軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

依頼終了

回廊の天井を眺めながらボーっと待っていると、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。そちらに視線をやるとアルテがいた。

「……もういいのか?」

「本当はもう少し話したかったのじゃが、あまり長く居座るとパレードに響くからの。王族としての責務を完全に放棄してしまっては母上に怒られるというものじゃ」

と言って、苦笑をするアルテ。

これから間違いなくアルテは色々な人にしっ責を食らうだろう。しかし、当の本人に憂鬱そうな顔は微塵も感じさせない晴れやかな表情だった。

「そうか。それじゃあ、急いで王都に戻ろうか」

「うむ、パレードは夕方からじゃ。今から王都に戻り、死ぬ気で準備を進めれば十分に間に合う‥‥はずじゃ」

最後の言葉が若干尻すぼみなのは自分も想像がつかないからだろう。

しかし、長年の願いを果たすことができ、エネルギーに満ち溢れている今のアルテならきっとやり遂げられるに違いない。

「それじゃあ、王城の近くに転移するよ」

「うむ」

アルテがしっかりとフードを被ったのを確認した俺は、空間魔法を発動。

回廊からゼラール城の近くへと転移。

建国祭を当日に迎えた王都は、準備期間前よりも人でごった返し賑わっていた。

ゼラール城の前まで人でごった返すようなことはないが、大通りはすごいことになっているのだろうな。

建国祭の賑わいが気になる気持ちがあるが、今は呑気に観光をしている場合じゃない。

一刻も早くアルテを城に返さなければいけない。

「どこに行けば穏便に済ませられる?」

「中央の塔にあるあの窓がわらわの寝室じゃ。あそこに連れて行って欲しい」

第一王女の部屋を知るのはマズいと思うのだが、今は急いでいるのでそんなことを気にしていられないか。

「わかった。一旦、空に上がってから入るから叫ばないでくれよ」

「我慢する」

さすがに地上からでは室内を目視することはできない。

よってアルテが覚悟を決めると、墓地まで移動したときのように上空に転移。

遥か上空からアルテの私室の中を覗き込むと再び転移を発動した。

「おっとと! 大丈夫か、アルテ?」

「うむ、問題ないのじゃ」

限られた角度から視認しての転移だったので、少し座標がずれており空中に転移していたが、何とか二人とも無事に着地することができた。

周囲を見渡してみるとかなり広く、豪奢な部屋だ。

端っこには大きなソファーやテーブルといった寛ぐためのスペースがあり、クローゼットや化粧台が並び、調度品の数々が設置されていた。

床に敷かれている赤い絨毯は靴が埋まるくらいにフカフカ。

そして、一番奥には大きな天蓋付きのベッド。

物語でしか見たことがないような数々の家具が揃っていた。

これが王族の部屋というやつか。

「……外に出てみてわかったが、わらわの部屋は広すぎるな」

自らの部屋を眺めて苦笑するアルテ。

ペドリックの宿やニーナの家に住んでみて、一般的な人が住む生活水準というのを知ったからだろう。

「家族が余裕で住めるような広さだよ」

こんな部屋で過ごしてみたいなんて言うのは、建国祭で外で出ることが叶わなかったアルテに言うのは失礼かもしれないな。

「アルティミシア様!」

なんて苦笑して話していると廊下の方から激しい足音が近づいてきた。

勢いよく扉を開けて入ってきたのは、藍色の髪を白銀の鎧にサーコートは羽織った騎士だ。

女騎士はアルテを見るなりホッとしたような顔をした。

俺のことをアルテに伝えたのは彼女だと聞いたが、やはり護衛対象であるアルテを外に出すのはかなり心配だったのだろう。

「迷惑をかけたなカーミラ。今戻ったのじゃ」

普段の言葉遣いよりも厳かな声音になっている。

これが王女アルティミシアとしての振る舞いなのだろう。

「ご無事でなによりです、アルティミシア様。――して、その者が?」

「カーミラが教えてくれた転送屋じゃ」

「はじめまして、転送屋のクレトと申します」

カーミラと呼ばれる騎士の視線が突き刺さる中、俺は自己紹介と共に一礼をする。

とはいっても、商売をするために覚えた付け焼刃程度のものなので優雅とは言えないだろう。

「本当にお会いになることができたのですね。ということは、母上の墓参りにも?」

「うむ、無事に顔を出すことができた」

「そうでしたか」

アルテの晴れやかな表情と一言で察することができたのだろう。カーミラも柔らかな表情を浮かべた。

「クレト殿、この度はアルティミシア様の願いを叶えてくださり、ありがとうございます」

「いえいえ、気にしないでください」

「クレトのお陰で母上の命日に顔を出すことができた。本当に礼を言う。これは約束通りの報酬じゃ」

改めてアルテも礼を告げ、そしてショルダーバッグから青紫色の宝石を渡した。

それを見たカーミラがギョッと目を見開いたが、見なかったことにせんとばかりに顔をそむけた。

その反応を見ると、受け取るのが怖いんだけど。

「本当にこれ一つだけでいいんじゃな?」

「ええ、これ一つで十分です。むしろ、これだけでも貰い過ぎな気もしますよ」

丁寧な口調になった俺の言葉を聞いて、アルテはちょっとだけ寂しそうな顔をした。

今までは王女だと知らないフリをしていたのでため口で話していたが、王女だと知り、カーミラがいる前ではそうはいかない。

「そうか。クレトがそう言うのであれば一つにしておくとしよう」

「アルティミシア様、申し訳ないですが、これ以上は……」

宝石を渡して鷹揚に頷くアルテにカーミラが切羽詰まったような顔で声をかける。

これ以上長引くとパレードに響くのだろう。これから帰還を告げて、準備するには一刻も早く戻る方がいい。

「本当であれば、じっくりともてなしたいところであるが、生憎とわらわには急いで準備するべきことがあるのでここまでじゃ」

「はい、アルティミシア様。またご用があれば、いつでもお呼びくださいませ」

「……本当にまた声をかけても良いのか?」

アルテがどこか不安そうな面持ちで振り返り、尋ねてくる。

カーミラは最後の会話のために気を利かせているのか既に扉まで移動し、目を瞑っている。

今なら軽い口で利いても見逃してくれるという合図だろう。

「いいに決まってるだろ? 王女として大変さや悩みがわかるわけじゃないけど、辛いことがあったらハウリン村に遊びにくるといいよ。ニーナやアンドレ、ステラ、村の皆が待っているからな。たとえ、どんなに時間がなくても俺の魔法なら一瞬で連れていくことができる」

「ありがとう、クレト! では、また今度頼む!」

ニカッとした笑みを浮かべて言うと、アルティミシアは――いや、アルテという少女はとても嬉しそうな笑みを浮かべて扉へと向かっていった。

その姿を見て大丈夫だと思った俺は、転移を発動して外に出た。

アルテを王城へと送り届け、別れた俺は王都に降り立って建国祭を楽しんだ。

建国祭では通りが様々な屋台が出店されており、たくさんの人が集まっている。

視界を埋め尽くすほどの人だ。

これまで何かの記念日やセールなどで人が賑わうことはあったが、これほどの賑わいは初めてだった。

建国祭でしか出さない珍しい料理や、この日のために外からやってきた商人の異国の品物などを見て回ったり、ハウリン野菜を使ったエミリオの屋台に顔を出したりと満喫する。

「うん? 急に人の流れが変わったな」

エミリオと話していると、急に人がざわざわと移動し出した。

それは屋台やお店を見て回ったりする不規則な動きではなく、何かの目的地に向かうための整然とした動きだ。

「恐らく、王族のパレードが始まるからだよ。きっと今ごろ騎士団が大通りを封鎖している頃さ」

「なるほど。せっかくだから身に行こうかな」

「僕もお供するよ。クレトが面倒を見ていたお転婆な王女様が気になるからね」

そういうわけで、俺たちも人の流れに乗ってパレードを見に行くことに。

「うわっ、とんでもない人の数だな」

「一般人が王族の姿をまともに目にすることができるのは今日だけだからね」

「王族の姿ってそんなに気になるものか?」

「容姿と魔力に秀でた者同士が婚姻を繰り返した王族は美形揃いだからね。美しい人ともなると、一度くらいは目にしておきたいだろ?」

「そういうものか」

確かにアルテもとても綺麗な少女だった。そんな人たちが国を治めているとなると、一度くらいは目にしておきたいと思うのも当然か。

とはいえ、俺はそんな好奇心はそれほどない。

それよりも友人となったアルテの晴れ舞台だからきっちりと目にしておきたいだけだ。

人々の流れに沿って大通り歩いていくと、やがて流れが完全に止まる。

「おい、完全に流れが止まったぞ?」

「ものすごい混雑でこれ以上進めないんじゃないかな。もうちょっと早めに動くべきだったね」

パレードが始まるとわかっていたのだったら、呑気に話し込むんじゃなくて先に移動しておくべきだったな。人混みのせいで完全に大通りの様子が見えない。

俺たちの周囲や後ろにいる人も、この混雑状況に文句を垂れていた。

「まあ、クレトの魔法があれば、こんな人混みの中で無理に眺める必要はないさ」

「それもそうだな。それじゃあ、見やすい位置に転移するぞ」

ちょっとズルいかもしれないが、これも俺の魔法の特権だ。

大通りから程なく離れた建物の屋上へと、俺とエミリオは転移。

人混みの真っただ中から、広々とした屋上へと移動した。

「ここなら見やすいな」

「いやー、クレトのお陰で今年はこんな特等席だよ」

前世のお陰で人混みには慣れている方ではあるが、やはり過密状態が不快なのは変わらない。こうしたゆったりとした場所で眺められるのが一番だ。

見下ろすといつもは人が行き交っている大通りは、見事なまでに人がいない。

大通りは見事に封鎖され、市民は区切られたエリアで待機している様子。それがズラーッと門まで続いている。仕切りの前には甲冑に身を進んだ騎士が等間隔で並んでいる。

よからぬものが入ってこないように目を光らせているのだろう。

これだけの人の視線に晒されるのはとんでもないプレッシャーだろうな。大好きな母親の命日なのに、ずっと行けなかったことを考えれば心が不安定になってしまうのも仕方がないな。

市民たちは騎士や役人の言葉に大人しく従いながら、屋台で買った料理や酒を手にして大人しく待機している。

俺とエミリオは亜空間に収納していた屋台料理やお酒を口にしながら、特等席でゆったりと待つ。

すると、北の方角から賑やかな声が聞こえてきた。

「おっ、どうやら王族たちがやってきたようだね」

エミリオに言われて腰を上げると、遠くから豪奢な馬車がゆっくりとやってくる。

しかし、通常のような箱型ではなく、中に乗っている人がしっかりと見えるようなオープンタイプだ。

王族の乗る馬車を囲うようにして騎士たちが馬に乗って闊歩している。

この国を治める王や、その妃である王妃たちが見事な笑みを浮かべて市民たちに手を振っていた。

市民も小さな国旗を持ったり、手を振って王族たちに声援を送っていた。

確かに王や王妃も綺麗ではあるが、俺の興味はそこにはない。

王の馬車が通り過ぎると、少し派手さは劣るものの華やかな馬車がまたやってきた。

そこにはアルテと同じ髪色の女性がティアラを被り、美しいドレスに身を包んでいた。

一目でわかる美しい藤色の髪は丁寧に編み込まれ、肌はほんのりと化粧されて、うっすらとピンクの口紅が引かれている。

「彼女が第一王女アルティミシアだね」

「俺といた時とは全然違うな」

俺と一緒にいた時は化粧っけはなく、動きやすい服でいたが、きちんとした装いをすると随分と大人っぽく見えるものだ。おしとやかな笑みを浮かべて手を振っているのも関係しているのかもしれない。

あれならニーナと近い年齢だと見間違う者もいないだろう。

アルテの馬車の前には、カーミラが馬に乗って周囲に目を光らせている。通りに立っている騎士の位置にいないということは彼女も高位な身分なのだろう。なにせ第一王女の護衛を任されているくらいだし。

他にも兄弟らしき王族も馬車に乗っているが、まったく目に入らないと思ってしまうのは友人びいきが過ぎるだろうか。

「クレトはあんな御方を連れ回していたのか」

「そうらしいけど全く実感が湧かないな」

エミリオに言われて冷静に考えてみたが、ビックリするほど結びつかない。

アルテとしての姿と、アルティミシアとしての姿が違い過ぎるからだろうか。

「手を振ってみたら気付くかな?」

「やってみよう」

そんな淡い期待を込めて屋上から手を振ると、偶然だろうか。

確かにアルテはこちらを認識し、村で見ていた時のような親しみのこもった笑顔を向けてくれた気がした。

「今年のアルティミシア様はいい笑顔をしているじゃないか」

「そうなのか?」

「例年のアルティミシア様は、あまり元気のない表情を浮かべていたらしいからね。でも、今年は違う。この盛り上がりは、彼女の輝かんばかりの笑顔に魅了された市民の歓声だろうさ」

確かにアルテが笑みを向けて手を振ると、市民が大きな声を上げている。

その熱量は明らかに他の王族よりも大きいのがはっきりとわかった。

それだけ彼女の心からの笑顔を市民も待ち望んでいたということだろう。

母親の命日にきちんと墓参りができたアルテに憂いはない。

晴れ晴れとしたアルテの笑顔を目にすると、彼女の依頼を受けて良かったと心から思うことができた。