軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は舞い降りる

よく晴れた朝だった。

フラッタスの街ではいつもと違って、門兵たちが四つのうち二つだけ城門を開け放つ。今日は週に一度の安息日。一部の兵士や特殊な職業以外は、穏やかな一日を過ごす、はずだった――。

東門。

ギリギリと歯車が回り、鎖でつるされた跳ね橋が降りていく。ガタン、と大きな音を立てて降りきったところに、ストン。

跳ね橋のど真ん中。矢が突き刺さった。跳ね橋に対してまっすぐ、垂直に。

門兵の一人が気づき、周囲を見回す。

眼前には農場が広がっていて、人が隠れる場所はない。城壁の上にいる誰かが誤って矢を落としたのだろうか?

首をひねりつつ近づいて、矢を引き抜いた。その先端に、手紙らしきが括りつけられている。

紙を広げてみればやはり手紙のようで、しかし綴られているのはわずか二文だった。

『二時間以内に全兵士の武装を解除し、街を明け渡せ。さもなくば、農地と街をすべて焼き尽くす』

なんだこれは? 本物にしろ悪戯にしろ、あまりにも簡単で大仰すぎる脅迫だ。しかし門兵は、得も言われぬ悪寒を背に感じた。

この街はつい数ヵ月前、襲撃に遭っていたのだ。人類の敵、魔族によって。

紙面から視線を外し、再び周囲を探る。やはり、誰もいない。いや、そもそも矢は垂直に突き刺さっていた。ならばやはり、城壁の上か。

門兵は振り返り、城壁を見上げた。身を乗り出している者はいない。だが城壁の遥か上空を、鳥が一羽、旋回していた。

(いや、あれは……)

目を凝らす。鳥ではない。長い首と、長い尻尾のシルエットはまさか……。

「飛竜か!?」

思わず叫んでいた。そうして門兵は、上官に報告すべく駆け出した――。

フラッタスの街は議会が様々な取り決めを行っている。議員は一般市民も含めて選ばれるが、実際にはあらかじめ決められた者たちが当選する仕組みになっていた。

この街を実質的に支配しているのは、現議長にして元王国の辺境伯、ヨーム・ワルトである。

老齢で小柄、目つきの悪い男だ。

彼は旧『魔の国』を攻略する急先鋒であり、当時から野心家だった。

魔王城を攻略した後は、自ら新領土を開拓する任に進み出て、魔の領域を蹂躙していく。そして王が引きこもり、本国が衰退する一方で街が発展するにつれ、権力をさらに強めていった。

今では十一ある都市国家群でもっとも力を持つ支配者の一人である。

安息日はいつも教会で礼拝に参加してから、昼と夜は議員や商人たちのパーティーに招かれる。

着替えを終えたところで、慌ただしく執事の一人が部屋に飛びこんできた。

「ワルト様、こちらを……」

折り目の多い一枚の紙を受け取り、中身を読んで顔を青くする。続く執事の説明に、震えが止まらなかった。

悪戯だとは思わない。

(現に奴らは、以前私の顔に泥を塗ったのだから……)

ワルトはくしゃりと紙を握りつぶすと、

「すぐに議会を招集する。全員だ。寝ている者はたたき起こせ!」

「は、はい」

「それから城門はすべて閉じ、兵には警戒態勢を敷かせろ」

具体的な名を挙げて細かに指示を送ると、屋敷を飛び出し、用意されていた箱馬車を教会ではなく、議事堂へ向かわせた。

屋敷の外では道行く人が、ふだんより早くワルトが出かけたのに首をひねっている。

ただ一人、フードを目深に被った者だけが、口元を引き締めていた。わずかに覗くその頬には、大きな傷が刻まれていた――。

ワルトが招集をかけて二時間近くが経過していた。

街の中心にある議事堂の大会議場は、集まった議員たちでざわついている。

「下らん。悪戯に決まっている」

「日ごろ不満を持った兵士の鬱憤晴らしだろうよ」

「速やかに犯人を特定し、捕らえるべきだな」

安息日に呼び出された議員たちは不機嫌を隠そうともしない。

中には不安を訴える者もいた。

「しかし、兵士は飛竜を見たといったぞ?」

「鳥と見間違えたのだろうよ」

「仮に飛竜だとして、たった一匹だろう?」

「ときどき飛んでくるじゃないか」

だが多くの議員から否定される。

議場はすり鉢状になっていて、円形のテーブルが段になっていた。底の部分は広く、対面で舌戦を繰り広げる場だが、今は誰もいない。

ワルトは最上段に一人ぽつんと座り、議員たちを見下ろしていた。

「貴公らは、かつて魔族どもに奴隷を奪われたことを忘れたのか?」

ワルトが低く言い放つと、しんと場が静まり返る。

「むろん、覚えておりますとも」

「し、しかしですな、ワルト殿。当時とは状況が違い過ぎます」

「少数で奇襲を受けたところで、この街はびくともしませんよ」

それに、と議員の一人が言う。

「脅迫文には『二時間以内に全兵士の武装を解除』とありましたが、そんなことは不可能です。現に、もう約束の時間はすぎているのですからな。やはり悪戯と考えるべきでは?」

「たしかに記された条件は現実的ではない。が、我らを焦らせるにはちょうどよい時間とも言える」

ここでひと際大柄な男が立ち上がった。元王国の男爵コンストルだ。彼は平民出ながら多くの武勲を立て、一代限りの貴族に成り上がった男。肝は据わっている。

「魔族どもが我らを混乱させ、何事か企んでいるとワルト様はお考えなのでしょうか?」

彼は一端の武人であると同時に、権力者に取り入る強かさを持っている。今では街のナンバーツーの位置にいる。

「何を企んでいるかは、わからないがね。少なくとも流浪の残党ごときが、街や農地を焼き払うなどできようはずがない。敵が現れたら、粛々と対処すればよい」

「おっしゃるとおりです」

コンストルは大きくうなずいて、ドカッと腰を落とした。

落ち着きを取り戻しつつある場内だったが、完全に不安は拭いされない。

「しかし、城門を閉じてしまっては物資の搬入もままなりません。奴隷がいなくなり、農場の作業も遅れがちですし……」

「他の都市から奴隷を借り受ける準備は進めている。連中の胃袋は我らが握っているのだ。嫌とは言わせんよ」

「そ、そうでしたな。ははは……」

乾いた笑いが議場にあふれる。

都市国家群は相互に依存しているが、主産業の重要度によって暗黙の格付けがなされていた。農業都市であるここフラッタスは、最高位にいると言っても過言ではない。

「むしろ万全の態勢を整え、襲ってきた魔族どもは捕らえて奴隷にすればよい」

ワルトがにやりと笑う。

「ここの城壁は都市国家で一番高く堅牢ですからな」

「なるべく殺さぬよう、兵士たちに言い渡さなくてはなりませんなあ」

「次は逃がさぬようにしなければな」

「目でもつぶしておけばいい。畑を耕すくらいなら必要ないわい」

「いっそ子どもでも作らせますか」

「名案だ。人質になるし、将来の労働力にもなる」

「多少、コストはかかるがな」

余裕が生まれたのか、言いたい放題になる。

そんな中、ぼそりと、議員の誰かがつぶやいた。

「でも、前に奴らは空を飛んで逃げたんだよな? なら……」

彼のつぶやきを拾った者はいなかった。

ちょうどそのころ、議事堂の外では――。

小さな異変があった。

正面付近の裏路地から、細い煙が立ち昇ったのだ。

衛兵が数人駆けつけると、路地の真ん中で火が焚かれていた。放火にしては家屋から離れている。石造りの家を燃やすには火力もまったく足りなかった。

「ったく、誰の悪戯だ?」

衛兵が足で焚火を蹴飛ばした、まさにそのとき。

議事堂の正面入り口に、

一人の男が、落ちてきた――。

突風が波紋状に広がり、衛兵の何人かが吹き飛ばされた。

その中心に、ふわりと舞い降りる人影。

黒いマントを羽織った、ずんぐりした男だった。

起き上がった兵士の一人が槍を構えて駆け寄る。

「何者だ! いったいどこか――ぁ?」

話す間に、首が飛んだ。

男が片手を横に薙いだ瞬間、他にも近場にいた衛兵五人が、頭と体を分かたれる。

「武器を捨て、その場に跪け。従わなければ抵抗の意思ありとみなし、対処する」

男は告げるや、トンと軽く地面を蹴った。またも突風が生まれ、男は正面玄関を破って議事堂の中に飛びこんだ。

「お、追え! 絶対に逃がすな!」

我に返った誰かが叫ぶ。

剣を抜く者、槍を握る者、そのことごとくが、 上空から(・・・・) 切り刻まれた。

ばさり、ばさりと羽音が鳴る。

「な、なんだ!?」

「ひぃ!?」

「ま、魔族だ!」

空中にいたのは両手が翼になっている亜人、ハーピー族の戦士たちだ。

「武器を捨てた者は見逃しましょう。しかし猶予はわずかと思ってください。風の精霊よ、我が声を聞きたまえ!」

詠唱が始まる。

衛兵たちの一部は武器を捨ててその場にうずくまった。

ハーピーたちが一斉に翼をはためかせる。いくつもの風刃が、いまだ武器を持つ衛兵たちに襲いかかった――。

議場にいたワルトの耳に、遠く叫び声のような音が聞こえた。衝撃音らしきも響いてくる。

(なんだ? 何が起こっている?)

議事堂は外も中も多くの衛兵が守っている。

外にいるのは下級兵だが、暴徒化した住民程度なら押し返せるだけの数をそろえていた。

一方、議事堂内を警護するのは選りすぐりの兵士たちだ。狭い廊下で一対一になっても魔族と戦えるだけの戦闘力があった。

だというのに――。

「な、何が起こっているんだ?」

「ち、近づいてきているぞ?」

「おい、どうなっている!」

怒号、悲鳴、破壊音。

それらは明確に、大きくなっていた。

バンッ、と。

ワルトがテーブルを強く叩いた。手がしびれるのに耐え、声を張り上げる。

「静まれ! 慌てることはない。そこの衛兵、様子を見て――」

出入り口の扉前にいた衛兵に命じようとしたその瞬間。

轟音とともに扉が破られ、衛兵が吹っ飛ばされた。すり鉢状の議場の底を滑っていき、やがてピクリとも動かなくなる。

破られた扉から、誰かが現れた。

「全員、その場から動くな。現時点でここは俺の管理下に入る」

醜く、太った豚のような男は告げる。

「まあ、安心してくれ。君たちは人質だ。そして人質は命があってこそ価値がある。大人しくしていれば危害を加えるつもりはない」

男は言いながら、手にした短剣を振るった。

そろりそろりと、反対側の出口へ向かっていた議員が「ぐぁっ」と声を上げてくずおれた。腹を押さえて悶絶している。

「動くなと言ったろう? 次は命がないと思え」

議員の一人が震える声でこぼした。

「人質は、殺さないんじゃ……?」

男は無表情で答える。

「これだけの数がいるんだ。多少減ったところで、そう価値は変わらんさ」

冷淡な物言いに、議場はまさに凍りついた――。