軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は魔王認定される

「き、ききき来ちゃったですぅぅ!」

薄暗い森の中。ククルはユニコーン・フェンリルのアオに乗り、ぷるぷると身を震わせた。

遠く、松明の火がいくつか揺らめいている。

都市国家軍の斥候だ。

「いたぞ! 魔族どもだ!」

斥候は踵を返して走り出した。松明を左右に大きく振る。進む先からは、木々を震わせるほどの怒号が起こった。

彼女にとってこれが初陣。震えが止まらない。

「ククル様、深呼吸だよ」

傍らにいたリッピがククルを落ち着かせようとする。

すーはーと何度も大きく息をして、ぎゅっと得物を握り締めた。三メートルはあろうかという、金属製の細い棒だ。

松明の光が次々に現れ、徐々に多く、大きくなっていく。

「で、ではみなさん、がんばりましょう!」

ククルは掛け声をかけると、きりりと表情を引き締め、敵軍に突っこんでいった――。

今回の救出作戦に、彼女は早くから参加を志願していた。

ジズルは『やる気があるなら拒まない』との姿勢であったが、周囲は思いとどまるようククルを説得していた。

自身も大いに悩んだ。

出発直前になって、ようやく彼女は、ガリウスに意見を求める。

「本音を言えば、君のような幼い子を戦場に送るのは気が引ける」

二人並んで星々を仰ぎ見る。

「だが君が大きな戦力になるのは間違いない。残りひと晩、じっくり考えて決めるといい」

「でも、わたくしはきっと――」

誰も殺せない。虫すら殺せぬ自分が、戦場で役に立つのだろうか? 足手まといになりはしないだろうか?

戦場では甘い考えが命取りになるとみなが言っていた。

自分だけでなく、殺し損ねた相手は仲間の誰かを傷つけるのだ、と。

不安を吐露すると、ガリウスは穏やかに言った。

「そうとも限らない。すくなくとも今回、君が活躍するのは作戦の終盤だ。追いすがる敵の虚をついて、その足を鈍らせることが目的となる。その場合、あえて殺さないことで戦いを有利に進めることができるのさ」

「? どういう、意味でしょうか?」

「ま、難しく考えなくてもいい。君は君がやり易いようにすれば、おのずと結果はついてくる」

このときは理解できなかった。今もぼんやりとしかつかめていない。

だから今やるべきは――。

ククルは長く重い棒を、片手で軽々と振り回す。林立する木々に当たることはない。

「と、とやあ!」

鋭い突き。木と木の隙間をするりと通り、敵兵の肩を砕いた。疾走するアオの上で、目にも留まらぬ速さで突きを繰り出す。その攻撃は正確に、狙いを違わず、相手の肩や膝、得物を握るこぶしに命中した。

急所は外れ、致命傷ではないものの、敵兵は次々に戦闘不能になっていく。

単騎で暴れ回る少女に、人族の兵士たちが殺到する。

茂みから石つぶてが浴びせられた。小柄なゴブリンたちが潜んでいたのだ。

怯んで立ち止まったところを、今度は樹上から矢が降ってくる。エルフの弓兵隊だ。

さらにワーキャットたちが木々を足場に立体的な動きで翻弄する。

リッピが羽剣を振るうと、風刃が彼らの猛攻を押しとどめた。

オークなど大柄な亜人ではなく、小回りが利く部隊編成。

人族の先鋒は為す術なく引っかき回されている。

「ククル様、そろそろだよ」

リッピがククルに駆け寄った。

「は、はい。アオさん、お願いします」

優しくアオの首筋をぽんと叩くと、

「ウォオオオオォォーーーンッ!」

咆哮が衝撃波を生み、前方の敵兵たちを吹き飛ばした。

それを合図に、亜人の兵士たちはくるりと身をひるがえす。

「ではみなさん、撤退っ! ですよー!」

戦闘を有利に運んでいた亜人たちは、迷うことなく逃走を開始した――。

「逃げただとっ!?」

都市国家連合軍の指揮官は報告を聞き、思わず叫んだ。

先発部隊はいいようにあしらわれ、そのうえ取り逃がしたとあっては面目は丸つぶれだ。

「追えっ、絶対に逃がすな!」

「しかし、死者はほとんどいないのですが、負傷した者が多く……」

指揮官は絶句する。

死者なら捨て置いて進軍はできる。遺品を後から回収すれば、遺族にはなんとでも言えた。

が、負傷兵は残して行けない。

次は自分が置き去りにされると、不安が部隊全体に蔓延するからだ。それでは 戦(いくさ) にならない。

「負傷兵は一部の部隊を使って後方に下げろ。残りは連中を追いかける」

「敵は『逸心香』を使っているようです」

「何……? ふん、バカのひとつ覚えか。愚かな」

逸心香は香りの出所を別に向けたいときに使うアイテムだ。微量であれば香りには気づかず、実際の出所とは逆方向へ、つい意識が向いてしまう。

今回はその用途で使われていた。方向感覚が鈍りがちな夜の森の中では、あらぬ方へ誘導されてしまう。

「兵士たちには惑わされるなと伝えろ。音や足跡に注意を払え、とな」

逸心香には王国時代から悩まされていたものだが、軍経験がある者なら誰でも効果は知っている。

今さら騙されるものか、と指揮官は鼻で笑った。

それにしても――。

先に進むと、なるほど負傷兵があちこちに倒れていた。

「まったく情けない。足手まといになるなら、刺し違えてでも魔族どもを狩り尽くせというのだ」

聞こえるように苛立ちを吐き出した、まさにそのときだ。

「指揮官ならば、自らその意気を示してはどうだ?」

ふわりと、マント姿の男が降り立った。豚面の、醜い男。左手には歪に反った短剣、右手には両端に刃がついた双槍が握られている。

「お前たちの狩りの時間は終わりだ。ここからは、狩られる側の気分を味わってもらおう」

「な、何をしている! 仕留めろ!」

指揮官が震える声で号令を飛ばすと、兵士たちが男に殺到した。

風が舞う。

襲いかかった兵士たちは、首筋や脇、手首の内側など、ことごとく急所を一撃で切り裂かれた。

慈悲も容赦もない攻撃は、負傷兵を避けて確実に兵士たちの命を奪っていく。

「あ、悪魔め……」

指揮官はその言葉を最後に、首が宙を舞った――。

グラムの街。大豪邸の一室で、ザイール・オーギーは手にした報告書を握りつぶした。

(なんなのですか、これは!)

魔族たちを追撃していたはずが、すべて返り討ちに遭っている。森の中では身軽な小兵に翻弄され、山岳地帯では屈強な種族に跳ね返された。

数では圧倒的に勝っている。被害も壊滅的まではほど遠く、限定的なものだ。

しかし、指揮系統がピンポイントで狙われ、多くの負傷兵を抱えて軍は遅々として進まなかった。

この地は元々、魔の領域。地の利は相手にある。

それでも納得できない点があった。

(奴隷どもは、どこへ消えたというのです?)

解放した奴隷たちは、グラムから見て南東へ向かっていた。このときはまだフラッタスが占拠されていたので、奴隷たちを追跡することはできず、森や山岳地帯に入ってから完全に見失う。

もっともそれは織り込み済みだ。

一週間ほど前、フラッタスの街から突如として魔族たちが消えた。深夜、大量の食糧を奪って音もなく街から退去したのだ。

奴隷の解放が為され、約束通り街を手放したらしい。

むろん、事前に人を送りこみ、連中が森に入って北に進んだのは確認している。

二つの情報から、おおよその集結地点は予想がついた。

いくつかのルートで部隊を向かわせたところ、そのすべてで魔族どもが待ち構えていた。おそらく、いや確実に、予想は当たっている。

いずれ連中が合流するか、その直前で仕留められる。

そう楽観していたのに――。

(なぜ、なんの痕跡も見つからないのでしょうか……?)

大人数が移動すれば、野営の痕跡が必ず残る。完全に消すことはできないはず。しかし今のところ見つかったのは、少数が残したものばかり。おそらく小競り合いを繰り返している敵の遊撃部隊のものだろう。

(奴隷どもも、少人数に分けて移動している?)

だとすれば、どれかひとつくらいの集団にはたどり着けそうなものだが……。

どんっ、と苛立ちを机にぶつけた。

書類の束が崩れ、手元に一枚の紙が落ちてくる。

とある敵兵に関する、報告書だ。

(そう、です。こいつ……こいつがすべての元凶……)

飛竜を操り、ありとあらゆる戦場に現れては、圧倒的な力で蹂躙して去っていく男。オークと人との混血と推測されているが、その正体は謎に包まれていた。

単騎で戦場を渡り歩くその姿に、自軍の兵士たちは恐れ慄いている。

報告書には認めがたき単語まで記されていた。

(『魔王の可能性がある』、などと……。いや、しかし……)

先代の魔王は勇者との一騎打ちで敗れた。その後継がいるとすれば、今回の戦場にも姿を現した竜人族やそのハーフが濃厚だろう。

しかしフラッタスの住民や、その後の暴れっぷりを考えれば、魔族を束ね、率いているのはあの豚面の男に間違いなかった。

魔族の残党が王を擁立して結託し、この地のどこかに隠れ住む。

そう考えただけで怖気が背を走る。

もしこのまま取り逃がすようなことがあれば、指示を出した自身の責任問題に発展しかねない。

予測を見直すべきだろうか? 悩むオーギーを嘲笑うかのように、この日を境に、あれだけ頻繁に出くわしていた魔族の軍が、忽然と姿を消した。

さらに二日後、予想外の事態が起こるのだった――。

議場で対策を協議していたところに、一報が入る。

都市国家群の西方、大河にかけられた大橋のひとつが、襲われたのだ。

都市国家領内の混乱に乗じて帝国が攻めてきた。

議場は騒然としたが、襲ったのは帝国兵ではなかった。

「魔族……ですと? バカな。連中は東側で暴れていました。どうして西に現れるのですか!」

オーギーは声を荒らげる。

「わかりません。ただ、都市国家群の領域内は監視網が手薄になっていましたから、逸心香を使って民間人の意識を逸らせば、あるいは……」

都市国家はそれぞれ距離が離れている。間に町や村は点在しているが、それも避けて移動することは可能だ。大人数であっても、地理に詳しく、上空からも監視できるなら不可能ではなかった。

だが、いくらなんでも危険を冒して 戻ってくる(・・・・・) などあり得ない。

いや、その盲点をついたというのか?

常に先手を打ち、突飛な策を弄してくる相手だ。何をやらかそうと不思議ではなかった。

「しかし、目的はなんですか? なぜ橋を狙ったのでしょう?」

「襲ってきたのは例の豚面の男と飛行系の魔族です。駐屯兵はほぼ壊滅。大型船が数隻、奪われたとみられます」

船に乗って、逃れる?

顔を青くしたオーギーとは対照的に、議員たちは安堵の表情を浮かべていた。

「北にしろ南にしろ、遠くへ逃げてくれるのなら、それで良しとすべきでしょうな」

「口惜しいが、これ以上被害を出すわけにはいきませんからな」

「まずは混乱した都市を平常に戻すことが先決だ」

煩わしいことから解放されたと、みな安心した様子だ。

「何をのん気なことを言っている!」

オーギーはふだんの穏やかな口調を捨てて叫んだ。

「どこか遠くへ逃れたとしても、そこで力を付け、奪った船でまた戻ってくるとは考えないのか? 今、連中を駆逐しておかなければ、我らは帝国と魔族、二つの脅威に怯えなくてはならないんだぞ!」

あまりの剣幕に議員たちはたじろいだ。

「すぐに部隊を西へ向かわせましょう」

「しかし、すでに連中は――」

「そこから北と南に分かれて馬を走らせれば、敵が大型船で移動しているなら追いつけます。どこまでも、果てしなく。絶対に逃がしてはならないのです!」

冷静さを取り戻しつつも、オーギーは主張を曲げない。

ここは勝負時だ。

私財を投げ打ってでも戦果を得て、都市国家統一へ向け自身の存在感をアピールしなければならなかった。

たとえ、認めがたい情報を利用してでも。

「魔族どもは駆逐します。新たな〝魔王〟ともども!」

だが、彼の賭けは失敗する。

大河沿いをいくら捜索しても、魔族たちを見つけることはできなかった。

なぜなら――。

霧が立ちこめる湿地帯に、ガリウスは飛竜のクロに乗って降り立った。

ジズルがにこやかに彼を迎える。

「動いたかのう?」

「ああ、都市国家軍は西に移動を開始した。俺たちが船を奪って大河を伝って逃げていると考えてくれたようだ」

「ほほっ、これで解放された同胞を連れて、のんびり歩き旅ができるというわけじゃな」

ここはフラッタスの街から南に下った場所にある。

解放された亜人たちはまっすぐここへ来て、ずっと待機していた。動かず、騒がず、略奪した食料が底を付きる手前まで、じっと隠れて暮らしていたのだ。

逸心香を使い、民間人が迷いこむのを防いでいた。何度か冒険者パーティーが現れたが、誰一人逃さず、情報の漏洩を許さなかった。

長期間隠れるのは無理でも、短期ならどうとでもなる。実際、どうとでもなった。

「ま、人族の妨害がなくなるとはいえ、ここからも大変な旅には違いないがね」

陸路での万に迫る大移動だ。

それでも道中は、リムルレスタからの支援隊が、事前に取り決めておいた野営地点に物資を届けてくれる。

貧しい国が、さらに困窮しかねない作戦ではあったが。

――同胞のために。

一貫した理念が守られ続けるのならば、たやすく瓦解はしないと信じている。

ガリウスの下に、見知った者たちが駆けてくる。

「みんな無事だったか」

「ぜんぜん平気っ」とリッピ。

「あんたこそ大丈夫なの?」とリリアネア。

「すこしは休んでください」とククル。

アオも「クゥーン」と心配そうだ。

正直なところ、ガリウスの精神力はカツカツになっているのだが、みなが無事な姿を見て活力が戻ってきた。

そういえば、とジズルが言う。

「人族の兵士たちが妙なことを口走っておったなあ」

「敵の言葉はまともに受け止めないほうがいいぞ?」

「いやいや、罵声だの恨み節などではなくての。あちらさん、ガリウスのことを『魔王』と呼んでおったぞ」

はあ? とガリウスのみならず、リッピたちも呆れた声を出す。

「現役の『魔王』を前にして、お粗末だな」

「儂は死んだことになっておるからのう。むしろ今回はお前さんが抜群に活躍しておったから、そう感じたのじゃろうて」

人は誰しも、正体不明の何かに名前を付けたがる。それでわずかにでも安心できるからだ。

とはいえ、率直な感想を言わせてもらえば。

「勇者をお払い箱になった男が魔王になるなんて、笑い話にもならんよ」