作品タイトル不明
ハウリン村に降り立つ商人
アンドレと渓流まで散歩して家に戻り、午後になると俺は予定通り王都の商会に転移した。
エミリオの執務室に転移してくると、彼はいつも通り机で書類の整理をしている模様だった。
「おはよう、エミリオ」
「ああ、おはよう。クレト」
俺が挨拶すると、エミリオは平然と返してくる。
急に部屋の中に転移してくるのによく驚かないものだ。俺だったら急に室内に人がやってきたら絶対に驚いてしまう自信があるな。
俺がそんな風に感心していると、エミリオが書類を置いてこちらに涼しげな視線を向けてくる。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかい?」
「内容によるけど、とりあえず聞くよ」
「クレトも用心深くなったね。昔は頼まれたら、ほいほいと聞いてくれたのに……」
「誰かがだまし討ちのような形で酷い頼み事をするからだ」
「だまし討ちだなんて酷いじゃないか。クレトが内容も聞かずに安請け合いするからだよ」
まるで心外だとばかりに肩をすくめてみせるエミリオ。
「それを反省してこうなったんだ」
エミリオだからと信頼して頼みを安請け合いしたら、危険地帯にある素材を採ってきてくれなんて事がザラにあったのだ。
たとえ、コイツが相手でも内容を聞かずに受けるような愚を俺はもう犯さない。
「まあ、今回はそんな酷い頼みじゃないよ」
苦笑しながらそんな風に笑うエミリオ。
酷い頼みを俺に振っていた自覚は一応あるらしい。よかった。コイツとの関係を見直さないといけないところだった。
「それで今度はどうしたいんだ?」
「僕をハウリン村に連れていってほしい。今後の重要な取引先となる相手だから、しっかりと農家に会っておきたいんだ。色々と詰めておきたいこともあるしね」
「なるほど。それもそうだな」
前世のようにネットワークが発達した世界なら、取引先と顔を会わせたことがないのも普通だ。しかし、ここはそうじゃない。
人同士の繋がりが物を言う世界だ。ハウリン村と王都ではかなりの距離があるが、俺には転移がある。
気軽に会うことができるのであれば、顔合わせをしておくべきだろう。
ハウリン村の農家の皆だって、どんな人が自分の作物を売ってくれるのか知りたいに決まっている。
「すまない。俺が提案するべきだった」
ハウリン村の作物を売ろうと持ち込んだのは俺だ。
それなら商売が円滑に進められるように俺が提案するべきだったかもしれない。
「いや、気にしなくていい。ハウリン村の作物は立派な商品になり利益が出る。だから、僕から頼むのも当然さ」
「わかった。ありがとう。それなら一度ハウリン村に連れていくよ」
「どうせなら馬車一台に商品でも詰め込んで持っていきたいところだけど、それをすると商売が主体になってしまいそうだな」
「間違いなくそうなるから、軽い手土産を用意するくらいがいいと思う」
ハウリン村はどちらかというと質素な暮らしをしている村だ。
エミリオ商会の商品を持ち込んだら、間違いなく村人が集まって買いにくると思う。
そうなったら一日がただの商売で潰れてしまうだろう。それも悪くはないが、今回主体となるのは農家の人たちとの顔合わせだからな。
「そうしよう。それじゃあ、準備を整えるから少しだけ待ってくれ」
「わかった」
◆
準備を整えたエミリオを伴って、俺はハウリン村に転移で戻ってきていた。
「ハウリン村に着いたぞ」
「へー、ここがクレトの住んでいる村かぁ」
周囲を見渡してどこか感慨深そうに呟くエミリオ。
はじめて立ち寄る村だけあってか、少しだけ物珍しそうだ。
とりあえず、突っ立っているだけなのになんなので入り口へと歩いていく。
「おっ、クレトさん。客人かい?」
アンドレではない見張りの村人が声をかけてきた。
「はい、王都でハウリン村の作物を売ってくれている商人さんを連れてきました」
「はじめまして、エミリオ商会のエミリオといいます」
完全に外行きの営業スマイルを浮かべながら上品に挨拶をするエミリオ。
高級そうな服をぴっしりと着こなした今のエミリオなら、貴族と言われても素直に納得できるほどのオーラがあった。
「こりゃあ、立派な人がわざわざ来てくれたもんだ。これもクレトさんの魔法か?」
「はい、そうですよ」
「いいなぁ。俺も一度王都に連れていってもらおうかなぁ」
「ここからだと往復料金として最低金貨が何枚かは吹き飛びますよ?」
「うわぁ、高え! さすがに無理だから諦めるよ!」
などと朗らかに会話をして俺とエミリオはハウリン村の中に入る。
「ハウリン村の人とは上手くやっていけているようだね」
俺と見張りの村人との会話を見てだろう。エミリオがどこか微笑ましそうな顔をする。
その態度にはちょっと物申したくあるが、第三者から見てもそう見えるなら嬉しいものだ。
「まあな。ここの人たちは皆いい人ばかりだよ」
「そうだね。僕が村にやってきても悪い顔はしなかったし、遠巻きに見ている人たちからも拒絶の意思は感じられない」
村や集落によっては外からの流入者を極端に嫌うところもある。
俺も転移でエミリオたちと様々な土地を行ったからわかる。むしろ、田舎に行くとそのような傾向が強まることが多い。
しかし、ハウリン村にはそのような閉鎖的な雰囲気はまったくないのだ。むしろ、外からの流入者は常にウェルカム状態。
だからこそ、最初に依頼でやってきた時のアンドレたちの思い出が強く残ったものだ。
ここだったら上手くやっていける。そんな気がした。
綺麗な金色の髪に高級そうな服を着ているエミリオが物珍しいのか、外で遊んでいる子供たちが物陰から窺うような視線を向けている。
エミリオは笑顔を浮かべて手を振ると、子供たちはおずおずと手を振り返した。
中には顔を真っ赤にしている少女もいる。田舎の少女には都会の美男子は刺激が強かったのかもしれない。
「作物を作っている農家の方に会わせてくれるかい?」
「わかった。まずはアンドレさんのところに案内するよ」
「確かネギを作っている農家で、クレトがよくお世話になっている人だよね?」
「ああ、そうだ」
俺が過去に話した内容を覚えていたのだろう。エミリオはすぐにピンときたようだ。
俺はそのままエミリオを連れてアンドレの家に向かう。
すると、アンドレ家は家族総出で畑作業をしているようだ。
「あっ! クレト……と誰?」
「おお? 今日は昼から王都で仕事があるんじゃなかったのか?」
いつも通り真っ先に声を上げるニーナが小首を傾げ、アンドレが怪訝そうな顔を浮かべて立ち上がる。
それもそうだ。少し前に昼からは王都に行くと言ったばかりだったからな。
「今日は仕事でこの村に用事があったんですよ」
「そちらの方は?」
「王都でハウリン村の作物を売ってくれることになった商人です」
ステラが視線を向けて尋ねると、エミリオがここぞとばかりに前に出る。
「はじめまして、エミリオ商会の商会長をしておりますエミリオといいます。本日は取引先となるハウリン村の皆様に是非、ご挨拶がしたいと思って参りました」
「エミリオ商会っていうと、王都でも有名な商会だと行商人の方が言っていたような」
「遠いところまで私の商会の名が轟いているようで嬉しい限りです」
にっこりと笑みを浮かべるエミリオ。
王都からそれなりに距離があるハウリン村であるが、少しずつ俺たちの商会の名は広まっているようだ。
商会を大きなものにしたい彼としては、嬉しいことこの上ないだろう。いや、もっと上に行くと目指しているのかもしれないな。
「ということは、この兄ちゃんが俺たちの作物を買って、売ってくれる商人ってことだよな?」
「ええ、そうなります」
「おお! 王都からわざわざ――って、クレトの魔法があれば楽勝か」
「それでも商会長が自らやってきてくださったのですから、ありがたいことですよ」
「それもそうだな! やっぱ、作っている身としては誰が売っているか気になるからな!」
やはり、アンドレも具体的に誰が売っているかは気になっていたようだ。
エミリオが自ら会いに行きたいと言ってくれて助かった。
「俺はアンドレだ! こっちが妻のステラと娘のニーナだ! 俺たちはネギを卸させてもらっている!」
「おお、あの大きくて甘いネギを!」
「俺らの中じゃあの大きさと味が普通だけどな」
「どのように育てられているのか興味があるので拝見してもいいでしょうか?」
「おう、見せてやるよ! こっちに来い!」
どこか嬉しそうに笑うアンドレに促されて、エミリオは畑の中に入っていく。
出会ったばかりなのにこのスムーズな会話。さすがは商人だな。会話回しが上手い。
俺は会話があまり得意とは言える方じゃないので、こういう部分は見習わないとな。