作品タイトル不明
意外な相談
「できました」
レフィーリアがそう言って、筆を置いたのは夕暮れの時間であった。
ここの景色を描くと決めてから一切の集中を途切れさせることなく、彼女は描き上げた。
大きなキャンバスに写っているのは、丘から見下ろしたハウリン村の景色だ。
豊かな草花や木々、地面を縫うように流れる涼やかな小川。
そして、遠くで見える田畑の景色。赤い実がついているのは間違いなく、オルガのトマト畑だろう。
穏やかなハウリン村の景色を水彩絵具の淡い色合いで繊細に表現していた。
「ありがとうございます。とても綺麗です」
人は感動した絵を見ると、言葉が出なくなるのだな。
色々と言いたいことやお礼に伝えたい賛辞の言葉があったはずなのに、すべてが消し飛んでしまった。ただただ綺麗としか言えなかった。
「そう言っていただけてよかったです」
そんな言葉しか捻り出せなかったが、レフィーリアは安心と喜びが混ざったような笑みを浮かべた。
きちんとした額縁を買ったら、王都にある屋敷に飾ろうと。俺はすぐにそう決めた。
レフィーリアに描いてもらった絵を亜空間へ丁寧に収納する。
「王都では大きな建物や人を描くことが多かったので、私もすごくいい経験になりました」
確かに言われてみれば、王都で暮らしているとそうなるな
外に出ようにも冒険者を雇う必要があるし、気心の知れた者でもないと頼みづらいだろうな。
お礼に指定したハウリン村の風景画であるが、彼女にとって実りであったのであれば嬉しい。
「……あの、クレトさん」
「なんでしょう?」
ホッとしているとレフィーリアが真剣な表情でこちらを見据えてくる。
「私もしばらくの間、この村に住むことはできますかね?」
突然のレフィーリアの言葉に俺は驚いた。
「えっと、本気ですか?」
「一度でいいから自然に囲まれた場所で暮らしながら絵を描きたいと思っていまして。クレトさんがお力を貸していただければと安全にお引越しもできるので、いい機会だと思うんです。これを逃したら怖気づいてできなくなるような気がしていて……」
「仕事の方はいいんですか?」
「王都でなければできない仕事というわけでもありませんし、蓄えはありますから」
レフィーリアは既に一流の画家だ。絵さえ描くことができれば、特に住む場所は関係がないだろうな。
というか、こういうやり取りを前にもやったような気がする。
具体的には俺がアンドレやステラと。あの時も同じような会話をして、すごく心配されたものだ。
「俺としては大歓迎ですよ。村長の許可さえもらえれば、問題なく住めるかと思います」
「ありがとうございます」
レフィーリアなら性格も温厚で社交性も非常にある。この村に住んでも悪いことなんてしないだろうし、上手く村人と馴染むことができるだろう。
「ただ、エミリオにもきちんと相談した方がいいでしょうね」
俺もハウリン村に拠点を構えようと思った人間なので、レフィーリアの気持ちを否定したりはしない。ハウリン村の魅力を知って、同じく移住しようと決めてくれた同士だからな。
しかし、レフィーリアにはエミリオというパトロンがいる。
支援してもらっている以上、俺が協力するからと言って勝手にできるものではないだろう。
「そうですね。王都に戻って相談してみようと思います」
「はい、許可がとれたら俺が協力しますので」
「その時は、是非ともよろしくお願いいたします」
もしかすると、ハウリン村に新しい住人が増えるかもしれない。
そう思うとこちらまでワクワクとしてきた。
俺の世話を焼いてくれたアンドレもこんな気持ちだったのだろうか。
●
転移でレフィーリアをアトリエに送ると、俺は商会の執務室へとやってきた。
「報酬の絵は描いてもらえたのかい?」
またしても報告にやってきたと思っていたのかエミリオが、開口一番にそう尋ねてきた。
まあ、それも含めて正式に依頼の終わりとなるので報告しておくのがいいだろう。
「鐘塔から見下ろす王都の風景と、ハウリン村を描いてもらった」
「おお、これは見事な絵だね。然るべきところに持っていけば、その二つの絵画で屋敷が買えるよ」
亜空間から絵画を取り出して見せると、エミリオがそんな言葉を漏らす。
「……ちょっと待ってくれ。レフィーリアの絵にはそれほどまでに価値があるのか?」
「知らなかったのかい? 今や彼女は王族から貴族まで大人気の画家だよ。この国だけでなく、外の国にもファンは多いのさ」
展示会でも目玉として出展されていたし、絵画だけで稼げていると聞いていたのでそれなりに有名だとは思っていたが想像以上だった。
一枚の絵で金貨が何百枚以上とする絵を描く、大人気画家だったらしい。
本人がのほほんとしているので全くそんな気がしなかった。
「……大切に管理にします」
「それだけでひと財産だから盗まれないようにね」
エミリオの言う通り報酬をお金じゃなく、絵で指定したのは間違っていなかったな。
あの時の俺、ナイス判断だ。
というか、そんなすごい人がハウリン村で暮らすのだろうか? 色々と有名なので連れていって恨まれないか心配だ。
丁重に絵を亜空間に収納した俺は少し不安になる。
「エミリオ、別に報告しておきたいことがあるんだけどいいか?」
「なんだい?」
「レフィーリアがハウリン村に住みたいらしい」
書類に目を通しながら聞いていたエミリオがピタッと動きを止めた。
「……ちょっと話が飛躍したね? 何がどうなってそうなったんだい?」
急にそんな風に言われたらそうなるだろうな。
この世界での引っ越しというのは前世よりも遥かに重く重要なことだ。軽い気持ちでやることではない。
眉を潜めるエミリオに、俺はレフィーリアがハウリン村に移住するに当たっての出来事を説明する。
「……なるほど。彼女がそんなことを考えていたのか」
「近い内に相談に来ると思うけど、エミリオとしてはどうなんだ?」
「まあ、王都からいなくなるのは寂しいけど、レフィーリアが絵を描くのを止めるというわけでもないしね。突発的に貴族から絵を頼まれた場合は、クレトに運んでもらおうかな」
「……まあ、それくらいなら大した手間じゃないし運んであげるよ」
どうせ俺も王都には頻繁に顔を出すからな。
支援をする者と受ける者の関係として、そういったやり取りはあると思っていた。
有名画家の描いた絵画を手土産に、あるいは報酬として提示すれば喜んで取引を受ける貴族や商人も多いだろうしな。
エミリオの思わぬ商売の切り札を知った思いだ。きっと、レフィーリア以外にも豊富な人脈を駆使して、何枚もの切り札を隠し持っているんだろうな。
「うん、それなら特に問題もないね。クレトがいるんだったら、いつでも王都に絵を運んでこられるわけだし。むしろ、レフィーリアの引っ越しを理由にして値段を釣り上げてもいいな……」
黒い笑みを浮かべながら悪だくみを考えるエミリオ。
きっと、彼の頭の中ではいくつもの悪い考えが浮かんでいるのだろうな。
仕事をしていたみたいだし、これ以上ここにいても邪魔になるだけだろう。
必要な報告は済んだので適当に声をかけて屋敷へと転移した。