軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は先制する

決闘は街の外で行われる。

カーラたちは雷撃の痺れが残ったまま、街道から外れた荒れ地に連れてこられた。

月が美しい夜だ。小さな雲が重なっては流れていく。

衛兵は十人ほど。

大勢で囲んで逃がさないつもりはないらしい。ガリウスの指示で、決着を見届ける役だ。

むろん逃げでもしたら教国の名に傷がつく。カーラはまったく考えていなかった。

「こちらは特にすることがない。お前たちの準備ができたら教えてくれ」

三人が固まって座りこむ中、カーラが声を上げた。

「ずいぶんと余裕だな。とびきりの武具がなければ一般兵にも劣る男が」

「そのとびきりの武具を俺は今持っている。はっきり言って、暗殺者のくせに対象に姿をさらすようなマヌケは脅威に感じていないよ」

「き、貴様ぁ!」

痺れを押して立ち上がろうとしたカーラの肩を、巨躯のドルドが押さえる。

「カーラ様、挑発です」

「わ、わかっている!」

再びどかっと地面に腰を落とし、カーラは目を閉じた。今は回復が先決だ。

「待っている間が退屈だな。すこし話をしないか?」

カーラたちは無言で拒否を返す。

「ふむ、なら勝手にしゃべらせてもらおう。お前たちはルビアレス教国の聖騎士だな。ダニオと面識はあるのか?」

ぎろりとカーラがガリウスを睨む。

「ダニオ様の名を気安く呼ぶな、下郎。貴様があのお方に勝てたのはまぐれ以外の何物でもない」

「たしかにな。幸運な面はあった。彼の 恩恵(ギフト) は知っていても厄介この上ないから、できるなら二度とはやりたくない。ともあれ、面識はあるようだ」

「ぐっ……」

会話に乗ってしまったのは悔しいが、内容自体は特段隠すことでもない。そう考えたカーラだったが。

「なら、彼に尋ねればお前たちの 恩恵(ギフト) も知れるか」

「貴様は、何を言っている? 貴様があのお方を殺したのだろうが!」

「いや、彼は生きているよ」

カーラは怒声を吐き出した口を閉じるのも忘れ、放心した。

「見逃した、とはすこし違うがね。その後、最果ての森を訪ねてきたので移民者として受け入れた。今は困難な仕事をしてもらっているが、彼ならやり遂げてくれるだろう」

「ダニオ様が……? まさか……いや、だが亡骸は見つかっていないとの話だし……」

「カーラ様! 虚言です。ああやって我らの動揺を誘おうとの手口でしょう。真に受けてはなりません」

「ぇ、あ、うん。そう、だな……。ダニオ様が、あんな男に下るはずがない」

「そうですとも。信仰厚きお方です。魔に与する者に協力などするはずがありません」

カーラとドルドのやり取りを、冷めた目で見ているのはラッチだ。

(あの爺さんの信仰が厚い? は、んなわけねえだろ)

ラッチ自身、信仰心が高いほうではない。唯一神を信じてはいるが、彼が教国に属しているのは打算によるものが大きかった。

祈りを欠かさず、そこそこの成果を上げていれば相応の地位は保証される。内心がどうあろうと神様に従順な姿勢をみせておけばよいのだから、これほど楽なものはなかった。

だからだろう。ラッチは神より他に重きを置く人物が、なんとなくわかった。ダニオは神より優先すべき何かを持っていると常々感じていたのだ。

(てことは、ダニオの爺さんが魔王の配下になったってのは眉唾とは言えねえな)

可能性としては五分五分。だから考えるだけ無駄な話だ。

(むしろ疑ってかかるのは、もっと前にあいつが言ったことだ)

ラッチは直接聞いていないが、ここへ連れてこられる途中にドルドから聞いた話によれば。

ガリウスは三人の人相や身体的な特徴どころか、性別すらつかめていなかったらしい。

仮にダニオが生きていて、ガリウスが接触できる状態にあったとしたら。

彼が知る教国の暗殺者タイプの者たちを片っ端から聞き出していてもおかしくなかった。

(そもそも教国内部に密通してるのがいるんだろ? 俺たち全員、あらかた調べられてんじゃねえか?)

ガリウスが惚けたのは決闘の話が持ち上がる前だ。

このタイミングでダニオが仲間になったと語ったのは、その真偽はどうあれ『お前たちの 恩恵(ギフト) は知っているぞ』との牽制かもしれない。

(ッ!? あの野郎、何こっち見てやがんだよ……)

ガリウスがじっとラッチを見据え、口の端はわずかに持ち上げた。

勇者の武勇伝は嫌になるほど聞いてきた。教国最強の騎士ダニオを倒したのは今回と同じ聖剣のみの条件だ。

暗殺ならどうにかなるだろうが、いくら三人でも手の内を知られて勝てるはずがない。

(つか、本当に一対三の勝負なのか?)

相手は〝魔王〟。魔族どもを率いる悪の首領だ。

ハッとして、顔は上げずに目だけを上に向けた。月明りでも見えにくいが、飛竜が遥か上空を旋回していた。

あそこから、何かを仕掛けるつもりか?

疑い始めたらキリがなかった。

(冗談じゃねえ。俺はこんなとこで死にたくねえぞ)

衛兵は十人ほど。ガリウスがカーラたちに気を取られている隙に、自分の 恩恵(ギフト) なら逃げられる。

だが、もし仮にカーラたちが勝ってしまったら? 敵前逃亡で今の地位も気楽な暮らしも水の泡だ。

(くそっ、どうすりゃいいんだよ)

悶々とするラッチの肩が突然揺さぶられた。

「おいラッチ、聞いているのか!」

「ひっ!? カーラ、様? なんですか?」

「作戦を話すと言ったろう? 聞いてなかったのか。もうすぐ痺れが取れる。そうしたら三方に散るぞ」

「え、ああ。でも、あいつに聞こえてません?」

「詳細を語るほど愚かではない。いいな、三方からだ。後はわかるな?」

「ああ、まあ……」

三人での連携は何度かやってきた。それぞれの 恩恵(ギフト) をよく知る以上、何をすべきかは理解していた。

だが――。

「あいつは俺たちの 恩恵(ギフト) を知らない。その前提で、ですよね?」

「ダニオ様の話を持ち出したのは我らを揺さぶるためだろう。安心しろ、奴は知らない」

「は、はあ……」

はたしてそうだろうか? もし知っていたら、聖剣を持つ元勇者なら対策は容易い気がする。

ラッチはドルドを見た。険しい表情は、自ら成す仕事に集中している。カーラは疑心暗鬼に囚われているようだが、自分に言い聞かせようと必死に思えた。

自分は、何をすべきか?

「そろそろいいか? さすがに待ちくたびれた」

ガリウスが肩に聖剣を担いでこぼした。

「散れ」

カーラの合図で、まずはラッチが駆けた。わざと大きな足音を立て、ぐるりと迂回してガリウスの背後に回る。

ドルドは鉄球を引きずってガリウスの右斜め前に移動した。

カーラは剣を抜き、左斜め前に立つ。

ガリウスは動かない。左右と背後を窺いながらも、微動だにしなかった。

「行くぞ!」

「「おう!」」

掛け声とともにカーラが地を蹴った。専用の 恩恵(ギフト) 持ちに比べれば劣るものの、なかなかのスピードだ。

ドルドは鉄球をぐるぐる回し、ガリウス目掛けて放つ。

背後のラッチはガリウスの視界から逃れようとする動きだ。

ガリウスから見れば、タイミングが遅れたように映っただろう。ラッチはともかく二方向からの同時攻撃であるのに、先にカーラが到達して対処されれば、鉄球にも対応できる。

(ふっ、そう思っているのだろう? 魔王よ)

だが、ガリウス以外には違って見えている。カーラと鉄球はほぼ同時にガリウスへ到達するタイミングに。

【 自己(セルフ・プロ) 投影(ジェクション) 】が、カーラの 恩恵(ギフト) だ。

自身そっくりの分身を幻影として対象者に見せるもの。対象者は複数でも可能だが、精度を完璧にする意味でガリウスに絞っている。

カーラのすぐ先に幻影を配し、それに隠れていた。ガリウスはまず幻影に対処させるよう仕向けたのだ。

当然、彼の聖剣は空振りとなるだろう。続けざまカーラが斬りかかり、そこで対応されても鉄球が側面を襲う。さらにラッチが――。

(ん? あいつ、何をしているんだ?)

彼の 恩恵(ギフト) は【 無音(サイレント) 】。自身に関する音を完全に消す能力だ。死角を取り、足音や身を切る風の音も消し去り、脚力を大幅に向上させるブーツで大きく跳躍、頭上を襲う役回り。

仮にカーラとドルドの攻撃を捌かれても、脳天にナイフを突き刺してとどめをさせる、はずだった。

だがラッチは完全に背後を取りながらも自慢の脚力を披露せず、それでいて自身が発する音を消してガリウスに迫る素振りだけ見せている。臆したか、様子を見るつもりなのか。

(ええい! 役立たずめ!)

ならば自分とドルドで決めるのみ。

カーラは体勢を低くして、ガリウスの脚を両断しようと剣を強く握った。しかし――。

ガリウスが、消えた。

いや一足飛びにその場を離れ、

ガキィン!

鉄球を両断すると、

ズシャッ!

「ぐわっ!」

ドルドの巨躯から血しぶきが弾けた。肩から腰にかけて長く赤い線が生まれる。ドルドは背中から倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

「やはりこいつは、暗殺タイプの 恩恵(ギフト) ではなかったか。ある意味賭けだったが、成功してなによりだ」

ガリウスがドルドの亡骸の横でつぶやいた。

「女は分身を見せる 恩恵(ギフト) で、そっちの男は音を消す、かな?」

カーラが呆然とする中、ラッチが叫んだ。

「惚けんじゃねえ! やっぱりてめえ、俺たちの 恩恵(ギフト) を知ってたな!」

「ん? 俺は最初に言ったはずだが。お前たち個人の情報は持っていない、とな」

「じゃあ、今ちょっと見ただけで、俺たちの 恩恵(ギフト) を見破ったってのかよ」

「愚か者! 自ら認めてどうする!」

カーラの発言も自ら認めるものだ。ガリウスは肩を竦めて笑った。

「女のほうは正面から外れれば一目瞭然だ。お前は背後で何も音がしなかったから、推測でしかなかったがな」

「ぐっ……。けど、知らないならどうして最初にドルドを……?」

「それはついさっき言ったぞ? 初見で厄介な暗殺タイプを避けたまでだ。これだけ重量のある鉄球を武器として選んでいるんだ。パワー型か、あるいは鎖を通して鉄球を変幻自在に操るタイプだろうと推測した。三人みなが暗殺タイプだとバランスも悪いしな」

それに、とガリウスは続ける。

「複数を相手にする場合、各個撃破は基本中の基本だ。一対一の構図を作るうえで、手元から武器を放り投げた相手はその武器を破壊すればやり易くなる」

「得物だけで判断したのかよ」

「ダニオの話でお前たちの性格を探らせてもらった。この大男は揺るぎない精神の持ち主らしい。大型武器を持つのと合わせても、暗殺者には向かないだろうな」

加えて、とガリウスは薄く笑みを浮かべる。

「女のほうは気合十分だったからな。 恩恵(ギフト) も推測しかねていたし、最初にはしたくなかった。お前は体格も性格も暗殺者向きだ。動揺も手に取るようにわかったから、様子見してくれると期待していたよ」

「てめえ……」

ギリギリ歯を噛むラッチと、わなわな震えるカーラを交互に見て。

「さて、手の内が知れればお前たちなど敵ではない。今度は二人まとめて相手をしてやろう」

聖剣をひと振り。大地を蹴った――。