軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王の部下はアカディアを攻略する

ムハメドのすぐ横を通過して、ザッハーラは剛腕をマノスに振り下ろした。

ドゴォ! と轟音を響かせてテントの床ごと地面を穿つ。

「ぬぅ……」

狙いを外したのではない。彼は間違いなくマノスの頭部を叩き潰すつもりだったのだ。しかしこぶしが空を切ったのは――。

「なかなかのスピードと威力だな。貴公の 恩恵(ギフト) は肉体強化系か」

振り向くと、先ほどまでザッハーラが座っていた位置で老騎士がにやりと笑っていた。あぐらをかく彼のすぐ横に、標的たる耳なしエルフが胸を撫でおろしている。

「問われる前に告げておこう。ワシの 恩恵(ギフト) は【ショート・テレポート】。短い距離だが瞬時に移動できる。今のように誰かを引き連れてもな」

「つまり、いつでも逃げ出せるということか。だがその距離ではこの裏切り者のジジイを連れてはいけんぞ? その前に頭を叩き割ってやる」

ザッハーラはこぶしを握ってカイーラ族の族長ムハメドに狙いを定めた。

「はっはっは、いろいろ協力してくれたから心苦しいが、互いに利用し合っていた程度の間柄だ。身も蓋もない言い方をすれば、ずばり見捨てる」

「貴様……」

怒りを示したのはムハメドではなくザッハーラだ。

「ダニオさん、煽るのはその辺にしてください」

マノスは窘めるように言って居住まいを正した。背後にザッハーラの部下たちがいても気にせず彼に正対する。

「私の話はまだ終わっていません。できれば最後まで聞いてから判断していただけますか」

「我らが神域を強奪せんとする魔族どもと話すことなどない」

「申し訳ありません。それに関しては言葉足らずでした。我らは神殿を攻略し、その力を得たくはありますが、神殿そのものを手に入れようとしているのではありません」

ザッハーラが眉を寄せる。

「あの塔の最上階には神殿の制御装置があります。神殿の攻略とはすなわちマスター登録することであり、それによって他の神殿へ転移することも可能で、神殿にいる守護獣を使役する権利を得られます」

「結果的には塔を丸ごと支配するのと同義ではないか」

「制御装置は移動できます。守護獣も他へ移せます。転移は制御装置を起点に行われますので、移動させれば塔へ自由に転移することもできなくなります。ですから塔にもこの地にも、以降我らは近づかないと誓いましょう」

塔内で見つけた宝はすべて譲り渡すともマノスは付け加える。

ザッハーラはしばらくマノスをにらみ下ろしていた。

やがて足元のムハメドに声を落とす。

「ムハメド、貴様は今の話を聞いたうえで連中と手を組んだのか」

「聞いたのは塔の攻略に『鍵』が必要だとの話のときだがな。他の神殿がどうのと言われても我らには関係ない。宝が得られるのであれば悪い話ではなかろうよ」

周囲がざわつく。

レクリア族のクムシュ老人が声を大にした。

「宝を譲るとどうして信じられましょうか。軽率に過ぎますぞ、ムハメド老」

そうだそうだ、と追随する声がちらほら上がる。

マノスは劣勢に置かれた状況でも冷静に観察した。

この会合が行われる直前、彼はガリウスと最終的な打ち合わせをしていた。そこで切り札をガリウスから提示されていたのだ。

(ですが、それが切り札足り得るかは半々とガリウスさんは言っていました)

確証がなければ出せないカードだ。

見極めなければならない。そのためにも交渉を続けなくてはならないのだが。

「愚かな……。ムハメド、貴様は他の老いぼれどもとは違うと思っていたのだがな」

ザッハーラが静かに怒りを吐きだした。

「交渉は決裂だ。魔族どもを信用などできるものか」

がしっと両のこぶしを打ち付ける。

「逃げるのならばわざわざ追いはせん。だが塔の攻略は諦めろ。あれは我らが神域だ。すなわち我らが力を合わせて攻略する。もし再び我らの前に現れたなら、容赦なく叩きつぶすぞ」

腰を低くし、殴りかかる姿勢の彼に、

「いえ、それは困ります」

マノスはしれっと言った。

「そもそもなぜ我らが制御装置を求めるのか、その説明を聞いてからでも遅くないでしょう。いえ、貴方がたは聞くべきです。でなければ取り返しのつかないことになりますから」

「なんだと?」

「ザッハーラ、魔族の戯れ言に耳を貸す必要はありませぬぞ」とクムシュ。

マノスは構わず語る。

「我らはすでにいくつかの神殿を攻略しています。その数だけ制御装置を確保し、ひとつは我が国の中枢に移設されているのです。これが何を意味するか、おわかりになりますか?」

「お前たちの事情など知ったことではありません」

クムシュは呆れたように言い放ち、他の族長もその護衛たちも呆れるか怪訝そうな表情になるのみだ。

異なる反応を示したのは二人だけ。

ザッハーラはマノスを睨みつけ、もう一人のムハメドが告げる。

「我らが塔を攻略したのち、攻め入ってくるとでも危惧しているのかな?」

「貴方がたに限定しません。我ら以外が神殿を攻略し、制御装置を手にしたならばその危険があるのです。ゆえに制御装置は我らがすべて回収しなければなりません」

「やはり貴様らの事情ではないか」

「都合ばかり押しつけおって」

「もはや語る言葉はない」

「早々にこやつらは追い出してしまえ」

マノスたちは完全に孤立してしまった。これ以上、交渉の余地はないとムハメドさえも諦めたときだ。

「黙れ!」

一喝は意外なところから。ゆえに誰もが驚いて口をつぐんだ。

「どいつもこいつも思慮の足りぬ阿呆どもばかりだな。よもやムハメド、貴様すら同列に毛が生えた程度の理解とは見損なったぞ」

ザッハーラはその場にドカッと腰を落とした。

「魔の国に通ずる道が塔のてっぺんにあるだと? ふざけおって。魔を嫌う者どもに知られれば、すぐさまこの地が戦場になるではないか!」

マノスは目をぱちくりさせた。

(驚きました。誰かが気づいてくれればと思っていましたが、失礼ながらまさか彼しか気づかなかったとは)

ザッハーラはふぅっと大きく息を吐きだした。

「マノスと言ったな。なぜそれを先に言わなかった?」

「我らが語ってもただの脅しに取られるでしょう。『魔を攻めたければそのとき好きに使わせれば砂漠の民に危害は加えられないはず』との意見が出れば、何を言っても聞き入れてはもらえないと考えました」

「ああ、その通りだ。阿呆どもは気づくまいよ。砂塵を避けて岩場に隠れ住む虫けらなんぞ、そういった連中にしてみれば魔族と変わらぬ邪魔者でしかないとの自覚が足りんからな」

ザッハーラはこぶしを床に打ち付けた。

「貴様らとてそうだろう? おそらくだが貴様らは他の制御装置とやらを使ってこの地に送りこまれた。ゆえにこの交渉が決裂すれば是非もなし。魔の戦士たちを大量に送りこんでくる腹積もりだ。違うか?」

一同が息を呑む。

しかしすぐさま方々から怒声が上がった。

「ならば徹底抗戦だ!」

「魔族など恐れるものか!」

「人の力を見せてくれる!」

「黙れと言ったぞ?」

静かなる恫喝に張り詰めた静寂が戻ってくる。

当のザッハーラも押し黙る。眉間にしわを作って苦悩している様子だ。

マノスは違和感を覚えた。

最初からもっとも好戦的で実際に手まで出してきたザッハーラが、この中でもっとも戦いを避けたいと考えているように感じる。

ムハメドによれば、ザッハーラは腕力のみで御しやすいとの理由から若くして族長に選ばれたとの話だった。他の族長も彼を裏で操ろうと躍起になっていて、彼の日ごろの素行はそれが可能だと示している、とも。

だが彼はこの中で唯一、神殿の危険性に気づいた。

最大勢力の族長でありながら、支配権が手に入らないかもしれない部族間の競争を承認してもいる。

(もしかしてこの人は……)

切り札が、切り札足り得る可能性が高まる。

ここが勝負どころだとマノスは腹を括った。

「先の質問に答えましょう」

凛とした声が響き、注目が一身に集まる。

「この交渉が決裂しても皆さんと争う気はありません。 私は(・・) 何度でも交渉を試みます。皆さんがご納得いただけるまで、ずっと」

「その物言い、貴様らの総意ではないな」

「はい、あくまで私個人の意見です。ですが私は国家代表より本件を任されています。嫌とは言わせません」

強気に出たな、とダニオが嬉しそうにつぶやいた。

「塔の攻略には『鍵』が必要で、それは貴方がたが握っています。武力をもって恫喝すれば、自棄になってそれらを破壊するかもしれません。そんな危険は冒したくないのです」

他に攻略の手掛かりはあるかもしれないが、そうなると逆に危険だ。時間をかければ他の勢力が塔に群がり、横から掻っ攫われると危惧した。

マノスはこんこんと説く。

「貴方たちの境遇は、お怒りになるかもしれませんが 亜人(わたし) たちとよく似ています。虐げられたまま、追いやられた不毛な大地で滅びるのを待つのでしょうか?」

「バカな! それはこの地に住む誰もが望まぬ結末だ」

ザッハーラの叫びにマノスはついに切り札を突きつける。

「ならば我らと行きましょう。貴方がたが穏やかに暮らせる場所を提供します。我々は貴方がたを拒まない」

すでにガリウスの了解は取り付けてある。砂漠の民が望むなら移住する場所を提供する、と。

「魔族の仲間になれ、だと……?」

「いいえ、そこまで強制するものではありません。水と木々がふんだんな土地が我らの国にはまだ多くあります。もしくは人族が暮らす街に住居を用意することもできます。いずれにせよ貴方がたをいち国家として尊重すると約束しましょう。むろん、塔の攻略に協力していただいた対価として、ですが」

一同が押し黙る。

真っ先に口を開いたのはやはりザッハーラだった。

「宝を譲るのと変わらんな。約束が果たされる保証がどこにある?」

ザッハーラは静かに言って立ち上がる。巨躯が小刻みに震えていた。

「だが、魅力的だ。あるかどうかも不確かな、塔の宝なんぞが霞むほどにな」

ぐるりと首を巡らせて、一人一人に語りかけるように柔らかな口調で言う。

「俺は乗る。砂を噛むこのクソッタレな生活から脱し、人として生きられる道を歩きたい者は続いてくれ」

即座に横から声が上がった。

「私もだ。カイーラはそのためにこの連中と手を組んだのだからなあ」

「ふん。ムハメドよ、やはり抜け目のないジジイだったか」

二人は視線を合わせてにっと笑った。

と、クムシュ老人が片手を挙げる。

「お二方とも軽率に過ぎますぞ」

窘めるように言うも、

「ここはより具体的に、移住先がどのようなところか訊くべきでは?」

しわだらけの顔をいっそうくしゃくしゃにすると、残り二部族の族長も手を挙げて賛成の意を表わした。

マノスはようやく肩の力を抜き、胸元からペンダントを取り出した。

「言葉で説明するよりも、実際に見ていただいたほうがいいでしょう」

ペンダントから小さなスライムが飛び出した。

「ぴゅい♪」

天井いっぱいにさまざまな景色が次々と映し出される。

鬱蒼とした森の中。山脈を臨む平原。黄金に揺れる一面の麦畑。川辺で戯れる亜人の子らや、大通りを往来する亜人たちはみな笑みを絶やさなかった。

おおっとどよめきが起こる。みなはまるで幼子のような純朴な瞳で見入り、中には涙を流す者もいた。

「人族の生活拠点としてはこちらになります」

映像が切り替わる。

破壊された街並みの中、人と亜人が力を合わせて家を建てる様子が映っていた。

「もとは人族の都市国家でしたが不幸にも破壊されてしまい、今は復興工事が進められています。移住を希望する方の数が足りないと代表の方が嘆いていまして、今なら自分の家を自由に建てて市民権まで得られますよ?」

復興工事に従事すればお金も稼げ、移住はスムーズに行えるとマノスは続ける。

「ふむ、魅力的だがその都市国家に属さねばならんのか」

ザッハーラは難色を示した。

人の社会に入れば砂漠の民として虐げられると危惧したのだ。

「なに、そこの代表は婚期を逃した女でな。うまく取り入れば貴公が国の代表を狙えるぞ?」

「ダニオさん、その発言は冗談にしても問題ですよ……」

「うぐっ、浮かれて口が滑ったわい。あやつの耳に届くと厄介だな」

ダニオがぶるりと身を震わせるも、

「なるほど、その手があるか。我ら砂漠の民が虐げられぬよう、ぜひとも一族に加えねばな」

「ザッハーラさん!?」

「煽ったワシが言うのもなんだが、彼女は女を道具扱いするとキレるぞ?」

「道具扱いだと? バカを言うな」

ザッハーラの言葉に砂漠の民一同が大きくうなずく。

「この過酷な環境において子はまさしく一族の宝。それを腹の中で育み、命を賭して産み落とす女に尊敬を抱かぬ男はここにいない」

一同、またも大きくうなずく。

「国の代表として立ち回っているほどの女だ。俺だけでなく一族の男ならみな求婚してもおかしくはない。その中で彼女が満足いく者がいればいいのだが……」

「おぉぅ……。オリビア女史、いきなりモテモテで驚くだろうなあ」

「その前にアカディア神殿の攻略をですね……」

すでに攻略したかのような話しぶりにマノスは一抹の不安を抱いたものの――。

砂漠の民が抱く新天地への想いはことのほか強く、ザッハーラを含め精鋭を厳選した新たなる攻略パーティーは怒涛の進撃を続けて一週間ほどで最上階に到達。

あっさりとアカディア神殿は陥落した。

だがマスター登録をした直後、

≪おめでとうございます。貴方たちのチームは七神殿のうち四つを制覇しました≫

抑揚のない声はいつものとおり。しかしそのセリフはこれまでにないものだった。

≪特別報酬として残る三神殿のうちひとつの攻略情報をお教えします≫

マノスたちは急ぎガリウスへ連絡する。

≪それでは選択してください≫

連絡を受けたガリウスが選択したのは――。