軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は奴隷商を篭絡する

やけに埃っぽいな。街へ入ってすぐの感想だ。

新しい街のはずなのに、景色も雑然としている。正面の大通りはすこし先で大きくうねり、建ち並ぶ家々は大小さまざまで、石造りと木造りが混在していた。

右手を見れば壁の前には大きな空白地帯があり、かといって広場を目的にしているのではなく、ただ建つべき家がないだけ。

左手は逆に窮屈に家屋が密集し、城壁との隙間が人ひとりが通れるかどうか。壁が崩れたら危険だろうな、とガリウスは呆れる。

計画的に作られた様子はなく、ひとまず城壁で囲って、人が増えるに従い継ぎ足したのだろう。

ただ、活気には満ち溢れていた。

王都のような華やかさはないにせよ、土臭い活力がみなぎっている。

都市国家の中では農業プラント的な位置づけであるらしく、日焼けして体格のいい男たちが目立った。

ドルフィオの案内で大通りをずいぶん歩き、石造りの立派な建物に入った。

ルチオーラ商会の本店にして中央営業所らしい。

窓口にいた愛想のない女性に話をする。

雇った本人ではなかったが、特に詰問されることなくあっさりと手続きは終わり、ドルフィオとはここで別れた。彼は余計なことは言わず、ぺこりとお辞儀して奥へ引っこんだ。

さほど混み合ってはいないので、ガリウスは受付の女性としばらく話をする。

「通行証を持っていれば、俺でも借りられるのだろうか?」

「冒険者の方ですかー? だったらギルドに登録して、ある程度実績を積んでからになりますねー。持って逃げられたら困るんでー」

間延びした話し方にイラっとする。

「ここではどのくらいの魔族を保有しているのだ?」

「だいたい千匹ほどですねー。荷物持ちだけじゃなくて、偵察とかー、戦闘に参加できる魔族も用意してますー。あ、そっちの料金は高いですけどねー」

「一度に雇える上限というものはあるのか?」

「は? べつにそんなのないですけど、逃げ出されちゃ困るんですよねー。三、四人の冒険者パーティーなら、二匹が限界じゃないですかー? 暴れても取り押さえられますー?」

亜人たちを獣扱いして〝匹〟と数えるのにふつふつと怒りが湧くが、騒ぎを起こすつもりはない。我慢だ。

「そうではなく、もっと大規模に雇うとしたら、どのくらいまでよいのかと思ってね。ま、仮の話だが」

「……」

女は眉間にしわを作り、怪訝そうにガリウスを眺める。と、いきなり立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待ってもらえます―?」

言うや、カウンターの向こう、奥の扉に隠れてしまった。

不審がられたと感じ、いっそ立ち去ってしまおうかと考えていると、扉が開き、スーツ姿の紳士が現れた。片眼鏡をかけ、ちょび髭をいじくりながら寄ってくる。

「どうも。私はルチオーラ商会の代表、ムエトと申します。大口のお取引がなさりたいとか。こちらで私が伺いましょう」

いきなり大物が出てきてしまった。

こうなったらなるようになるしかない、とガリウスは覚悟を決め、促されるまま別室へついていった――。

ムエトと名乗った男と差し向いに、革張りのソファーに腰を落ろす。

二人の間をハエが一匹通り過ぎ、ムエトは嫌な顔をしつつも、笑みに戻してさっそく本題に入った。

「どれほどの数、奴隷たちをご所望ですかな?」

ガリウスはすこし考えてから、正直に答えた。

「全員だ」

「これは……」

ムエトは肩を竦めた。

「なかなか大胆なお方ですな。しかしながら、いまだお名前も告げられていない、素性の知れぬお方には一匹たりとも貸し出せはしませんよ」

名乗りはすっかり忘れていたのだが、それよりも受付で言われたことを繰り返した意図が知れない。

なぜ、わざわざ別室に通したのか?

ガリウスが無表情で考えていると。

「見たところ冒険者というよりは、旅のお方のようですが?」

「ん? まあ、そんなものだ」

「ふむ、なるほどなるほど……」

ムエトは値踏みするようにガリウスを上から下へ舐めるように見て、声を一段低くした。

「もしや大河の向こうから……いえ、南方からお越しなのでは、ありませんか?」

ん? とガリウスは首を傾げそうになったが、その意味を理解した。

(こいつ、俺をバランハルト帝国の者と疑っているのか)

考えてみれば、最果ての森で亜人が国家を樹立したとは人族社会には知られていない。

ガリウスは人族だから、不審な行動をして疑われるのは、緊張状態にある帝国側の人間に、となるのが自然だ。

どうやらムエトは初めからガリウスをそう疑っていたらしい。にもかかわらず、別室に通して話をする気になったのなら、彼は帝国に関心があると考えていいだろう。

(ならばここは、帝国の人間だと思わせるのも、アリだろうか……?)

ただし現状、肯定する材料はない。が、否定する根拠もなかった。

(そうだな。きちんと否定できない以上、疑われたままでは街での活動はやり難くなると考えるべきだ)

ならば肯定し、無茶をしてでも信じさせるしかないとガリウスは腹を決めた。

腰の短剣――既製品のものを素早く抜いた。「ひっ!」と怯えるムエトを冷淡に眺めながら、くるくると短剣をもてあそぶ。常人には無理な動きを、いとも簡単に披露してみせる。

「な、なにを――ひぃっ!?」

短剣をムエトのほうへ投げた。片眼鏡をかすめ、背後の壁に突き刺さる。

「失礼。驚かせてしまったな。さっきからうるさい虫がいたのでね」

「む、虫……?」

ムエトはガリウスを気にしながらも振り向いた。恐る恐る立ち上がり、短剣へと歩み寄った。

一匹のハエが、短剣に両断されて壁にへばり付いている。

「すまないが、長年愛用しているものだ。返してくれるとありがたい」

「貴方は、いったい……」

「冒険者ではない。しかし ただの(・・・) 旅人でもない。今は素性を語れないが、これから貴方とは信頼関係を構築したいと思っているよ」

ムエトは短剣を抜き、媚びたような引きつった笑みでガリウスに手渡した。再び差し向いに座る。

まだ半信半疑のようだが、このまま押しきろうとガリウスは話を切り出す。

「大河の向こうが気になるようだな。たとえば帝国が襲ってきたら、貴方がたは困るのかな?」

「そ、それはもう、困りますとも! 戦争にでもなれば一時でも商売ができなくなりますからな。それどころか、議会の連中は有事を理由に奴隷どもを安く買い叩くに違いありません。大事な商品が 戦(いくさ) に取られては、のちの商売が大打撃をこうむりますよ」

どうやら、商人たちと街の上層部とはあまりよい関係が築けていないらしい。

「言っておきますが、もうすぐ春作の作業で奴隷たちはみな、そちらに取られてしまいましてね。すべてどころか、数匹を用立てるのも難しい。まったく、議会連中はこちらの事情も何も考えず……」

ぶつくさと文句を言うのはどうでもよいが、最初の部分は聞き捨てならなかった。

「農作業に駆り出されるのか?」

「ええ。収穫時期もそうです。この街は農業が主体。議会連中には大地主もいますからな。正規の料金なら文句はありませんが、『まとめて借りるのだから安くしろ』と法外な安値でもっていかれるのですよ」

ムエトはちょび髭をいじくり回し、忌々しげに奥歯をぎりぎりさせた。

「街の外に、ほぼすべての亜人たちが……」

「もちろん、逃げ出さぬよう枷は付けますがね。農作業をする程度なら問題ありません」

チャンスだ、とガリウスは内心でほくそ笑む。

枷の問題はあるが、労せずして囚われの亜人たちを城壁の外へ集められるのだ。

「しかし、管理するのは大変そうだな。一人二人が逃げ出してもわからないのではないか?」

「ちゃんとリストは作りますよ。どの畑にどの個体が派遣されたかは完全に把握できます。数が減っていたらねちねちと文句を言って違約金をせしめてやりますよ」

「街にはどれほどの数が残る?」

「ケガや病気で動けない者たちで、毎回およそ二、三十、といったところですかな」

つまり、街に残る者はみな、居住区にいる。

(残しては行けない。その数なら、どうにかできるはずだ)

そのためには、ムエトを最大限利用しなければならない。

「先ほどから奴隷どもを気にしているようですが、連中は戦力として期待できませんよ。みな逃げ隠れていた臆病者と女こどもばかり。矢面に立たせる程度しか使い道はありません」

得意げに語ったものの、ムエトは慌てて否定する。

「し、しかしですな、いざとなれば人を上回る力を発揮し――ああ、いや、ですが戦闘技術は皆無で、その……」

帝国が亜人たちを恐れなければ攻めてくるかもしれず、かといって逆に利用されても困る。そんな葛藤があるらしい。

貸さなければよいだけの話。かなり混乱しているようだ。

「率直に訊きたい。貴方は議会によい感情を抱いていないようだが、それはなぜだ?」

ムエトは背を丸め、声音を落として答える。

「議会を牛耳っているのは元王国の貴族と軍人です。後から入植してきた私ども一般市民にあれこれとうるさくて……。他の街とも連携し、帝国に抗おうとの噂もあります。戦争にでもなったら……ああ、もう。他はどうか知りませんがね、うちは大事な商品がダメにされる可能性が高いじゃないですかっ」

「貴方は先ほどから、奴隷にした魔族を『大事』と言っているが、そんなに大切にしているのか?」

「え、それは、まあ……。居住地の借地代も餌代もバカになりませんからね。そう簡単に死んでもらっては困りますよ。商売ですから」

「なるほど。つまりは言葉のとおり、『商品』としか見ていない、と?」

「そういう、ものですよね? 相手は魔族なのですから……」

不安そうにちょび髭をいじくるムエトに、ガリウスは笑みを投げて。

「ああ、そのとおりだ。 人族ならば(・・・・・) 、当然の考えだよ」

だから利用はする。

しかし彼は仲間に引きこむ相手ではない、とガリウスは心に決めた。

「もうひとつ。貴方自身は街のトップが入れ替わろうと、さほど気にはしないのかな?」

「むしろ替わってほしいくらいですよ。ただ、今以上に悪くなっては困りますが……」

「なに、俺の 上司(・・) は市民の経済活動に寛容だ。商業が発展すれば、国は栄える。だから手出しも口出しもほとんどしない」

ぱあっとムエトの顔に喜色が浮かぶ。

「だから貴方とは、今後も仲良くしていきたいと思う」

「は、はい! ぜひとも!」

「ちなみにだが、俺のことは口外しないでほしい。ここでの会話内容もな」

「もちろんです!」

利権を独占できるとでも考えているのか、口元が歪んでいるのを隠そうともしない。

また来るとの言葉を残し、ひとまずガリウスは商会を後にした――。

商会を出たガリウスは、人目を避けて路地を奥へと進んでいく。

この街で奴隷となった亜人たちは、もうすぐ大規模に農地へ動員される。そのタイミングで解放したいところだ。

どこにどれほどの亜人が派遣されるかはリスト化されるらしい。ムエトを言いくるめれば、そのリストを入手できるかもしれないし、最悪は盗み出せばいい。

街に残された者たちも、二、三十人程度なら多少の無茶でもムエトを利用して連れ出せそうだ。

しかし問題はそのあと。

最果ての森までの千人規模の移動には、大きな問題がいくつもあった。

まずは移動手段。

徒歩で逃亡しても、すぐに追いつかれるだろう。馬車が必要だ。しかも百台単位。馬はその三倍いるだろう。

現地で調達するには費用もそうだが、やはり目立つのはマズい。複数の街に分けても噂が立つ恐れがあった。

そして一ヵ月の長旅に耐えうる食料と水の確保。

二十人の旅でもガリウスたちは苦労した。それが千人ともなれば、道中で確保しながらはほぼ不可能だ。

追っ手の備えもある。

囚われているのはおそらく逃げ遅れた非戦闘員。いくらガリウスでも、短剣ひとつで千人を守る自信はなかった。

人気(ひとけ) のない裏路地に入る。

痩せた犬がびくりとこちらに向いた。尻尾を垂れさせ、怯えた目で見ている。

ガリウスは腰のポーチからパンを取り出し、ちぎって投げた。

犬は警戒しながらも寄ってきて、くんくんと臭いを嗅いでパンにかじりついた。

干し肉を持って近づき、犬の鼻先に置く。こちらもがつがつと食べ始めたので、そっと頭を撫でた。

痩せてはいるが、もふもふ具合が心地よい。

まだ三日と経っていないのに、ボルダルの町が恋しくなった。

リッピやリリアネア、ゼパルやテリオスの笑顔が脳裏をよぎる。

きっとリムルレスタで暮らせば、ドルフィオたちもあんな幸せそうな笑みになれるだろう。

(そう、だな。やってやれないことはない。手は、あるのだ)

千人の旅を可能とする方法を、ガリウスは思いついていた。

成功させるには、自分一人では足りない。

現地での協力者が不可欠だ。

そのために――。

ガリウスは立ち上がり、振り向いた。

「君が俺の望む者なら、ありがたいのだがな」

商会を出たときから後を付けていた者には気づいていた。

薄暗い路地裏の先に、ローブ姿の人物が立っている。フードを目深に被ってうつむいているので、容貌は知れない。

「ガリウスさん……ですか?」

「俺の名を知っている君は、俺の仲間で間違いなさそうだ」

「ええ。そうですね。私はこの街に常駐しているマノスといいます。エルフ族です」

マノスが顔を上げる。頬に大きな傷があるものの、なるほどエルフと納得できる美形の青年だった――。