作品タイトル不明
レフィーリアの引っ越し
「クレト、レフィーリアをハウリン村に連れていくことはできるかい? 確かあっちに住むにはリロイ村長の許可がいるのだろう?」
ハーピーの討伐の翌日。王都の屋敷でのんびりとしていると、エミリオがやってくるなりそう言った。
彼がそう言ってくるということは、レフィーリアの引っ越しについての相談は終わり、認められたということだろう。
「わかった、連れていくよ。都合のいい日は聞いているか?」
「レフィーリアは、いつでも構わないと言っていたよ。建国祭が近づいているから早めに引っ越した方がいいだろうね」
「それなら今から連れて行ってくるよ」
建国祭で賑やかになれば、色々と身動きも取りづらくなるだろう。
俺やエミリオがバックアップとしてついているが、こういうのは早めに取り掛かっておくに限る。
そういうわけで俺は空間魔法を発動する。
屋敷のリビングから風景が変わり、閑静な住宅の中に佇むレフィーリアの家が見えた。
扉についているドアノッカーを鳴らすと、程なくしてレフィーリアが顔を出した。
「エミリオに頼まれて、お迎えに上がりました」
「早速来てくださったんですね! すぐに準備をしますので中で少々お待ちください」
そう言われて玄関を上がり、リビングに案内される。
アトリエには何度か入ったことがあるが、こちらに通されるのは初めてだ。
思えば一人暮らしの女性の家に上がるのは初めてな気がする。
不思議といい香りがするし、意識するとちょっとだけ緊張してきそうなのであまり考えないことにした。
「お待たせいたしました。準備できました」
ボーっとソファーでくつろいでいると、奥の部屋から薄青色のロングワンピースを纏ったレフィーリアが出てきた。
頭には麦わら帽子を被っており、暑さ対策もバッチリだ。
清涼感のある服装で見ているだけでこちらまで涼しくなりそうだ。
「では、ハウリン村に向かいますね」
「はい」
笑顔で頷いたレフィーリアであるが、今日は手を繋いでいないことに気が付いた。
「……もう手は繋がなくても大丈夫ですか?」
「今日は繋がないでチャレンジしてみようと思います。いつまでも繋いでいてはクレトさんにご迷惑をおかけしてしまいますから」
どうやら彼女なりに慣れようと努力しているようだ。前回も転移していた時には、ほとんど体勢を崩すことはなくなっていた。
少し残念ではあるが、恋人関係でもないのにずっと年ごろの男女が手を繋ぐのは変だからな。これが自然だろう。
「わかりました。では、いきます」
レフィーリアにしっかりとタイミングを伝えて、俺は空間魔法を発動。
すると、景色がリビングからハウリン村の入り口前へと変わった。
「わっ」
そして、隣から聞こえるか細い悲鳴。
「ど、どうですか、クレトさん。今回は無事に着地できましたよ」
「ひとまず、転ばなかっただけでも良しとしましょう」
ちょっと体勢が危うかったけどセーフとしてあげよう。
少しドヤ顔をしているレフィーリアには、厳しい言葉は投げないでおくことにした。
「ここは村の中ですか?」
前とは見慣れない景色だからだろう。レフィーリアが周囲の様子を確かめるように視線を巡らせた。
「いいえ、村の入り口ですよ。これから住むことになる場所なので、しっかりと知っておいて欲しいと思いまして」
「なるほど」
納得したレフィーリアを見て、俺は真っすぐに歩いていく。
既に村の入り口は見えており、そこには槍を手にして立っているアンドレが見えた。
「おお、クレトじゃねえか! 隣にいる奴は、もしかして前に顔を出してたっていう綺麗な画家さんか?」
以前、ハウリン村の絵を描いてもらうためにレフィーリアを連れてきたことがある。
しっかりと会話したのはオルガくらいであるが、あの時のことはあっという間に話として広まっているらしい。
娯楽らしいものもない田舎ではこういった物珍しい話はすぐに広まるものだ。
「そうですよ。王都からやってきたレフィーリアさんです」
「はじめまして、レフィーリアと申します」
「クレトの友人であり、村の警備をやっているアンドレだ。また絵でも描きにきたのか?」
「いえ、今日はハウリン村の村長さんに移住の許可をいただくためにやって参りました」
「それってひょっとしてクレトと一緒に住むってことか!?」
「違いますよ」
「なんだ。急に女を連れてそんなことを言うから嫁かと思ったぜ」
勘違いをしているアンドレにきっぱりと誤解を解いておく。
それはそれで夢のあるスローライフではあるが残念ながら違った。
「まあ、クレトの連れてきた奴なら問題ねえだろ。村長のところで許可を貰ってくるといい」
「わかりました。では、ちょっと行ってきます」
「失礼します」
ぺこりと丁寧に頭を下げるレフィーリアにアンドレは目を丸くし、にっこりと笑って手を振ってくれた。
「では、村長の家に向かいますね」
「はい、お願いします」
こうしてハウリン村に入った俺とレフィーリアは村長の家に向かった。
●
「いいですよ」
「ありがとうございます!」
リロイにレフィーリアの移住話をすると、あっさりと許可が下りた。
これにはレフィーリアも嬉しそうな声を上げた。
「嬉しいことですけど随分と軽いですね!?」
「クレトさんが連れてきた知り合いですし、見たところ凄く礼儀の正しい女性ですから」
「恐縮です」
リロイのその言葉にレフィーリアが嬉しそうに微笑む。
「俺の時はもうちょっと色々と聞かれたような……」
「あの時は、クレトさんのことを何も知りませんでしたし前例のない暮らし方でしたから」
まあ、確かに空間魔法を使って二拠点生活をしているのなんて俺くらいだろうしな。
「これもクレトさんの日頃の行いあっての信用ですよ」
「ありがとうございます」
こちらを見据えたリロイが柔らかな眼差しで言ってきた。
そんな風に言われると少し照れくさかった。
「早速空き家を見に行かれますか?」
「はい、以前アンドレさんに案内してもらったところを回ろうと思っていますが、それで問題ないですかね?」
「問題ないですよ。住む場所が決まったらまた声をかけにきてください」
あっさりと移住の許可が下りたので、俺とレフィーリアは空き家を回ることに。
「……驚きました。村の方では本当に何の手続きもなく移住できるのですね」
「王都や街と比べると、人も少ないですから」
俺もその辺りの緩さには驚いたものだ。
大きな街ではきちんと役所のようなところに出向いて書類を提出し、お金を払ったりと色々な手続きがあるからな。
村長への報告だけで済むというのは、随分とあっけなく感じるものだ。
「こういう大らかなところも田舎の利点ですね」
「いいですね。煩雑な手続きは苦手なので助かります」
やはりこういった事務的な手続きは面倒なものだ。
互いに意見が一致して俺たちは笑い合う。
「それでは空き家を回りましょうか。村の地理を把握するためにも歩いて移動しますね」
「はい、構いませんよ」
転移すればあっという間に空き家を見て回れるのだが、実際に生活することを考えて歩いて回る方がいい。
転移で移動したら楽だったけど、それ無しで生活すると不便なんてことになったら困るからな。
「一応、どんな家がいいとか希望はありますか?」
「そうですね。アトリエスペースは欲しいので、できれば王都の家くらいの広さは欲しいです」
絵を描くとなると作業部屋と画材を置いておく保管場所は必要だ。
絵を俯瞰して確かめるためにもそれなりの広いスペースはいる。
「後は静かで日当たりのいい場所がいいですね。自然の光があった方が絵を確かめやすいですから」
確かに暗い部屋では発色具合を確かめることもできないから、それも必要な条件だ。
「わかりました。それらの条件に当てはまりそうな場所に向かいます」
「よろしくお願いします」
家の条件をある程度絞り込んだところで俺たちは歩き出した。
●
「……ここがいいです」
条件に合いそうな空き家をいくつか回ることしばらく。八件目の空き家にしてレフィーリアがポツリと呟いた。
木造と漆喰の壁でできた二階建ての家。
しっかりと管理していたのか木造でできた床や天井、そして白の壁が非常に綺麗だ。
「気に入ったようでなによりです」
呼吸をすると木材の柔らかな香りが鼻孔をくすぐる。
ゆったりとした広い間取りをしており、王都にあるレフィーリアの家の間取りと少し似ている。
「光の加減は大丈夫ですか?」
「……欲を言えば、光をもう少し取り入れるために窓を大きくしたいです」
普段は控えめな彼女であるが、絵に関することは妥協しない。
真剣な眼差しで腕を組んで唸っている。
「それぐらいの工事であれば、大工をしている村人がやってくれると思いますよ。俺もこちらに住む時にはいくつか改装を頼みましたから」
「本当ですか!? では、そちらもお願いします!」
「任せてください。では、住む家が決まったので村長に報告しに行きましょうか」
「はい!」
こうしてレフィーリアの住むことになる家が決まったのだった。