作品タイトル不明
次はハウリン村へ
「今日はどうする?」
三日目の朝。ペドリックの宿屋でアルテに問いかける。
「そうじゃのお。ペドリックをじっくりと見て回るのもいいが、せっかく色々な場所に行けることじゃ。名残惜しさはあるが違う場所に行ってみたい」
「どんな場所がいいんだ?」
「海は堪能したことじゃ、次は緑豊かで人の少ない長閑な場所がいいのぉ」
緑豊かで長閑な場所と言われれば、俺の中で思い浮かぶのは一つの場所しかない。
「じゃあ、ハウリン村なんてどうだ?」
「ハウリン村? 確か最近食べた料理で使われた食材の産地が、そんな村だったような?」
提案してみると、アルテが小首を傾げつつ呟く。
どうやら高級レストランで食べたことがあるらしい。駆け出し冒険者がどうしてそんな場所で食事しているのだとか突っ込みたいところはたくさんあるがスルーしておこう。
今さら彼女の素性の詮索するのは野暮だからな。
「そこで合ってるよ。とても緑が豊かで過ごしやすいし、食べ物も美味しいから最高さ」
「なにやら詳しげだの?」
「俺が住んでいる村でもあるからね」
つい、村のことに饒舌になってしまう。
「む? クレトは王都に住んでいるのではないのか?」
「王都にも住んでいるし、ハウリン村にも住んでいるのさ。この魔法があれば、一か所だけに拘る必要もないからね」
「なんと羨ましい生活じゃ。クレトが住んでいる村という意味でも興味がある。是非、そこに連れていってくれ」
「わかった。それじゃあ、荷物を纏めて出発だ」
次の行先が早速決まったのでそれぞれの部屋に戻る。
準備を整えると『海守亭』の宿の代金を支払って外に出た。
そして、人気の少ない場所に向かうと俺とアルテは空間魔王でハウリン村に転移した。
「着いたよ、ここがハウリン村さ」
「おお! ここがクレトの住んでいるハウリン村か! とても緑が多くて綺麗じゃの!」
広がる木々や山々を眺めてアルテが感嘆の声を上げた。
先ほどまで海が見える港町にいたために、目の前に広がる豊かな緑はとても新鮮に見えるのだろう。
「土や草の香りがする」
スンスンと匂いを嗅いで感想を漏らすアルテ。
潮風の吹く港町とは違って、ハウリン村には自然さを感じる清涼な空気だ。
潮の香りというのも悪くはないが、俺にはこっちの香りの方が落ち着くな。
「それじゃあ、村に入ろうか」
「うむ!」
アルテが頷いたところで俺たちは足を進めて村の入り口へ。
村の入り口には今日もアンドレが槍を持って立っていた。
退屈そうに欠伸を漏らしていたが、俺とアルテの姿を目にして慌てて口を閉じ、誤魔化すように笑った。
そんな彼のお茶目な笑顔に俺もつられて笑ってしまう。
「よお、クレト。また外からのお客さんか? 最近、連れてくる女が毎回違うじゃねえか」
「いや、違いますから。前回も今回も仕事の一環です!」
「……そうか。クレトは大人しい顔をしておりながら遊び人じゃったか」
「冗談だからな? 真に受けないでくれよ!?」
「ここ数日のクレトの態度を見れば、そんなやつじゃないことくらいわかっておる」
アンドレのからかいを真に受けない子でよかった。
「わらわはアルテ。王都からやってきた冒険者じゃ!」
「俺はクレトの隣人のアンドレだ。こんなちっこい子供なのに冒険者だとはすごいな」
胸を張るアルテの頭を撫でて、完全に子供扱いするアンドレ。
初っ端からアルテの地雷を踏んだな。
「…………」
数秒後にいきり立つアルテを予想した俺であるが、不思議とその未来がやってこない。
アルテは呆然とした表情をしながらアンドレを見上げている。
「あれ? どうした? この嬢ちゃん、固まっちまったぞ?」
この反応には思わずアンドレも驚いている。
俺もどうしてこんな状態になっているのかよくわからない。
「おーい、アルテ?」
「うえっ? な、なんじゃ?」
「なんだじゃないよ。完全に子供扱いされてるけど怒らないのか?」
「そ、そうじゃ! わらわは十六歳なんじゃ! 気安く子供扱いするでない!」
俺がそんな風に言うと、アルテは思い出したかのように我に返って主張した。
「そうなのか? てっきりニーナと同じくらいかと思ったぜ。それは、すまん」
衝撃の事実を知ったアンドレは慌ててアルテの頭の上から手を離した。
すると、アルテは少し残念そうな顔をする。
さすがにその反応を見れば、何となく察することができる。
「……もしかして、頭を撫でられたのが嬉しかったのか?」
「そ、そんなわけはないじゃろ! おい、アンドレとやら! 村に入っても構わぬな!?」
「お、おお。いいぜ」
顔を真っ赤にして否定したアルテは、やけっぱちなような声を上げてズンズンと村の中に入っていく。
どうやら完全に図星だったようだ。
あんな年ごろの女の子であれば、俺たちのようなおじさんに頭を撫でられるなんて嫌がりそうなものなのだが意外だ。
彼女も割と複雑な家庭環境を抱えているのかもしれないな。
「すみません、それじゃあまた後で」
「おお、また後でな」
呆然とした表情をしているアンドレに声をかけ、俺はズンズンと進んで行くアルテを追いかけた。
●
「すごいの。王都やペドリックと違って、道がまったく舗装されておらぬ」
「ここは田舎で人も少ないからね。そういうところでは舗装されている方が珍しいよ」
人の行き交いが頻繁であれば、やる意義もあるかもしれないがハウリン村の人口を考えると手を出しにくいものだ。
「そういうものか……」
「舗装するにもお金と労力が必要だからね。でも、最近はハウリン村の野菜がレストランに売れてお金が入ってきているから、皆でお金を出し合って検討はしているようだよ」
舗装することによって地面の凹凸はなくなり、雨によるぬかるみも無くなる。
徒歩での移動や荷馬車での移動は各段に快適になるので王都のように全てとはいかないが、一部の主要な道だけでも舗装したいというのが皆の願いだ。
人は少ないとはいえ、毎日仕事で使う人はいるからな。
「それは良い事じゃな! なんとかそういったところに支援ができればいいのじゃがな」
そんな風に考え込むアルテは、まるで文官のようだった。
そういうところが気になるような家柄や仕事をしているのかもしれないな。
「ところで、どこに行く?」
「このまま気の向くままに散歩もいいが、こちらにあるクレトの家とやらを見たいの」
「わかった。俺の家に案内するよ」
行き先が決まったところでアルテを連れて、自宅のある方向へと歩いていく。
アルテにとって田舎の景色はとても新鮮なのか、目に映る景色を新鮮そうに眺めている。
「ふおお、これが畑というものか……」
まさか、畑を見るのは初めてじゃないよな? さすがに貴族や商人でも畑くらいは見たことがあると思うのだが……。
だけど、感激した様子で畑を眺めるアルテは、まさしく初めて見るソレであった。
よっぽど大事に育てられていたのかもしれないな。
非常に生い立ちが気になるがとりあえず、そこには触れないでおこう。
「ここが俺の家だよ」
「おお、ここがクレトの家か! 中に入っても良いか?」
アルテは一応成人した女の子だよな? そんな風に気軽に男の家に入ってきてもいいのだろうか? ちょっと戸惑う気持ちもあったが、本人は全く気にした様子がない。
あくまで依頼人っていうビジネス関係だし、そこまで気にすることでもないか。
「ああ、いいよ」
ちょっとした戸惑いや迷いの気持ちを打ち切って俺は頷く。
最近は王都やペドリックで活動していたので、何となくこちらに帰ってくるのは久しぶりの気分。過ごしていない日数は一週間も経過していないというのに不思議だ。
それだけここが俺の帰る場所だと認識しているからだろうか。
扉を開けるとアルテがそのまま玄関に上がろうとしたので静止させる。
「おっと、外靴は脱いでくれ。うちでは裸足かこの内靴がルールだ」
「わかったのじゃ。おお? この内靴は履きやすい上に軽くて快適じゃな!」
スリッパに履き替えたアルテがぺたぺたと歩き回りながら喜ぶ。
王国文化とは違う過ごし方だが、どうやら気に入ってくれたらしい。
ニーナを最初に呼んだ時もスリッパではしゃいでいたな。その時の姿と重なって思わず頬が緩んでしまう。
「スリッパっていうんだ。いいだろう?」
「うむ、わらわもうちで採用したいくらいじゃ」
「エミリオ商会ってところに問い合わせれば売ってくれるよ」
「エミリオ商会じゃな。覚えておこう」
アルテはいいところのお嬢さんだろうから商会を売り込んでおいて損はない。
そんな軽い営業トークをしつつも、リビングに入る。
「おおー! ここがクレトの家か! 中々に綺麗じゃの!」
リビングを見渡して感嘆の声を上げるアルテ。
どうやらアルテから見ても、俺の家の内装は悪くないらしい。
「褒めてもらえて光栄だ。飲み物を出すから適当に過ごしていてくれ」
「うむ、適当に過ごす!」
イスに座って大人しく待つつもりはないようで、アルテは興味深そうにリビングを見て回っていた。
た。
王都にやってくる前に、一通り掃除はしたけどじっくり眺められると怖いな。
ボロが出そうになる前に、俺は素早く飲み物を用意することにする。
しばらく家を空けるつもりだったために冷蔵庫で保管している飲み物はほとんどないので、亜空間に収納しているヨモギ茶を取り出して、グラスに注ぐ。
冷蔵庫で冷やしてから亜空間で収納していたので十分な冷たさがあるが、暑さがそれなりにあるので氷も入れておく。
「お茶ができたぞーって、いつの間に近くにいたんだ」
アルテを呼ぼうと声を張ろうとしたが、すぐ傍の台所にいた。
アルテは冷蔵庫や魔道コンロなどをしげしげと眺めている。
「……質素な家をしている割に中は魔法具だからけではないか。かなりお金をかけたな?」
やはり見る目が肥えていると、うちの家の設備の良さがわかるようだ。
それがちょっと嬉しい。
「快適な生活は人生の充実だからな。そのために稼いだお金だから妥協はしないよ」
「確かにその通りじゃな。お金は貯め込んでいても意味はない」
俺の言葉を聞いてどこか寂し気に呟くアルテ。
子供っぽいかと思えば、時に大人びた顔をする不思議な子だな。