軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者はお姫様と再会する

ある日の夜。

ガリウスは日ごろから世話になっているオーク族の老人、ゼパルを家に招いた。

町の中心部でいい酒が手に入ったので、彼自身は下戸であるがもてなそうと考えたのだ。

「おほっ、こりゃあ美味い」

ゼパルは目を細めて杯を一気に空にした。

「つまみは炒め物しかないが」

「なあに、十分だ」

部屋の隅で余った肉にかじりつくアオを眺め、ゼパルはカラカラと笑う。

しばらく取り留めのない話をしていた。

やがて、ガリウスの仕事振りに話が及んだ。

「で? どの仕事にするか決まったのかよ」

「ああ、それなのだが――」

「んだよ。どれもこれも楽しくなかったってのか?」

「いや、その逆だ。どれもこれも、初めて経験することが多くて大変だったが、楽しかった。この町での仕事はみな、『何かを生み出す』ものだ。以前の俺はただ剣を振るって殺し、壊し、何かを消してしまうことばかりしていたからな」

「……小難しいこと考える奴だなあ。んで、みんな楽しくて決められないってか?」

「いや、決めたよ」

ガリウスはちびちびと酒を舐めながら、穏やかな笑みで言った。

「どれかひとつには決めない、と決めた。俺を必要としてくれるところに出向き、その仕事を手伝う。要はこれまでと同じことをするだけだ」

季節によって、あるいは日によって、忙しい仕事とそうでない仕事がある。

自分はどうやら【アイテム・マスター】で人並み以上に働けるようなので、必要に応じて貢献したいと考えた。

「なるほどねえ。はは、そりゃあいい。連中、てめえを引き抜きたくて躍起になってたが、ケンカにならなくていいや。でもまあ、引っ張りだこで忙しくなるだろうがな」

ゼパルは自分の杯に酒をなみなみと注ぎ、前に出した。

ガリウスは半分以上中身のある杯をそれに合わせる。

「だいぶあったかくなってきたからなあ。畑仕事もひと段落して、これからは森での狩りや川での漁が中心だな。あとは牧場の冬支度か」

「もう始めるのか?」

「あそこは毎年そんなもんだ。たいていは秋になってからだがなあ」

「ふむ。やはり冬は厳しいのだろうか?」

「そこそこな。最果ての森は季節がはっきりしてる。この辺りは夏は暑いし冬は寒い。ま、砂漠に比べりゃ楽だろうし、冬だって氷漬けになるほどじゃねえ。過ごしやすいっちゃ過ごしやすいってな」

砂漠なんて見たことないが、とゼパルは笑う。

「んじゃ、仕事は決まったんだ。次は――」

ゼパルはにやりと口元を歪めた。

「嫁さんか」

「ぶほっ! げほ、こほっ……よ、嫁?」

「てめえもいい歳なんだろ? 所帯を持って、家族のために頑張ろうって気になりゃ、仕事も捗るだろうよ」

「そういう、ものなのか……? 考えたこともなかったな」

醜い容姿を蔑まされて過ごしてきたから、結婚なんて死ぬまで縁がないと思っていた。

「そもそも俺は唯一の人族で、相手がいない」

「なに言ってやがる。人族 だから(・・・) よりどりみどりってなもんだろうがよ」

ガリウスは首をひねる。

ゼパルは呆れたように解説した。

「なんだ、知らねえのか? 俺ら亜人は同一種族でなくちゃ子は作れねえけど、人と亜人は問題ねえだろ?」

「後者は知っているが、前者は知らなかった」

王国にもハーフの亜人はいた。特徴がやや人に寄る。

そういえば以前、竜人族のジズルと戦った際、その場にハーフの竜人族の娘が現れたのを思い出す。

あれ以来会っていないが、元気にしているだろうか?

「人族の好みってのはよくわからねえが、似たような姿かたちならエルフか。ほれ、てめえと仲良しの嬢ちゃんがいたろ? ありゃあ、どうなんだ?」

「リリアネアのことか? いや、彼女とは釣り合いが……」

「身分が違うってか? たしか里長の娘だったか。感覚的にはお姫様に近いものなあ。けど、あんま気にしなくていいと思うぜ? 兄貴がいるんだからよ」

ガリウスは容姿を意味して言ったのだが、よく考えたら今さら容姿云々にこだわっても仕方ない。

「しかし、だな……。彼女とは辛い旅を共にしてきた、いわば『戦友』との感覚に近い。リッピやミゲルもそうだが、仲間意識であって、恋愛感情を持ち出せば彼女も戸惑うだろう」

「そうかあ? ありゃあ、てめえに『ほ』の字な気がするがねえ」

「それは邪推だ。どのみち今、俺は身を固めるなんて考えも及ばない。まだこの町に溶けこんでいるとは到底思えないからな」

「けっこう溶けこんでると思うがなあ。ま、その気になったら俺が紹介してやるさ。オークの女もいいぞ。男を立て、家庭的で、それでいていざってときは勇猛だ。うちのかあちゃんなんて腕っぷしはとんでもなかったぜ」

「……『かあちゃん』とは、貴方の奥さんのことか? 独り身だと聞いていたが」

「ん? ああ、こっちに一緒に来たんだがな。体調崩してぽっくり逝っちまった」

「子どもは、いなかったのか?」

「……こんな老いぼれだぜ? とっくの昔に自立してらあ」

ゼパルは酒をあおると、手酌で自分の杯を満たし、ガリウスに差し出す。

「てめえも飲め飲め。酒が強くねえ男は、女の尻に敷かれちまうぞ」

勧められるまま、飲み続けた結果。

ガリウスは酔いつぶれて寝てしまう。

ゼパルは彼をひょいと抱え、ベッドに寝かせると。

「心配なんざしなくても、てめえはもう、誰からも認められてる立派な町の男だよ」

優しく声をかけ、ひとり酒へと戻った。

アオが寄ってきて、ゼパルの前にちょこんと座る。

「ははは、今度はてめえが相手してくれんのか? ま、酒はくれてやれねえが、話相手には十分だな」

杯の中、液体に映る自身の顔に、ゼパルはつぶやきを落とす。

「王国の勇者……もっと恐ろしいもんだと、思ってたんだがなあ」

そんなオークの老人を、アオはじっと見つめていた――。

数日が経った。

早くに頼まれていた仕事が終わり、家に戻ってみると、リリアネアがアオと遊んでいた。

「お帰り。早かったのね」

「あ、ああ。久しぶりだな」

「? ええ、そうね。どうしたの? なんだか様子がおかしいけど」

「そうか? いつも通りだと思うが……」

ゼパルに妙なことを言われたものだから、変に意識してしまう。

ガリウスはぶんぶんと頭を振り、邪念を振り払う。

「変なの。まあいいわ。実は今日ね――」

リリアネアがアオから離れ、嬉しそうに顔を綻ばせたときだ。

「ゆうしゃさん!」

甲高い声が耳に突き刺さった。

声の出どころに顔を向けると、小さな影がものすごい勢いで走ってくる。そしてガリウスが身構える間もなく、ぴょーんと跳んで、

「ぐはっ」

抱きついてきた。

「ゆうしゃさん、お会いしたかったですよゆうしゃさん!」

「き、君は……」

目の前に迫った愛くるしい顔には見覚えがあった。美しく長い黒髪のてっぺんからは、雄々しい角が二本、生えている。

竜人族、そのハーフである女の子の名はたしか。

「ククル、だったか……?」

「はい! 覚えていてくださったのですね。ククルは嬉しいです!」

ククルはにぱっと笑みを咲かせた。

「どうしてここに? ジズルも一緒なのか?」

彼女の頭越しに向こうを見やるも、誰もいない。

「いいえ。わたくしはひとりで参りました。ゆうしゃさんに、お会いするために」

こんな幼い子が一人でとは物騒だな、とガリウスは思うも、続く言葉に思考が停止した。

「わたくしを、ゆうしゃさんのお嫁さんにしてください!」

呆然とするガリウスを見てククルは一瞬首を傾げたものの、すぐさまきりりと追撃してくる。

「結婚です!」

べつに言葉の意味がわからなかったのではないのだが……。

ちょっと冷静になりつつあるガリウスの傍らでは。

「……」

あんぐりと口を開け広げ、リリアネアが放心していた――。