軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王が願うのは――

ガリウスがグリフォンの精霊獣たちを解放してのち。

天井には大穴が開き、巨大で歪な樹木と、ケラを内包した樹木が取り残された。その動力室に、ふらふらと立ち入る者がいた。

帝国の女性兵士だ。

艦橋はガリウスに占拠され、甲板上には巨大グリフォンが現れて兵士たちは戦意を喪失。飛空戦艦バハムートは完全に敵の手に落ちた。今はゆっくりと地上へ降りている。

艦内は降伏の諦めに支配され、彼女も武器を捨て、他の兵士たちと投降する話で落ち着いていたはずだ。

なのに、なぜ?

なぜ、自分はここに迷いこんだのか。

はっきりと思い出せない。

(迷った……? いえ、私は……)

そう。自分はここに来なくてはいけなかった。 あらかじめ(・・・・) 決められていた(・・・・・・・) から。

虚ろな目で、彼女は枝葉のない奇妙な樹木の前に立った。匂いのような、ささやきのような、とにかく何かに導かれ、自分はこの樹に……その中身に用があるのだ。

横目に、歪なかたちの巨大樹をちらりと見て、再び正面に目を戻せば。

細い幹の間から、しゅるしゅると何かが飛び出してきた。

長い、長い蛇のような何か。

その先端が、「あっ」と驚く彼女の口内に侵入した。えずく間もなく、蛇のような何かの先端は上向きに進路を変え――。

(あだ、あだまにぃ! ざざっでるぅぅぅ……)

ぐるんと白目を剥いた。膝から崩れ落ちるも、蛇のような何かにぶら下がる格好となる。びくびくと痙攣を繰り返し、やがて。

ずるりと何かは口内から床に落ち、彼女もまた、崩れ落ちて四つん這いになった。瞳は床を見つめ、肩で息をする。

「ふぅ……。よもや、我が身で魔樹の樹槍の呪いを記録しようとはな。二度とは御免だ」

頭を振り、立ち上がる。目の前には細い幹が絡まってできた枝葉のない樹木があった。

( 精神(なかみ) が消えても生かし続けるか。便利な呪いよな)

ケラの 恩恵(ギフト) 【レコード・マスター】は、見聞きした事柄をただ記録する――だけではない。

記録したものは、残さなければならないのだ。

そのため必要な 恩恵(ギフト) の能力。それが〝他者にすべての情報を転送すること〟であった。

(殺されなかったのも僥倖か。肉体的な接触のない転送は、いくらか情報が欠損してしまうのでな)

だから自身の近辺にあらかじめ、転送先を何人か準備しておく。

この女兵士はたまたま今この瞬間、もっとも近くにいたから選ばれた。事前にちょっとした催眠魔法をかけておき、ケラが発動すれば、彼女の魔力を辿ってやってくるよう仕込んでおいたのだ。

強力な魔法ではなく、なんとなく『こっちに行こう』と思わせる程度のものだが、それで十分だった。

ちなみに転送先の 恩恵(ギフト) は【レコード・マスター】で上書きされる。消えても周囲に不審がられない対象を選んでいるので、こちらも問題はなかった。

ケラは樹木から伸びた蛇のような何かに目を向ける。呪文を口ずさむと、それは青白い炎に包まれて炭と化した。

(魔力のポテンシャルは前の 器(からだ) より上か。これはなかなかの拾い物だな)

記録の転送はそう頻繁に行えるものではない。連続で無理に行えるが、情報の欠損の危険があるため、数年はこの姿でいなければならなかった。

(家柄も器量もそこそこ。肉付きはちと足りぬが、男でも女でもたぶらかすには問題あるまい)

ユルトゥス亡きあと誰が帝位に就くかは不透明だ。しばらくは一兵卒で様子を窺いながら、いずれふさわしい者に取り入る気でいた。この肉体を使って。

新たな体を得たケラは、ひっそりと動力室を後にして、帝国兵たちに紛れたのだった――。

帝国兵は一度戦艦の外に集められた。

ガリウスたちは艦内で入手した名簿と照らし合わせ、彼らの素性を把握する。

彼らは、解放するつもりだ。

リムルレスタは捕虜に非道な扱いはしないと、彼ら自身に喧伝させるためであった。もちろん二度目は容赦しないと釘を刺す。素性を明らかにしたのは、警告の意味合いもあった。

帝国兵を艦内の倉庫に押しやり、ガリウスは試運転がてら飛空戦艦を飛ばした。

最果ての森で彼らを解放せず、山岳地帯を越えたところまで送り届けるためだ。下手に森で遭難し、居座られても困る。

解放地点に降り立つと、ガリウスは倉庫にではなく、動力室へ足を運んだ。

二つある樹木のうち、小さい方へ歩み寄る。

魔力は吸い出され、動力装置へ流れていた。中身は、まだ生きていると示している。

おや? とガリウスは腰を下ろした。

(かすかだが、これは焦げ跡か……?)

ユルトゥスとの戦いで火炎系魔法は使っていない。

ガリウスは立ち上がると、黒槍をくるりと回し、切っ先とは逆側で樹木を突いた。乾いた音で幹が粉々になり、ケラの体が床に転がった。

(やはり生きてはいる、か。しかし……目は見開いたままで、意識があるようには思えない)

手をひらひらさせても反応はなく、頬をたたいてもぴくりともしなかった。放っておけば、やがて死に至るだろう。

(なるほど。つまりは、 そういうこと(・・・・・・) か。ん? これは……)

だらしなく開いた口に手を突っこみ、大きく広げる。舌が、切断されていた。いや、燃えてなくなっている。

(舌を伸ばし、細い幹の隙間から外へ出した。その後、燃やして証拠を消し去ったのか)

ガリウスは立ち上がると、黒槍をケラの肉体に突き刺す。再び樹木化したのを見届けてから、動力室を後にした――。

ボルダルの町の大通りは、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

久しぶりに訪れたガリウスを、町民総出で讃えようとしていたのだ。通りにはいくつもテーブルが並び、その上には季節の料理がてんこ盛り。王都から酒樽を運んできて、みなに振舞っていた。

ひと通り挨拶を終えると、喧騒からすこし離れ、ガリウスは地面に腰を落とした。

「救国の英雄も、相変わらず酒には弱いのじゃなあ」

カラカラと笑いながら寄ってきたのはジズルだ。

酔い覚ましの水を飲み、ガリウスが応じる。

「こればかりは体質だ。どうにもならないよ」

ジズルは目を細めると、彼の横に胡坐をかいた。

「ようやってくれた。あらためて礼を言うぞ、ガリウスよ。帝国皇帝を倒しただけでなく、空飛ぶ戦艦をも手に入れたのじゃからなあ。しかもこちらの被害はゼロじゃ。これ以上ない戦果よのう」

「俺一人の手柄ではないよ。それに、元凶と思しき女は取り逃がした」

「ケラとかいう、妙な 恩恵(ギフト) を持った者じゃったか。しかし、 わざと見逃した(・・・・・・・) のじゃろう?」

ガリウスは当初、ケラは転生魔法を使えるものだと推測していた。

死しても記憶を継承し、別人に生まれ変わる魔法だ。今は失われた秘術であるが、三百年を生きたと豪語したあの女が使えても不思議はなかった。

実際には、もっと厄介な能力であるとガリウスは看破する。

【レコード・マスター】という異質な 恩恵(ギフト) の本質を考えれば、他者の肉体にその精神ごと〝記録〟を転送する――いわば他者の体を乗っ取る能力だろう。

生まれ変わるなら肉体が成長するまで時間的猶予が生まれるが、他者の体を乗っ取ったならすぐにでも反撃してくるかもしれなかった。

それでもあえて見逃したのは――。

「いくら虹色眼だろうが、間を置かずに続けて使えるものとは思えない。殺しても死なないのは、奴の態度から見て取れる。であれば下手に刺激せず、 身元を特定して(・・・・・・・) 泳がせたほうがいい」

帝国兵を山岳地帯の向こうへ送り届けるにあたり、亜人たちの兵士を多く同行させた。その中には、ユニコーン・フェンリルのアオもいた。

状況からして、ケラは動力室で別の誰かに身体的な接触をして、体を乗っ取ったと考えられる。

逆に言えば、その場に帝国兵の誰かがいたのだ。

かすかに残った匂いをアオに嗅がせ、帝国兵を飛空戦艦から降ろすときに一人一人チェックしたところ、女性兵士にアオが反応したのだ。

その女の容姿を、名簿チェックした係の者に照会してどこの誰かはすぐに判明する。

殺してしまえば、あるいは封印状態にしても任意に転送ができるのなら、転送先がわからなくなる事態を避けるのがよいと判断した。

「奴が今後何をするかはわからない。だが監視を付ければ、いくらかは把握できるだろう」

亜人の姿で直接は無理にしても、金さえ積めば事情も訊かずに喜んで協力してくれる人族はいる。

今後はそういった連中を都市国家群の向こう側へも派遣することになる。

「ケラは紛れもなく世界にとっての害悪だ。放置すれば、いずれリムルレスタにも害意が及ぶ」

しかし害悪は同じく、害悪を好むものだ。戦闘力に乏しいケラならなおのこと。

「奴は必ず、第二のユルトゥスを求める。ならばあの女が誰に接近するか、事前に把握できるメリットは大きい」

「次は先手を打てる、ということじゃな」

ガリウスは大きくうなずいた。

しばらく二人は押し黙り、周囲の様子を眺めていた。

家々の軒先にはランプがずらりと並び、通りを薄ぼんやりと照らしていた。様々な種族が肩を抱き、酒をあおり、笑い合っている。

「儂は、ときどき恐ろしゅうなる」

ジズルがつぶやいた。

「もしお前さんがおらんかったら、今この瞬間、みなの笑顔が保たれておったじゃろうか、とな」

自分一人で成し遂げたとうぬぼれるつもりはない。

一方で、自分がいなければ彼らは無茶ができなかっただろうとも思う。

良くも悪くも、亜人たちは非情になりきれない。大胆な策で相手を追い詰めるのも苦手だ。

和を重んじる彼らの先頭に立ち、非道を率先して責任を負う誰かが必要なのだ。

「俺は俺の役割を全うする。みんなの協力があれば、どんなことでも実現できるさ」

とはいえ、時間は限られている。自分だっていつ死ぬかわからないのだ。

ただ幸いにも、猶予はあった。

帝国はその指導者を失い、揺らいでいる。後継争いが始まれば外へ目を向ける余裕はないだろう。

王国の勢力も同様だ。国王エドガーは都市国家群に取り残されて身動きができていない。王都を奪い返しはしたが、烏合の集まりで迅速な意思決定は難しい。そも、彼らの第一目的は祖国の完全奪還だ。魔族だ亜人だのは二の次だろう。

その都市国家群も足元はふらついていた。主要都市をひとつ滅ぼされ、復興にかかりきりにならざるを得ない。

「今後は国内に注力しよう。この国を今よりも豊かに、強くする」

強くなれば、人族も黙ってはいない。明確な脅威と認定する。

しかし弱いままで奇襲一辺倒のやり方では、いずれ足元をすくわれる。

人族の国家が混乱している今のうちに力を蓄え、対等以上に渡り合えるようになれば、彼らの亜人に対する意識も大きく変わるのだから。

そうなれば、きっと――。

「あ、いたいた。おーい、ガリウスー」

リッピがぶんぶんと手を振って駆けてきた。リリアネアとククルも一緒だ。

「酔いは醒めた? べつに無理して飲まなくてもいいんだからね」

「ああ。もう大丈夫だし、気をつけるよ」

ガリウスが腰を上げると、ククルが心配そうに顔を覗きこんだ。

「もうすこしお休みになっていてもよいですよ?」

「十分休んだよ。それに、呼びに来たということはみんな待ってくれているんだろう?」

視線を遠くに投げると、見知った顔が並んでいた。酒樽を抱えるテリオスや、大きなジョッキを二つ掲げるゼパルもいる。

「今夜はガリウスが主役のお祭りみたいなもんだからね。疲れてるだろうけど、朝まで付き合ってもらうよー」

リッピが悪戯っぽく笑うと、リリアネアが「無理させないでよ」と物申す。

「リリアもいつの間にか、いいお嫁さんが板についてきたねー」

「なっ!? べ、べつにあたしは――」

「そうですね。わたくしもリリアネアさんのようなお嫁さんになりたいです!」

「いろいろ意味深!?」

なんだか騒がしくなってきて、自然とガリウスの頬が緩む。

(ああ、そうだ。この国がもっと強くなり、彼らが〝魔族〟と呼ばれないようになれば、きっと――)

自分は、いつも笑っていられる。

大切なひとたちと、ずっと――。