軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22. フローラには敵わない

「一年が経ったけれど、学園はどうかしら?」

第一夫人の部屋で、ソファに座り一対一で対峙する。第一夫人は紅茶を淹れてくれ、フローラはそれを飲む素振りだけをした。第一夫人は雑巾の汁のような低レベルな嫌がらせはしない、しかし毒が入っている可能性はあった。

「おかげさまで、勉学に励めております」

ドアの外では、フローラの母が聞き耳を立てていた。フローラは目で良いのか尋ね、第一夫人は口の動きで良いと返した。

第一夫人は、一筋縄では行かない相手だ。生まれながらの貴族の矜持を持ち、冷徹で、感情に飲まれない。よく淑女教育が染み付いている。

「サロンで貴女の話を良く聞くわ。色々な家のご令嬢と、仲良くしているのね」

その一言で、フローラは察する。思惑通り、フローラが伯爵家の顔になったのだ。もう学園を卒業し、特に功績を残さなかった異母兄よりも、齢十四であり、ウィリアムの婚約者。皆に愛されているフローラの方が話題となる。

「とても誇らしいわ」

「そんな……皆様が優しくしてくださるおかげです」

第一夫人は、警告しているわけではないようだ。逆に認め、よりスペンサー家が栄えるよう尽力しろと言っている。それが、自分の息子が伯爵位を継ぐときに利となると見越して。

「……私は最近心臓が悪いの」

そういう体で序列を変えるつもりなのだと、フローラは理解した。フローラの母を第一夫人に据えることで、フローラを目立たせる。

「まぁ……」

「貴女が嫁ぐまでには、治っているといいのだけれど……今はあまり良くなくて」

結局、フローラは女であり、家の駒だ。他家に嫁ぎ、その後はスペンサー家との関係は薄くなる。つまり、母が第一夫人でいられるのは、フローラが学生であり、嫁ぐまでの期間内だけ、ということだ。

「きっと治るよう、祈っておりますわ」

その後については、何も口を出すなと。フローラはそれを了承した。同じ伯爵家とはいえ、母も格が上の家に突撃することはないだろう。

「話はこれだけよ。心配させたくなかったから、早めに伝えておいたの」

フローラの母は第一夫人となった。おかげで仕事の引き継ぎやらで毎日が忙しく、元第一夫人に噛み付く余裕がなければ、フローラを虐げる暇もなかった。フローラの母が膨大な仕事に潰され、その皺寄せが伯爵に来ている以外、平和な伯爵家だった。

「パーシング先生が丁寧に解説してくださったおかげで、中間試験でこの問題を正答できました。ありがとうございます」

「私持ちます。こう見えても力持ちなんですよ……っとと。大丈夫です。マギニス先生に持たせるわけにはいけません」

「フォレット先生の論文、拝読させていただきました。第三章の方で書かれていた理論は、以前の授業で紹介なさっていたものですか?」

「ご結婚おめでとうございます、カーター先生。私のおかげ……ってそんなことはありません。カーター先生の一途な想いが届いただけです」

家でのストレスがない分、フローラはより順調に教師を絆していった。先に好感度を上げておいた分、楽ではあるが、生徒たちから媚を売っていると思われないよう細心の注意を払いつつ、事を進めた。高等部でも教員が変わらないのはありがたい。

新入生にも優しくしつつ、自分だけの秘密の先輩のように振る舞い、誰も口にしないが皆が慕っている先輩となった。たまにやりすぎて淡い恋心を向けられることもあったが、綺麗に摘み取り、別の方向へ向けさせた。

それだけで、また一年、二年が経った。もう進級が近づいてきていた。

「あの……フローラ様」

「何かしら?」

エマとも変わらず、毎日昼食を共にしながらも、表面上だけの付き合いが続いていた。大人しいエマに、フローラは内心珍しく思う。

「私、高等部へは進学しません。隣国の学校へ通います。……元々、共同開発の話があったんですけど、私以外誰も行ける人がいなくて」

フローラの脳裏には、あの入学式の前、二番目の兄が第一研究室を爆発させ、辺境伯領に飛ばされた話を思い出した。

「いつ行くの?」

「少し時間がかかりますから、もう明日には」

「……もっと早くいいなさいよ。解析して欲しいものがあったのに」

エマは目を見開く。フローラはその馬鹿面に鼻で笑った。夏の木陰の下に涼しい風が吹き、亜麻色の髪は日に照らされて揺れる。

「しょうがないから、餞別代わりにこれをあげるわ」

フローラはポケットから何かを取り出す。それは、灰の入った小さな袋だった。何かわからず、エマは首を傾げながらも受け取る。

「東洋の呪い、蠱毒を試してみたものよ。呪いたい相手がいたら使いなさい」

フローラは少し誇らしそうに、作り方を解説し始めた。毒を持つ虫を共食いさせ続け、残ったものを干して焼いたのだと。

エマは、フローラには敵わないと、改めてそう思った。