう。長年一人暮らしをやってきたので簡単な料理こそできるが、猪肉の臭みを抑えられるレベルかと言われると疑問が残る。
かといって、今からアンドレの家にお邪魔させてもらうのも気が引ける。革細工を見るからアンドレには先に帰るように言ってしまったし。
「……エルザならできるかな?」
エルザはあくまでメイドであり、料理人ではないのだが料理がとても上手だ。
もしかしたら、彼女ならば臭みのある猪肉でも料理できるかもしれない。
そう考えた俺は王都の屋敷に転移することにした。
屋敷の私室へ転移してきた俺は、テーブルの上にあるベルを鳴らした。
転移で帰ってくると誰にも気づかれず、思わぬトラブルが起こってしまうからな。
こうすることで俺が帰ってきたことを皆に知らせてあげるのだ。
程なくすると、扉がノックされてエルザが入ってくる。
「お帰りなさいませ、クレト様」
「ただいま。急で悪いんだけど、エルザって猪肉の料理ってできる? 血抜きがやや不完全だから、ちょっと臭みがあるかもしれないんだけど」
「できます」
おずおずと頼んでみると、エルザは即答した。
できるんだ。
「じゃあ、夕食は猪肉とキノコを使ったものでお願いできる?」
せっかくキノコも採取してきたので、キノコ料理も味わってみたい。
亜空間から解体した猪肉と採取したキノコを取り出して渡す。
「肉の下処理に少々お時間をいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「構わないよ。その間はお風呂にでも入って適当に過ごしておくから」
急に転移でやってきてすぐに夕食の用意をしろというほど鬼畜ではない。
臭みをとるために色々な処理も必要だろうし、気長に待つことにする。
「かしこまりました」
「料理人というわけでもないのに、いつも料理を頼んで悪いね」
「主が望むのであれば、それに全力でお応えするのがメイドですから」
エルザは慇懃に礼をすると厨房へと歩いていく。
メイドの矜持というものを感じさせるカッコいい台詞だな。
俺は私室にある着替えとタオルを手にして浴場へと移動した。
●
「クレト様、夕食の準備が整いました」
「わかった。今行くよ」
お風呂から上がって私室で寛いでいると、アルシェが報告にきてくれた。
お腹を空かせていた俺はベッドから起き上がって、一階にあるダイニングルームへと移動する。
いつもの定位置に腰を下ろすと、そこには料理が並んでいた。
「猪のラグーパスタ、猪肉とキノコのハーブグリル、焼きシイタケのおろしネギのせになります」
「ラグーパスタ?」
「猪肉を煮込んだソースと絡めたパスタです。ボロネーゼのようなものですね」
「なるほど」
聞きなれない言葉だったので尋ねてみると、エルザが丁寧に教えてくれた。
確かに細かく刻んだ野菜や猪肉が入っており、ボロネーゼみたいな感じだ。
ソースにはトマトや香草、キノコも入っており実に美味しそうだ。
短時間でよくこれだけの料理を用意してくれた。
「ありがとう。それじゃあ、いただくよ」
「ごゆっくりどうぞ」
エルザは慇懃に礼をすると、スッと後ろに下がって控える。
美味しそうな料理を目の前に、これ以上の我慢はできない。
カトラリーから食器を取り出すと、早速メインである猪肉のラグーパスタを食べてみる。
煮込まれたトマト、ニンジン、タマネギ、セロリなどの旨みに加わり、野性味のある猪肉の旨みが引き立っていた。
僅かに含まれている風味豊かなキノコも影の立役者として機能している。
渾然一体となったそれらのソースがパスタに絡まり、とても美味しい。
「いかがでしょう? 臭みは気になりますか?」
「いや、全然気にならないよ。すごく美味しい」
「そうでしたか。安心しました」
そう伝えると、エルザがホッとしたように胸を押さえた。
ただでさえ、野生動物の肉は癖のある匂いをしており処理が難しい。
その上、血抜き処理が不完全であるにも関わらず、まったく臭みを感じさせないというのはエルザの調理技術によるものだろう。
相変わらずエルザはハイスペックだな。
ラグーパスタを食べ進めながら、猪肉とキノコのハーブグリルも食べてみる。
猪肉の表面は香ばしく焼き上げられており、中はとてもジューシーだ。それなのに無駄な脂肪分が少ないのは野生動物の特徴と言えるだろう。
ラグーパスタと同じようにしっかりと下処理がされているお陰か、臭みはほとんどなく、しっとりと柔らかかった。
焼き上げられたシロタケの風味はとても豊かで、噛めば肉とは違ったジューシーな味が染み出す。そして、全体をまとめるハーブが鼻孔を突き抜けて実に爽やかだ。
三品目の焼きシイタケのおろしネギのせだ。
シイタケの傘の裏にこんもりと盛られた大根おろしとネギ。その上には柑橘系のソースがかけられている。こんなの絶対に美味しくないはずがない。
思い切って一口で食べると、シイタケの豊かな香りと旨味が爆発した。
大根おろしとネギがそれらを包み込み、酸味のある柑橘ソースが一気にまとめにかかる。
「うおお、キノコも美味しいな……ッ!」
「クレト様が持ってきていただいたキノコはとても風味が豊かで旨みも段違いです。ハウリン村で採れたものなのでしょうか?」
「うん、そうなんだ。今朝採ってきたばかりでね」
亜空間に収納しているお陰で状態が良いってのもあるけど、それ以上にハウリン村の森で採れたキノコの質が純粋に良いのだろう。
ハウリン村の食材を褒められると、自分のことにように嬉しい。
「この美味しさでしたら、レストランの皆様もお喜びなりそうですね」
「確かに! 明日、エミリオにも食べさせてみようかな」
季節が変わってハウリン村から輸出する作物も変わるので、そろそろエミリオと相談がしたいと思っていた。
早速、輸出商品の一つとしてキノコを提案するのはアリかもしれない。
とはいえ、今は仕事のことよりも目の前の食事だ。
こんなに美味しい食事に集中しないなんて失礼だから。
思考をすぐに切り替えると、俺は目の前の食事に没頭することにした。