作品タイトル不明
鎧熊
「ニーナはユキシロとユキンコとそこにいてくれ。俺がいいと言うまで絶対に出てきちゃダメだよ?」
「う、うん。わかった」
やや顔を強張らせながらもニーナはこくりと頷き、ユキシロとユキンコを抱きしめた。
それを確認した俺は秘密基地の外へと転移する。
ぐにゃりと視界が歪み、秘密基地の中から明るい森の中へとやってきた。
そう認識した瞬間、前方から何かが突進してくるのを察知した。
「転移!」
詳細を確かめることはせず、即座に転移を発動して距離を取る。
ザッと雪を踏みしめて着地すると、突進してきた生き物が振り返った。
茶色い毛皮に真っ黒な硬質化した鎧を纏う大きなクマ。
「鎧熊か!」
冒険者ギルドの掲示板で討伐依頼が貼り出されているのを見たことがある。
全長三メートル以上の大型のクマの魔物。とんでもない膂力に硬質化した鎧が組み合わさり、Bランク冒険者のパーティーで討伐に当たらなければならないくらい危険な奴だ。
とても攻撃的な性格をしているのは、言うまでもないだろう。
秘密基地から出てきた瞬間に襲いかかってくるとは本当に獰猛だ。
ハウリン村近辺でこんな危険な魔物が出てくるなんて聞いたことがないが、冬のせいで餌が減少して森の奥から出てきたのかもしれない。
迂闊に外には出ず、秘密基地に籠っていたニーナの判断は正解だな。
逃げようと姿を見せれば、コイツは嬉々として襲っていたことだろう。
鎧熊が唸り声を上げながらこちらを睨んでくるが、意外と俺は冷静だった。
ハーピーやウニール、エビラモンキー、アカリリスなどの討伐を経て、冒険者としての経験値が増えたからだろう。
自分よりも遥かに巨体の魔物を相手にしても怯えることはなかった。
鎧熊が四本の脚を動かし、雪を巻き上げながら突撃してくる。
硬質化した鎧に、とんでもないパワーを持つ鎧熊を相手に一人で正面から挑むなんて無謀だ。王都で活動する屈強な冒険者でさえ、そう言うのだからそれは間違いないだろう。
しかし、俺には空間魔法がある。
どれだけ巨体であろうが、硬質な鎧を纏っていようが関係ない。
そこに空間があれば、どのような強靭な肉体を持っていようが関係ないのだ。
「空間斬」
こちらに向かって跳びかかってきた鎧熊に空間魔法が発動。
空間が横に切り裂かれ、その空間上に存在した生き物にも作用される。
結果としてそこに存在した鎧熊の身体は真っ二つになり、血しぶきと臓物をまき散らしながらドサリと雪の上に倒れた。
鎧熊が活動を停止したことを確認し、亜空間へと収納してしまう。
いくら村育ちのニーナでもこれだけショッキングな光景は見せられない。
赤く染まった雪が気味の悪さを醸しているが、これくらいならニーナも平気だろう。
周囲に他の魔物がいないことを確認すると、俺は秘密基地へと向かって声をかける。
「ニーナ、もう大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ、外にいた魔物は倒したから、ユキシロとユキンコも平気だよ」
そう答えると、ニーナはユキシロとユキンコを連れて外に出てきた。
怯えたようにキョロキョロと周囲を見渡し、赤く染まった雪を見ると「うわぁ……」とちょっと引いたような顔をした。
ユキシロとユキンコは鎧熊がいなくなったことを察知したのだろう。久し振りに外に出られたことを喜ぶように走り回っていた。
そんな可愛らしい二匹を見て、俺とニーナの表情も思わず緩んだ。
「さて、村に帰ろうか。アンドレさんやステラさんが心配している」
「……うん」
ユキシロとユキンコと遊びたい気持ちもあるが、ニーナのことを探し回っているアンドレや心配して家で待っているステラをこれ以上心配させるわけにはいかない。
ユキシロとユキンコに別れの挨拶をすると、俺とニーナは転移で家に戻った。
●
「クレトさん、ニーナは見つかりましたか?」
アンドレの家の扉をノックすると、すぐにステラが扉を開けて尋ねてきた。
時間が経過して夕方になってしまったせいか、ステラの様子は先程よりも憔悴しているようだった。どれだけ彼女が心配していて待っていたかわかることだろう。
「……お母さん」
「ニーナ!」
身体をずらして後ろにいたニーナが見えるようにすると、ステラは驚愕と安心の笑みを浮かべた。
それから泣きそうな顔になったかと思いきや、何かを堪えるように唇を噛んで手を振るった。
パアンとニーナの頬から乾いた音が鳴った。
「こんな時間までどこに行っていたのよ! 本当に心配したんだから!」
頬を叩かれたニーナは涙を零しながら謝り、ステラに抱きしめられた。
ステラがニーナを叩く光景など見たことがなく、思わず唖然としてしまったが、今回ニーナが起した軽率な行動を考えれば怒られても仕方がないだろう。
「クレトさん、娘を探してくださってありがとうございます」
「いえ、それよりアンドレも心配して探し回っていると思うので、魔道具を発動させてもらってもいいですか?」
ニーナを探しているアンドレがどこにいるかわからない以上、ニーナの帰還を告げる合図を空に飛ばした方が情報伝達は早いだろう。
「あっ、そうですね。えっと、こうでしょうか?」
魔道具を装着した左腕を空に向け、スイッチを押すと、魔法陣が浮かび上がって火球が空に打ちあがった。
火球は空高くまで打ち上がると、ボンッと音を立てて小さく爆発した。
「これでアンドレさんも気付いて戻ってくるでしょう」
などと呟いていると、遠くの方から「うおおおおおお! ニーナぁぁっ!」と雄叫びを上げて走ってくるアンドレが見えた。
いや、打ち上げてすぐに帰ってくるとか早すぎるでしょ。
そんな突っ込みをしたくなったが、血走ったような目をしているアンドレを見て止めた。
「ニーナ! 無事だったか!」
「お父さん! 痛い!」
「あなた! ニーナが痛がっています!」
「す、すまん!」
ガッチリとニーナを抱きしめて大声を上げるアンドレであったが、割とガチ目な様子でステラに注意されてシュンとしていた。完全に娘への愛が暴走した結果だった。
それでもニーナを抱きしめるのを止めない辺りが、親バカだ。
そんな光景も含めてアンドレ家なので本当にニーナが無事で良かったと心から思う。
「あなた、ニーナを探してくださったのはクレトさんですよ」
「おおっ! そうか! ニーナを見つけてくれてありがとな、クレト」
「いえいえ、本当に危ないところだったので無事で良かったです」
「危ないところ? ……クレトさん、ニーナは一体どこにいたのですか?」
柔らかな笑みを浮かべていたステラが、ギョッとしたような顔になる。
それはアンドレも同じで「説明しろ」と言わんばかりの顔になっていた。
「え、えっと、私が言うね」
どう説明したものかと悩んでいると、おずおずとニーナが語り出した。
最初は神妙な顔つきで経緯を聞いていた二人であるが、一人で森に入ったと語った辺りからステラの顔が厳しいものに変わる。
それから鎧熊が出没した辺りで二人とも血の気が引いたような顔になり、俺が合流して、きっちりと討伐したこと聞くと、大きく安堵の息を漏らした。
「一人で森に入っていただなんて……」
「それに鎧熊ってBランク冒険者が集まって倒す魔物じゃねえか。猪だけじゃなく、そんなおっかねえ魔物まで倒せるなんて驚いたぜ」
あくまですごいのは魔法であって俺ではない。空間魔法のお陰だ。
「遅くまで遊んでいたニーナを探して連れ戻していたばかりと思っていましたが、まさかそんなことになっていたなんて……」
まさかの経緯に愕然とするステラとアンドレ。
ニーナが鎧熊のせいでほら穴に閉じ込められ、動けなくなっていたとは思わなかったみたいだ。
「ニーナを助けてくれて本当にありがとう!」
「ありがとうございます!」
アンドレとステラが深く頭を下げ、遅れてニーナもぺこりと頭を下げた。
お世話になっている大事な人たちに頭を下げられ、俺は動揺してしまう。
「頭を上げてください! お世話になった人が困っていたら助けるのは当然ですよ!」
「いや、だからって普通は命をかけてまで他人を助けたりしないだろう?」
「俺にとってはニーナもアンドレさんもステラさんも家族みたいなものだと思っているんので」
俺が素直に気持ちを吐露すると、ステラが「まあ!」と口元に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
俺にとってはニーナ、アンドレ、ステラがいてこそなのだ。
この三人がいてくれたこそ、俺はここに住んでみたいと思った。言わば、この世界の俺の実家のようなもの。彼らがいない生活なんて考えられないくらいだ。そんな人たちが困っている時に助けないなんて選択肢はない。
きっと空間魔法がなくても、何かしらの方法で俺はニーナを助けに行っただろう。
「相変わらずクレトは素直に言いやがるぜ。まあ、そのなんだ、あれだ。俺たちもお前のことは家族のように思ってるぜ」
「ええ。私たちの家族であり、頼りになる隣人さんですものね」
「うん! クレトも家族だよ!」
どうやらアンドレたちも同じように思ってくれているらしい。その言葉を聞いて、胸の中がポカポカと温かい気持ちになった。
「ありがとうございます」
前世ではあまり人付き合いでロクな友人もいなかったが、異世界では血のつながりは全くないが家族のように大事に思える人たちができた。それがとても嬉しい。
「ねえ、ニーナ。助けてもらったお礼にアレを差し上げたら?」
「うん!」
ステラがそのように言うと、ニーナは顔を綻ばせて家に入った。
そして、すぐに外に出てくる。
何かを持っているらしいが背中に隠されているためによくわからない。
「クレト、屈んで目をつぶって!」
ニコニコとしたニーナに言われ、俺は視線を合わせるようにして屈んで目をつぶった。
真っ暗な視界の中、俺の首に柔らかい布のようなものが巻かれた。
「もう開けていいよ!」
そう言われて目を開けると、ニーナの嬉しそうな顔が視界に入る。
おそるおそる首元に手をやると、そこには青い毛糸が編まれたマフラーがあった。
「マフラー?」
「うん。お母さんに教えてもらって、ちょっとずつ編んでいたんだ」
「そっか。冬の間、遊びにくる頻度が減っていたのは、これを作っていたからなんだ」
「心配させてごめんね? クレトに驚いてもらいたかったから」
急に来なくなったので嫌われたのか? なんて思ったりもしたが、それは誤解だったようでとても安心した。
「ありがとう、ニーナ。とっても温かいよ」
「えへへ」
礼を言うと、ニーナが照れくさそうに笑った。
ニーナの手作りのマフラーはとても手触りが良い。
その質の良さから収穫祭にやってきたエミリオ商会から買ったのだとわかった。
そんな前から計画し、時間をかけて作ってくれていたのか。
手作りのマフラーなんて貰ったのは初めてだな。
自分よりも遥か年下とはいえ、女の子から貰うというのは嬉しいものだ。
「クレト、ちょっとこっちに寄って。マフラーがずれてる」
ニーナに言われてもう一度身を寄せると、頬に柔らかい唇のような感触がした。
「えっ?」
「私からのお礼! 助けてくれてありがとう!」
頬を真っ赤に染めて笑うと、ニーナは恥ずかしさを誤魔化すように走って家に戻った。
外には呆然とした俺とアンドレ、妙に嬉しそうな顔したステラが残った。
「あああああああああっ! ダメだぞ! いくらクレトが命の恩人とはいえ、ニーナを嫁に出すのは別問題だ!」
「いや、さすがにニーナを嫁にもらおうなんて思っていないですよ。一体いくつ年が離れていると思うんですか」
「なにい!? 俺のニーナが気に入らないっていうのか!」
「ああもう面倒くさいなぁ!」
猛り狂うアンドレに辟易としながらも、何とか気持ちが落ち着くように言葉を尽くすのだった。