軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王の部下は人助けをする

ダニオたち一行は、〝アカディア〟遺跡に到着したその日、ひたすら塔の上階を目指して突き進んでいた。

すでに入り口の扉は開いていた。

つまりは過去、あるいは今現在、別の誰かが同じく遺跡を攻略している。

その痕跡はたしかに存在し、どうやら現在進行形であることが窺えた。

「床がすこし焦げていますね。すっかり冷めてしまっていますが、埃がほとんど積もってませんから、数時間も経っていないんじゃないでしょうか?」

頬に大きな傷のあるエルフ族のマノスが、床に手を当てて言う。

三人は十二階の中心部付近にある広間にたどり着いた。三十メートル四方の空間で、柱もない殺風景の場所だ。彼らが入ってきたところと、その反対側だけに通路がある。

ダニオは通路をちらりと見る。

「下の階に落ちていた回復薬の空き瓶……その持ち主だろうか?」

「 単独(ソロ) は考えにくいですね。その人が所属するパーティーの可能性は高いと思います。瓶の中は完全に乾いていませんでしたから、そう時間は経っていないかと」

「追えば今日中に出会うかもしれんな。よし、すぐ先に進もう」

意気揚々と歩きだすダニオの背に、マノスが声をかけた。

「あの!」

「む? どうした?」

振り向いたダニオに、マノスは言いにくそうに告げる。

「私は……ここでいったん休息を取るべきと考えます」

「ほう。理由は?」

「ガリウスさんの指示通り極力戦闘を避けて進んできたので余力はあると思いますが、自分でも気づかない疲労は必ずあります。この先に何が待ち構えているか不明ですし、別パーティーと友好的な情報交換ができるとも限りません。休めるときには休み、常に体調は万全にしておくべきかと」

「ふむ。慎重だな」

「すみません。どうにも安全策へ思考が向かう性格でして……」

ダニオはしばし考えて、大剣を床に突き刺した。

「よし! ここで休憩とする。どうせならがっつり休んで、今後の方針も議論しよう」

ノエットに目配せすると、彼女は背負った大荷物を下ろしながらびくびくと尋ねる。

「だ、大丈夫なんでしょうか? 寝てるとこに魔物が襲ってきたりしたら……」

「問題ない。他の遺跡にも守護獣が現れない場所があると、ガリウス殿も言っていたろう?」

ここまで、五階と八階に同じような広間があった。

そして広間には守護獣が入ってくることがない。

彼らは出現場所から一定範囲しか行動せず、広間付近はちょうど行動範囲に重ならない場所らしく、安全地帯となっていた。

「で、でも、『絶対』ってわけじゃないですよね? 通路は二つしかないですし、挟まれたらと思うと……」

「心配性だな。まあ、来たら来たで対処すればいい。仮眠は交代で取り、ワシは寝ながら警戒しておく」

それよりも、とダニオはにっと笑う。

「気を緩めたら腹が減ったな。腹に何かしら収めておくか」

火を熾しての本格的な調理ではなく、パンや干し肉を齧って水で胃袋に流しこんだ。

お気楽に食事するダニオ。

無言で黙々と口を動かすマノス。

二つの通路を気にしっぱなしのノエット。

「ふぅ。腹四分ほどだが、先は長そうだしここらでやめておくか」

それでもマノスの倍は食べたダニオは、背筋を伸ばして真顔になる。

さっそく今後の方針を、と告げた彼を、マノスが遮った。

「その前にひとつ、よろしいですか?」

「うむ。遠慮なく言ってくれ」

マノスは真剣な表情になるも、どこか遠慮がちに言った。

「ここで休息するという、私の提案をすぐさま受け入れてくれた理由が気になってしまって……」

恐縮するマノスを、ダニオは笑い飛ばす。

「はっはっは! 簡単な話だ。本パーティーの行動方針に関しては、貴公の判断を最優先とする。ワシはそう決めている」

「私の……ですか? しかしリーダーは貴方です。私はただのサポートでしかありません」

「ふむ。役割分担の認識に、微妙な齟齬があるようだな。この際だからはっきりさせておくか」

ダニオは胡坐をかいた膝をパンとたたく。

「貴公は長らく人族の街で諜報員をしていたそうだな」

「え? あ、はい。そうですが……」

「同じ諜報員が何人かいても、互いに素知らぬ顔をしていなくてはならない以上、そう頻繁には接触できまい。正体が知られれば命の危険もある任務を、貴公は単身で全うしたと言える」

難しい選択を迫られた場面もあったろう。その時々で、マノスは最良の選択をして生き延びてきた。

「ワシも無駄に歳を重ねたわけではないが、組織の中で立ち回ってばかりであったし、上からの命令に従う以外をほとんどしていない。冒険者の感覚はいまいちつかめなくてなあ」

その点でも、マノスは諜報活動中に冒険者として生計を立て、実際に多くの依頼をこなしていた。

「ゆえに、本作戦では貴公の判断を最優先とする。以上だ」

呆気に取られていたマノスは、照れたように頬を掻く。

「ど、どうも……恐縮です……」

「で、ノエット」

「へぅ!? な、なななんですか?」

いきなり話しかけられ、ノエットは飛び上がらんばかりに驚く。

「他人事のように感心していたが、君もただの荷物持ちではないぞ? 聞けば、ずいぶんと鼻が利くようじゃないか」

彼女はオーガの血を受け継いでいるが、かなり前の代まで遡る。それでいて身体能力は一般的な人族を大きく上回り、感覚も鋭敏だった。先祖返り、とはペネレイの評だ。

「いえ、アタシはたんに臆病なだけで……」

「臆病も極めれば立派な 特技(スキル) だ。人族社会で生き抜いてきた、君の才能に他ならない」

ダニオの言葉にマノスも続ける。

「ノエットさんのおかげで、ここまで何度も戦闘自体を回避できていましたからね」

「そんな、アタシなんて……」

褒められ慣れていない彼女は髪をくしゃくしゃにするほど恥ずかしがっている。

「で、ワシは剣を振るうのが仕事だ。うむ、なかなかバランスの取れた組み合わせじゃないか。ガリウス殿はよく考えているな」

豪快な笑いが響き、空気が和やかになったそのとき。

「――ッ!?」

ノエットがびくりと肩を跳ねさせた。反射的にこれから進む先、二つある通路のひとつに顔を向ける。

「どうかしたのか?」

「今、誰かの声が聞こえたような……」

真剣な表情で、通路を凝視して。

「ッ! やっぱりです! 何か、いえ、誰かが走って近づいてきます!」

ダニオが剣を握って前に出た。

マノスも立ち上がって身構え、ノエットは慌てて荷物を大きなリュックに詰めて背負う。

と、次の瞬間。

「ぐあっ!」

男が、通路から広間に飛びこんできた。

いや、 吹っ飛ばされた(・・・・・・・) 。

革の鎧の上にフード付きの砂除けマントをまとっている。砂漠を生きる者で間違いないだろう。

彼の顔は苦痛に歪み、床にうつ伏せに叩きつけられると、広間の中央付近まで滑ってきた。背中のマントが大きく破られ、鮮血が飛ぶ。

「マノス、治療を!」

ダニオが叫ぶより前にマノスは男に駆け寄り、治癒の魔法を施す。止血はできたものの、意識は途切れて戻らなかった。

「なんか来ます!」

今度はノエットの叫び。ほぼ同時に、通路から白い何かが飛びこんできた。

白い靄のような、脚のない人型の魔物。

この塔はゴースト系の守護獣が守っていて、白く半透明な体躯を持つタイプはフィア・ゴーストと呼ばれる一般的な種類だ。道中、何度も出くわしていた。

しかし――。

「黒い、霧だと……?」

白い体をうっすらと、黒い霧のようなものが絡みついていた。

「悪霊化しているのかもしれません!」とマノスが叫ぶ。

「ほう、こいつがそうか。ならば遠慮はいらんか。ふんっ!」

ダニオは大剣を一閃。悪霊化したフィア・ゴーストを両断した。

「っと。どうやら〝持ち場〟を離れた連中がまだいるらしいな」

一体だけではなく、続けて何体ものフィア・ゴーストたちが広間に押し入ってくる。

「さてマノス、どうすべきかな?」

「この状況ではしっかりした治療がままなりません。いったん塔の外へ逃れるのがよいと思います」

ダニオは次々と襲い来るゴーストを斬りつけながら考える。

男が砂漠の民なら、この塔を攻略するうえで重要な情報が得られるかもしれない。

ならば負傷した彼を手当てし、恩を売っておいて損はない。

(交渉がスムーズにいくかもしれんしな)

打算を終え、叫ぶ。

「離脱する! マノスは先行。ノエットは男を背負って続いてくれ」

「へ? でもそれじゃあ荷物が……」

「捨てていく。なに、連中が漁ることはなかろうよ。後で回収に来ればいい」

ノエットはうなずくと、荷物を下ろして男を背負った。マノスの後を追う。

「ひゃっ!」

しかし続々と現れるゴーストは、ダニオの背後に回りこんでノエットに襲いかかった。

「間違えるな。貴様らの相手はワシだ!」

ダニオの姿が、消えた。

彼の 恩恵(ギフト) 【ショート・テレポート】は、短い距離を転移する。ノエットのすぐ横に現れたダニオは、大剣を振り抜いて彼女たちを守る。

「走れ!」

「は、はい!」

ノエットが走る。

ダニオはさらに剣を振るいながら、二人の後を追った――。