軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クラーケンの水揚げ

「ほら、パインジュースだ」

パラソルの下で座っているアルテに、買ってきたジュースを差し出す。

しかし、先ほどの水のかけ合いで無残に敗北したアルテは、まだ拗ねているのかプイッと顔を逸らした。

ただでさえ、幼い顔立ちなのにそんな仕草をすればもっと幼く見えるぞ。なんて思ったが、それを

言うといよいよ口を利かなくなってしまいそうなので言わない。

とはいえ、このまま水分を補給してくれないのはマズい。

「涼しい海の中とはいえ、汗はかいているんだ。しっかり水分は補給しておかないと倒れるぞ?」

「……貰おう」

水分補給の重要性を真剣に説くと、彼女はなんとかジュースを受け取ってくれた。

やはり喉が渇いていたのだろう。アルテがジュースを飲む。

「このジュース、美味いのお!」

「海に入った後は、こういう爽やかな飲み物が美味しいな」

本当はコーラやサイダーといった炭酸系の飲み物の方が好きだが、残念ながらそれらは存在しない。

しかし、爽やかな果物のジュースも決して悪くはなかった。

パイナップルの甘みと酸味が実にちょうど良くて心地いい。身体から失われた要素が補給されていくようだ。

アルテはすっかりとパインジュースに夢中になっており、チビチビと味わうようにして飲んでいる。

先ほどまでの不機嫌さはすっかりと吹き飛んでしまったようだ。

アルテ、ちょろい。

二人でパラソルの下で涼みながらのんびりとパインジュースを飲む。

実に平和な時間だ。

にしても、こうして異性と海で遊ぶだなんてかなりデートっぽいシチュエーションだな。

だけど、隣のいる子は成人しているかも若干怪しい少女なせいか、とてもそんな気分にならない。ニーナを連れて遊びに行っているような保護者の気分。

最近は少女趣味などと揶揄されることが多かったが、自分にまったくその気がなくて安心した。

そんなことを考えていると、遠くから船が近づいてくるのだが見えた。

二本のマストがついている大きな帆船だ。

「中々に大きな船だな」

ペドリックには何度も来たことがあるが、あれだけ大きな船を見るのは初めてだ。

どこか遠くの国へと物資を輸送する船なのかもしれない。

前世の船と比べると形状や色合いもスマートとは言えないが、木材を組み合わせて作り上げたものには別の美しさがある。

歳月を感じさせる船体のくすみには、あの船の果てしない航海の積み重ねなのだろうな。

「船の後ろに何か大きなものが浮いておるぞ?」

「んん? 本当だな。なんだろあれ?」

アルテに言われて船の後ろに視線をやると、何か巨大な赤茶色いものが浮かんでいた。

鉄糸のようなものと船で繋がれ運ばれているようだ。

一体、何の生き物なのだろう?

「兄さんたち、運がいいな。ありゃクラーケンだぜ」

二人して首を傾げていると、近くにいた男性がそう言った。

「クラーケン?」

「海に住んでいる魔物さ。ちょっと見た目はグロいが、食べるとかなり美味い。恐らくこれから市場に大量に流れるはずだ。食べたけりゃ、さっさと引き上げる方がいいぜ」

男性はにかっと笑うと、砂浜を去っていく。

これからクラーケンを食べるために市場に向かうのだろう。

周囲を見れば、それに気付いている者たちがササ―ッと引き上げていくのが見えた。

クラーケンといえば、創作物によくある多分巨大なイカだろう。

だとしたら、美味しいと言われるのも納得だ。せっかくの機会だ。

俺もクラーケンを目にし、できれば食べてみたい。

「アルテ、俺たちも着替えて市場に行こう」

「うむ! クラーケンとやらがどんな魔物か知らんが興味がある!」

見事に意見が一致した俺たちはジュースを飲み干して速やかに水着屋に戻った。

水着から私服に着替え終わった俺たちは、海水浴場から市場へとやってきた。

俺たちが到着するその頃には、ちょうど港からクラーケンが引き上げられていた。

引き上げられたクラーケンを見ようと、市場には大勢の人々が集まっている。

「な、なんじゃあの気色の悪い気色の悪い生き物は……あ、あれがクラーケンなのか?」

呆然とした表情で目の前を浮いているクラーケンを眺めるアルテ。

ちょうど目の前では無属性魔法のサイキックでクラーケンが運ばれているところだ。

何十トンもの重さがある魔物を浮かべるのは相当に難しいのだろう。二十人以上の魔法使いがサイキックを使用して慎重に運んでいる。

赤茶色の体表をした巨大なイカ。触腕を含めると全長四十メートル以上はありそうだ。

まだ微妙に生きているのか体表の色合いが微妙に変わっており、何本もの足が緩やかに動いている。

大きな目玉は俺たちの顔よりも大きく、感情という存在を感じさせないような瞳が淡々と周囲を見据えていた。

「すごい、大きさだな」

「海にはあんな恐ろしい魔物がいるというのか」

感嘆と恐れの入り混じったような声が響き渡る。

既に抵抗らしい抵抗もできない様子ではあるが、こうして眺めているだけで圧倒的な存在感の強さを感じさせられた。

これが海で襲い掛かってくると思うとかなり恐ろしい。

まあ、これだけの大きさになるとかなり深いところまで行かないと遭遇しないだろうが、それでも想像しただけで冷や汗が出るものだ。

やがて、クラーケンは市場の中央へと下ろされ、解体の準備が進められる。

「…………クレト、本当にあれを食うのか?」

「うん、食べてみたいと思ってるよ」

頷くとアルテが信じられないものを見るような目をする。

「わらわは食べられる自信がないぞ」

「まあ、食の好みはひとそれぞれだしな。無理しなくていい」

「う、うむ」

俺は前世も含めてイカを食べるのに慣れているしな。

イカを食べたことのないアルテが忌避したとしても何もおかしくはない。

俺も食べた経験や美味しさを知っていなければ間違いなく、同じような反応をしただろうし。

「これから解体が始まるみたいだけどどうする?」

肉の解体のようなグロさはないが、それとは違った衝撃がある。

俺は気にならないが見慣れていないアルテには、きつい光景かもしれない。

「……一応、見るぞ。せっかくの機会じゃしな」

「わかった。辛くなったらすぐに言うんだぞ?」

こくりと頷くアルテを確認し、俺はクラーケンの解体を眺めた。

クラーケンの解体が終わると、それらは小さく切り出されて市場へと売り出される。

俺はそのうちの一つを無事に買うことに成功していた。

市場にはクラーケンの捕獲を耳にしてたくさんの人々が押し寄せていたが、あれほどの巨体になると早々に尽きることはないようだ。

とはいえ、こうも楽に確保できたのは浜辺で教えてくれた男性のお陰なので感謝だ。そうでなければ、今も長蛇の列に並んでいただろう。

「これがクラーケンか!」

氷の入った箱の中にはクラーケンの脚や胴体の部分の切り身が入っている。

死んでしまったことで表皮は赤茶色に落ち着き、身の部分は綺麗な真っ白だ。

とても新鮮で美味しそうである。

「わらわは腹が減ったぞ。昼食が食べたい」

「それじゃあ、他の食材を買おうか。市場の食材を買うと、外にある焼き場を安く使えるんだ」

ペドリックの市場では買ったものをすぐに焼いて食べることができる。

つまり、気軽に海鮮バーベキューが楽しめるというわけだ。

「それは良いな! 早速、昼食を買うぞ!」

そのことを説明すると、アルテが目を輝かせて周囲にある海鮮食材に視線をやる。

さすがにここは港町だけあってたくさんの海鮮食材が並んでいる。

冷凍費用や輸送費用もかかっていないからか、値段も王都で売っているものよりも格段に安い。その上、新鮮ときた。

ペドリックにきたのであれば、海鮮食材を食べなければ損というものだ。

俺は亜空間に収納してあるから、どこにいようと新鮮な魚介類が食べられるんだが、それはそれとして場の空気というのも大事だ。

港町で食べるからこその風情というものがある。

「なにを食べようかの?」

「アルテの好きな海鮮食材はなんだ?」

「わらわはエビが好きじゃ!」

「いいな、俺も好きだ。早速エビを買おうか」

目的を定めて市場を歩くと、海水の入った籠にエビっぽいものが見えた。

「おっ、あったあった。けど、随分と真っ黒だな」

「本当じゃ。クレトの髪の色のようじゃ」

大体のエビは熱を通す前でも、もう少し明るい色をしているものだが、このエビは本当に黒だった。

真っ黒過ぎて本当に食べられるのか少し心配になる。

「そいつはクリムゾンエビだ。真っ黒な甲殻をしているが、火を通すと綺麗な紅色に染まって綺麗だぞ。勿論、味も一級品だ」

「そうなんですね。大きさもちょうどいいしこれにするか?」

大きさはちょうど車海老くらいの大きさだ。伊勢海老のような大きなエビも憧れるが、色々な食材を食べたいし、これくらいがちょうどいいと思う。

「うむ! 店主、こいつを四匹貰おう!」

「……嬢ちゃん、もうちょっと小さい金はねえのか?」

「む? これじゃダメなのか?」

「ダメってわけじゃねえけど」

威勢よく白金貨を渡すアルテだが、渡された店主は困惑気味だ。

銀貨二枚ほどの会計なのに、白金貨なんて渡されたらお釣りを返すのが面倒でしょうがないだろうな。

そんな店主の気持ちがいまいち理解できていないのか、アルテは小首を傾げている。

このままじゃ貨幣はダメなのかといって、宝石を出しかねないな。

やっぱり、この子は金銭感覚がちょっとずれてるな。

「お金はまとめて俺が払うから、アルテは他の食材を選ぶといいよ」

「おお、そうか? ならば、ここの支払いは任せるぞ」

俺の言葉にアルテは大はしゃぎで他の食材を選んでいくのであった。