軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者はお仕置きする

ガリウスは魔樹の呪槍で樹木化された駐屯兵たちを元に戻して回った。

幸いにも、見た範囲で死者はいない。

メルドネにどんな意図があったかは知らない。情けをかけたとは思えなかった。恐怖を煽る、苦しむ声を楽しむ、ガリウスと戦う際に盾とする、およそろくでもない理由からだろう。

ほとんどの者が吐き気を訴える程度だったが、中には意識を失っている者もいた。

応援を呼び、手当を任せてから、ガリウスはメルドネのところに戻ってきた。

完全に樹木の中に隠れたかと思っていたが、彼女は両手や腰から下が幹に埋もれて隠れているものの、胸元から上はギリギリ外気に触れるところで留まっていた。

(フェニクスの鎧の自動回復とのせめぎ合いか)

鎧は大量の魔力を消費しているが、呪いの樹が彼女の魔力生成を促進しているからすぐには枯渇しないだろう。しかし消費と生成をかなりの量、同時にとなれば、人の身では苦しかろう。

メルドネは歯を食いしばって耐えている様子だ。

彼女の背後にはすこし距離を置いてグリフォンが佇んでいる。今のところこちらへの攻撃意思はないようだ。

(ん? あれは……)

グリフォンの前脚に金属製の輪っかが取り付けられているのに気づく。

(まさか、『従属の枷』か?)

周囲に警戒を広げると、民家の屋根に赤い瞳のカラスが止まっているのを見つける。通信魔法を使うほどの魔法使いがあの先にいる。従属の枷もその人物の 恩恵(ギフト) の力によるものだろう。

「た、助けて、ください……」

同情を誘うようなか細い声でメルドネが懇願する。

ガリウスはシルフィード・ダガーを構え、「ひっ!?」と怯えるメルドネ――ではなく、民家の屋根へ向け風刃を飛ばした。カラスが一瞬鳴き声を上げて、両断される。

これでグリフォンの脅威は減った。クロも近くに降り立って警戒してくれているし、大丈夫だろう。加えて聞き耳を立てる者も排除できたから、話はしやすくなった。

「よくも『助けて』などと言えたものだな。まあ、いいだろう。俺の質問に答えたら考えてやってもいい」

「は、話す。話します! だから考えるんじゃなくてさ、見逃すって約束してよ!」

「回答次第だ。すこしでも話に矛盾があると感じたら、その場で息の根を止める」

「わ、わかったから、ちゃんと話すから、殺さないで……」

ガリウスは淡々と質問を続けた。

皇帝ユルトゥスの人物像、 恩恵(ギフト) の詳細、彼の目的。

帝国の要職に就く者たちの情報も洗いざらい暴露させた。

メルドネは最初こそ口ごもったり考えこんだり躊躇いをみせていたが、次第に吹っ切れたのか、饒舌に語り出し、聞いてもないことまで話していた。

ユルトゥスの素性はいまいち要領を得なかったが、 恩恵(ギフト) はやはり心を読むものだった。射程は最低でも百メートル。正確にはメルドネも知らなかった。

破格の 恩恵(ギフト) だ。実に厄介な代物ではある。さらに驚くべきことに――。

「あーあ、言っちゃったなあ……。ははっ、これがバレたらアタシ、マジ殺されるかも……」

メルドネの怯え様がその理由を示している。

「もう一度訊くが、皇帝はお前でも勝てないほど、個の能力が高いのか?」

「 魔法使い(・・・・) としては、ね。剣とか槍とか弓は、使ってるの見たことないよ。とにかく硬えの。透明な防御魔法壁を球体で展開してさ。その槍でも貫けなかったし」

「戦ったことがあるのか」

「遊びでね。だって二人は愛し合ってるし。アタシはすべてを理解してくれるあの人に、あの人はアタシのテクにメロメロだしぃ」

脂汗を垂らしながらものろけるのは呆れる他ない。

「腑に落ちんな。専用の 恩恵(ギフト) もなく、それほど強力な魔法が人に使えるものか?」

「天才っているのよねー。アタシもそうだけど」

息も絶え絶えにまだ強がりを言う。

「では次の質問だ」

「まだあんのかよ! あ、いや……アタシもほら、もう限界でさ。一度これ、解除してくんない?」

ガリウスは訴えを無視して続ける。

「お前たちのところにオーガ族が二人いるな。なぜ彼らはお前たちに協力している?」

「……アイツらの集落を制圧して、逆らったら仲間を殺すって脅した。アイツらは特に戦闘力が高かったから、前線で暴れさせてんだよ」

やはり故郷の住民を人質にしていたか。

「王都を攻め落としてから一人、消息を絶ったそうだな。知っていることを話せ」

「え、えっと……」

メルドネは表情を歪めつつ目を泳がせていたが、観念したのか語り出す。

不可解な内容にガリウスが眉をひそめると、

「アタシがわかんのはそんだけだ。本当だからな!」

「彼がなぜ聖武具を奪ったのか、それを抱えて自ら石化したのか、理由は知らないと?」

「そうだよ。こっちだって困ってんだ。マジわけわかんねえ」

「解除条件も判明してないんだな?」

「心を読める状態じゃないって、陛下が言ってた」

まいったな、とガリウスは頭を悩ます。

二人はいずれ解放したいところだが、遠くの里に人質が大勢いて、しかも一人は石化状態。解除する方法もわからず、聖武具の回収も現状は困難だ。

(順序としてはエルザナードが先だったのだが……まず対処すべきは皇帝か)

帝国を瓦解させれば、囚われのオーガ族たちは解放できるだろう。それでペネレイは自由になり、ゾルトの問題の解決に向け動くという順番だ。石化状態のまま長くは放置できないので、いずれも迅速に進める必要があった。

だが、その前に確認しておかなければならない。

「最後の質問だ。お前たちが人質にしているオーガ族たちは今、どこでどうしている?」

一瞬表情が明るくなったメルドネはしかし、一転して頬を引きつらせた。

「どうした? 早く答えろ」

威圧すると、メルドネはようやく声を絞り出した。

「王国を攻めるちょっと前に、全員、その…………槍で――」

「樹木化したのか!?」

「仕方ないじゃん! 命令だったんだから!」

王国への侵攻が開始されたのは数ヵ月も前だ。たとえ生存していても、あの状態では心が持たない。

ガリウスは怒りの形相で睨みつけた。

「お前らはバカか? 人質を非道に扱っているとペネレイに知られるのは時間の問題だぞ」

「ふん。あの脳筋女が気づくもんか。いちおう連中には事前にあの女宛てに手紙を書かせててさ、それを折を見て渡してるけど、それでみんな無事だと思いこんでるし。ま、バレたって大丈夫っしょ。陛下の敵じゃないし。それまでこき使えればいいんだよ」

苦痛に理性が吹っ飛んだのか、メルドネは挑発的な笑みを浮かべる。

「もういいだろ? アタシいろいろ話してやったじゃん。テメエも約束を守れよな」

この期に及んで反省を装うことすら忘れ、自分勝手な物言い。

ガリウスは怒りをぐっと堪え、彼女の背後に回った。

「お、おい。約束、守ってくれんだよな?」

「ああ。極めて不本意だが、約束は約束だ」

キィン、と 金属音(・・・) が響いた。

メルドネは意味がわからず恐怖する。が、続けてピキピキと自身を包む幹に亀裂が走った。

パンッ、と幹が粉々に砕け散り、メルドネも弾かれる。

「ぶべっ」

顔面を強打し、両手をついて起き上がろうとしたところで、猛烈な吐き気に襲われる。

「ごぼぉ、げぶ、げはっ……」

四つん這いで無様に腹の中の物をぶちまけた。しかしこれで――。

「立て。そしてこちらを向かず、鎧を脱げ」

頬に冷たく硬い感触。槍の切っ先が触れていた。

「な、なんだよ? アタシとヤリたいっての? ま、そんくらいのサービスはべつにいいけどさ」

「減らず口を叩くな。見逃してはやるが、装備は置いていけと言っている」

「けっ、か弱い乙女を丸腰しで放置かよ……」

槍が引っこんだのでのろのろと立ち上がり、フェニクスの鎧を脱ぎ始める。

嫌悪感がなかなか薄れてくれないので時間を稼ぎつつ、最後に すね当て(グリーブ) を外した瞬間。

バッと振り向いた。

「ぅぇ……」

が、すでにガリウスは射程外の十五メートルより先で呆れ顔になっていた。

「じょ、冗談、ジョーダンだってば……怒んなよ?」

「呆れているだけだ。いいから早く行け。俺の気が変わらないうちにな」

ガリウスの言葉にも、後ろからずぶりとされる恐怖が勝り、じりじりとグリフォンに近寄っていく。

(こいつ、本当に見逃すつもりなのかよ? だとしたら呆れるほどの大バカだな)

装備は奪われたが、都市国家のどこかにまで戻れたらそこらの店から武具を強奪できる。一品モノをひっさげ、絶対にリベンジしてやる。そうすれば陛下も許してくれるはず。

救いがたいほど反省しないメルドネではあるが、ガリウスは本気で見逃すつもりでいた。もっとも――。

「そういえばひとつ、言い忘れていた」

「な、なんだよ? 今さら無抵抗のアタシをどうするってんだ」

恐れ慄くメルドネは縋るようにグリフォンに駆け寄ろうとした。

「俺は見逃すと言ったが――」

ガリウスが言い終わる前に、

ずぶり、ごきっ。

「ぇ……?」

彼女の肩の骨が、前後から砕かれた。

「な、何やってんだテメエッ!!」

グリフォンが、メルドネの肩に食いついていたのだ。

「いてえ! なんで、どうして!?」

混乱の中、激痛に意識を持っていかれそうになるが、必死にグリフォンと目を合わせようとする。

が、グリフォンはくちばしを離すと、前脚で彼女の顔面をつかんだ。そのまま仰向けに押し倒す。

一瞬見えた、魔物の前脚。そこにあるはずの、枷がなくなっていた。

「無理やり言うことを聞かされているのは可哀そうだったのでね。お前を解放する直前、枷を破壊しておいた」

ガリウスも襲われる危険があったが、どうやら狙いはメルドネだけだったらしい。しかも彼女が鎧を脱ぎ、近づいて来るまで待ち構えていたようだ。

「ひぃ! たす、助けてよ!」

「そこまでしてやる義理はない」

下手に介入してグリフォンの怒りを買うのはまっぴらだ。

「ぐっ、がはっ、いだ、いだい、やめ、やめでぇ……」

グリフォンは頭を押さえたまま、くちばしで彼女の腹を抉っている。それどころか、

「お前、ろくに食事を与えていなかったのか?」

ものすごい勢いで、グリフォンははらわたを貪っていた。

すでに息絶えたメルドネをあっという間に食らい尽くすと、くちばしを真っ赤に染めたままガリウスに顔を向け、ぺこりと頭を下げた。

「君も災難だったな。ここに留まるもよし、故郷に帰るもよし。敵対しないことを願う」

言葉を解するかわからないが、そう告げると、グリフォンは器用に前脚で頭絡と手綱を外し、大きな翼をはためかせた。

空中で何度か旋回し、ひと声鳴くと、西へと飛び去る。

その姿を見送ってから、ガリウスは飛竜のクロに乗り、逆方向へ飛び立つのだった――。