軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は進路を決める

王都を脱したガリウスは、風をまとったまま平原を越え、森へと入った。小川を見つけて河原に降り立つ。

風を操る特殊効果を持つ 風の精の短剣(シルフィード・ダガー) 。

そういったアイテムを使うには、通常は魔力を消費する。しかし【アイテム・マスター】を持つガリウスは、精神力で賄えた。

魔法じみた効果を魔力の消費なしで行えるのは魔力の低い彼には適しているものの、ずっと使い続けるのは無理があった。

「ふぅ、疲れたな。ひとまずここまで来れば安心だ。朝まで休もう」

小石ばかりの地面に腰を落とし、ひと息つく。

「あんた、何者なの? 王国最強の騎士をあっさり倒すなんて……。腕利きの冒険者?」

ワーキャットのリッピは胸を押さえながら問う。

「勇者だ。『元』、だがな」

「はあ!?」

「ついでに言っておくと、魔王は生きてる。だからジェレドを殺しても意味はない」

「はあ!?」

二度目の驚きで、リッピは「いたた……」と顔を歪めた。

「俺は十二のときに【アイテム・マスター】という 恩恵(ギフト) を授かった。どんなアイテムだろうが、その性能を最大限まで引き出して使いこなせるものだ」

シルフィード・ダガーをくるくると扱ってみせると、「そら」とリッピへ放り投げた。

「ま、俺も相応の得物がなくては並以下だ。そのうえで、もう一度言うぞ」

腰に差したナイフを引き抜き、ぐっと握る。

「俺がつい昨日まで『勇者』をやっていたのは本当だ。二週間ほど前に魔王と戦って見逃しはしたが、それまでに 君の同胞(魔族) たちをたくさん殺してきた。仇討ちがしたいなら、俺が相手になろう」

リッピの表情が険しいものとなる。シルフィード・ダガーを握り締め、中腰に構えた。

「どうして、ボクを助けたの?」

「王国の連中は俺の手柄を横取りして、実質的な国外追放処分にした。彼らの鼻を明かすために利用しただけさ」

「……ジズル様は、本当に生きてるの?」

「ん? ああ、魔王のことか。生きているよ。お仲間と一緒に、『未開の地』とやらに行ったのではないかな?」

「どうして、ジズル様を見逃したの?」

「あー、話せば長くなるのだが、要は一騎打ちの取り決めを、 人族(こっち) が先に破ってね。殺す必要がなくなった」

ガリウスはざっくりと当時の状況を説明する。

「ククル様まで、その場にいらしたのか……」

リッピは穏やかな表情になる。そして困惑したような様子からも、事情は理解してくれたようだ。

ガリウスは諭すように言う。

「君も思うところはあるだろう。 勇者(おれ) を恨むなとは言わない。だがね、さっきは『相手してやる』と挑発したが、できれば引いてほしい。俺だって死にたくないし、襲われれば反撃せざるを得ない。魔王は、君のような前途ある若者を死なせたくなくて、俺との一騎打ちを受けたのだからな」

リッピが奥歯をかみしめた。思いつめたようにうつむいて、静かに吐き出す。

「 勇者(あんた) は、同胞の命をたくさん奪った。でも、ジズル様やボクを、助けてくれた……」

ガリウスは腰を上げた。足音を抑えてリッピに近寄ると、ポン、と優しく頭に手を置いた。

「君は立派だよ。たった一人で敵のど真ん中に入って、王子を傷物にしてやったのだからな」

「ぅ、くぅ……、父さん、母さんっ……」

リッピが嗚咽とともに漏らしたのは、おそらく人族との戦いで死んだ者たちだろう。

自分は、言われるまま剣を振るい続けた。

きっとリッピと同じ境遇の魔族を、量産してきたのだ。

死にたくはない。

それは本当だ。

けれど、親兄弟、大切な誰かを殺されたと魔族の誰かが刃を向けてきたとして、自分は反撃できるだろうか?

そうなったときにしか、きっとわからない。

なら、考えるのはよそう。

ガリウスはただ、泣きじゃくるリッピの頭を優しく抱くのだった――。

しばらくして、ガリウスは夕食の準備に入った。

森に入り、木の実やキノコ、香草を採取する。自然薯も見つけたのは幸運だった。河原に戻ると、リッピが居心地悪そうに膝を抱えていた。ひとしきり泣いて落ち着いたようだ。

「食事の、支度……?」

「ああ、って待った。君はケガ人なのだから大人しくしていろ」

立ち上がろうとしたリッピを手で制す。

「すこしくらい平気だよ。それ、川の水で洗うんでしょ?」

「……わかった。だが無理はしてくれるなよ?」

採ってきた食材を渡し、ガリウスは森へと戻る。今度は枯れ木や落ち葉を拾い、何往復かして一か所に集めた。

「お肉はないんだ……」

「今から採る。魚だがね」

「お魚っ!」

猫目がらんらんと輝き、ガリウスの頬が緩む。

小石を拾った。平らになったものだ。手に馴染ませるように握ると、川面をじっと見つめる。

しゅぴっ。

傍目には軽く腕を振るっただけだが、小石は風を切って進み、水面を裂いた。ガリウスは下流へ向かって走る。やがて川面に魚が一匹、浮き上がった。

ガリウスは川に入る。水嵩はせいぜい腰までの小川だ。じゃぶじゃぶ進み、浮いた魚をつかんで戻ってきた。

「変わった漁をするんだね……」

「条件が合えばな。流れが緩やかな浅い小川で、透明度が高くないと無理だ。あとは、魚が泳いでいることかな」

ガリウスは魚の口に細い木の棒をあてがった。尾へ向けて一気に突き刺す。

「捌かないの?」

「とりあえずこのまま焼く」

枯れ枝と落ち葉で火を熾した。魚に塩をたっぷり振りかけ、火の側に突き立てる。

今度は石を積み上げてかまどを作った。火を熾し、リュックから小さな鍋を取り出し、水を汲んでかまどに置く。

森で採ってきた食材をナイフで刻んで鍋に入れ、ぐつぐつと煮込んだ。

魚が焼き上がると、これもナイフで身をほぐして鍋に投入する。

リッピはその様子を眺めながら、何度もごくりとのどをならしていた。

ここでガリウスは思い出し、もう一度森へ入った。

適当な太さの枝を切り、深めの器とスプーンを作る。一人旅を想定していたので、鍋は小さいし食器も一人分。リッピ用の器を用意したのだ。

「よし、できた」

ガリウスは自前の器と作りたての器にごった煮スープを掬い取った。

「なにそれ? 石の器?」

「小型のすり鉢だ。普段は食器として使っている。別で用意すると嵩張るからな」

すり鉢は自分用とし、作ったばかりの木の器をリッピへ手渡す。

「味付けは塩だけなんだね……」

「腹が減ってればなんでも美味いものさ。君、いつから食べてないんだ?」

「あ、朝は、ちょっとだけ……」

「ま、食べてみろ」

言われ、リッピはふーふーと何度も息を吹きかけてから、スープをすすった。

「っ! 美味しい!」

「だろ? シシタケというキノコでね、煮込むと肉汁のような旨味が出るのさ。特にとろみのあるイモとの相性がいい。そこへ香草で風味を出せば、塩だけでもわりとイケるものだろう?」

「詳しいんだね」

「まあな。たいていは軍隊にひっついていたが、単独行動も多かった。一ヵ月近く野宿したこともあるしな」

しばらく熱いスープに悪戦苦闘するリッピを眺めながら、ガリウスは食事を進めていた。

その間、今後の身の振り方を考える。

一番近い国境は南だ。

まずはそこを越える。

それからは、どうしよう?

道具を使う職業ならなんでもこなす自信はある。冒険者なら稼ぎもいいだろう。

しかし、自分が醜い容姿をしているのは身に染みていた。よそ者でもあり、どこぞの町や村が受け入れてくれるとは期待できない。

もう、疎まれるのには疲れた。

だったら山奥で一人暮らすほうが気が楽だ。必要な物は都度買いそろえれば、極力人との接触は避けられるし、金貨は今ある分だけで足りるだろう。

(そう、だな。それがいい。俺はひっそりと余生を送り、誰にも看取られることなく死んでいく。醜い俺にはお似合いだ)

半ばまでしか減っていないごった煮スープを見つめながら、自嘲ぎみに笑った。と、そのとき。

「ガリウスさん、貴方は、これからどうするんですか?」

いつの間にか器を空にしたリッピが、真剣な眼差しを向けていた。

「いきなりだな。というか、話し方が変わってるぞ」

「ボクは、同胞が向かった新天地へ向かいます。もしよかったら……ボクと一緒に行きませんか!」

「……はあ? ちょ、待て待て待て。俺みたいな不細工な男を、誰が受け入れてくれると……」

「不細工? ガリウスさんは、人族の中ではそう評価されてるんですか?」

「見たとおりだが?」

「すみません。人族の美醜の価値観には疎くて……」

考えてみれば、魔族と呼ばれる亜人たちは多種多様。姿かたちがそれぞれ異なる。人族の価値観は、ないに等しい。

むしろオーク族などには同じ豚顔で受け入れられるかも?

冗談はさておき。

「そもそも俺は人族で、しかも君らからしたら最大の仇――勇者だったんだぞ?」

「わかっています。でも、もともと『王国の勇者』は僕たちも一目置くお方だったんです。けっして亜人を辱めず、常に正々堂々と戦うその姿勢に、敵ながら尊敬を抱く者もいました」

「でも君、勇者を殺そうとしてたじゃないか」

「それは、ジズル様を罠に嵌めたと思っていたから……。でも、実際にはお救いくださいました。ジズル様がご存命なら、大丈夫だと思います!」

「いや、しかしだな……」

いいのか? 本当に。ガリウスの気持ちは揺らぎに揺らいだ。

「お願いします。行く先をまだ決めていらっしゃらないなら、一度ジズル様にお会いするだけでも!」

リッピは小石で敷き詰められた地面に土下座した。

正直、何か裏があるのではないかと思った。

自分が今まで、誰かに必要とされたのは、ひとえに【アイテム・マスター】という至高の 恩恵(ギフト) があってこそ。

けれど――。

「わかった。どうせ気ままな一人旅だ。乗ってみるのもよいだろう」

手負いのリッピが無事に仲間の元へ行けるかも、見届けたいし。なにより、

「ありがとうございます!」

この純朴な若者に、裏などあるはずがない。そう、信じてもよい気がした――。