軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

屋敷でお風呂

市場で海鮮バーベキューを堪能し、街を散策するといい時間になった。

「もうそろそろ夕方だけどどうする? 魔法を使えば、すぐに王都に戻れるぞ?」

「それではせっかくの旅が台無しではないか。このままペドリックに泊まる」

一応、転移があるのでいつでも戻れるのであるが、やはりアルテは建国祭が始まるまでできるだけ王都に戻りたくないようだ。

「クレトの宿泊料金もわらわが持つ。だから、安心してお前も泊まるが良い」

「わかった。俺もそうするよ」

別に俺は転移で家に戻ることができるのだが、こういう機会でもないと宿に泊まることは少ないのでいい機会だ。

彼女が代金を払ってくれるというので遠慮なく泊まらせてもらおう。

ペドリックに泊まることになったので俺たちは宿の集まる宿泊通りに移動する。

以前、商談をしにやってきた際にオススメしてもらった『海守亭』という中の上くらいのランクの宿だ。

俺と違ってアルテはいいところのお嬢様だ。あまり低いランクのところでは満足できない可能性があるし、高額なものを持ち歩いているのでそれなりのセキュリティは必要だと思った。

この宿には厳重な鍵がついているし、一日中警備の者が控えている。

良からぬ者が押し入ってきたり、客が荷物をくすねるようなこともないだろう。

「良いのぉ。こういう風に宿で一夜を明かすというのは、とても旅っぽいのじゃ」

宿の廊下を移動するアルテはご機嫌の様子。鼻歌混じりで歩いている。

もしかして、宿での宿泊は初めてなのだろうか? いやさすがにいいところのお嬢さんでも宿くらいには泊まったことがあるよな? ただ新しい町での宿に浮かれているだけだろう。

「それじゃあ、俺はこっちの部屋だから」

「わらわはこっちじゃ」

勿論、恋人や家族でもないので別々の部屋だ。

一応アルテは成人済みの女性ということだし同室というわけにはいかない。

ただし、非常時に備えて部屋は隣同士にしてもらった。これで何か問題が起こっても、いつでも駆け付けることができるだろう。

何か用があれば声をかけるようにと言って、俺は自分の部屋に入る。

割り当てられた部屋は少し広い。手前側にはお手洗いや洗面台、中央には大きめのベッドがあり、

その奥にはくつろぐためのイスやソファーが置かれている。

全体的に清潔感もある上に部屋もとても広い。

さすがにオススメされるだけのことはある宿屋だ。

部屋に入った俺はベッドに腰かけた。

そのまま身体を横にして寝心地を確かめようとしたところだが、ふと我に返る。

「……風呂に入りたいな」

午前中、海に入った上に焼き場ではたくさんの海鮮食材を焼いた。

移動している間には当然汗をかいていたし、潮風に晒され続けていたせいか肌はべたつき、髪はきしんでいる。

正直、このままの状態でベッドに寝転びたくはない。どうせなら綺麗にしてからがいい。

しかし、この宿屋には浴場はついていない。頼めばお湯とタオルは用意してくれるが、それだけでさっぱりとするとは思えない。

「一旦、王都の屋敷に戻るか……」

屋敷ならばいつでもお湯を用意してくれている。

俺がいなくてもメイドたちに自由に使って入るように言っているからな。

アルテの依頼に付き合っているので、建国祭まで外に出ているとエルザにも報告しておきたい。

そう考えた俺は、ペドリックの宿から王都にある屋敷に転移。

私室を出て廊下を歩くと厨房の方から食器の音がした。

厨房へと移動して中を覗き込むと、メイドのルルアが洗い場でお皿を洗っていた。

雰囲気からして夕食を食べ終わっての後片付けか。

「ルルア、ただいま」

「ひゃわっ!?」

できるだけ穏やかに声をかけたつもりだったが、ルルアはビクリと肩を震わせて皿を落とした。そのせいで皿がパリンと音を立てて割れる。

「はわわわわわわ! ごめんなさい、お帰りなさい!」

皿を割ってしまったショックで混乱しているのか言葉が酷く混乱している。

「ひとまず、落ち着くんだルルア。別に俺は怒ったりしないから」

「は、はい」

俺がそのように諭すと、ルルアは深呼吸をして落ち着いたようだ。

「どうしたの、ルルア!? あっ、クレト様」

その頃には騒ぎを聞きつけたのかアルシェ、ララーシャ、エルザがやってくる。

そして、帰ってきている俺を見てアルシェとララーシャも驚いた。

エルザは既に慣れているのか表情に出にくいのか、特に驚いた様子はない。

「クレト様、お帰りなさいませ。ところで、一体何があったのです?」

「えっと、皿洗いをしていたルルアに声をかけたら驚かせちゃったみたいで……」

洗い場にある割れた皿を見て、納得したように頷くエルザたち。

「把握しました。クレト様は何も悪くございません」

「でも、いる予定がない人が急に帰ってきたら驚くでしょ?」

常にいるとわかっていれば驚くことはないが、いるはずのない者が現れて声をかけられるとビビるものだ。

特に日が暮れた頃合いや夜になると怖さは倍増だろう。

「いいえ、それは甘えです。使用人たるもの常に主に呼びつけられるくらいの心構えを持っていないといけないのです。特にクレト様は魔法で帰ってこられるのですから」

俺の言葉の同意するように頷きかけたアルシェやルルアだったが、エルザの厳しい言葉によってそれは止まった。

「確かにそれは使用人として素晴らしい心構えかもしれないけど、誰だってずっと集中し続けられるわけじゃないよ。エルザだって私室を掃除していた時には悲鳴を――なんでもないです」

途中でエルザからジトッと睨まれてしまったので思わず切り上げた。

「とはいえ、まあこうして続いて事故が起きているわけですし、対策は必要かもしれませんね。たとえば、クレト様が帰ってきたことがすぐにわかるような……」

前回も急に転移で戻ってきたせいでアルシェが被害に遭い、今回はルルアだ。

こうも続けて事件が起きると、俺が帰ってきたことがスムーズに通達できるようなものが欲しい。

「クレト様の部屋に鳴子とか仕掛けます?」

「いや、俺は野生動物じゃないから」

「すみません」

アルシェの提案があんまりだったので思わず突っ込んだ。

前から思っていたけどアルシェはちょっと天然だな。

さすがに野生動物のような扱いは勘弁してもらいたい。

「とはいえ、音を鳴らすのは悪くない着目点だと思う。代わりにベルを鳴らすのはどうかな?」

転移で私室に帰ってきた時はベルを鳴らす。そうすれば、ふいに声をかけられるよりもよっぽど自然に反応ができるし、不意に遭遇しても慌てることがないだろう。

「名案ですね。貴族の屋敷ではそうやって使用人を呼びつけることも多いですし、実に自然かと思います」

エルザの言葉に同意するように頷く他のメイドたち。

「じゃあ、このベルを俺の私室に置いておいてくれ」

「かしこまりました」

亜空間から取り出したベルをエルザに手渡す。これで今後は事故が減るに間違いない。

「ところで、クレト様。本日はどうなさいました?」

エルザに言われてふと思い出す。屋敷に帰ってきた理由を。

「ちょっと風呂に入りたくてね。お湯は沸いているから?」

「はい、準備は整っておりますのでどうぞ。タオルや着替えなどはこちらでご用意しますね」

「ありがとう。いつも助かるよ」

ちょっとした事件がありつつも、こうして俺は屋敷のお風呂でしっかりと汚れを落とすのであった。

しっかりと身体を綺麗にし、エルザへの報告を終えた俺は、ペドリックの宿屋に転移で戻ってきていた。

「ふうー、さっぱりして最高だ」

風呂上りホカホカの状態でベッドに向かう。

身体の体重を預けるように勢いよく寝転がると、ベッドがギシッとした音を立てた。

中々の反発力と布団の柔らかさだ。ランクのいい宿だけあって、ベッドもいい物のよう。

肌のべたつきは一切ないので実に快適だ。これなら快適に眠ることができる。

「クレト!? そこにいるのじゃな!?」

なんて考えながら目を瞑っているとアルテの声がした。

妙に焦ったような声を訝しんで様子を見に向かう。

「アルテかどうしたのか――って、うおお!? なんで泣いてるんだ?」

目の前には涙目になったアルテがいた。

「ば、バカ者! 急にいなくなるでない! 一人にされたら心細いじゃろ! 従業員に聞いても誰も見ておらんと言うし、部屋から気配もせんし!」

俺を見上げてくるなりポカポカとお腹を叩いてくるアルテ。

あー、まったく知らない場所で急に一人にされたら驚くよな。

少しの間だけとはいえ、アルテには悪いことをしてしまった。

きちんと一声かけてから行くべきだった。

「すまん、ちょっと私用で出ていてな」

「……クレトの身体から石鹸のいい匂いがする。もしや、お前だけ風呂に入ったのじゃな!? ズルいぞ! わらわも風呂に入りたい!」

ポカポカと叩いてきた腕を止めてスンスンと匂いを嗅いでくるアルテ。

風呂上りだからかバレてしまったようだ。

「俺が入ってきたのは王都の屋敷なんだが……」

「王都はダメじゃ」

「じゃあ、ペドリックの浴場だな」

お風呂上りなのでゆっくりしたかったが依頼人の要望とあっては仕方がない。

俺はペドリックの大衆浴場にアルテを連れていき、こうして旅の一日目を終えた。