軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

港町ペドリック

「おおお? 本当に一瞬で王都から別の場所へ――おおおおお! 海じゃぁーっ!」

港町ペドリックに転移して戸惑っていたアルテであるが、視界に海が見えるなりそれは吹き飛んでしまったようだ。

現在やってきたのはペドリックの港だ。

俺たち以外には誰もいないので突然の叫び声に迷惑する人はいない。

とはいえ、ここは観光地としても有名なので俺たちがはしゃいでいようが、地元の人も温かい目で見てくれると思うが。

ペドリックの海は色鮮やかな紺碧色でとても美しい。

視界の果てまで水平線が広がっており、果てでは空と海が入り混じっているように見える。

穏やかな白い雲が漂い、海鳥が優雅に飛びながら鳴いている。

「綺麗じゃなぁ……」

まるで綺麗な宝石をしみじみと眺めて漏れたような声。

初めての海の景色に感動しているのはわかっていたので、俺は声をかけることなく傍に佇む。

俺は何度か商売で来たことがあるけど、こうやってゆっくりと眺めるのは初めてかもしれない。俺も海の景色を堪能するようにじっくりと眺めた。

ザザーンと聞こえる波の音。不規則な波とぶつかり合いの音がとても心地いい。

普段過ごしているハウリン村や王都では決してかぐことのない潮の香り。

それがとても新鮮だ。

吹き込む潮風で彼女の被っているフードが後ろに流れ、藤色の長い髪がたなびいた。

フードの隙間から見えた時も綺麗な少女だと思ったが、相貌が露わにするとそれ以上だった。一切の癖のない髪はとても艶ややかで美しい。

こうやって海を眺めるだけで一枚の絵画として成立するほどに。

「フードが外れているけど大丈夫か?」

「構わぬ。ここならわらわのことを知っておる者は少ないからな」

心配で声をかけてみたが、王都の外であるなら不都合はないようだ。

「それにしても、まさか本当に一瞬でやってこられるとは。この力があれば悪いことし放題じゃの」

「しないよ」

ニシシと笑いながら言うアルテの言葉に苦笑する。

確かにその通りだけど、お尋ね者にはなりたくないからな。

「もう少し海を眺めるか?」

「いや、もっと近くで海を見たい。あっちの砂浜に行ってもいいか?」

アルテの指さした方角には砂浜があり、遠くからでも観光客や地元の人が海水浴のようなものを楽しんでいるのが見えた。

「いいよ」

「よし! では、行くぞ!」

頷くとアルテが大はしゃぎして走り出す。

小さな姿も相まって本当に子供みたいだ。

なんて思っていたら走り出したアルテが不意に止まって、振り返る。

「……今、わらわのことを子供みたいだとか思ったじゃろ?」

「滅相もない」

ジットリとした視線に見つめられながら慌てて首を横に振る。

どうもこういった子供扱い的な視線や表情には敏感なようだ。微笑ましく思ってもできるだけ表情に出さないようにしよう。

気を取り直して俺とアルテは砂浜に移動する。

「おお! 砂が柔らかいぞ! これが砂浜の感触か!」

「そんな風にはしゃいで走り回ると靴が砂まみれになるぞ?」

「……もう遅いわい」

俺が注意した頃には遅かったようで、アルテの靴にはびっしりと砂が入ってしまったらしい。しかし、逆にそれで怖いものがなくなったようで遠慮なく進んでいく。

そして、より海の近い波打ち際に到着した。

「こうして近くで見てみると、波の迫力を感じるなぁ!」

「そこまで近づくと今度は靴が濡れるぞ?」

などと注意した瞬間にザザーンと強い波がやってきて、アルテの足元がぐっしょりと濡れる。

波の間合いというものを全く予測できないという、典型的な海の初心者がそこにいた。

「……クレト、さっきから少しばかり注意が遅いぞ。わざとなのか?」

「アルテが本能のままに行動するからだよ」

注意するよりも先に行動を起こしているのだからどうしようもない。

俺もまさかそこまで海に近づくとは思わなかったんだ。

「うう、砂と水のせいでぐちょぐちょじゃ」

「それなら靴を脱げばいい。裸足で砂浜を歩くのは気持ちがいいし、海にも入れる」

「それは名案じゃ!」

そのように提案すると、アルテはいそいそと靴と靴下を脱いだ。

「おお! フカフカで気持ちいいの!」

俺も同じような目に遭わないように靴と靴下を脱いでおく。

柔らかな砂浜を素足で踏みしめる。夏の日差しを浴びているからか熱くなっている。が、それすらも心地いい。

「日焼け止め塗っておかないとな」

日差しで思い出したが、海の日差しは強烈だ。ただでさえ、日差しが当たりやすいのに海による反射日光もあるのだ。日焼け止めを塗っておかないと大変なことになる。

「アルテ、日焼け止めを塗っておくぞ」

「なんじゃそれは? そんなことより、わらわは海に入るのじゃ!」

こういった場所に出かけたことがないからか、何とも恐ろしいことをのたまわるアルテ。

それなりに裕福な子だと思うが、日焼け止めを塗る概念はないのだろうか? そういえば、王国ではそういった品をあまり見たことがない。

「後で後悔しても知らないぞ? さっきの靴よりも被害は大きいからな?」

「よ、よくわからんが、そこまで言うなら塗っておこう」

忠告を聞かないアルテに脅しを入れると、すごすごと戻ってきた。

靴以上の被害というのが利いたらしい。

アルテに手を出させて、そこに日焼け止めのクリームをつけてやる。

「それを広げて肌に塗っておくんだ」

「母上がせこせこと塗ってるものと似たようなものか」

母さんに聞かれてでもしたら、きっとしばき倒されるだろうな。

若さというのは色々な意味で敵無しだ。

互いに日焼け止めを塗ってバッチリと対策したところで、俺とアルテは海に足を入れる。

「冷たくて気持ちがいいのじゃー!」

「ああ、最高だな」

夏の只中だけあって、冷たい海水はとても気持ちがいい。

ひんやりとした水が俺たちの足を包んでくれた。

冷たさを心地よく感じると、アルテが海水をすくって少しだけ舐めていた。

そして、すぐに顔をしかめる。

「本当に聞いていた通り、しょっぽいの!」

「それが海水だからな」

俺も子供の時に真っ先にやったのが同じ行動だっけ。

住んでいる世界が違えど、初めて海を見た時にする行動にそう違いはないようだ。

「おお! これは貝じゃな?」

「貝だね。ただ、中身のいない貝殻だけど」

「中々に綺麗じゃな! お土産にいくつか取っておこう!」

無邪気な笑顔を浮かべながら足元にある貝殻を拾っていくアルテ。

俺もサブサブと足を進めていきながら地面を探す。

ペドリックの海はとても透き通っていて綺麗なので貝殻が良く見えていた。貝殻探しがしやすくてとても助かる。

大きな貝やぐるぐると巻かれた細長い貝。外側の色が鮮やかなものだけでなく、内側の虹彩が綺麗な貝殻ものを拾っては渡した。

こんな風にのんびりと貝を集めるだなんていつ以来だろうか。一人でやってきたとしても、きっとこんなことをやろうとは思わなかっただろうな。

新鮮な遊びを思いついたアルテに感謝だ。

一通りの種類の貝殻を集め終わると、アルテがふと遠くへと視線をやった。

また海でも眺めているのだろうか。と思ったが、違った。

多分、彼女が見つめているのは、海を楽しそうに泳いでいる人たちだ。

「アルテも泳いでみるか?」

「そうしたいのは山々じゃが、わらわは海に入るための衣服を持っておらん」

「それならあそこの建物で貸し出しをしていると思うよ。ちょっと行ってみるか」

「うむ!」

ペドリックで泳いだことはないが、恐らくこういう海水浴場であるならば水着の貸し出しもやっているはずだ。

そんな予想をしながら砂浜にある二階建ての店に向かってみる。

すると、やっぱり水着の貸し出しがあった。

店内は一階が男性用水着の売り場があり、二階に女性用の水着が売ってあるようだ。

「どうやらやってるみたいだな。気に入ったものを自分で選んでおいで」

「クレトは一緒に来てくれぬのか!?」

「……俺は男だから一緒には行けないよ。ちゃんと女性の店員さんもいるから聞きながら選ぶといいさ」

未知のエリアで一人にされる寂しさはわかるが、こればっかりは俺が付きっ切りというわけにはいかない。

しかし、そのまま放り出すのも可哀想だ。俺はせめてもの情けとして、女性店員に声をかける。

「すみません、この子の水着を選んであげてください」

「任せてください! 可愛らしい彼女さんに似合うとびっきりの水着を用意しますね!」

「彼女じゃありませんから」

最近、小さな女の子を連れ回しているせいか、こういう勘違いをされるのが多い気がする。