作品タイトル不明
勇者は最強の騎士を打ち負かす
王宮からかなり離れたスラムに、ガリウスはやってきた。
国家規模の式典があった日なのに、ここは相変わらず。日中は人通りがほとんどなく、道にいるのは昼間から酒をあおる酔っ払いくらいだ。
ガリウスは甘い匂いを辿ってきた。
『逸心香』は香りの出所を別に向ける効果のあるアイテムだ。だから『こっちかな?』と思ったのとは逆方向に進めば、使用者にたどり着く。
裏路地の真ん中に、うずくまる人影を見つけた。
フードを目深に被り、ローブをまとっているので姿は判別できないが、さっきの魔族で間違いないだろう。ジェレドを白昼堂々、公衆の面前で襲った襲撃者だ。
「ケガの具合はどうだ?」
「っ!?」
話しかけられるとは思っていなかったのだろう。ローブ姿の魔族は驚いたように小躯を跳ねさせた。が、胸の痛みに苦悶の声を漏らす。
「くっ……」
そして一連のこの動作で、フードがめくれた。顔の下半分を覆っていた布も落ち、容貌が露わになる。
猫だ。
紛れもない猫の頭。もふもふ加減が気持ちよさそう。
どうやら 猫人族(ワーキャット) であるらしい。
ガリウスは思わず両手をわきわきとさせた。
彼は動物が大好きである。特にもふもふできる動物が。
なにせ動物たちはガリウスの容姿を気にしない。餌を与えれば寄ってくるし、撫でてやれば嬉しそうに身を委ねるのだから。
「な、なにをするつもりだっ」
涼やかで明瞭な声は女性とも少年とも受け取れる。もとよりガリウスは動物顔で男女の判別はできなかった。
ローブの内側がもぞもぞと動いた。
もふもふに魅了されていたガリウスが正気を取り戻す。
「はっ! 待てっ。驚かせてすまなかった。ひとまず武器は収めてくれないか。俺は敵ではない。まあ、味方ともいえないが……。ともかく、骨が折れているのではないか? これを使うといい」
リュックの中から小瓶を取り出す。
「 回復薬(ポーション) だ。骨折は治せないが、痛みはずいぶんマシになる。どうせ持ってないのだろう? 君、死ぬつもりだったみたいだしな」
逃げたのはジェレドの抹殺に失敗したからだろう。つまり、まだ偽勇者の殺害を諦めていないのだ。
「人族の施しは受けない。それだって、本当にポーションかどうかわからないしね」
「ならば……そら」
ガリウスはリュックからもうひとつ小瓶を取り出した。
「どちらかを選んでくれ。選んだほうを俺が飲む。そうしたら、もう一方は君が飲むんだぞ?」
ワーキャットは怪訝そうな顔をしたものの、先に取りだしたほうを指差した。
ガリウスはそちらをごくごくと飲む。
「げぷっ……ふぅ。買い物疲れが吹っ飛んだな。ま、それでポーションを使うなど、もったいなさすぎるが」
苦笑いしつつワーキャットへ無警戒に近寄り、小瓶を手渡した。
「俺はガリウスだ。君は?」
「……リッピ」
「歳は? 俺は二十六だ」
「……十四」
リッピは味を確かめるようにポーションを飲み干した。
「楽になったか?」
「……うん」
「もう一本飲むか?」
「……いい」
「どうして王子を襲った?」
「………………ジズル様の、仇を取るためだ」
リッピはガリウスを睨みつけた。
ジズルとは、人族が『魔王』と呼んでいた竜人族の老人の名だ。やはり、リッピは魔王が生きていることを知らなかった。
(さて、どうしたものかな……)
魔王が生きていると伝えても、信じてくれるかどうか。
自分が勇者だと告白しなければならず、それでいて納得してくれるとは思えなかった。
考えていると、リッピが妙なことを口走る。
「あんた、ボクを案内した人族の仲間じゃないの?」
「案内?」
「『勇者に個人的な恨みがある』って言って、この 風の精の短剣(シルフィード・ダガー) を貸してくれた奴だよ」
「人の施しは受けないのではなかったのか?」
「そ、それとこれとは別だよっ。利用できるものは利用しないとね」
目的達成のために利用するという意味ではまったく同じなわけだが、得意げな猫顔というのも貴重なので黙っておいた。
それにしても驚いた。
魔族を手引きした人族がいたとは。
しかも王家が持つ宝を貸し与えたということは……。
「その案内した人族とやらを、詳しく――」
ぞくり。
背に悪寒が走った。とっさにリッピを突き飛ばし、自身も大きく飛び退く。
ドンッ!
さっきまでリッピがいたところに、白刃の両手剣が突き刺さった。飛んできた方向へ目を向ける間もなく、大柄な男が二人の間に割って入り、剣の柄に手をかける。
「ゴッテ、将軍……」
「ふっ、『逸心香』を辿ってきてみれば、まさか貴様もいたとはな。危うくアレが手渡されるかと肝をつぶしたが、ここは手間が省けたと喜ぶべきか」
アレだの手間だの、わけがわからない。
「よく反応したと誉めてやろう。力量は並以下でも、長年最前線で戦ってきた経験と勘、といったところか」
ガリウスはゴッテを警戒しつつ、左右に目をやった。裏路地の切れ目には多くの兵士たちが立ちふさがっている。剣や槍を構える者、弓に矢をつがえる者もいた。
「さて、どちらから先に始末すべきか……。手負いの魔族は後回しにして、まずは貴様からだな、ガリウス。魔族を王都に誘いこみ、王子を殺害せんと企んだ逆賊め」
「逆賊? ちょっと待ってください。誤解です。俺はそいつを誘いこんでなんて――?」
ガリウスは違和感を覚えた。
魔族と一緒にいたのを見ただけで、事情も訊かずにその仲間――『逆賊』だと断じるものだろうか?
魔族に シルフィード・ダガー(王家の宝) が渡った謎。
ガリウスを見て『手間が省けた』と言った意味。
まことしやかにささやかれる、王国最強の将軍と王妃の噂。
バラバラになったピースが、組み上がっていく。
「そういう、ことか。ブラン・ゴッテ、貴方が王子襲撃の首謀者だな」
そしておそらく、共犯は王妃イザベラ。
「王国最強の将軍が道ならぬ恋に溺れるとは意外だ。それとも、国王の座をちらつかされたか?」
「はて? 貴様は何を言っているのかな?」
「惚けるな。貴方が リッピ(そいつ) をそそのかして、ジェレドを襲わせたのだろう? シルフィード・ダガーの調達は、さすがに貴方一人では無理だ。となれば、王妃が加担してるのは間違いない」
ゴッテは口の端を歪に持ち上げ、小さくつぶやいた。
「剣も魔法も並以下なくせに、頭は回るようだな」
だが! と剣を引き抜く。
「死人に口なし。せいぜいあの世で我が身の不幸を呪うがいい」
ガリウスは腰に差したナイフを抜いた。
「くはは、そんな なまくら(・・・・) で抗うか。【パワー・シフト】を持つこの私に!」
ゴッテが授かった 恩恵(ギフト) は【パワー・シフト】――全身の力を強化し、さらに任意の個所へ振り分けることができるものだ。
踏みこむ足に集中させれば十メートルの壁を飛び越えることもでき、片腕に集めればこぶしで岩をも砕く。
元から超人的な筋力、体力を持つ彼にぴったり嵌まった、まさしく天賦の 恩恵(ギフト) だった。
一方、ガリウスが手にしたのは十年来愛用している鉄製のナイフだ。
銀貨二枚で購入した安物で、特殊な効果は何もなく、武器というより枯れ枝を切ったり野兎を捌いたりする用途でしか使っていなかった。
両手で扱う長剣を、ゴッテは片手で軽々と振るう。
ぶくぶく太った鈍重なガリウスが避けられるはずはない。
そう、ゴッテは高を括っていた、のだが――。
そっと剣の刀身にナイフを当て、わずかな力で軌道を変えた。そのまま刀身にナイフを滑らせながら、するりとゴッテの懐に潜りこむ。
ずぶり。
「……ぇ?」
いとも簡単に、ゴッテの胸にナイフが突き刺さった。
「な、んで……? ごふっ……」
ゴッテは何が起こったか理解できなかった。
どうして、並以下の戦闘力しか持たない男が、特殊効果も何もない既製品のナイフで、素質にぴったり嵌まった戦闘特化の 恩恵(ギフト) を持つ自分を……。
「舐めてかかったな。俺を……俺の【アイテム・マスター】を」
【アイテム・マスター】は武器の性能を上げる、ただそれだけの 恩恵(もの) ではない。
あらゆるアイテムを使いこなすために、 使用者自身を(・・・・・・) 作り変える(・・・・・) のが本質だ。
安物のナイフであろうと、斬撃を受け流すために必要な体の動き、力加減を、【アイテム・マスター】が教えてくれる。ガリウスはいわば操り人形のように、それに身を委ねていただけだ。
そして斬撃を受け流せれば、あとは接近して胸にナイフを刺すだけ。それも【アイテム・マスター】で苦もなく実現できた。
金貨を指で弾き飛ばすのもそうだ。
およそ武器と認識されないものだが、投げて当たれば当然痛い。立派な武器になる。
金貨をどう持ち、どんなタイミングでどのように弾くか。すべてが適切にまとまれば、ボウガンの矢に匹敵する速度と、百発百中の精度を得られた。
むろん、それで対応できる相手は限られる。
魔王レベルの敵と戦うには、聖剣や聖鎧クラスの武具が必要だったろう。
「ま、 お前程度(・・・・) が油断しまくってくれたのなら、 安物ナイフ(これ) でも十分戦えるさ」
ガリウスは【アイテム・マスター】の本質に早くから気づいていたが、それを誰にも語っていなかった。
自分の容姿を蔑む者たちが、信用ならなかったからだ。
もっとも、まさか同族と戦うことになるとは思っていなかったが。
ナイフを引き抜くと、ゴッテはその場に崩れ落ちた。すでに瞳から光は失われ、絶命している。
「王妃と結託して国を乗っ取ろうとしてこのざまか! 魔族にシルフィード・ダガーを渡して王子の殺害を企てたお前には、ぴったりな末路だなあ!」
ガリウスはわざと大声を張り上げた。ちょっと芝居臭かっただろうかとドキドキしつつ、
「リッピ、そいつを貸してくれ」
放心するワーキャットに駆け寄り、ローブの内側からシルフィード・ダガーを奪い取った。
ガリウスの体に風が絡む。リッピを抱え、空高く舞い上がった。
「や、矢を放て! 賊を逃がすな!」
矢が無数に放たれる。
しかし風の渦がそれらを薙ぎ払い、ガリウスとリッピは王都の外壁を超えて飛び去った――。