軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は老オークの優しさに涙する

精霊獣リュナテア。

その正体はユニコーン・フェンリルという希少種だった。

フェンリル種にはいくつかあり、それぞれ群れではなく単独で行動するのが特徴だ。中でも寿命が極端に長く、 番(つがい) になる期間が短いこの種は、最果ての森でもめったにお目にかかれなかった。

『さて、経緯を語る前に……』

リュナテアの角の先端がぽわっと光った。白い光の玉になると、ふわふわとガリウスに流れてくる。

身じろぎせず待ち構えていたら、光がガリウスの体を包み、やがて消えた。

(体が、軽くなった……。傷が治って、疲労も回復したのか)

続けて三つの玉が流れてきて、ククルとゼパル、テリオスの体を包む。

「な、治りました……」

「こいつはすげえや」

「オレは大したことなかったが、助かった。礼を言う」

『なに、礼には及ばぬ。こちらの不手際がそもそもの原因だ』

リュナテアはうなだれるように頭を下げる。

『うたた寝をしている隙をつかれ、不覚を取った。深手を負い、どうにか結界を作り閉じこめたが、治癒と結界の維持で精いっぱいでな。それからどうしようか頭を悩ませていたのだ。ヒトなる勇者よ、あらためて礼を言う。ありがとう』

「ガリウスだ。で、あの悪霊とやらはどこから来て、どうして熊に取り憑いて暴れていたのだ?」

『さて? 悪霊は自然災害のようなもの。いつ、どこで生まれるかは誰も知らぬ。まあ、本来は我がいち早く対処せねばならぬのだがな。油断した。うん、心から反省している。許してほしい』

偉そうな話し方のくせに、やたら謙虚な精霊獣だった。

「この場がこれほど荒れていて、貴方が身動きできなかった事情は理解した。アオ……ここにいるユニコーン・フェンリルの子どもだが、こいつは争いに巻きこまれ、傷ついて俺の家の近くに逃れてきたのか?」

『ふむ。アオと名付けたのか。我が半身に』

「半身? となるとやはり、貴方の子なのか」

『いや、言葉のとおりだ。精霊に昇華した我が、今さら獣と変わらぬ同種の雄とまぐわうというのも、なんかこう、抵抗がある』

(こいつ、雌なのか……。いや、まあどうでもいいが)

『話を戻そう。我は傷つき、死を覚悟した。場合によっては悪霊と刺し違えるつもりであった。しかし完全なる〝死〟は精霊獣たる我には許されない。よって、我が身をそっくり映した半身を用意した。それがそこにいるアオというわけだ』

「そっくり、映した……?」

『うむ。わかる。〝えらい小っちゃいじゃないか!〟と考えているな。余裕がなかったのだ。不手際が重なり、すまない』

ちなみに不手際はそれだけではなかった。

アオを生み出して逃がしたものの、悪霊も分身を作って結界の外に逃れ、アオを追いかけたのだ。

悪霊の分身はしばらくして消えてしまったが、アオはその間に攻撃を受け、傷ついて倒れた。

それをガリウスが見つけた、というわけだ。

ガリウスがそのとき感じた殺気は、悪霊の分身が消え去る直前、それを通して本体が警告したものらしい。

余計なマネはするな、と。

「しかし、半身か……。では、この後アオはどうなるのだ?」

『うむ。予定では我の魂を半身に移し、成長を待つところであったが、我の傷は癒えつつある。しかもすでに繋がりが引きちぎられていてな。どのみちそれも叶わぬ。ははは、我が半身ながら、実にわんぱくだ』

乾いた笑いにホッとしつつ、ひとつだけ言いたくなった。

「貴方は、うっかりが過ぎる」

『ははは、手厳しいな。我も自覚はある。ゆえに、今後は偉そうにしないと誓おう。そら、この通りだ』

転がり、腹見せポーズをするリュナテア。

そこまでしなくてもいいのだが……。もふもふ欲が高まり、ガリウスはうずうずしてしまう。

『さて、我の話はこれで終わりだ。此度は思わぬ事態に陥ったが、計らずもヒトなる勇者……ガリウスを見定めることができた』

「今日ここに招いたのは、初めから俺を見分するのが目的だったのか」

テリオスに目をやると、肩を竦めて苦笑いしていた。

『そう大仰なものではない。飾らぬそなたが見たかった。それだけだ。そも、すでに亜人に受け入れられているそなたを、我が否定しても始まらぬ』

リュナテアの視線が、ちらりと別に向かった気がした。その先には、老オークが静かに目を閉じ、佇んでいた――。

満天の星の下。

地べたに座り、ガリウスとゼパルは差し向かいで酒を酌み交わす。

ククルは疲れたのか、早く寝付いた。起こさないよう、ランプも持たずに今日を生き延びた祝杯を外であげようという話になったのだ。

テリオスは、何かを察したのか参加しなかった。

二人、しばらく無言で星を眺めながら、杯を傾ける。

月を愛でるのが好きな精霊もどきも、今ばかりは気をきかせたのか、姿は見せていなかった。

やがて、酒の力を借り、ガリウスが口を開いた。

「ゼパル、貴方には世話になりっぱなしだ。感謝している」

「いきなりどうしたい? らしくねえな」

「リッピやエルフたちが一緒だったとはいえ、人族の俺がこの町の住民に迎え入れてもらえたのは、貴方が世話を焼いてくれたからだ」

「何言ってやがる。テリオスも、代表議会の連中も、それにジズル様のお墨付きがあったんだ。そんだけの力がありゃ、誰だって信用してくれるってもんだ」

「それでも、だ。貴方に紹介された仕事先で、みな口々に言っていた。『ゼパルが推薦したのなら』と」

「自惚れやしねえが、俺もこの町じゃ古参のひとりだ。顔は広いさ」

はたして、それだけだろうか?

ガリウスは常々、そんな疑問を抱えていた。

「貴方は、早くから俺によくしてくれた。ジズルやテリオスに面倒を見るよう言われていたのか?」

「んー、まあ、それもあるっちゃ、あるんだが……」

ゼパルはくいっと杯を空け、手酌で酒を注ぎながら言う。

「俺にはな、 倅(せがれ) がいた。年取ってから出来た子だ」

以前、子どもがいるとは聞いたことがある。だが、妙な違和感を覚えた。

「テメエは、なんか似てたんだよなあ。一人でこんな町外れのボロ屋に住んで、せっせと修理しててよお」

ときどき、彼がぼんやり眺めていたのは知っている。

「おっと。テメエ、オークに似てるってのが嫌だったんだよな。もちろん姿かたちじゃねえ。雰囲気ってやつだ」

「いや、人の社会で暮らしていたころの話だ。今は気にしていない」

「ま、そんなわけでよ。なんかほっとけなかったんだ」

そうだったのか、と杯を口につけようとして。

「すまねえ。今のは半分嘘だ」

ぴたりと、ガリウスの手が止まる。ゼパルを見ると、かすかに瞬く星々を眩しそうに見つめていた。

「ほっとけなかったのは本当だが、俺はテメエを試してた」

「試す?」

「テメエが……人族で、勇者をやってた男が、本当に亜人と仲良くやっていけるのか。そのつもりがあんのか。それが知りたかったんだ」

ガリウスが持つ杯の中身が、小さく波打った。

「……ひとつ、確認させてほしい。貴方はさっき、『倅が いた(・・) 』と、言ったように、思うのだが……」

震えが、止まらない。

「ああ、 いた(・・) ぜ。頑固だが、実直な男 だった(・・・) 。オークってのは見た目に反して穏やかな奴が多いんだが、俺に似たのかねえ、血の気の多い奴でなあ」

ゼパルは懐かしむように言葉を紡いだ。

「腕っぷしも強かった。でっけえ斧を振り回してよ。『この戦いが終わったら、最果ての森で 樵(きこり) でもやろうか』とか抜かしてやがったなあ」

ガリウスの脳裏に、過去に経験した場面が入れ替わり立ち替わり、流れていく。

勇者として、亜人たちと戦った日々。

戦斧を振るうオークたちとも、何度となく……。

「テラン峠を、知ってるか?」

「ぁ、ぁぁ……」

声を絞り出すのが精いっぱいだった。

よく覚えている。

魔王城攻略の直前、亜人たちを数に任せて押しきった戦いだ。彼らにしてみれば、最後の抵抗と呼べるほど激しい戦いだった。

「訃報を聞いたのは、畑をのんきに耕してるときだったなあ。片目をつぶされても、仲間たちと一緒に、敵の猛攻を押しとどめてたそうだ。 最強の男(・・・・) を、足止めしたんだとよ」

「ぅ、ぁ……」

もはや言葉にならなかった。

ガリウスは空いた手で心臓を握りつぶさんほどに胸をつかんだ。

「恨んださ。憎くてたまらなかった。ジズル様を見逃したと聞いてから、こうも思った」

ゼパルは声を震わせた。

「どうして倅は見逃さなかったんだ、ってな」

今と同じ、星降るような夜だった。

胸を聖剣で貫かれたオークの青年は、それでも満足そうに息絶えた。自分はやり遂げた、そう告げるかのように、笑みまで湛えて。

「お、れは……俺は……」

覚悟はしていた、はずだった。

他の誰でもない、王国の勇者ガリウスその人に、大切な誰かを奪われた者に、出会うことを。

けれど初めて出会ったそのひとが、まさかこんな身近にいたとは、知る由もなかった。

「ああ、謝罪の言葉はいらねえぞ。んなことしやがったら、ぶん殴る」

老オークはぐいっと酒を飲み干すと、ぷはっと楽しげに言った。

「テメエがいけすかねえ奴なら、俺も別の意味ですっきりしたのかもな。いや、違うか。きっと そうはならねえ(・・・・・・・) 。テメエを切り刻んだところで、俺は死ぬまでモヤモヤを抱えていただろうさ」

だから、と。

「ありがとよ。テメエのおかげで、俺はあいつの死を受け入れることができた。でもって、新しい息子を得た気分だ」

「ぅ、ぁ……あああぁあああっ」

「バカ野郎。大の男が泣くもんじゃねえ」

言いながらも涙を目に浮かべる老オークの胸に、ガリウスは顔を埋めるのだった――。

涙は、とうに枯れてしまったと思っていました。

醜い、ただそれだけで迫害されていた男の子は、いつしか泣くことすら忘れてしまっていたのです。

勇者を恨む者は、まだいるでしょう。

彼を許そうとしない者も、いるかもしれません。

それでも彼はひたむきに、亜人たちと暮らしていきます。

彼を認め、受け入れてくれた者たちに報いるために。

『魔』ならぬ『人』の手は、いずれ最果ての地へも及ぶでしょう。

しかしその地には、稀有にして至高の 恩恵(ギフト) を持つ、最強の男が待ち構えています。

醜い勇者の半生が、人の世に語り継がれることはありません。

しかし彼の生涯は、〝英雄〟として永劫、ヒトならざる者たちが伝えていくことでしょう。

これは、ヒトならざる者たちの、ヒトに抗う物語。

最強にして至高の〝魔王〟が、人を脅かす伝説が、始まるのです――。