作品タイトル不明
魔王はただ聖剣を振るう
遺跡の最深部にいるであろう、強大な悪霊獣。
ガリウスたちは探索を取り止め、悪霊獣の撃破を目標に遺跡の深くまで潜っていった。
第十二階層。
あちこち歩きまわったが、下に降りる階段が見つからなかった。
「この階で終わりってことかな?」とリッピ。
「ここが最深部なのかしら? でも悪霊獣はいないし、上の階と雰囲気も変わらないし……」
リリアネアは首をひねる。彼女の背には、念のため持ってきた『魔樹の呪槍』がくくられている。
ガリウスは腰のポーチから金属製のカードを取り出した。
「おそらく、これを使う場所があるはずだ」
「隠し扉か何かがあるのでしょうか?」とペネレイ。
「でも、あちこち行ったけど『罠探知の鈴』は反応しなかったよ?」
リッピが言うように、この階層では一度も鈴が鳴らなかった。
ガリウスが答える。
「隠し扉などは 罠(トラップ) 扱いされないからな」
見つけるには専用のアイテムがあれば楽だが、残念ながら持っていない。ただしどこかで見つけたアイテムと、それを使うような特徴はあるので、注意していればなんとかなるはずだった。
「そうなのかあ。じゃあ、地道に足と目で探すしかないね」
リッピと同じく、みながげんなりする中、ガリウスは腕輪に呼びかけた。
「ムーツォ、この階のマッピングはどんな感じだ?」
『ほぼほぼ完璧ですね。階段や隠し部屋があるような大きさではありませんが、中心に空白箇所が何カ所か。皆さんが今いらっしゃる場所からですと――』
「いや、中心部には向かわない。外周の四辺で、一辺だけ何か違和感があったりしないか?」
『え? えーっと…………あ、これちょっと変ですね。十一階までは正方形だったのに、この階だけわずかにひしゃげていると言いますか、長方形になっています』
少々お待ちを、とムーツォはがさがさと何かを調べる。
『うん。十一階と階段の位置を比べてみましたら、東側が少しだけ足りませんね』
「ありがとう。もしかしたら、東側の壁の向こうに何かあるのかもしれないな」
ガリウスはみなを連れ、東側の壁へ向かった。
角から壁伝いに進んでいくと、
「あっ! ガリウス、ちょっとこれ見てよ」
ちょうど中央の部分で、リッピが何かを見つけた。
滑らかな壁面に、細い小さな穴が開いている。
「ちょうどこれが入るサイズだな」
ガリウスは金属製のカードを穴に押し当てた。するりとカードが吸いこまれる。
キィィン、と。
遠くで澄んだ音が鳴った。
続けて、目の前の壁が左右に割れる。広い廊下が現れた。
百メートルほどの長い廊下を、警戒しつつ進んだ先。
「ふわー、なにこれ……?」
「広い、わね……」
「大空洞なのです?」
「そのようですが……」
高さは五十メートルほど。薄暗いのもあって、左右や奥行きは目測で測れない。
正面には大きな地底湖があり、そこに浮かぶように、赤い光をにじませた立派な建物がある。
神殿のようだ。
湖までは地面が均された道があり、等間隔で丸い球体――魔法灯が足元を照らしている。その先には、湖の上に神殿までの大きな橋が架かっていた。
そして幅三十メートルはある橋の上には、巨大な何かが置かれていた。神殿に迫るほどの高さで、十五メートルはある。
道なりに近寄り、見上げれば。
「天使像、なのか?」
翼の生えた、無表情な女性を 象(かたど) ったものだった。
『ヨウコソ、参ラレタ』
一同がぎょっとする。頭の中で響くような声は、天使像からなのかは判別できない。
『コレヨリ先ハ、【あいてむ・ますたー】ヲ持ツ者ノミガ、進マレヨ』
ガリウスはじっと像を見つめたのち、みなに告げた。
「ではみんな、行こうか」
「え? でも、今の『ガリウスだけ』って意味だよね?」
ガリウスは薄く笑い、聖剣を抜くや、飛び上がって女神像に襲いかかった。その首を刎ね飛ばそうと剣を薙ぐ。
ぴしり、と。
女神像に亀裂が入る。ガリウスが剣を振りぬく前に、女神像の全身が砕け散った。中にいた『何か』が剣を避けようと後退したのだ。
「お前が親玉の悪霊獣だな。言葉を話すのも驚いたが、姑息なマネを考えつくものだ」
着地したガリウスが見据える先には、巨大なスケルトンがいた。
以前に遭遇した四本腕を上回る、六本の腕。それぞれに大きく歪な曲刀を携えている。漆黒の全身鎧だが兜はなく、頭蓋骨の眼窩に妖しい光が揺らめいていた。
『我ガ名ハ、〝いるあ〟。すけるとん・きんぐニ宿リシ高位ノ存在。コノ神殿ノ 主(あるじ) ニシテ、イズレ地上ヲ支配スル者デアル!』
「自己紹介どうも。神殿の名を自身につけるとは、また大胆だな」
イルアと名乗った悪霊獣は、くわっと大口を開け、耳鳴りを誘うような異音を巻き散らした。
「くるぞ! ゾルトは前進、ペネレイとククルは左右から頼む」
巨躯が一歩前に進む最中、最後尾にいたゾルトが肉薄する。ククルとペネレイも左右に分かれ、それぞれ足首を狙って武器を振るった。
六本腕がそれらを阻む。
ゾルトに二本、他は一本ずつの腕が応じた。
ガリウスは残る二本が相手だ。風をまとい、空中で舞いながら、二刀を聖剣で打ち捌く。
『我ガ策ヲ、ヨク見破ッタナ』
「遺跡の入り口でパーティーを組むよう指定されたのに、この期に及んで俺だけ進めとはおかしな話だ。だから声の主が悪霊獣だと考えたのさ」
仮に言葉を話すほど成長した悪霊獣なら、かなりの大きさだろう。
そこに巨大な女神像が立っていたのだから、中に隠れている可能性はすぐに思い至った。
リリアネアとリッピの援護を受けつつ、戦いながらガリウスは問う。
「俺だけ行かせて、その間にみんなを不意討ちするつもりだったのか?」
『クックック。ソノ通リダ。モットモ、スグニハ殺サナイ。大切ナ鍵ダカラナ』
イルアの声には余裕があった。
実際、ククルやペネレイの素早い猛攻を、師が稽古をつけるかのようにあしらっている。ゾルトも二つの大石斧では受けきれず、弾かれては挑み、挑んでは容易く弾かれていた。
以前戦った悪霊獣と同様、硬さが尋常ではない。
リリアネアが放った渾身の炎魔法も、本来は火に弱いスケルトンの体でもまったくダメージが与えられていなかった。
あまり時間はかけられない。遠からず攻め手は瓦解する。
「鍵、ね。なるほど。四属性それぞれを持つ者を、神殿側が指定した理由がそれか。神殿内に隠し部屋でもあるのか?」
『然リ。コレバカリハ、我デハ如何トモシガタイ。貴様ラガ来ルノヲ待ッテイタ』
強烈な一撃を、ガリウスは聖剣で受け流す。頭蓋骨に肉薄しようとしたものの、もう一本の腕に邪魔された。
「さすがに強敵だな」
『今ゴロ気ヅイタカ。シカシ、逃ガシハシナイ』
「ガリウス! マズいよ!」
「後ろからなんか来たあ!」
橋の向こうに、スケルトン兵が大挙して現れた。逃げ道が完全にふさがれている。
「そういえばさっき、地上を支配するとかなんとか言っていたな。悪霊獣風情が大きく出たと思ったが、なるほど、彼らを使うのか」
『然リ。我ニハ眷属ヲ生ム 力(ちから) ガアル。我ガ軍勢ハ、イズレ地上ヲ蹂躙スルノダ!』
大口から、脳に響く声とは別の異音が轟いた。
『貴様モ、マダ殺サナイ。【あいてむ・ますたー】ヨ、我ガ道具ニ成リ下ガレ!』
前衛三人が弾き飛ばされ、六本の腕がすべて空中のガリウスに集まってくる。
「ここらが限界か」
ガリウスは小さくつぶやくと、体に風を絡めた。竜巻のような渦が発生する。
「できればもっと情報を引き出したかったが、横着はしていられないか」
『ナニ……? ッ!?』
竜巻が勢いを増す。その渦中にいるガリウスは、渦とともに体を回転させた。
シュババババッ。
迫りくる六本の腕が、高速回転する聖剣に切り刻まれる。
風が止まった。それは一瞬で、今度は突風に乗ってガリウスは腕ナシの骸骨へ肉薄し――。
キィン、と。乾いた音を伴う一閃。巨大スケルトンの頭部が両断された。
『バ、カナ……。我ガ、矮小ナ人ゴトキニ……』
「いや、お前は強かったよ。単に相性と、お前の慢心が原因だ」
強力な魔法を操る相手であれば、初手から撤退も辞さなかっただろう。
著しい体格差もガリウス有利に働いた。ゾルトくらいであったなら、スピードで一瞬の隙をつく方法は難しい。
決定的なのは、こちらを殺せぬ事情があったこと。
こちらの実力を最後まで隠していたから、イルアは『組み易し』と判断してくれた。
スケルトン・キングの巨躯が崩れていく。割れた頭蓋から、黒い霧が吹きだした。
「リリア、槍を!」
「う、うん!」
リリアネアは背負った黒槍をガリウス目掛けて投擲した。
受け取ったガリウスは風をまとって飛び上がり、寄り集まりつつあった黒い霧に槍を突き刺す。
『オ、ノレ、オノレェェ!』
霧から細い幹が生え茂る。十メートルクラスの巨大な魔力樹が、橋の上に転がった。
ガリウスたちは神殿へと駆ける。
スケルトン兵は支配者を失ったものの、『侵入者を排除する』使命は消えていないのか、彼らを追いかけてきた。
が、魔力樹には無反応であるのを確認し、ガリウスは残りの精神力を使いきる勢いで、仲間ともども強風をまとう。
「いったん退く。神殿の探索はゆっくり休んでからにしよう」
巨躯のゾルトをも伴って、スケルトン兵たちを飛び越えた――。
――その夜。
みなが寝静まってから、ガリウスは単身で遺跡の扉へと向かった。
『こんな夜更けに、なんの用がある?』
扉の前には巨大なゴーレムがいた。精霊獣タイロスだ。
ガリウスは直接の答えは返さず、逆に質問する。
「スケルトンたちは死んだあと、どのくらいで『再生』するんだ?」
『……個体による。数日の場合もあれば、数か月先のこともな。遺跡内の悪霊化したものたちが すべて(・・・) 再生するとすれば、全員揃うのは冬を越えたあたりか』
ガリウスは「そうか」とだけ告げ、タイロスの横を通り過ぎる。
『すまんな。オマエが今やろうとしていることは、本来ならオレの役割であるのに』
「扉に殺到したものたちならともかく、その体では奥に入れないからな」
『いや、同胞に命じることもオレにはできるし、やらねばならん。だが……』
ゴーレムとスケルトンでは、体格差のとおり個の力はゴーレムが勝る。しかし数で押されて傷つき、倒されるゴーレムがいないとは言えなかった。
『オマエが仲間を連れていないのは、同じ理由か?』
ガリウスは首を横に振る。
「彼らは強いよ。不覚を取るとは思っていない。だが――」
聖剣を抜き、扉の隙間をなぞった。
「要は、適材適所だ。俺は必要なら、相手が誰であろうと躊躇わない。悪霊化したスケルトンたちを、いくら殺しても感情が揺さぶられないんだ。むしろ、いずれ再生した彼らが『人手不足の解消に役立つ』と考えているくらいだ」
遺跡の探索を進める前に、悪霊化したスケルトンたちはすべて倒さなければならない。
けれど彼らは被害者だ。
探索中に出会った彼らを倒すのに、リリアネアたちが何も感じなかったとは思えない。しかも今回は、被害者たるスケルトンたちを殺し回るという、単純作業を強いるのだ。我慢できるはずがなかった。
『冷酷なのか、優しいのか、オマエの本質がさっぱりわからん』
ガリウスは苦笑して、扉を開けた。
開きつつある扉の隙間から、スケルトン兵たちがかちかちと歯を鳴らす音が漏れてくる。
するりと隙間に潜りこんだ。
すぐさま扉を閉めたガリウスは、朝まで聖剣を振るい続けるのだった――。