作品タイトル不明
勇者は犬(?)を拾う
外壁の補修を終え、内側に着手した。
粘土状の壁材をこしらえて、パテで塗りたくる。臭いがきつかったが、すべての窓と扉を解放し、半日で済ませた。乾くと逆に臭いを吸着する効果があり、夜は快適に眠れた。
翌日は井戸の改修だ。
石造りの本体は掃除済みなので、井戸やぐらを作った。滑車を付けると水くみが楽になる。
のんびりとして、充実した毎日。
まだ仕事らしい仕事はしていないが、普通の生活というものがここまで穏やかで満足に満ちたものだとは知らなかった。
あえて選んだ一人暮らし。
しかしリッピやリリアネアがちょくちょくやってきて賑やかにしてくれるので、寂しくもなかった。
ただ、町に溶けこんだとは言えない。
家のリフォームに手いっぱいで、他の者たちと交流する機会がなかった。
そんな折、オーク族の男性に声をかけられる。
すこし歩いたところにオーク族の居住区があり、たまにガリウスの家の近くを通りかかっていた老人だ。名はゼパル。気楽な独り身同士仲良くしようと言ってきた。
誘われるまま、畑仕事を手伝った。
体力はないが、クワを振るう力加減が最適化されるので順調だ。
「ほんとに初めてかよ? なかなか筋がいいじゃねえか」
オークの老人――ゼパルは陽気に笑う。少々口が悪いが、気さくで明るい男だった。
作業がひと段落したあと、柄が折れたクワを見つけ、ガリウスが手早く修理したところ。
「見事なもんだなあ。修理屋にもなれんじゃねえか? いや、道具屋でいいか」
「実はまだ仕事を決めていない。選択肢があるのはいいのだが、コレといったものがなくてね」
「だったらいろいろやってみりゃあいい。そん中で自分にぴたっと嵌まるもんを見つけりゃあな」
強面だが、優しい目をしていた。
「っかし 恩恵(ギフト) ってのは便利だなあ。どんな道具でも使いこなせるなんてよ。人族ってのはみんなそうなのか?」
「 恩恵(ギフト) は人それぞれだ。俺のは……すこしばかり希少性がある」
「てこたあ、聖剣だのは誰も彼もが使えるわけじゃねえのかい?」
「……アレはさらに特殊だからな。今のところ俺しか使えないと思う」
ふうん、と素っ気ない返事をしたものの、ゼパルはどこか寂しそうに遠くを見ていた――。
夕方、家に戻るとリッピがいた。
「明日は学校がお休みなんだー。ね、泊まってもいい?」
リッピはまだ十四歳で、町の中心部の学校に通い始めた。ガリウスの家に遊びに来るのはもっぱら夕方以降だ。
「俺は構わないが、家の者には伝えてきたのか?」
「うん、おじさんもおばさんもいいって言ってたよ」
両親も知り合いもいないリッピは、子どものいないワーキャットの夫婦の家に居候していた。話を聞く限り、可愛がってもらっているらしい。
久しぶりにまともな料理でも作るか、とガリウスは鍋を取り出した。
根野菜と鶏肉を炒め、山羊の乳を投入してぐつぐつ煮込む。とろみをつけ、葉物を入れ、とっておきの胡椒で味を調えた。
クリームシチューだ。
二人分の器に取り分け、パンを添えた。向かい合って食べる。
ほかほかのシチューに悪戦苦闘するリッピをほっこり眺めつつ、ガリウスはパンをちぎってシチューに浸し、口へと運んだ。
ひと噛みすると、じゅわっとシチューがしみ出して口内に広がる。材料はテキトウに選んだものだが、なかなかよい出来だ。
リッピもマネしてパンを浸した。
「あ、これだとあんまり熱くないね。それに美味しい!」
幸せそうな笑顔をもふもふしたくなるがぐっと我慢。
久しぶりに楽しい夕食だった。
「そういえばガリウス、今日はお出かけしてたの?」
二杯目のシチューをちびちび舐めながらリッピが尋ねる。
「オークの老人に誘われて、畑仕事を手伝っていた」
「そこで働くの?」
「いや、まだ決めてはいない。ちょっと手伝ってほしいと言われただけで、正式に頼まれたわけでもないからな」
ちなみに報酬はお金ではなく、今お腹に収まったクリームシチューの材料、山羊の乳だ。
「ガリウスなら料理人にもなれるよ。町の中心部でお店を開いたら? ボク、最初のお客さんになる!」
「いきなりだな。元手がない……こともないが、何をやるにせよ、まずはどこかの店で修行してからだろう」
専用の 道具(アイテム) を使えば並以上の働きはできるが、知識がなければ店を切り盛りできない。
その夜は、狭いベッドに並んで横になった。
リッピはすぐに寝息を立てたが、ガリウスはどうにも眠れなかった。
獣の遠吠えが聞こえる。
(いつもより近いな……)
気になったガリウスはリッピを起こさないよう静かにベッドから降りると、上着を羽織って外へ出た。
欠けた月が、雲で半分隠れている。
そして雲の流れに合わせるように、
――金色の女が宙を舞っていた。
『あら? また、見つかってしまいましたね』
長い金髪と薄手の金色ワンピース。旅の途中に出会った、聖武具の精霊を自称する女だった。
「エルザナード……また月に誘われたのか?」
『いいえ。今宵は救いの声を聞き、この姿になったのですけれど……』
エルザナードは森に目をやり、ため息をこぼした。
『わたくしではあそこに入れないようです』
「救いの声? 森で誰かが助けを求めているのか?」
『はい。か弱き声です。しかしながら、森の 主(ぬし) はわたくしを拒絶しています。無理に入れば、町のみなさまに迷惑がかかるでしょう』
「森の主……。意思疎通できる魔物というやつか」
『正しくは〝精霊獣〟。わたくしはまともな精霊ではありませんので、警戒されているようですね』
ほとほと困り果てたと言いたげに、あごに手を添えまたもため息を吐きだした。
『いかがでしょうか? わたくしの代わりに、森へ入っていただけませんか?』
「しかし、森へは入るなと注意されている」
『奥でなければ問題ありません。救いの声は、入ってすぐのところからでした。そこで、力尽きたのでしょう』
たしかにテリオスからは、『奥へ行くな』と言われていた。入ってすぐなら問題はないだろう。
「わかった。見捨てては寝覚めが悪いからな。俺が見てこよう」
ガリウスは念のためシルフィード・ダガーを取ってきて腰に差し、森へ足を踏み入れた。
茂みを掻き分け、歩くこと数分。
地面に転がる小さな何かを見つけた。
(犬……か?)
小型犬くらいで、青みがかった銀色の毛はふさふさ。尻尾も長く、やはり犬か狼に思えた。
前脚の肩口あたりが、赤い色で染まっている。
ぴくりとも動かない。開け広げた口から、だらりと舌が出ていた。
駆け寄り、顔を近づけた。
きわめて細いが息はしている。しかし目は半開きで、今にも死にそうだった。
そっと抱きかかえ、来た道を引き返そうとして。
ぞくり。
背に悪寒が走った。感じたことのないほど強烈な殺気だ。
腰に手を伸ばそうとして、すんでで押しとどめた。短剣を手にした瞬間、殺気を放つ相手は自分を敵認定して襲ってくる。そう直感したのだ。
ガリウスは振り返ることなく、静かに、それでいて堂々と歩く。
失神しかねないほど粘ついた殺気にまとわりつかれながらも、森を出ると同時に、それは消え去った。
『よく、我慢しましたね。しかしあなたなら、戦っても勝てたのでは?』
エルザナードが声を降らせた。
「さてな。しかし戦えば、こいつも巻きこまれる。手当が最優先だった。それだけだ」
『ふふ、そうですね。では、わたくしはこれにて……』
空気に溶けるように、エルザナードは姿を消した。
ガリウスはすぐさま家に飛びこむと、治療を始めるのだった――。