軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レフィーリアと王都でお買い物

ハウリン村から転移した俺とレフィーリアは王都へとやってきた。

「あっ、私の家……まだ移住して三か月くらいしか経っていないのに、なんだか懐かしく感じます」

そう感じるということは、ハウリン村での生活が濃厚ということだろう。

ハウリン村に移住してはいるが、レフィーリアはこちらの家を手放してはいない。

定期的にエミリオ商会の者が掃除もしているので問題なく入ることができる。

「寄っていきますか?」

「いえ、今回の目的は画材の調達なので大丈夫です」

提案してみるが、レフィーリアは顔をゆっくりと横に振った。

懐かしむ気持ちはあるが、今はそれよりも絵画の気持ちの方が強いようだ。

「わかりました。では、画材屋に向かいましょう」

「はい、私が案内いたしますね」

にっこりと笑って歩き出すレフィーリアの後ろを付いていく。

行きつけの画材屋に直接買いに行けるのが嬉しいのだろう。レフィーリアの足取りは非常に軽やかだった。

鼻歌が漏れているのだが、多分意識してやっているわけではないと思う。落ち着いたレフィーリアがここまで無邪気な表情を零しているのが微笑ましい。

中央通りから三つほど外れた道を南下していく。

この辺りは住宅が多く、そこに根付いている小さな店がポツリポツリと並んでいる感じだった。

転移で何度も通り過ぎたことはあるが、こういった場所を丁寧に練り歩いたことはない。王都でありながら王都でないような不思議な雰囲気をした場所だな。

「ここです」

周囲を眺めながら歩いていると、レフィーリアが足を止めて言った。

視線をやると、大きな窓ガラスが張られており、たくさんの画材が並んでいるのが見えた。

レンガ造りの建物が多い中、ここだけ黒の石材を使われている。

それなのに目立つことがなく埋没しているから不思議だ。周囲に気を取られていたとはいえ、近づくまで全く違和感を抱かなかったな。

「入りましょう」

レフィーリアが扉を開けるとカランと涼やかなベルの音が鳴った。

暖かな魔道ランプの光が灯されている。店内の面積は広いのだが、設置されている戸棚が多すぎて手狭に感じられた。

俺たちの他にも数人のお客がいるようであるが、皆が真剣な面持ちで並んでいる画材を手に取り、吟味しているようだった。

店内に入るなりレフィーリアが嬉しそうな顔を浮かべて歩き出す。

付き添いでしかない俺はとりあえず付いていく。

レフィーリアは久し振りにやってきた店を懐かしむように見ていた。

棚に入っているのは絵具、パレット、筆、鉛筆、画用紙、額縁、イーゼルなどの画材と単純であるが、その量が尋常ではないくらい多い。

「この絵具は同じじゃないんですか?」

「表記上の色は同じですが、製造している工房が違いますよ」

「あ、本当だ。違う工房ですね」

じっくりと眺めてみると、瓶に記されている工房の名前が違った。

しかし、製造元が違うだけで変わらないんじゃないのか?

「工房によって製法が異なるので、同じ色でも発色は微妙に異なったりもします」

そう言われて二つの色を見てみるも、まったく色としての違いはわからない。

塗ってみることで発色の差異がわかるのだろうか。

色彩感覚が鋭敏なレフィーリアはわかるかもしれないが、俺にはわからなさそうだ。

そんな風に絵具を眺めながら歩いていると、最奥部にまたすごい絵具棚を発見した。

「すごい色の数ですね」

何百色という色が瓶に詰められて壁一面に並んでいる。この世のあらゆる色が揃っているのではないかと思わせるほど豊富だ。

「ここにあるのは店主さんが自ら作成した色なんですよ」

「店主が!? それはすごいですね。ここまでの色があるのは、他の画材店でも見たことがないです」

大きな工房が作り上げた色を仕入れて展示しているかと思いきや、まさかの店主の手作りであった。

「店主さんは冒険者さんで、手に入れた魔物の素材を砕いたり、乾燥させたり、混ぜ合わせたりして様々な色を作成されているんですよ」

まさか色を作成するために魔物の素材を利用しているとは驚きだ。

細かく話を聞くと、他にも鉱石や水晶を砕いて溶かしたり、昆虫なんかの美しい外皮を利用したりもしているらしい。

色づくりというのも奥深いな。自分にできるイメージは全くないが、そうやって試行錯誤しながら色を作り出していく作業は楽しそうだ。

「ちなみに『乾燥したどこか物悲しい秋空』の色はどれですか?」

「これです!」

尋ねてみると、レフィーリアは迷わず瓶を手に取った。

比較的薄めの青であり、瓶にはみそら色と描かれている。

隣にはほとんど変わらないんじゃないかと思うような薄青があり、素人には到底わかるものじゃない。曖昧な比喩表現では彼女の求める色が来なくて当然だ。

「やはり、よく使う色の正式名称は覚えておいた方がいいんじゃないでしょうか? レフィーリアさんのような色彩感覚が鋭敏な方のはわかるかもしれませんが、俺のような素人には色の判別が難しいので」

「クレトさんが、そう仰るということはそうなのですね……わかりました。きちんと必要としている色の正式名称もメモします」

正面から諭すように言ってみると、レフィーリアは素直にメモを取り始めた。

この先もずっと俺が転移で王都に連れてこられるとは限らない。

仕事で他の国に行ったり、長期滞在するような可能性もあるからな。

パトロンであるエミリオとレフィーリアがスムーズにやり取りできるのがいいだろう。

「あの、クレトさん」

「なんでしょう?」

「色々と欲しい色があるので少々時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。今日は特に予定はありませんし。たくさん買っても魔法で収納できるので、この機会に思う存分見ていってください」

「ありがとうございます!」

そう言うと、レフィーリアは今日で一番の笑みを浮かべた。

せっかく王都までやってきたのだ。この機会に思う存分、必要なものを買い込んでおくといいだろう。

そう思って自分が使うための画材を物色しながら待つこと一時間。

そろそろいいだろうかと思って絵具棚に戻ると、レフィーリアはまだ吟味していた。

ひ とつひとつ色を確かめているのか、とても真剣な表情をしている。

まだ色を選んでいるのだろう。俺はもう少し時間を潰すべく、店内の画材をボーっと眺める。

そして、二時間半を経過した頃になると、さすがに俺も待つのが疲れてきた。少々という時間の枠からは外れているのではないだろうか?

「レフィーリアさん、そろそろどうですか?」

「すみません。もう少しだけ待ってください」

「あっ、はい」

我慢できなくなって声をかけたが、レフィーリアはこちらを振り向くことなくそう告げた。

おっとりとした気配りな女性の姿はそこにない。ただ貪欲に己の探し求めるプロの顔がそこにあった。

それからさらに一時間ほど経過するが、レフィーリアが絵具棚から動く様子はない。

もう一度声をかけてみるが、返ってくる言葉は同じものだった。

どうしたものかと途方に暮れていると、店内にいた女性客が声をかけてくる。

「お兄さん、あの人の彼氏さん?」

「いえ、違います。ただの付き添いです」

「あら、それは可哀想」

「可哀想?」

「あの子、この店に来ると一日中あそこに張り付いているから、なにを言っても帰らないと思うよ? あたし、何度もそういう姿を見てるし」

なんてことだ。どうやらレフィーリアはかなりの居座り魔らしい。

まさかと思っていた最悪の事態だ。

今日は別に予定は入れていないが一日中というのは困る。

「どうにかして引き剥がす方法はありませんか?」

「あの子が満足するか、閉店時間になって店長が追い出すくらいかなぁ」

苦笑しながらそう答える女性客。

俺が絶望の表情を浮かべると、親切な女性客は苦笑いしながら「頑張って」と声を残して出て行った。

これがアンドレやエミリオであれば、適当に引っ叩くなり、脅すなりして連れ帰るのであるが、女性であるレフィーリアにそのようなことはやりづらい。

なにせ本人に悪気はなく、至って真面目なために余計にそういうことはしづらかった。

とはいえ、目的もなく一日付き合うというのはバカらしい。

「レフィーリアさん、俺はちょっとエミリオのところに顔を出してきますね」

「……はい」

視線はずっと絵具に向いていて、しっかりと理解して頷いたというより反射的に反応したような感じだな。

でも、ずっとここに張り付いているのであれば、待ち合わせに困ることはないだろう。

店の閉館時間を確かめた俺は、そのままエミリオの執務室に転移した。

「おや? どうしたんだいクレト?」

突如やってきた俺を見て、用件を尋ねてくるエミリオ。

ここにやってくることになった経緯を話すと、エミリオは納得したように頷いた。

「あー、彼女は画材屋に入ると一日中居座るからね。何を言っても無駄だよ。僕も他の街に連れて行った時に何度も経験したからね」

「やっぱりそうなのか……」

「三か月ぶりとなると、彼女も漲っているだろうしね。少なくともあと半日は出てこないけど、どうする? 暇なら仕事でもやるかい?」

「……そうしようかな」

休日としている日に仕事をするのもどうかと思ったが、今からハウリン村に戻って休んでもレフィーリアのことが気になってしまう気がする。

それなら仕事をやっていた方が気にせずに済むし、未来の自分への仕事を減らすことができる。

すんなりとそんな思考をしてしまうあたり、まだまだ前世の社畜魂は消え去っていないようだ。

結局、レフィーリアは閉館時間になって店主に追い出され、ハウリン村に帰ったのは夜だった。疲れ切った俺の表情とは正反対に彼女の表情は満足げなものであった。